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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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39話 ライシンサ・セプ

予定より大幅に早い午前九時過ぎ、一行はシュラバアルに到着した。


「うわおおおお……カッコイイ……!」

「やっぱり男性の方は初めて見たらそう感じますか? ハシロパスカの外壁は産業の一環ですから唯一無二で、むしろこれが一般的なんですよ」

「リョウくんも男の子だねー。キィトス出身の子が初めて来る時と同じ目してるよ」


この光景に息を呑まないのなら、それは男心が足りていないだろうと思う。


「これが一般的……? こんな外壁作るって、凄い金がかかるんじゃ……?」

「キィトスのどこだかの企業がリース契約結んでるんじゃなかったかな? 城壁作ってみようかって話もあったんだけど、こっちのが管理楽で儲けれそうだからって」

「その意味ですと、確かにお金はかかってますね。破損した杭の修理交換費用で、どこの領も財政が圧迫されているみたいですし……」


確かに、その外壁は見栄えが良かった。例えるならばファランクスの陣形だろうか? 黒光りした槍が様々な角度を形成するように深々と地面に突き立てられており、それらが街をぐるりと囲んでいる。もし空から見下ろしたなら、黒い毛虫が塒を巻いたように見えただろう。


「あー……高官位を売りに出してるんだっけ? ここも、ほぼ内政は牛耳られてるよねー」

「ところで、あの予定はまだまだ先でしたよね?」

「ありゃ。聞いてなかった? 何かあるとしたら今日だろうし、それ読みでもう直ぐだよ。二日後予定の今日現地」

「もう現地ですか?」

「念の為ね。だけど時間も無いし状況も良くないし。顔合わせは後日だね」


朝一を多少過ぎた時間だからか、門の出入り口共に検閲待ちの行列が出来ていた。入場待ちに限定しても、小洒落た字体の会社名が貼り付けられた四十ftコンテナを引くトラックから、壺やら毛皮やらを積んだ馬車まで幅広い。遠目から様子を見るに、馬車やスカスカの二十tトラック程度ならばすぐに確認を終えて解放されるようだが、数が数である。それに間違いなく積載量ギリギリのギュウギュウ詰めな車両も存在するだろう。リョウは「これは時間がかかるな」と判断する。


《徒歩の連中も凄え並んでんな?》


馬車(車)以外の者専用のゲートもあったが、そちらも長者の列ができていた。


「この黒い杭は、どんな素材なんだ? 鉄杭に黒い塗料をコーティングしてるとか?」

「確か……ジルコニアを主成分に形成された杭だったかと思います」

「じるこにあ」

「錆びなくて頑丈で、それなりに割れ難い素材って考えてくれれば良いよ!」

「りょうかい」


《魔王カシュナだけが創れるケルベムの芯が入ってっから、杭が中までボッキリとはいかねえよ》

(小卒には難易度高え)


「クラクションを鳴らします」

「おっけー。分かってると思うけど、大使館までね」


運転手が十回小刻みにクラクションを鳴らすと、数台のトラックと門番兵士が此方を視認した。すると門番兵士達は、順番待ちをしている門手前の三台に何やら指示を出す。どうやら最優先で通してくれるらしく、それに合わせて此方の運転手もアクセルを踏み込んだ。


「最優先か。便利だな」


最優先で通してもらったとて、目的は手洗い休憩である。まあ、そんな世界なのだろう。


「そりゃあそうだよ! キィトス資本の運送会社にはちょっと悪いかなーとは思うけどねっ」


つまりこれは、キィトスに所縁のない奴等は順序を譲って当然と言う事である。


《平和ボケした日本人的に、思う所は?》

(何も? そういうモンで、俺は勝ち馬に乗ってんだろ? むしろ感謝してる。現状万歳)

《なら安心だ》

(まさか異世界転生あるあるで、こーゆー不平等的なモンを撤廃する為に後々動くとかねえよな?)

