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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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29話 異世界料理

先にリエルを風呂から上がらせようかとも思ったが、魔術で風呂掃除をした方が効率的であるとリエルが主張し、リョウが先に上がることになった。


脱衣所へ向かう途中や脱衣所で体を拭く際に強い視線を感じたが、自分自身リエルのアレやコレを見てしまっている手前、文句の付けようもない。


部屋に戻ると、先程リエルを案内していたメイドが夕食の御膳立てをしていた。何故か此方を視認する前に両目を隠しながら部屋を飛び出して行ったが、何か不愉快な思いをさせてしまったのだろうか?


部屋の片隅を見ると、巨大な布団が一式敷いてあった。その通常の三倍近い大きさに一瞬たじろぐが、一つだけの枕を見て胸を撫で下ろす。流石にリエルは別の部屋で眠るらしい。


夕食の内容は不思議な食感の謎肉ステーキと、大根のように瑞々しくも唐辛子のような痛烈さがある謎根菜のサラダに謎ドレッシングをかけたもの。いやに芳醇な味わいの謎魚スープに、コリコリした歯応えが特徴的な謎刺身。伴するのはアルコールではなく、林檎と薄荷を合わせたような不思議な味わいのドリンク。主食は黒くて丸い穀物だ。何やら、そう。……魚類や両生類の卵にも見えたが、リョウは穀物なのだと思うことにした。最後の良心か、デザートは杏仁豆腐だった。もっとも、見た目と味と食感が杏仁豆腐であるだけで、地球と同一の原材料とは限らないのだが。


総評すればどの料理も得体が知れないだけで味は良かったし、満足のいく内容であった。


食べ終わった食器を廊下に置いてから部屋に戻ると、机の上にグラスとギルライトビールと書かれた缶が二つずつ用意されており、その内一つを手に取ったリエルが美しい所作でグラスに中身を注いでいた。


「ありが──」


リョウはリエルの対面に座りかけるが、それではいけないと──文字通り思い立ち、リエルの横に座った後にお礼を言い直した。


「ありがとう」


浴衣姿に輝かしいうなじというだけでも合掌モノだが、髪を纏めて左に流している姿が「オフ」なのだと強調するようで無性に嬉しくなる。


「あ、いえ、嬉しい、ですから……」


ギルライトビール缶には500mlと書かれている。お金の単位の『エン』もそうだが、地球との──否、日本との共通点が多過ぎる。缶に書いてある社名は流石に見た事の無いデザインだったが、異世界くんだりまで来て「お酒は二十歳になってから」を見ることになるとは思わなかった。


(原材料:麦芽・ホップ・生乳・ギルライト糖 キィトス国産:第七地区……? カクテルタイプの酒だってのは良いとして、国産に大きな価値があんのか? ……いや、ハシロパスカみてえな汚染地域の食材を回避したいのが本音か?)


「あの……リョウさん?」

「ん? どうした?」

「いえ、もしかして、ビールはお嫌いですか……?」


ついつい缶を見て考え込んでしまったリョウは、適当な言い訳を並べ立てようと思考を巡らせる。「前世の故郷を懐かしんでいました」などと、口が裂けても言えない。


「ああー……いや、飲んだ記憶が無いってのもあるけど……俺、年齢分からないから飲んでいいモンなのか考えてた」

「あっ……そう、ですよね…………」


記憶喪失のアピールも兼ねた言い訳だったが、シュンと項垂れるリエルを見て強烈な罪悪感が首をもたげた。


《この作品の登場人物は、だいたい二十歳以上です》


馬鹿が帰ってきたらしい。


「まあ、そんな細かいことどうでもいいな。頂きます」


恐る恐る嚥下してみれば、ガツンとした炭酸の衝撃が食道に襲い掛かり、乾いた五臓六腑には、ドロリと糖分が染み入った。真夏の炎天下で、激しい運動後にコーラを流し込む感覚に近いだろうか。命の危機を乗り越えさせられた異世界生活初日は、思った以上にリョウの肉体・精神に負担を強いていたらしい。


「くはーーーー!!?? 馬鹿甘いのに炭酸強くてうまっ…………」


リエルはリョウの飲みっぷりをニコニコと眺めた後、空のグラスに再び液体を注いだ。


「むう……」


年甲斐も無くはしゃいだ姿を見られてなにやらむず痒く、照れた体が熱くなるが、この空気そのものは嫌いではない。


「むう……?」


それにしてもやたら体が熱い。もう一杯を飲み干すと、すかさずリエルがビールを注いだ。


《リョウ・キサラギは二十歳です。コンプライアンスには違反しておりません》

(飲む前に言えやあほめ。んで? 何かトラブルだったろかー?)


