42話 三一八小隊①
リョウとて、状況は弁える。決して恥ずかしさだけで抱き合い続けていた訳ではない。
(合わせる顔が無ぇよオイ!!)
《いや待て、何の話だ?》
(ああ!? アネッテがここで待機してるように指示したのって、俺とリエルの関係が明るみに出ないようにする為だったんじゃねえの?)
《……そこまでの危機なら、そもそも兄弟を大使館まで連れて来ねえよ。用があるにしても、アネッテが単身で乗り込むか、本国に帰ってから遣いを出すだろ》
(……そうなのか、いや、じゃあ何で待機させたんだよ)
《ライシンサがどんな対応するか、確かめたかったんじゃねえのか? あからさまな非歓迎ムードなら、不愉快な思いさせる前に釘を刺すとか……かね?》
(聞くなや……まあ、分かった)
「御両人―……そろそろどうかな?」
身体をユサユサと揺さぶられる。リンプファーはああ言ったが、あくまでそれも予想である。少なくともアネッテは怒ってはいないようだが、リンプファーの予想が当たっていたとて、やはり抱き合っていたという状況は色々とアレである。なので──
「悪りぃアネッテ。恥かかせた」
──リエルを解放しながら、特に感情を込めずに謝罪した。
「ん……? ああ、大丈夫大丈夫! 噂と違ってフレンドリーな人だったしね!」
ライシンサは一瞬怪訝な顔をしたもののすぐに合点がいったらしく、破顔しながらこう言った。
「もしや噂とは切れ者だなどと言う、アレの事でしょうか。いやはや、私など唯の臆病者でしかないのですがね」
どうやら噂は噂に過ぎなかったらしい。確かに、此方を和かに見つめるその男性は、いかにも善人といった雰囲気を纏っていた。
「そうか。リエルも、その、いきなり悪かった。降りよう」
「は、はい……」
此方の世界にエスコートなる文化があるのか定かではない。が、もう抱き合っているところを見られたリョウである。今更多少恥ずかしい思いをしたところで何だと言うのか。降りようとするリエルに、そっと手を差し出したリョウは──
「えい」
ヒョイッ。スタッ
「「「「………………」」」」
──冗談かと思うような怪力で後ろから抱え上げられ、あまつ持ち運ばれた後にライシンサの前に|置かれた《・・・・
》。
「リョウくーん? そろそろご挨拶しよっか?」
「すいませんでした」
とはいえ、ライシンサの前に立たされたリョウは困惑した。目上に対しての挨拶……その礼儀が分からなかったのである。アネッテは握手をしていたが、この場でそれは正しい挨拶なのか? ここで更にライシンサを待たせ、アネッテに相談するのも悪手だろうと考えていると、唐突にその手を絡め取られた。
「シュラバアル大使。ライシンサ・セプと申します!!」
「リョウ・キサラギです。よろしくお願いします」
(挨拶するにしても、目下が先に手を差し出すんだと思ってたわ)
先程アネッテと握手していた際、ライシンサが先に手を差し出していたのは覚えていた。
《変なトコ見てんな兄弟……正解は『目下が目上に手を差し出して、目上から指を解く』だな》
(!?!?)
御教授通り、リョウから指を解く。
《そりゃあリエルと公衆の面前で抱き合ってりゃあ、そんな態度にもなるだろ》
(誰の所為だよ!!!)
アネッテの所為である。
リエルが横に並び立つと、再びライシンサが挨拶をする……のだが、それはまた違った様式であった。
(……礼? 握手しねえのか?)
