43話 三一八小隊②
「良い子に座ってるお前等、何か言いたい事あるか?」
クアンが話を振ったのは百年前のクラフター大氾濫で加入した五人組だ。その内の一人、リーダー格のクトゥロー・ブラキャットが手を挙げる。
バカ共を見習って欲しくはないが、作戦中とは言え面持ちが硬すぎる。クトゥロー達に内心苦笑しながら、無言で指を向けて言葉を促す。
「あくまで僕達の単純な疑問で、決して不満では無いんです。ただ今回の作戦内容に対して、戦力が過剰なんじゃないかと……」
「そりゃあ気になるだろうな」
三一八小隊の最古参組は突出した特技こそ持たないが、皆それぞれが魔導士補佐官級の力を有している。今回の殺害対象は少なくない数……なのだが、所詮は素人の集まり。戦力としては過剰であると言えた。
クトゥローの交際相手のラビィ・ギーヤンサもコクコクと頷いている。彼女は三一八小隊の数少ない女性枠なのだが、百年前に加入する際に数度声を聞いて以来一度も喋らない。クトゥローと二人きりではどうだか知らないが……
「まず、アネッテのアホからのオーダーだってのが一つ」
「はぁ……」
何とも煮え切らない返事だが、それも当然だろう。魔導士が自分達を選んだ意味が分からないのだから。
「お前等の住んでた町が滅んだ理由……クラフター大氾濫の首謀者が今回の作戦に関わってるかもしれんってのが一つ」
「「「「「!!!!!!」」」」」
クトゥローとラビィに加えてもう三人。モイフォロとローゼ・ピーチとシントタンまでもが大きく食い付いた。彼等も大氾濫で大切な心の支えを喪失している。
「隊長さん。どうして、出発前のブリーフィングで話してくれなかったの?」
「ローゼ、正直急過ぎて時間も余裕も無かった。それに、アネッテの言い方がどうにもおかしかった。確証が無いともちょっと違うんだが…………それと、変に気張られて仕損じられても困る」
彼等・彼女等は五人共、皆復讐の為に生きている。母だったローゼは夫の忘形見の息子を喰い殺された。モイフォロは師匠を失い、シントタンもそれに加えて火傷で顔を失った。
「つまり、俺等の町を襲った魔物の集団。その首領だった魔人が、何故か人間社会の一組織に潜り込んでいると? いくら人間に似てるからって、そんな事が可能なんですか?」
「いや、その魔人を誘導した人間がいるらしい」
「魔人を誘導??? 何者なんですかソイツ?」
シントタンもモイフォロに次いで質問をぶつけて来た。
因みにこの二人、それぞれ黄色と白の仮面を着けている。シントタンは復讐心が無くならぬように、いつでも治癒術で治せるはずの顔の火傷を放置し続けるために黄色い道化の仮面を。片やモイフォロはシントタンを一人にしないため、ファッションの名目で白い道化の仮面を着けている。
クアンは懐からボールペンのような物体……通信用魔具を取り出し、アネッテにワン切りをしながら答える。
「これは二時間前の最終連絡で初めて知ったんだが…………黒衣で黒い仮面を着けたクソ野郎。名前はアーク・シクラン。魔導士相手でも圧勝できるくらい強いらしい」
先程知ったばかりのこの情報は最古参組にも伝えていなかった。これには百戦錬磨のバカ共も色めき立つ。
「オイオイオイ! クアン! そんな強い奴だなんて聞いてねえよッ!!」
「フフッ、フッ、フフッ…………怖ぁっ」
「クアン〜! アルケー様の膝元で会おう!」
「リュデホーン! お前難しい言葉知ってんな!!」
ターキュージュが困惑し、ガルファンは取り繕おうとして失敗し、リュデホーンは大昔の兵士が友人に言い遺したという、超有名な一般常識レベルのセリフを引用し、エメクサはそんなリュデホーンを馬鹿にしている。
「クアン、そろそろ駐留ポイントに着く」
「おう。着いたら広範囲探知頼む」
