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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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38話 酌量の余地

「いえ、どうやらリョウさんは判断基準に含まれなかったようで……」

「そう……なのか??」

「そうみたいです」


リンプファーの存在を隠しているリョウは、リエルが心を読める事を知らない……という事になっている。今まさに運転手の心を読んだであろうリエルが断言して見せたが、リョウは「何故リエルが断言出来るのだろう?」と疑問を抱く振りをする必要があるのだ。面倒臭い。


(と言うかリエルを寄越したって事は、お前リエル本人か魔王にコンタクト取る手段があるんだろ。ぶっちゃけても良いよなこれ?)

《ここまで軽快かつフレンドリーに会話出来んのは兄弟くらいだよタコ。というか教会の有象無象共に知れ渡ったら、聖人にまで担ぎ上げられんぞ。無駄な腹芸させられたくなかったら、黙ってんのが吉だな》

(へいへい)


「つまり上司に命令されて仕方なく……という事情はあるにせよ、実際に標的を取捨選択して片棒を担いだコイツは無罪にならないって事か? いや、でもそれならダーマと一緒に連れて行くよな……?」


ダーマは朝早くに送還されたと言っていた筈である。


「いやーまあ、情状酌量の余地アリで普段なら見て見ぬ振りされて終わりなんだけどさ……」

「じゃあ今回も……とはいかないのか?」

「捕らえるように指示を出したのが、魔導士かつ最高裁判所長官のリエル・レイスだったのが拙かったんだよ。担当官達からすれば、打擲の手を緩める=リエルへの反意orダーマとの癒着があるんじゃないかって疑われかねないし。そりゃあ、徹底的に塵も残さずやるしかないよね」

「アネッテ……また勝手に……」


再び車体が揺れ、アネッテが運転手を強く睨み付けた。話をしている内に怒りが再燃してきたのだろうか。運転手へ説教を始める。


(最高裁判所ちょーかん?)

《司法で一番偉い人だ》


お小言はなおも続く。


「ねえ、そもそもさ、運転手って車転がすだけの仕事じゃないんだよ」


(捜査したのはリエルだよな?)

《そうだな》

(捕まえろっつったのもリエルなんだよな?)

《そうだな》

(じゃあ、何か? リエルは捜査権限を持ってて、なおかつ量刑も決めれんのか?)

《そうだな。しかも最高裁判所はリエルが一人で回してる。誰も介入できねえ》

(民事も行政も刑事も区別無く?)

《民事も行政も刑事も区別無く。いくら縺れに縺れても、最終的にはリエルのジャッジで決着よぉ》

(この世の春じゃねーか!! 起訴さえ確立できりゃ中世の魔女裁判どころか、リエルが頂点の独裁政治が出来ちまうぞ)

《流石に魔王は裁けねえけど、この兼任は歴代でもリエルだけだな。勿論、心を読めるってのが一番の理由だが、そんだけ魔王カシュナに信用されてんだってこった》

(凄い人を傷物にしちまった……てか、心苦しいな。俺の裏口入国の方が、運転手のおっちゃんよりナンボか罪重いんじゃねえの?)

《裏口っつっても魔王を頂点とした旧態依然の体制だぞ? リエルが口添えしたとは言え、その魔王が正式に招待したんなら裏口じゃねえよ。魔王が是と言えば是だ》

(あー、そんな感じか)


「だからさ、そこで門に居た人に聞けば──」


「リエル、最高裁判所長官って、司法のトップって認識で良いのか?」

「その、そうなんですが、先程の魔導士というのも隠していたわけでは「分かってる」


リョウは自らの額をリエルの額に押し当て、落ち着かせるように、優しく、ゆっくりと語りかける。


「俺を驚かせないように、敢えて言わなかったんだろ? それに、俺はそんな事でリエルを見る目を変えたりしねえから……だから、大丈夫」

「はい……っ!」


普段のリョウならば、他人の居る空間だと小恥ずかしくて出来ないであろう行動……なのだが、今はこれが自然で当然なのだと思えた。


「キミの仲間の二人はしっかり理解してたんだけどね。キミだけだよ。理解してないのは」


額が離れると、どちらと「これはチャンスなんですね!? ってさ。あの二人はまだ救いようがあるね。キミと違ってさ」もなく唇を重ねる。先程から身を寄せ合っていたというのに、この段になって初めてリエルの華やかな香りが鼻に抜けた。


不安だったのだろう。微かに体が震えていた。


背に手を回し、ポン……ポン……と一定のリズムを刻むと、やがて震えは治まっていった。


「「「………………」」」


なにやら静かになり静寂が隆盛を極めているが、詰まらない説教は終わったのだろうか? リョウは薄らと瞼を開くと、アネッテに向けて視線を移──「ねえねえねえええええ「ヒィッ!!!」


