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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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40話 まさかの肩透かし

門に到着する少し前、アネッテはこう言っていた。「多分吃驚されるよ!」と。そして只今門前にて、まさにその通りの状況が繰り広げられている。門番Aは受話器相手に声を張り上げ、片やリョウに身分証の提示を要求した門番Bは、憐れリエルの無言の圧力で冷や汗を流した後に、アネッテから「兎に角入れろ。今すぐ入れろ」と無茶振りを受けていた。


……自身の存在を誤魔化す為の行動なのだと理解するまでに、そう時間はかからなかった。


(ハシロパスカは素通りだったよな……)

《コイツらが職務に忠実過ぎんだよ。普通、魔導士のツレの身分なんて確認しねえって》

(俺、魔王様から入国の許可は貰ってんだよな?)

《その許可を証明する手段が無えし。撹乱してあしらって直ぐ去った方が、お互い幸せだ》

(文句付ける訳じゃ無くて単純な疑問だけど、大使館じゃなきゃだめだったのか? ちょっとした休憩なら、どっかの店でも良いんじゃねえの?)

《大使に用事もあったみてえだし、次いでだろ。多分。》


助手席のアネッテは後ろを向いていた上に、フロントガラスを除いた全ての窓にはスモークがかけられている。身分証の提示を促しパワーウィンドウを開けさせると、正にビックリ玉手箱。まさか魔導士が二人も御座すなど予想の外も外。撹乱は大成功と言えた。


果たして直ぐに門は開かれ、リョウを含めた全員を乗せたタクシーが敷地内の侵入に成功する。法的には問題無いとは言え、後ろ暗いリョウにとっては侵入に他ならない。


外壁から近く、中心部から離れているからか、敷地はハシロパスカの数倍はあるように思える。『漸く大使館を細部まで見られる』ハシロパスカの大使館が美しかったが故に、リョウは期待しながらそう思ったのだが──


「……シュラバアルの大使館って、ハシロパスカの大使館と同じ見た目に見えるな」

「普通はもっと違う造りにするんだけどさー。ここの大使……ライシンサが食えないヤツって言うか、なかなかのやり手でね。旧大使館が老朽化でそろそろ建て替えようかって時に、丁度ダーマも改築だって言って建築材料やら人員やらデザインやら発注するってなったんだ。そしたらライシンサがダーマの自尊心をくすぐって、資材だけグレード下げて、他全部真似させて貰ったみたい。資材も同時に発注したしハシロパスカ側の建築が終わった人員もこっちにそのままスライドさせたしで、結構お金浮いたんじゃないかなー」

「……? ああ、デザインの発注分、金が浮いたってワケか」

「ええと、確か……それもあるんですけど、ダーマさんが依頼した資材運搬の業者さんの料金体制が『積み降ろし総重量』と『配送手数料』の合算でしたから、相乗りで運んでもらえば手数料分が無料になるんです。部下の皆さんも凄いと話題にしていました」


(携帯の販促かよ!!)

《基本料ゼロ円!!》


「ていうか建築に携わった人員を丸っとスライドさせたのが凄いよ。どんな風に手玉に取ったのか知らないけどさ」

「?? いくらスライドさせたって、掛かる金は…………ああ、料金プランを交渉したのか」


リョウは時給制にでもしたのだろうかと考えた。同じ建物を連続で建てるのなら、効率も上がるだろう。


アネッテはボールペンらしき物体をカチカチと鳴らしながら、軽く答えた。


「んにゃ、ダーマに全部払わせたみたい」

「どういう事だよ!?」


実際にはダーマの自慢話に付き合って適当に煽てているうちに、何故か「貴様の館も建て直させてやる」「貴様程度にこれ程の木材は釣り合わん」となり「ダーマ殿は流石ですな! 南部にその男ありと言われるだけはある。とは言えお話は有難いのですが、我々は先立つものも無く……資材費だけで苦──」「ふふふん! ならば貴様の館も建てるよう取り計らって──」……となり、あれよあれよと言う間に話が進んだだけなのだが。