《逆に聞くが、撤廃したいか?》

(まさかだろ面倒臭え。漫画じゃねえんだから、民衆に呼びかけて意識を変えてハイお仕舞い……じゃ済まねえ事くらい余裕で想像できるわ)

《それありきで経済が回ってっからなぁ…………まあ兎も角、中身が無い気色悪ぃ正義感振りかざされなくて一安心だ》

(俺、あからさまにそんなタイプじゃねえだろ)


リエルが話していた通り、兵士は此方を止めようとはしなかった。ハシロパスカよりも頑丈そうな門(ちゃんと立派な扉が備わっている)を素通りで潜れば、そこは直ぐに舗装道路である。並ぶ家々も木・煉瓦・石灰岩などを雑多に組み合わせたツギハギな造りではあったが、トタン張りのスラムな家よりは余程住みやすいだろう。


(車の性能が良いんだな。走り心地変わらねえし)

《なんだ、本気で気づいてなかったのか。さっきからアネッテが防御術で地面コーティングしてっから、路面状況なんて関係ねぇぞ?》

(……道理で揺れなかった訳だ)


「ここ南門なんだけど、丁度この側に大使館あるから。そこで休憩ねー」

「おうけい」

「魔導士が二人だからさ。多分吃驚されるよ!」


……気の毒である。


「それと、大使館入る時には二人とも距離取ってね」

「おうけい」


………………


「リエルちゃーん? もしかして聞こえないフリ?」


………………


「……手くらいなら繋いでても良いから」

「はいっ!」


花が咲いたような満面の笑みでの返事である。これには流石のアネッテも苦笑した。


「まあ……うん。幸せそうで良かったよ」


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


袖口のボタンが千切れてしまったのはマイナスではあるが、概ね麗らかな朝である。


暖かな朝日を浴びながら飲むコーヒーは、人生に潤いを与える。オールバックにちょび髭を蓄えた、シュラバアル領・キィトス大使館大使 ライシンサ・セプは、鼻から抜ける薫りを堪能しながらそう確信していた。


巷では人格者。本国では大使唯一の辣腕家とも評されるライシンサだが、その実はただの臆病者である。世間曰く、出世コースから自ら退き大使の任に着いたのは何やら理由があるらしいが、ただ単に足の引っ張り合いに疲れただけである。魔導士補佐へ至るまでの超えられない壁と己の年齢を考慮し、潰しが効く内に気楽な僻地に引っ込んだに過ぎない。


大使の仕事など、特別なイベントでもない限り暇なものである。雑多な事務は三人の補佐官に丸投げし、当の本人は己の裁量でしか動かせない仕事のみをこなす。もっとも、そんな重要な案件は数えるほどにも無いのだが。


本国での仕事も決して苦しくはなかったが、ここまでのゆとりは無かった。持病だった胃痛も再発しなくなって久しい。


因みに『特別なイベント』とは、シュラバアルで発生した重要性の高い案件を本国へ伝える事。そして逆に本国からの指示を傀儡と化したシュラバアル高官へ伝える橋渡しの役だ。しかし、指示は緊急、又は重要性の高い案件でしか下されない。


(リエル・レイスに続きアネッテ・ヘーグバリまでもが本国を飛び出し、南下を始めたようだとの情報を受けた時には心臓が止まるかと思ったが……冷静に考えれば、そもそも私には関係の無い話だった)


万が一訪れたとて、やましい事など何一つ有りはしないのだ。無論緊張はするが、確と歓待する事で覚えめでたくなる好機ですらある。


(いや、これは虚栄が過ぎるか)


そして先程もたらされた情報によると、ハシロパスカ大使が処分されたらしい。これで『万が一』も無くなった。


(ダーマを捕らえる……いや、我々大使程度の小物のためにリエル・レイスが動くわけがない。恐らくは別任務の道すがら、無礼な振る舞いをして逆鱗に触れた? あの肉ダルマなら、リエル・レイスは弱く儚いなどと言う市井への喧伝を真に受けていそうだ。或いは大使館を作戦の拠点とする際に非協力的で煙たがられたか……あの馬鹿なら、どちらも有り得る)


市井の人間を前にしたリエルと軍属の人間を前にしたリエルは、しばしば違う生き物だと軍上層部では揶揄される。聖女リエルの美しさに惹かれて入営した新人が高官となり、漸く言葉を交わせる立場になって初めて恋破れたエピソードなどが有名だが、ライシンサとて嘗ては上層部の末席に名を連ねた者である。しっかりと情報は掴んでいた。


閑話休題。


お隣同士でもあるライシンサとダーマは、定期的に連絡を取り合っていた……のだが、ライシンサはダーマの人柄を良く思ってはいなかったし、同調もできなかった。所詮、大使など地方の小役人に過ぎないというのに、ダーマは自身を一国の主だと言って憚らなかった。自己愛の塊のような男だったが故に、建前を文字通りに受け取ってしまったのである。