互いに立礼し合うのみで、握手は行われなかった。
《リエルが握手しねえのは有名なんだよ。神に操を立ててるって専らの噂だ》
(神を差し置いてヤっちまったぞ俺)
《字が違うぞ兄弟。『差し』と言うより、この場合は『挿し』だろ!!》
(ちょっと面白えじゃねえか、クソが……)
「お二人の式の日取りも気になりますが、立ち話も何ですし先ずは中へどうぞ。簡単な物でしたら直ぐにご用意出来ますので」
「挙式だなんて……ライシンサさん、気が早いです」
リエルが頬を紅く染めながら此方の袖を掴む。可愛い。そんな素敵な彼女の頭を撫「い・い・か・ら・行・く・よ ?」アッハイ。
遣り取りが楽しくて堪らないのだろう。朗らかに笑うライシンサに連れられ、大使館へと向かった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
〜これより少し前〜
「クアン〜今日も車中泊〜?」
「なんだようるせえな……」
「シュラバアルに泊まんないの〜?」
作戦を二日後に控えた三一八小隊は任務遂行の為、一路シュラバアルを目指していた。
三一八小隊とは約三百年前に設立された非正規部隊である。リエル・レイスがクアン・ジージーを見出したのが始まりで、その数十年後に八名の加入があり分隊の形を成した。その頃に幾らかの情報が漏れ出たらしく、三一八隊……恐らく二十〜三十人程度の小隊であろうと噂が立った。それももはや二百年以上昔の事なのだが、『小隊』なのではとの噂が未だに一人歩きしており、構成員がゆうに六十人を超える現在に至ってもなお、三一八『小隊』と囁かれている。
彼等を乗せたソレは、一見すると四十ftコンテナを積んだトラックにしか見えないが、注意深く観察するとコンテナと運転席が行き来出来るようになっているのが分かる。
コンテナの壁には巧妙に隠された窓が付いており、そこから新鮮な外気が取り込まれていた。
「ね〜ね〜。クアン〜」
「んなことしたら、あからさまに怪しいだろ。それより、周辺警戒のスキルは使ってんだよな?」
「何も居ないって〜」
キィトス軍の集団がゾロゾロとやって来て、その二日後に大量の死体が転がるのである。どう考えてもそいつらが怪しい。
「別に怪しまれても良くねっ? キィトス軍がやったなんて分かり切ってるっしょ。もし証拠出ても俺等の後ろ盾はリエルさんだからなんとでもしてくれるだろうし」
「小言を言われてから『なんとでもしてくれる』だけだからな? もっと言えば、その間に俺の謝罪が挟まってんだよタコ」
先程からはしゃいでいるこの男はリュデホーン。三一八小隊旗揚げ時に入隊した、最古参の内の一人だ。容姿と言動は十七歳前後といったところだが、実年齢は三百近い。三百歳でコレであるからして、生粋のバカである。
……もっとも、三一八小隊は正常な二割を除けば、残りはバカしか居ないのだが。
「大使館に泊めさせてもらえば良いんじゃねえの?」
「街の外で待機って命令だろ……第一、あのライシンサを信用すんのか? 冗談だろ。ターキュージュ。それに門を潜る時に一般業者を装うなら、検閲受けなきゃいけねえぞ」
ターキュージュも三一八小隊旗揚げ時に入隊した、最古参の内の一人だ。容姿は三十歳前後。例に漏れずアホだが、純粋な格闘術ではクアンを上回る技量を誇る。
「我々の力を示せば良い……さすれば如何にライシンサとて無力。そうだろう? 隊「エメクサ。ちょっとガルファン黙らせといてくれ」
「オッケー」
ガシッ!!!!!!
「止すが良い、エメクサ…………止すんだ、止せ、止せって……アイアンクローは……止してください止めてやめてヤメテえぇぇぇぇっ!!!」
ギリギリギリギリッ!!
「ギィヤアアアアアアアアアア!!」
「ダァッハッハッハッハッハッ!!!!」
「エメクサ!! 次俺!! 俺ね!!」
「フザケんなリュデホーン!! 年功序列で次は俺様だぁ!!!」
「うるっせえ!!」
厨二病全開の言動をした挙句にアイアンクローをされている男の名前はガルファン。アイアンクローをしながら爆笑しているのはエメクサである。共に二十歳半ばに見えるが、二人もまた三一八小隊旗揚げ時に入隊した最古参勢だ。そして大方の予想通り、ガルファンはまごう事無きバカ。エメクサも上記三名程ではないにせよ、バカに片足を突っ込んだアホである。
偽装トラックのコンテナはそこまで広くはない。クアンはアイアンクローの順番を争うリュデホーンとターキュージュを黙らせんとするが、このバカ共は一度テンションが上がると手が付けられない。
「騒ぐのも良いけど、そろそろシュラバアル着くかんね?」
……ピタッ
「お前等、マーヴァニンの言う事は聞くのかよ……」
年の頃は二十歳程。ハンドル片手に眼鏡をクィッとしながら言い放ったのはマーヴァニンだ。三一八小隊に加入する以前より、リュデホーン・ターキュージュ・エメクサ・ガルファン含む八名を指揮していた彼は、今でも小隊の兄貴分である。
「マーヴァニン、向かう先は──」
「警備隊に何言われるか分かんないし、門前で駐留は有り得ないでしょ。人気が無い北東付近の藪に身を隠す」
「流石」
エメクサとターキュージュによるダブルアイアンクローに沈んだガルファンは放って置いて、クアンは別の五人に意識を向けた。