31話 一時の平和とこれからと
──電撃に撃ち抜かれたように体を痙攣させられ、それは叶わなかった。ゴキゴキと首を鳴らしながら、代わりとばかりにその口からはリンプファーの声が流れ出す。
「んあ゛あ゛ああ―相変わらず使い難い身体だな…………リエル。まずは説教からだ。流石に、言われなくても理由は分かってんだろうな?」
「……はい」
「ああそれと……俺としちゃあそんなつもりはねえけど、自分の事はよく分からねえモンだから一応確認しとくか? …………なあ、オイ。俺はそこまで狭量に見えるか?」
「……いいえ」
「嬉しいのは分かるし、舞い上がるのも理解出来る。ただ、あんま馬鹿に乗せられんな。馬鹿も二人目になりゃあキャパシティオーバーだ。いくら俺でも抱え切れねえよ」
「……はい」
「というか、別に酔わせなくてもヤレたよな?」
「会った初日でしたので……その、リョウさんに遊び慣れていると思われると……」
リンプファーはリエルの立場で状況を整理する。なるほど確かにベストではないが、酒の力に頼り、言い訳にするのはベターな手段であると思えた。
「結局、アネッテが焚き付けたのが原因だが……次からは護衛の任から外れる状況になったら即報告だ。いいな? ……まあ、今後そうなるっつったら学園内か。そん時には下地が出来てっから、大丈夫だとは思うけどな」
「はい、すいませんでした」
「よし、じゃあ数秒待ってろ。術式を起動する……“空間術式”」
リンプファーが虚空に浮かぶ穴に片腕を突っ込み、ガサゴソと手探る。
「A1-2-30-15から取得」
数瞬後に抜き出した手には白い短剣が突き刺さっていた。
「“精神術式”を起動する」
そこから更に数瞬の後……
……………………
…………
「さて……馬鹿への教育も終わった!! 兄弟が居ねえ間にイレギュラーの説明をし切るつもりだから気合いで付いてこいや。兄弟の前で説明して、派手な反応されても困るからな」
「派手……ですか? アネッテからは、有り得ないイレギュラーだとは聞いていましたが……」
「んー」と顳顬を掻き、頬杖を突きながらリンプファーは──アネッテの姿をしたリンプファーは天上を仰いだ。
「多分それ外界の話だろ? それも大概なんだけどよ……追加のイレギュラーでアーク・シクランも出てきやがってよ……」
「!!! アーク……生きていたんですね」
頬杖を突いていたリンプファーが、ガクッとバランスを崩した。その顔には呆れの色が窺える。
「お前……そりゃそうだろ。世界の意思で動いてる奴が寿命なんぞで死んでたまるか。まあ、術式で生き続けてんのか、俺みてえに体を相乗りし続けるタイプかまでは知らねえけど……」
「ですけど、味方……ですよね? 世界を救うという目的は同じだと思いますし……私達を手伝ってくれた事もありましたし……」
「問題は、全部終わったその後だな。世界を救った段階でお前が死んでいた場合、間違い無く俺の次いでに兄弟が排除され……いや、というか兄弟は用済みになれば、その瞬間に殺処分決定だな。アークの目的が本当なのかも分からねえけど、真偽どちらにせよ俺の術式が厄介なのは間違いねえだろ?」
リンプファーの目論見通り、リエルの表情が強張り殺気が迸る。アネッテが使い物にならない以上、リエルに働いてもらわなければならない。この勢いでアネッテの手綱を握ってくれれば御の字なのだが……
「それと、去り際にアークの移動先から複数の魔導士級の魔力を感じた。キィトスの魔導士をぶつけるのが今んとこ最有力かと思うんだが、そうなると反乱分子共の処遇が問題になる……いや、先ずお前の意見も聞いとくか。どう思うよ?」
「先ず私は──」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
リョウは浴槽をスポンジで磨きながら、昨晩ことを考えていた。
嬉しさに覆い隠されて気付かなかったが、やはり性急すぎると感じる。
ザアアアアアアアアアアアア……
洗剤を流しながら夢想するも、当然答えは出ない。
(本人に直接聞くっきゃねえか)
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
風呂から上がり、リョウが軍服調の服(というか実際に軍服なのだろう)を着るのに梃子摺っていると、時折ドアの先から楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「……ぉ! リエル……て……戻っ……―!!」
騒いでいるのはアネッテ一人な気もするが……
《よお。帰ったぞー》
(おかえり)
《いやあ、女は二人でも姦しいんだな》
(何をバ……いや)
女×3=姦という漢字をもじったギャグなのだろう。普段のリョウならば、一刀の元にバサリと切り捨てるところなのだが……
(いや、まずは礼と謝罪だ。また気を使わせたな。申し訳ない)
《んん……? ああ、昨日のアレか。つーか随分殊勝な態度だなぁオイ!》
(本心からの謝罪を茶化さないでくれよ……それと、まあ、リンプファー。幾つか聞きたい事がある)
リョウが身に纏う空気が変わった……そうリンプファーは感じ取った。
(アルコールの所為で朧気なんだけどよ。昨日、去り際に『護衛が居なくなる』って言ってたよな?)