「それ、ダーマの汚れた金を使わせてんだよな? 罪にはならねえの?」

「無理矢理払わせてもいないですし、悪事を唆した風でもないので……」


《ダーマみてえに権力を傘に着て強引に安く仕入れることも出来るといやあ出来るんだが、そうするとどうしても敵を作るだろ?》

(うっわぁ。その仕入れも全部やらせて汚れ役を押し付けたワケね。賢いなぁオイ)

《あ、悪りぃ。ちょい消える》

(? おう)


「結構怖い人って感じか。挨拶だけして、後はボロ出さないように黙っといて良いか?」

「そうですね。滞在は二十分くらいですし」

「よーし、じゃあモブに徹するかね!」

「いやいやリョウくん、予感がする。絶対無理だと思う──って……」


アネッテが言い淀むのも無理からぬことだろう。道の先、その大使館の三階の窓がおもむろに開け放たれたと思いきや、突如現れた初老の男性が窓枠から身を乗り出し、地上へ向けて自然落下を敢行し出したのだから。


「し、死──!!!」


スタッ……


片膝をつく着地姿勢の、なんと様になることか。


「──まあ、魔術士だし死なないよね。アレがライシンサかな。写真で見たことある」

「い、意外に破天荒? 確かに見た目はやり手っぽいけど、行動はイメージと違ったな?」

「あー私も同じ…………いや、今から動揺させて会話の主導権を握るつもりなのかも」


男がすっくと立ち上がった数秒後、館内から人がゾロゾロと吐き出された。軍服を着ている者が三人、執事服を着ている者が五人。全員男性である。彼等はライシンサを中心に横一列に並ぶと両腕を後ろ腰に回し、背筋をピンと伸ばした。視線も遠くに固定されており、異世界式の敬礼である。


「ドアを開けてくれるって感じじゃないな」

「そうだねー…………んー……どうしようかな。いや、どうせ無理だろうし……あっ……いーい事思い付いた。運転手さん、気にせずドア全部閉じたままで良いから。あとリョウくん、私が降りてから三十秒くらい経ってからドア開けて」

「?? 了解」

「ただのイタズラだよ。やられっぱなしじゃつまんないし…………“精神術式”」


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


アークが術式を使い、アネッテの部屋から何処かへと去って行った直後、こんな会話が交わされていた。


《アークの狙いは三一八小隊の力の底上げ……とか言ってるが、それだけとも思えねえ》


リンプファーはアークがシュラバアルでの作戦に好意的だった事が腑に落ちなかったのだ。


《シュラバアルと言えば、切れ者のライシンサ・セプが居る》

「……そういえばそんな奴も居た」

《もしかしたら関係があるかも知れねえ》


リンプファーと同様に…………否、試行と観測によるリンプファーよりも正確に、アークは運命値と未来を結び見る事が出来る筈である。しかし此方がシュラバアルで運命値を修正するのに反対するどころか賛成する始末だ。アネッテが真っ先に思い付いたのは、切れ者のライシンサだったのだが……


「“精神術式”が通用すれば心を読めて手っ取り早いんだろうけど、そんなうまくは行かないだろうし……」

《希望的観測も含んじゃいるが、運命値が変わってるようには思えねえな。役職も他の世界と同じだしよ。『成って』ねえなら、普通に術式が通用するかもしれねえぞ?》

「今はそうかも知れない。でもこの先、無理矢理動かす事も出来るでしょう?」


嘗てのリエルにそうしたように、世界に憐憫されるように仕向ける。確かに不可能ではないが……


《面倒臭えな。“精神術式”が通じるなら、命令に命令を重ね掛けして奴隷にしちまえ》

「……異議無し」


この男の運命値はそれなりに大きい。突発的な成長を遂げられでもすると、運命が大きく狂う。ならば、その企みが成立する前に掌握する。


「もしも……もしもライシンサが知らない間に『成って』いて、術式を習得していた場合はどうするの?」


『成った』者。即ち術式を習得した者には、直接術式で干渉する事が出来なくなる。奴隷にするなど以っての他。


《そうなりゃ……兄弟の手前やりたかねぇけど、お前とリエルの身体を借りた俺と二人で殺しにかかる。勿論“空間術式”で兄弟をカシュナに預けて安全を確保してからになるが……》

