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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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36話 カミングアウト

「──可愛らしさには雲泥の差が有るぞ」と続けようとして、リョウは先日のリンプファーの言葉を思い出した。


そう、リンプファー曰く『リエルはかなり偉い』。更に軍人。


………………


魔導士のアネッテと友人関係で、魔王とやらとも懇意な間柄らしい。


ギリギリギリギリと、数十年振りに起動された歯車機構のようなぎこちなさでリエルを見遣る。


「リエルってもしかして……」

「………………」


緩慢な動作でリエルはおとがいを上げる。すると、長く細く美しい髪がその動きに呼応するようにサラサラと流れた。リエルへの愛情値が振り切れている普段通りのリョウならば、ここで頭を撫でるくらいはしたのかもしれない。しかし、今はそれどころではない。


「もしかして…………魔導士だったりする?」


(頼む! 違っていてくれ!)

《その祈り。聞こえちゃいるけど届かねえなあ》

(使えねえ神だなあチクショウ!)


「黙っていてすいません…………その、キィトス国軍第十一軍団長の、リエル・レイスです……」


運転手が「ヒィッ!!」と悲鳴を上げ、アネッテがそれを強く睨み付けている。が、そんなことはどうでも良い。それで若干ハンドルを取られ、多少車が揺れようと些末な問題である。なぜならリョウの頭の中は、これからの生き残りの道を探るべくフル回転しており──


──まずはやべー点①→きっと、多分、いや絶対ダーティーな方法で俺の戸籍は作られた→それを魔王は知ってる。というか魔王に頼んだ???

やべー点②→きっと、多分、いや絶対ダーティーな方法で俺は軍籍に(以下略

やべー点③→アネッテが知ってたってことは魔王も記憶喪失ってことを知ってる→魔王には疑われてる?→だからリエルに会いに来てる?

やべー点④→魔王とリエルは友達→リエルは魔導士(めっちゃえらい人)

考えられる可能性①→魔王は俺を疑ってるだから俺に会いに来た可能性/魔王から見れば記憶喪失装って社会的地位の高い純真無垢な天使のような可愛さのリエル可愛天使/無駄な思考中断→復帰→友人を手篭めにした挙句に戸籍と軍籍をダーティーな方法で作らせて脛の髄まで食い物にしようとしてるクソやろうだ本当にありがたい話だな!!!!!

可能性②→即殺す。


「……ふふっ」


周囲の景色はいつしか荒地から、どこまでも続く草原地帯に変わっていた。遥か遠くには天を衝かんばかりに巨大な山脈が雄大にそびえており、冷房の効いた車内に差し込んだ暖かな太陽の光はどこまでも心地良く、軽い眠気を誘う。懐には愛しい人が寄り添って居る。このまま寝てしまうのも良いだろうか。遅めの二度寝と洒落込もうか。嗚呼、なんと牧歌的なのだろう。人類に幸あらんことを。


「……ふふっ」


台車の傍らで帯剣しつつシャベルを手に作業している男達は、ハシロパスカの兵士だろうか。なるほど、土が剥き出しの未舗装路がここまで走りやすいのには、彼等の水面下の努力があったのだ。いつの日か舗装され、報われる日が来ることを願うばかりである。


ふふっ! ああっ! 太陽が眩しいなぁっ……


「リョウくーん。現実に帰ってきてー」

「ごめんなさい……その、私の顔は有名ですので、つい説明を忘れていまして……決してリョウさんに隠していたわけでは……」

「不勉強の極地に居る運転手は知らなかったみたいだけどね」


しまった、と思った。軽い現実逃避でしかなかったのだが、当事者のリエルには思いの外深刻に受け止められてしまったのだ。


「ああ! そうじゃないそうじゃない。怒ってるとかじゃなく……魔王……様? に怒られるかもってのと、残りは意外性の驚きだな。リエル優しいから、あんま荒事に向いてないんじゃねえかってのもあったし」


