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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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37話 アネッテの地雷

「ザックリと端的に言っちゃうと…………理解してないから。かな?」

「『理解してない』? それで言えば、俺も理解出来てなかったりするんだよな……悪いけど後学の為に説明頼めるか?」


遠回しな言い方を見たリョウは、運転手に対して説明するつもりは無いのだと知った。ならばとばかりに己の無知さを口実にし、興味を装いつつ口を開けない運転手に代わりアネッテから情報を聞き出しにかかる。


「……リョウくんは優しいねえ」


アネッテはニヤニヤとした表情で「ふうー」と息を吐いた。この態度だけを見れば「お前も理解出来ないのか」という反応に見える。だが言葉も併せて考えれば「リョウくんの思惑を理解した上で協力してあげようか。ヤレヤレ。優しいねえ」となる。


(……コイツ、結構面倒な手合いだな。バカに見えて、しっかりこっちの考えもお見通しかよ)

《一応言っとくと、心を読んでるとかじゃねーぞ。ま、バカでも伊達に魔導士やってねえってこったな》

(となるとタメ口要求に即応したのはファインプレーだったかもな。適当なおべっかは通じねえどころか逆効果っぽいし)


「そうでもねえよ」


ズキリと僅かな偏頭痛が走る。


「まあ実際の性格は分かんないか。でもそーゆーアピールは相手を大事に思ってなきゃ見れないもんだし。やっぱ親友としては嬉しいもんだよ」

「?? ええと……リョウさん?」


リエルは何の会話をしているのか分からないで困惑しているようだった。一から十まで説明するのも恥ずかしく思ったリョウは、ポーカーフェイスを貼り付けながらリエルの肩に掛けられた右腕を少しばかり動かし、頬をムニュリと摘んで誤魔化した。


「りょうはんひろいれふぅ……」


端正な顔が奇っ怪に崩れる……のだが、それすらも養分とし、異なる色の可愛さの花を咲かせんとするリエルのスペックの高さよ。


「うわ可愛……じゃねえな(ムニムニ)それで、どうだ? (ムニムニ)アネッテ?」

「答えるけど、リエルの頬ムニムニしながら聞かれるのはヤダなあ……ていうか、よくクソ真面目な表情浮かべながらそんなこと出来るね!?」

「よせやい。照れるぜ」

「とくぎれすろんれ?」


これは「特技ですもんね?」だろうか。このまま本題へと会話を続けようか、アネッテをもう少しからかってから本題に入ろうか悩むリョウだったが……


「……あれ? 俺、リエルに特技はポーカーフェイスだなんて話したっけか?」


特技を含む自己紹介の類は、記憶喪失の設定を守るべく話さないように注意していた筈なのだが……


「「………………」」


何故かアネッテまで黙ってしまう。もしかすると拙い質問だっただろうかと思案を巡らせるが、リョウには思い当たる節も無い。多少強引にでも他の会話を捻じ込んで、この張り詰めた空気を打破すべく動かんとする。


「リエルは「あの………昨日、その、お酒を飲ませてしまった後です……」


《酔ってる時の睦言か。そりゃあ覚えてねえだろうし、リエルも言い難いわな》


「……オーケー。アネッテ、話を戻そうか」

「う、うん。まず、ダーマがやらかした罪状の一つに公文書の偽造ってのがあるんだけど」

「公文書の偽造」


書類仕事をしたことの無いリョウにはピンと来ない。何度かニュースで耳にした事がある程度である。


(そう、偉い人が偶にやってるアレだ)

《兄弟。馬鹿みてえだぞ》


「その内訳の一つに、んーと……分かりやすく言えば勝手なルール変更があって」

「勝手なルール変更」


難しい話になりそうな気配を感じたリョウは、必死にイメージを膨らませて理解に努めようとする。その代償に返事が鸚鵡返しになってしまっているのだが、アネッテは気分を害す事も無く言葉を続けた。


「この車ってキィトス軍関係者が利用する場合は一律無料なんだけど、ダーマは一部の利用者達から乗車料を徴収してたんだよね。ソイツらから文句が出た時はカシュ──魔王様の特別な計らいだって言いながら、偽造した許可証まで見せてね」