(ダーマを移送する別働隊が出ている。なら、アネッテ・ヘーグバリの目的は一体何だ? リエル・レイスの補佐だろう。それは間違い無い……しかし、魔導士二人掛かりの作戦な…………いや、考える必要は無い。凡夫共ならハシロパスカから本国へ向かう際に補給としてここに寄るだろうが、あの二人なら空を飛ぶ。やはり『万が一』は無い。今日も平和な一日になる)


本国に居た際、明らかに動機が不明瞭で裏がある事件や事故が数多くあった。気にならないと言えば嘘になるが、人には分相応というものがある。それを弁えられなかった青い部下は、いきり立ったその僅か数分後に行方不明と相成ったものだ。


パキャンッ…………


空になったコーヒーカップをデスクに置くと、取っ手が外れた。


「はあ……」


お気に入りだったが仕方ない。袖口のボタンといい、嫌な事は続くものである。


部下が窓の前で大きく伸びをする。適度なストレッチや気分転換は脳を活性化させる。ライシンサが強く推奨している事柄の一つだ。するとおもむろに──


「あれぇ? ライさん。今日、来客予定とかありましたっけ?」


──部下が不穏な言葉を発した。


嫌な予感がする。


窓の外を見ると、部下が正門で応対していた。助手席に座っているのは女性だろうか? 此方の位置が地上三階であるのも原因ではあったが、災害時を想定して周囲の土地を併呑したのが決定的な仇となった。相手が顔を始終後部座席を向いているのも相まって、性別すら窺えない。


「い、いいや、無いはずだ。珍しいな?」


見慣れない(と思う)数字のナンバープレートから察するに、他領から来たのだろうと推測する。


門番が慌てふためく様を見て、脳内でけたたましく警鐘が鳴り響く。まさか、いや、有り得ない。そんな筈は──! 私の計算では──!!


トゥルルルルルルルッ……トゥルルルルルルルッ……


「っつ!!!」

「どうしました?」


大仰に驚くライシンサと、それを見て首を傾げる部下達。予定外の来客が来た際には、その人物の詳細及び理由を連絡。その後入国の是非を伝える手筈になっている。そう、何という事はない。平時と変わらぬ流れに過ぎない。


ガチャリ


「………………もしもし、私だ」

『ライさん!! キィトス国軍第十軍団長 魔導士アネッテ・ヘーグバリ様と、同じくキィトス国軍第十一軍団長 魔導士リエル・レイス様がお見えになってます!!!』


『好機ですらある』と考えていたライシンサだが、実際に魔王の「半身」と神敵の「殲滅」者を目の当たりにすれば流石に考えも改める。なにせリエル・レイスを前に嘘は通用しないのだ。曖昧な言い回しで取り繕うたとしても、火に油を注ぐ結果にしかならない。そう、少しでも妙な思考をし二人の気分を害せば、塵すらも残らず消し飛ばされると理解しているが故に。


(嗚呼、アルケー様。邪神イグニから下界の人々を救われたように、どうか私をお救いください…………)


哀れ。この世界の神様は非情である。彼の祈りは届かなかった。


受話器からがなり声が聞こえたのだろう。しげしげと来客を眺めていた部下が「ヒィッ」と素っ頓狂な声を上げ、恐慌状態に陥っている。


(本当に「殲滅」は拙い。信用できる情報筋は皆、口を揃えて「拷問狂の殺人中毒者が可憐な美少女の皮を被って歩いている」と言うのに!!)


『ライさん!? 繰り返します! キィトス国軍第十軍団長 魔導士アネッテ・ヘーグバリ様と、同じくキィトス国軍第十一軍団長 魔導士リエル・レイス様がお見えになっております!!! と、兎に角入れろ、と!!!』

「……問題無い。すぐにお通ししろ」

『はっ!!』


受話器を叩き付けるように戻したライシンサは、三人の部下に指示を出した。


「五人の使用人を全員連れて来い! それと、お前達は余計な口を開くな!! 練習通りにカカシになれ!! 使用人達にもそう言っておけ!! それと、整列・解散後に茶と軽食の用意をさせろ!! 誰が飲み食いするか分からん。念の為に運転手の分もだ!!」


こうして、麗らかな朝は終焉を迎える。誠意を示すには階段を降りる時間すら惜しい。己の不幸を嘆きながら、ライシンサは窓からその身を翻した。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

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