チラリと薄目を開けてアネッテを流し見んとした……のだが、果たしてアネッテは肉薄する程の至近距離から、此方にハイライトの消えた虚無の瞳を向けていた。あまつ「ねえねえねえええええ」などと怪談よろしく奇声を発しているのだ。リョウが根源的な恐怖を感じ、リエルを抱き締めたまま仰け反るのも無理からぬ事だろう。


「い、いやあ、悪い。リエルへの愛が溢れて止まらなかったハハハ」


リエルはぽーっとした顔で、心ここに在らずと言った表情をしながらリョウを見つめている。


「親友が“女の顔”してるのって、あんまり見たくなかったなぁ……」

「すまん」

「リエルは置いといて、今の話は聞いてた?」

「すまん。説教だと思ったから聞き流してた」

「ぶっちゃけちゃえば七割方説教だったんだけどねー。要約すると、ここで時間内に間に合わせれば恩赦なんだよって教えてあげた。道すがらにリエルが運転手と話をして、再犯の可能性は低いのと、情状酌量の余地があるって判断したシナリオだね」

「おおっ!!」


思わず運転手に話しかけそうなるリョウだったが、すんでのところで踏み止まった。「良かったな」と言われても返答に窮するだけだろう。


アネッテはパン! パン! と手を叩き、言葉を続けた。


「じゃあ色々片付いた所で、朝御飯にしまーす!!」

「は〜い!!」


時間は既に午前八時過ぎ。空腹も限界だったリョウは一も二もなく飛び付いた。そして言うが早いか、アネッテが袖口からラップに包まれた惣菜パンを大量に引き摺り出した。定番の焼そばパンから板チョコを挟んだ謎のクロワッサンまで、ありとあらゆるパンが溢れ出てくる。


まさか、手を「パン! パン!」と叩いたからパンなのだろうか?


………………


(……触らんどこ)

《……そうだな》


「うわ。美味そう」

「リョウさん。お茶です」

「あ、どうも」


リエルはいつの間にか現実世界に帰還していたらしい。


メーターの速度を見ると、驚異の時速百三十kmを叩き出していた。これならば、ハシロパスカのタイムロスも取り返すことが出来るだろう。そんなことを考えながら、リョウは無難なカツサンドに手を伸ばした。謎ワッサンはアネッテが咀嚼しており、サクサクボリボリと軽快な音を響かせていた。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


──なんて愛おしい


愛おしくて愛おしくて堪らない。


本当の意味でひとつになりたい。


脳を移植するのも良いだろうか。


……そうなると触れ合う事が出来なくなる。


彼の呼気だけを肺に取り込みたい。


それならば、ベッドの上で可能だろうか。


………………


この人が居るからこそ、この鉄の体は人間足り得る。


この人が居るからこそ、この魔の心は人間の形を成し得る。


──死ぬ時はリョウさんに殺されたい……


それはとても素敵なことだろう。


──憎悪の表情で、首を絞めてほしい


最愛の人が今まで見せたことのない、見せるはずのない表情を浮かべる。向けたことのない殺意の感情を叩きつけてくる。その光景を独り占めしながら、生が幕を下ろすのだ。想像するだけで絶大な多幸感が体を包み込み、思わず身震いする。


──お願いしたら、引かれるかな


その程度の理性は未だ残っている。


………………


──殺そう


決意。


──リョウさんを不快にさせる虫は全部殺そう


何よりも尊い男性(ひと)の為に死ねるなら、殺される側は本望だろう。そうに違いない。そうでなくてはならない。嬉しくないなど許されない。


あの魔物も、あの門番も、死の間際に彼の尊さを思い知る事ができたのだ。


虫ケラらしく、爆ぜて潰れて身の程を思い知る事ができたのだ。


『この世全てと天秤に掛()ても重くて誰よりも優しくて誰よりも素敵で()よりも愛してくれて全力で私を求めてくれる()の生きる目的そのもの』。その片鱗でも知ることができたのだ。幸せでなければ救いようがない。


──アネッテでもリンプファーでもカシュナでも……関係無い。殺そう


次が誰になるかは分からないが、どうやって殺すべきか思案する。


初心に帰って釘だろうか? いや、鋸も捨て難い。


何より釘は最近使ったばかりである。


身の程を知らないクズを、優しい彼に代わって教育する。リエルは愛しい彼の香りで肺を満たしながら、それを想像するだけで達して──


刹那、最愛の人が、自分の名を呼んだ気がした。


──……ッ!? リョウさん!?


即応する。即応しなければ。


至高にして無上の存在の時間を無為にするなど!


「……? どうしました?」


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

thanks 2000PV


……嘘です。まだ到達してないっす。

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