「いやそんなんすぐバレるだろ……アホなのかソイツ」


小難しい話かと身構えて見れば拍子抜けである。その立場を利用し卑しくも小遣いを得ようとして、全てを失ったというだけの事だ。


「アホなのは正しいんだけど、それなりに巧妙で今まで数年間バレはしなかったんだよねー……何でだと思う?」

「いや、分かんねえ。どんだけの数が被害に遭ったか知らねえけど、誰かが上司にチクればご破算だろ?」

「んー……つまり、リョウくんの案だと、相談された上司は更に上の人間に確認を取らなきゃいけないわけ。この特例はおかしい! こんな許可を魔王様が出すなど、正気とは思えない!! 不信感を抱いたので陛下に確認されたし! ってね?」

「いや、それはダメだろ。もうちょい言葉を選べば……どうだ?」

「言葉を選んでも、結局は魔王様の決定に不信感を抱いて陳情をしているという意味は変わりませんから……万が一……いえ、半信半疑で五分五分でしょうか。本当に魔王様から下賜された特例だったらと考えると、相談された上司の方々はその報告を握り潰すしかないんです」

「しかも上司は相談されただけ! 自分の懐は全く痛んでないからね。握り潰すのに躊躇なんかしないでしょ」


次いでアネッテは「更にダメ押しの一手もあるんだよね」と結んだ。更なる一手まで打ってどれだけの額になるのか知らないが、なかなかの悪党だとリョウは思った。しかし──


「……ん? あーそうか」

「んー? どしたのリョウくん」

「ああ、話遮って悪い。その、報告が最終的に届くくらいの階級のヤツが乗った場合…………今回のリエルのケースか。その場合はどうなるんだって思ってな。良く考えれば、それで年貢の納め時になったわけだし、想定されてなかったんだな」

「いやー想定っていうか……結論から言えば想定されてて、まさにその『ダメ押しの一手』に続く話なんだよね」

「ほう」

「本来車を足にするつもりなら、補佐官……魔導士の次に偉い人以下の連中なら、移動の日程に合わせて事前に連絡入れとくんだよ。タクシーはそれなりに広いハシロパスカに三台しかないから、そうそう出会えないからね。それに当日になって大使に予定外の仕事増やして反感買って、変な噂流されて出世に響いても面白くないし」


「いや、それくらいやれよ」とリョウは思う。ダーマ以下、大使とは碌でなしの集合体なのだろうか?


《良くも悪くも本国の飛地。その悪いトコが今回のケースだな》


「つまり、事前に連絡があるんならソイツ等からは金を徴収しないんだな? そうすりゃバレようがないと」

「そそ。あとは大使如きに事前連絡とか面倒くせえなヒャッハー! な魔導士なら、そもそもこんなの使わずに自力で走るか飛ぶかしちゃうしね」

「成る程な。ただ事前に連絡を入れる暇がなかった、予定外のお偉いさんもいるだろ?」


今回のリョウとリエルがそれに該当する。


「はい。予定外に私のような人が来て、更に運良く拾える事もありますので。その場合を想定したのがアネッテが言う『ダメ押しの一手』です」

「ふうん? んで、それはどんな手法なんだよ」


今や土気色な肌色と化した運転手がぶわぁっと汗をかき始め、百面相をするように忙しなく表情を変える。一見すると表情筋のトレーニングに見えなくもない。


「軍服を着た予約無しのお客様を相手にする場合は、運転手さんの判断で徴収するか否かを決めさせていたようでして……」

「ええと……? つまり……」

「つまり予約無しの客が、見るからに一兵卒だったなら即徴収。下士官くらいに見えれば多少会話してみてから徴収って感じ」


料金カウンターは最初から起動していた。見るからに一兵卒だと判断されたのだろう。つまりアネッテが怒っている理由は、リエルが侮られた事に起因すると理解できる。


(アネッテの地雷は分かった。リエルを兎に角大事にすりゃ良いんだろ? イージーだな)

《大正解だ兄弟》


惚れた女を大事にすれば、取り敢えずは魔導士アネッテの後ろ盾を得られる。それだけではないが、リョウはリエルとアネッテに見えるような位置で彼女の髪にサラサラと指を梳かせ、弄んだ。


さて、リエルを侮った(らしい)運転手に、このまま助け舟を出し続けるのは悪手だが、ここでいきなり掌を返し糾弾するのも日和見主義が過ぎる。数瞬思考したリョウは──


「アネッテ……すまん。片棒を担いだソイツを庇う訳じゃなく、小汚い格好した俺が居たからそう思われた可能性がある」


──自分を卑下しつつ、中立地帯まで歩を進める選択を取った。

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