リョウはプルタブを引き開け……なんか開けづらいなあもう!! リエルにグラスを持たせると白色の液体を注いだ。あどけない顔付きのリエルだが、グラスが二つということは、そういうことなのだろう。


「はい!! どーじょ!!」

「ありがとうございます……」


《まあ……ボチボチ問題は浮上してくるモンだからな……そういう意味では平常運転ってやつだ》


ごくごくごく。ぷはっ


(取り敢えず問題は無えってことだな!! へへッ!! べらんめえ!!)

《……? オイ、兄弟? ……何かキャラがブレてねえか……?》


そして、ギルライトビールを注がれたリエルはというと──


ごくごくごくごくごく!!!


「んん? おお! 良い飲みっぷりらなあ! リエル! ヒック!!」


ゆらゆらゆらゆらと揺れるリョウ。


(オれら揺れるワケにゃいんらから、ユれてるのらしぇくぁい(世界)の方ら…………やすぶしん―ゆらゆらーゆらゆらーゆらゆらーぶおん! ぶおん! ぶおーん!! ……ひひひっ!!)


一瞬、自身が揺れていると考えたリョウだったが、冷静かつ大胆にこれを判断するところによると、リョウは揺れる筈がないらしく、それ即ち世界の方が揺れているらしかった。その規模には大鯰もビックリである。


そして、ぶおん! ぶおん! と、ヘドバンの如く頭を振る。楽しい。すごく。


《ぐおおおおおおおまええぇぇっ! 視界が同期してっから気持ち悪ぃい!!!》


リョウ:ごくごくごくごくごく!!!

リエル:ごくごくごくごくごく!!!


《飲むの止めろやぁ!! カス共ォ!!》


リエルとリョウはギルライトビールを掻っ喰らっていた。


《この白い……酒? だよな!? テメエら何飲んでやがる!?》


答えは無い。なおもぶおんぶおーん!! とゴキゲンに揺れ続ける視界の中、リンプファーは驚異的な動体視力で以って原因を探った。すると──


『ギルライトビール 注意)アルコール度数65%!!!』


《…………………………クソアマァ!!》


生乳とギルライト糖を大量にブチ込んでもなお誇るその度数は、なんと圧巻の65%。これぞモンスタードリンクと呼ぶに相応しいだろう。


余談であるが、キィトス国軍第二軍団長 テルミッド・ライン愛飲の銘柄である。クソ甘い。


《だああああああっ!!! 護衛が居なくなるじゃねえかクソがああああああ!!!》


リエルはユラユラしている。


リョウもユラユラしている。


リンプファーはプリプリしている。休め。


《流石に危険は無えだろうが、念の為あの馬鹿呼んでくっから!! テメエらここ動くなよ!?》

「あいあ〜い」

《ったくめんどくせえ……》


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


〜数分後〜


リョウ:ごくごくごくごくごく!!!


「……ネッテ…………ます」

「んん? リエル? 何か言ったかー?」


リエルの言葉が聞き取れなかったリョウは、ずずいと顔を近づけた。すると──


とんっ……


──リエルがリョウの胸元にしな垂れ掛かった。


「んー…………?」


ふわりと甘い香りが鼻腔に流れ込む。


(シャンプーとかーつかってーないのぉにいいにほひ?)


思考も呂律も回らないリョウは、何も考えずにリエルを抱きしめる。


「んー……? やっぱりーリエルはかわいいーなあー? ちょーたいぷだわー?」


呼応してか、俯いていたリエルが少しばかり顔を上げる。その顔は上気し、瞳は濡れるような熱を帯びていた。


「……りえる?」


リョウの首に腕を回すと、おとがいを僅かに上げる。


「「………………」」


瞳を閉じると、どちらともなくその距離をゼロにせんと動き出し──


………………


リョウは華奢な体を抱きしめる両腕に、少々強い力を加え──


………………


──その距離がゼロになる。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

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