《ああ、言ったかもな。そんなことか? 本来なら兄弟の体を借りりゃあ全力で戦えるんだが……今はまだ無理なんだよ。下地が出来てねえからな。んで、万が一の可能性を考慮して護衛が必要なワケだ。オーケー?》
(……つまり、リエルはお前が派遣した護衛なんだよな?)
《そうだな。っつーか、兄弟が何を聞きてえのか見えてこねえ。護衛云々は前座だろ? 単刀直入に頼む》
「本当に此方の心は読めないのか」と判断しつつ、リョウはリンプファーに斬り込んだ。
(……リエルの俺に対する好意に、お前が一枚噛んでるんじゃねえかと考えてる)
《………………》
昨晩だけではなく、出会ってからのアプローチ全てが彼女の性格に合致しない。どこか歪でチグハグだと、そうリョウは考えていた。それ故に抱いた際疑心であり、それ故にぶつけた質問である。
《それは、リエルの真剣な恋心を偽物だと侮辱する質問だな》
(それは、卑怯な言い方だな。はぐらかすつもりか?)
言葉はない。
ここで即座に嘘を吐かずにはぐらかし、だんまりで時間を稼ぐという事は、リンプファーの「嘘を吐かない」言は全幅を置ける程ではないにせよ信用に足るのかもしれない。リョウは手早く深呼吸をし、高揚しかけた気分を落ち着かせた。
言葉があった。
《リエルは大昔に死んでる奴に恋心を抱いていたんだが……兄弟は、ソイツの年齢を弄ればこうなるだろうって見た目と性格をしてる。リエルからすりゃあ堪らねえだろうな》
(あ……そういや中途半端に若返ってたな。俺)
《兄弟の記憶を消した範囲も加味した結果が「若返り」だが、概ねそんなとこだ。ただ、リエルの好みに寄せに行ってるって意味じゃあ、兄弟の言う通り「一枚噛んでる」ってやつになるだろうな》
(つまり、なんつーか、洗脳的な事はしてなかったわけだ)
《………………………………そうなるな》
あからさまな沈黙には間違い無く裏があるのだろう。
嘘を吐かずに巧くはぐらかして逃げ……否、一から十まで嘘で塗り固めれば良いだろうに、敢えて隙を見せ、結果的にリョウにヒントを与えているこの言動には、利敵行為に近いものを感じる。
何を考えているのか、何を目指しているのかも分からない。が、他に選択肢があるわけでも無し。未だ信用していても良いだろう。
(そうか。疑って悪かった)
《怪しいって自覚はある。仕方ねえ》
リンプファーを好意的な色眼鏡で見るならば、『自覚はある』という言葉は、やはり故意にヒントを与えているとなるのだろう。だが、否定的に解釈するならば……
《そういえば伝え忘れてたが──》
リョウはかぶりを振る。これ以上いくら頭を使って妄想を膨らませたとしても、現実には幾らも還元されない。時間の無駄である。
《──DO☆U☆TE☆I卒業したての兄弟のために言っとくぞ! リエルの初めては兄弟だ!!! 良かったな!? 色々と比べられるこたぁねえぞ!!! 因みにチューも初めてだった! フハハッ!!》
(こんのクソ野郎……)
これについては、実はちょっと気になっていたリョウではあったが……
(そういや、髪乾かしてなかった)