3話 喪失者の襲撃
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「ッーーーーーーーー!!!!!」
そこからは慣性との戦いである。
状況が状況だ。足首を掴まれたままという事はなく、腰に腕を回し小脇に抱えられている。しかし、右に左にと小さく小刻みに、それでいて圧倒的速度での機動は、リョウの意識を朦朧とさせるには十分過ぎた。
しかし、文句を言うのは筋違いだろうと思う。恐らく、『敵』……それも、巫山戯た態度の神様が顔色を変える程度には危険な手合いのようだ。守られている身分という自覚はある。弁えるべきだろう。もっとも、この機動と朦朧とした意識とでは、文句の言葉も発する事は出来ないのだが。
右に、上へ、下方、更に下、ついでとばかりに左へ。
ガクガクと揺さぶられる頭部では視認も判断も困難だが、どうやら神様は先程と同様に何かしらの武器を喚び出し、攻撃を行なっているようだった。それは石ころにしか見えないような物から豪奢な装飾が施された大剣までと幅広く、それら全てを敵の元に送り届け、起爆させているらしい。
タップリと時間を掛け、ここまでは理解出来たリョウだったが──
(なっっんっで……こんな!に!小刻みに動いてんだっ!? 何か躱してんのか!?)
気付けば上層部分は厚い粉塵で覆われ、蓋をされたようだ。リョウは知る由も無いが、この粉塵内には夥しい数の機雷が、誘爆をするかしないかの絶妙な距離感で以って配置されており、『敵』の侵入を阻んでいる。
人心地ついたのだろうか。神様は、「よし……」の一言と共に、下層をビシリと指差しながら続けた。
「微調整は終わりだ。ここからは急降下する。さっきみたいな回避行動は無い筈だが、舌噛むからな……返事はいらねえ」
やはり小脇に抱えられながら、下層へと進む。神様は上層を警戒したいのだろう。先程と同じく上を見上げ、直立の姿勢での落下である。
速度はあるのだろうが、小刻みな動きが無い分、非常に楽だ。
「今のは敵だ。狙いは……兄弟は確定だが、俺はどうだろうな? 話し合えば味方になるかもしれないが、不確定要素が多過ぎる。第一、確実に戦闘になる。兄弟に危害は加えないと思うが、今の受け、攻めを見る限り、色々と摩耗してるのか変化したか……こんな所で丁か半かなんて確率の壁を越えるのはバカらしい」
半ば独言る形で語る神様。その顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。
(……イマイチ要領を得ねえな。ってか、敵って事は理解できたが、この口振りだと、知り合いなのか?)
相変わらず説明になっていない説明に、思わず半眼になる。そもそも、先制攻撃を仕掛けた側が『確実に戦闘になる』と言い捨てるのはどうかと、神様の横顔を見上げた。彼はそれを先を促していると受け取ったようで、随分と近くなった巨大な球体を顎で示しながら続ける。
「そこら一帯にある球体。あれは全て世界だ。あれに………そう、真下にあるやつな。あの黄色の球体に今から飛び込んでもらうが……“界外圧”で結構痛い。耐えろ」
言いながら、神様が腕に力を込めているのを肌で感じるリョウ。
次いで、円盤投げの如く、腰を捻る神様。無論、円盤の立ち位置にいるのはリョウである。
「……オイ……マジじゃねぇよな? また落とすなんて事ねえよな? だったらさっきの剣みたいに、直接ワープ的な──「界外は転移不可。それとどのみち、入射角だとか、速度だとか、体勢の確認だとかで微調整が必要なんだなぁっ!!!──っと!!!!」
ブオンッ!と力強く。ヒュオッ!と爽やかに。再びリョウは風になる。
(もっとスマートな方法ねえのかよっ! クソが!!)
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(妙だな)
リョウを投げ落とした直後、リンプファーが設置した機雷に反応があった。
一つ、二つ、三つ、四つと起爆していき、爆心地近辺が更に深い煙に覆われる。
“彼”の──リンプファーの知る“ヤツ”は、無視界の戦闘も得意としていた。
視界が有ろうが、無かろうが、一度認識されてしまえば、攻撃・防御・逃走の術は大幅に限定される。
(なのに、逃げ切れた。兄弟への誤射をビビって攻撃しねえのかと思ったが、ご丁寧に機雷を踏み抜くあたり、恐らく捕捉も出来てねえ……)
リンプファー程の実力者ならば、“ヤツ”一人程度は時間を考慮しなければ勝利できる。圧倒的な手数と殺意で以って、一手一手と詰めていけば良い。いずれ逃げ道は無くなり、勝利が転がり込んで来る。
だがそれは、リンプファーが知る“ヤツ”の場合である。
(やっぱ、此方を視認し続けていたのがおかしいな。常識的に考えられねえけど所持している術式が変化? いや、ただ単に精神的に磨耗して本来の実力がいや待て楽観にしても程がある。変化、いや所持している術式が淘汰されて別の術式になったってか?)
リンプファーは内心舌打ちを打った。“ヤツ”の新たな力の詳細が知れない以上、今戦って勝てるかは分からない。だが例え逃げたとして、次の襲撃があるかもしれない。後者の場合、作戦の大まかな流れは決定済みなので、協議の時間は確保出来るのが唯一の救いではあるが……
(早い段階で襲撃が起きた場合、兄弟への移行作業も間に合わないか。そうなったら、どうする………?)
今尚踏み抜き続けている機雷から、“ヤツ”の位置は正確に把握している。
(殺すまでいけなくても“ヤツ”の使う術式のヒントを得られれば、対策を格段に練りやすくなる……んで、隙を見て兄弟の元へ撤退かますか……?)
打倒か、撤退か、観察からの撤退か逡巡するリンプファーだったが………
(俺が死ねば全部終わりだ。ただ、逆に俺さえいればまだチャンスはある。ここで確率の壁に挑む必要は無えな。最悪、アネッテで泣き落としに持ち込んで、あちらが折れるのを待っても良いか)
「A1-1-2-11より取得」
リンプファーが虚空に手を突っ込む事数瞬、そこから引き抜かれた手には豪奢な指輪が嵌められていた。
「防御術式起動」
限りなく薄い無色透明な壁が、背後を覗いた周囲五方向に展開される。それと同時に、指輪は砂細工の様に失せ消えた。
「さて、Bパート#577 始めるか」
呟きながら、リンプファーの姿は黄色の球体の中に消えて行った。