33話 continue?
果たして僅か二分で新品を見つけたアネッテは、「うぇ〜い!」と叫びながら軍靴両手に走り込んできた。
「どこのパリピだ貴様は」と思いながら靴を観察する。THE 軍靴というビジュアルのこのブーツの紐はワンタッチボタンで強く伸縮するらしく、有事に備えた機構をしている。靴底には鉄板が仕込まれているのだろうか。靴底の小さな孔からは鈍色の輝きが見て取れた。
(ん……? 小さな孔??)
鉄板を仕込むのは足裏の防御を固めるためだろう。だが、この孔は何なのだろうか。鉄板をいたずらに錆び付かせるだけにしか思えないが、滑り止め……否、歩行の際の一助にでもなるのだろうか?
バチン! と靴紐が締め付けられる。手に取った時にも感じたが、羽のようにとまではいかないものの、鉄板が仕込まれているとは思えないほど軽い。
右足を上げ、下げ、左足を上げ、下げ……しっかりと感覚を掴んだ。
「どんな感じかな? 結構良いやつ盗……借りて来たから、履き心地は良いと思うんだけど」
(パクって来たのか。大丈夫なんだろうなこれ)
《軍人が着るために用意されてるもんだし、問題無えよ》
「凄く軽くて歩きやすい。日常的に履きたいくらい気に入った」
(俺、軍人どころかキィトス国民ですら無えけど)
《…………もう軍籍登録されてっから気にすんな》
(おい待てお前今何つった)
「軍靴姿も素敵です……」
「ありがとう。リエルもバッチリ似合ってるよ」
「えへへ……」
リエルは例えリョウが未加工のダイオウグソクムシを足に装着していてもカッコイイと言うであろう。返礼にその頭をポンポンとお座なりに撫でながら、適当に褒めちぎる。
「あーあーもー!! イチャイチャしてたら昼過ぎ迄に着けないって! いくらウチらと仲良いって言っても、カシュナ待たせたら煩いし!!」
(まあ、正直そんな予感はしてた。それよりカシュナって、昨日リエルが言いかけてた名前……だよな?)
《んだんだ。魔王だべ》
(次舐めた口調で喋ったら、視覚同期して適当なウ●コ見つめんぞ)
《兄弟の視界を画面に映すタイプに変更したから効かねえよ。つーかそれ、兄弟にもダメージ入るじゃねえか》
アネッテがぐいぐいと二人の間に割り込み引き裂いた。頭を撫でられていたリエルがこの世の終わりといった悲しげな表情を浮かべ、見ているだけで胸が痛む。アネッテも同様の思いを抱いたらしく──
「う゛っ……いや、ダメダメ。後部座席は二人にしてあげるから、さっさと行くよ!」
──たじろいだが折れなかった。
しかしこの二人ほどの美貌だと、化粧は要らないのか、などと思案しながら車に向かう道すがら、リョウはリンプファーに問いかける。
(んで? 魔王ってどんだけ偉いんだよ。まさか国家元首だとか言わねえよな?)
《ビンゴォォ!!!》
……………………
「ん? リョウくん大丈夫? 何か顔色悪くない??」
「あ、ああ。大丈夫。ありがとう」
(その……カシュナさんとリエルは友人なんだよな?)
《そうだな》
(カシュナさんからすりゃあ俺って、友人を手篭めにした挙句に不法入国に戸籍捏造までさせたドクソ野郎なんじゃねえの?)
《………………》
(いや、黙るなよ神様)
《GAME OVER…………CONTINUE?》
(しねえよ!! 諦めんなオイッ!!!)
玄関ホールに着くと、先日のメイド二人が見送りのために並んで待っていた。昨晩、部屋から逃げるように飛び出していった女性も居る。何が問題だったのか思案しかけるリョウだったが──
(んな場合じゃねえよ。おいリンプファー! 俺、八つ裂きにされねえよな!?)
《悪い悪い! 冗談だ》
(本当に、文字通り「悪い冗談」だぞテメェ……)
《上手い事言うなぁ兄弟!! まあ、(多分)んな事にはならねえから安心しろ》
(オイ待てお前今、小声で何か言わなかったか)
TAXIの四文字がルーフに鎮座する……昨日の車であった。運転手もまた然り。
先程の宣言通りアネッテは助手席に座った。
ススス……ぴとり。
大使館に来た時と同じく、後部座席は二人である。もっとも、その距離は昨日と比べても雲泥の差があるが。
「ちょっと……リエル……リエルッ」
「……ダメ、ですか?」
「ぐっ…………いや、もっと近くに寄って良いんだぞ」
「はいっ!」
他人に見られたくないという羞恥心から拒絶の意思を示そうとしたが、惚れた弱みというべきか、スキンシップが大好きなリエルを拒絶し切れないリョウであった。本人からお墨付きを頂いたリエルは今や完全にリョウの懐に入り込み、片手は胸板に添えられている。
「で、では……キィトスの南門までですね……予定時間は夕方の──」
「魔王様を待たせることになっちゃうからさー。一時過ぎには着きたいんだよねっ」
「い、一時ですか!? ハシロパスカからですと五百kmありますよ!? そ、それに入国手続きを考えますと、一時には着かないと──」
車内のデジタル時計を見るに、現在時刻は午前七時半前である。午後一時となると、猶予は五時間半。休憩を挟むとして五時間だろうか。空から見た限りでは、街の外部は完全には舗装されていなかった。つまり、未舗装道で時速百km近い速度で五時間走り続けなければならない。そして、この計算にはハシロパスカ内を走行する時間及び距離は含まれていない。
「──うん? だから、一時に着けばいいじゃん。時間もったいないからさー。さっさと出してよ」
「は、はい……」
そろそろと発車し、門を潜り公道に出た。入る時の手続きに比べ、出る時のなんと簡易な事か。
「そう言えばさー、リョウくん──ってまた密着してるね……」
「ん? まずいか?」
「いや全然。それより、ここの大使のダーマが今さっき強制送還くらったんだけどね?」
「ああ、何かさっき「ダ、ダーマ閣下が!?」
運転手が動揺してハンドル操作を誤ったのだろうか。車体が多少揺さぶられた。
「……魔導士の会話に割り込むとかさ、運転手失格じゃない?」
「も、申し訳ありません……」
魔導士……恐らく軍人全般を指す通称であろうと辺りを付けるリョウだったが、懐に収まっていたリエルがもぞもぞと首元にまで口を寄せてきた。
「説明、要りますか?」
「あーごめん。何についての説明?」
「魔導士についてです」
何故か運転手が虐められていることについての説明だろうかと考えていると、此方の会話を聞いていたのか、アネッテが声を掛けてきた。
「あーそっか。記憶喪失だもんね。リョウくん魔導士って分かる?」
「わざわざ二人がそう言うってことは、ただの魔法を使う人間以上の、複雑な意味があるんだな?」
「ふっふっふっ! じゃあ教えてあげようか!!」