車体が傾き、暫くすると景色が一変する。ススキよりも背の高い藪に入ってしまえば、空からでもなければ見つかりはしないだろう。
「今回の作戦内容は……嘘じゃねえんだろうけど、憶測と希望的観測で大急ぎで立てられたモンだと思ってる。なんせ作戦立案が昨日の深夜、出撃が一時間後だ。ここでの待機中にトラブルがあれば、各自奮励せよとの謎指令には笑ったけどな」
「クアン、自分そこが分かんないんだけど。それでも作戦は明後日でしょ? 今日一日、詰所で会議する時間くらいはあったくね?」
トラックを駐車しエンジンを切る。風で草がざわめく音が強く響いた。
「あと……一時間後か。アネッテとリエルが護衛対象を連れてシュラバアルに着くってのは、ブリーフィングで説明したな?」
クトゥローとラビィの二人がコクコクと頷いている。
「アネッテとの最終連絡によると、ライシンサが敵側に付いた可能性。若しくは敵に利用される可能性がある……らしい。そこでリエルがライシンサを奴隷にする予定だ」
「「「「「!!!!!!!!」」」」」
リエルとアネッテが「敵」と断じた者は、それはそれは惨い末路を辿る。血と涙と断末魔をひり出しながら己の体に釘を打ち込み続けた者や、指一本動かすなと『命令』された後に全身を桂剥きにされた者など、枚挙にいとまが無い。ライシンサも犠牲者の一ページに名を連ねるのかと、皆が哀れみ恐怖した。
「いや、殺されるって形で敵に利用されてるのかもしれんから。心を読んだ上で敵じゃないなら命令遵守の傀儡奴隷にするだけらしい。つーか大方、そうなるんじゃねえかって」
全員があからさまにホッとした。人の臓物や遺体などに耐性は勿論あるものの、敵の戦意を削るべくして加工された遺体は、とてもクるものがある。「裏切ればお前もこうなるぞ」と読み取れるというのもあるが。
「でも、おかしいでしょ? もし敵かも知れないなら、トラックなんか投棄して、私達を街中で待機させるんじゃないの? 私達で力不足なら、クアンだけでも街中で待機させるのが正解だと思うんだけど」
「ローゼ、これはアネッテ側から何も情報が無え。だから推測するしかねえけど……それでも俺をこの場で待機させるって事は、待機中に高確率で何かある。そういう事だろ。それだけ頭に置いとけ。マーヴァニンも良いな?」
「……分かった」
マーヴァニンにしては返事にキレが無い。こんな状況ではそれも当然だろう。クアン個人として言いたい事は多々あったものの、諭すように別の言葉を紡いだ。
「一から十まで説明されずに扱き使われるのは俺だって面白くねえよ。ただ、今回はアチラさんも大分テンパってる。俺達を侮ってる訳じゃなく、単純に手が回らねえんじゃねえか?」
「フフッ……麗しのアネッテ嬢がそこまで狼狽するなど、一体「エメクサ、黙らせろ」
「アンギャアアアアアアアアアア!!」と煩いバカはさて置き、クアンはリュデホーンに意識を向けた。
(果報者だな。俺は)
ガルファンなりに、空気を読んでくれたのだろう。
「さっきから静かだが、探知には何も掛からねえよな?」
「近距離探知、異常な〜し!」
「広範囲探知も異常無い」
ならば、更に広範囲を探査するのみである。クアンはその“術式”故に不老不死の存在であり、最上位二天を相手にさえしなければ潰されようが四散しようが復活する。しかし、部下達は単なる不老である。刺されれば死ぬし、四散など以っての外だ。
「打てる手は打っとかねえと。『九天の目』」
一定範囲を俯瞰して見る事が出来る探査系スキル『九天の目』。妨害スキルを受けても解除されず、精々ズームイン・アウトに支障が出る程度に留まる。広範囲の戦場を見渡すのにも重宝するのだが、如何せん視覚頼りのスキルであり、目で見える範囲の情報しか得られない。見落としは勿論のこと、見えさえしなければ真横に居る地中の敵の存在も知覚出来ない。それ故に近距離探知系スキルとの併用が推奨される。