「サポート無しで二人きり?」


サポートも無しに二人きり。それがどれだけ危険な橋か、当然ながらリンプファーも理解している。


《やべーのは分かってる。百も承知だボケ。ただ、仕方ねえだろ。ライシンサが『成って』いた場合、完全に未知の術式になる。昔アークから聞いた根幹術式とやらも未だ埋まってねえし、根幹じゃなくても“治癒術式”みてえな反則技がある以上、お前一人に戦らせんのは気が進まねえ》

「リンプファーなら、“空間術式”で界外に吹き飛ばせば一人でも──」

《そろそろ考えて物言えやクソアマ。脊髄じゃなくて脳で会話をしろ。今、界外に、何が居る? 言ってみろ》

「………………」


呆れ果てて何も言いたくないのが本音だったが、そうもいくまい。協議……ですら無い。意見を一方的に叩き付ける事にした。


《多分三一八小隊……っつーか、クアン・ジージー絡みだろうから、コイツは関係ねえ……とは思うけどな。情報が少なすぎる。これ以上考えても仕方ねぇ》

「なら予定通り、命令を重ねて──」

《──それと、あんま小言言いたかねえけどよ。俺が相手でも普段通りのテンションにしねえと、いざって時に漏れて出るぞ》

「……気を付ける。それとクアンはどうしよう? 時間的にシュラバアルで合流出来るかもしれないけど」

《アイツもアークの狙いなのは間違い無い。合流は避ける》


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


彼等の前に停車すると同時。ライシンサが一歩前に歩み出ると、全員が頭を下げた。


先ずはアネッテが下車する……が、ここでアネッテは肩透かしを食らった。


(……嘘)


「…………お互い顔は知ってるだろうけど、一応初めまして。キィトス国軍第十軍団長 魔導士やってます。アネッテ・ヘーグバリでーす」


(勘弁してくれ、ダーマと関係があると思われてるのかも心外、誠心誠意、魔導士怖い怖い怖い………………何これ!?)


読み込まれた心中と記憶は、当然ながらリンプファーにも伝えられた。


《意外と、小者……だったな?》


賢人? 切れ者? なんのことはない。野心も下心も無いただの臆病者である。能力こそあるものの、アークのことも相まって些か警戒レベルを上げ過ぎた。最悪の場合“精神術式”が効かない可能性も視野に入れていたのだが……


《なんつーか、無駄に疲れたな》

(疲れたって言うかなんというか…………はぁ。元々は“精神術式”が効かない場合にコイツのペースを乱そうと思って考えた作戦なんだけど。腹立つし、やっぱ実行しようかな)

《よく分かんねえけど、手短に頼むぞ》


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「…………お互い顔は知ってるだろうけど、一応初めまして。キィトス国軍第十軍団長 魔導士やってます。アネッテ・ヘーグバリでーす」

「こちらこそ初めまして。シュラバアル大使館大使 ライシンサ・セプです。ヘーグバリ様を知らない者など、この国に居ませんでしょう」


ライシンサが手を差し出すと、お互い笑顔を浮かべながら握手をした…………のだが、リョウ達は出るタイミングが分からなかった。


「……リエル。今降りたら拙いのか?」

「アネッテの狙いがよく分かりませんが……三十秒と言っていたので、もうそろそろ降りても良いかと思います」

「んー……よし、じゃあ降りるか」


………………


「リエル、その繋いでる手を離さないと降りれねえんだけど」


リョウなりに先程のアネッテの言葉を考えていたのだが、恐らくリエルにとってウィークポイントになる存在を隠しておきたいという狙いがある。要職に着いているリエルにとって、ライシンサのような切れ者に馬脈を晒す事は命取りになるのだろう。ここで一度クールダウンせよとの意図がある……のだ。多分。

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