魔王に対する恐怖が九割方を占めてはいたが、残り一割が驚きの感情だったのも確かである。リョウはアネッテの魔法と機動力を見て、体格の優劣は一切強さと関係がないのだと理解していた。そもそもリエルの異常な筋力も何度か体験しているため、小柄な体躯は容易に度外視できたと言うのもある。……しかし、だとしてもリエルが荒事に向いているとはどうしても思えなかった。妙に色恋沙汰で思い切りが良い時こそあったが、逆に言えばそれだけである。彼女の優しい精神は、戦いに於いては大きな足枷になるだろうと、そう考えた。


「いやいやーリョウくん。リエルは結構やるんだなぁこれが。それと、カシュナはリエルに手を出したくらいじゃ怒んないし、戸籍諸々も大丈夫だからね」


リョウは、敢えて『諸々』と言葉を濁したのだと理解した。流石は無茶苦茶な手回しと言うだけはある。この後ろ暗い手段を運転手に聞かれると拙いのだろう。


「そうか、ありがとう。それと……リエル。ごめん。大袈裟に驚いちまったな」

「い、いえ! 言い出せなかった私が悪いですし……」

「はいはい。イチャつくのはその辺にしといてね。どうせすぐにイチャつくんだろうけどさ」


パンパン! と手を叩かれ、甘い空気は霧散…………しなかった。リエルは未だリョウにしがみついたままなのである。余裕を持って三人座れる後部座席だが、現状では一人分しか使っておらず二人分のスペースが丸々空いている有様だ。そんな甘い空気は無尽蔵に湧き出て来る。


「もうそのままでも良いから聞いて……」

「アッ「ハイ」」


ハモった。因みに「アッ」はリョウである。


「この車はもう暫くしたらシュラバアルを通るからそこでお手洗いの休憩を取って、それからキィトスに直接向かう! いいね!?」


否やはない。一つ気になる事があるとすれば──


「──その……シュラバアル? に何時に着くのかは分からねえけど、朝食か昼食もそこで取るのか?」

「あー……どうだろ? 多分着くのは十時過ぎくらいだし、朝というには微妙でお昼にはちょっと早いけど……でもカシュナと合流してからゴハン食べるタイミングあるかなぁ」

「カシュナは何も言っていませんでしたか?」

「ごめん。聞き忘れた…………まあ朝食は車内で取ることにして、昼食は我慢しとこうよ! どうせ昼過ぎには着くんだし! ね!? 運転手さん!?」


「ハ、ハヒッ!」


(というかさっきの運転手のリアクションは変だったな。昨日の大使館前の遣り取りで魔導士だって分かってたはずだろ?)

《兄弟に聞かせたくねぇから、階級は秘匿されているっつって全部は言わせなかったろ。運転手からすりゃあ、よく分からんけど偉い人ってな感じだ》

(なるほどな…………ってオイ待て! つまり、今日も乗せる事になるかもしれん人が誰なのか調べてなかったってオチか!? 明らかに偉い人だってのは理解してたし、門に居た奴に一言聞くだけで済む話だろ!?)

《兄弟もコイツのヤバさが理解出来たか。その辺の意識の低さも頭にきてんだろうなぁアネッテは》


しかし先程は、およそ人間の出す声ではなかった。やはり時間までに間に合わせるのは無理があるのだろう。意識の低さは一旦脇に置いておく。リエルに自身の優しさをアピールする目論見も兼ねて、リョウは運転手に助け舟を出してやることにした。


「ええと、アネッテ。俺が色々助けて頂いてる身の上だってのは理解してるけど、その上で出過ぎたことを聞かせてもらっていいか?」

「運転手のことかな?」

「……ああ。何かやらかしたのかな、と」


アネッテは再び「んー……」と言いながら長考する。ぐるぐると頭を振り回す……長考する……頭を振り回す………長考する……

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