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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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21話 地均しと呼ばれる女

「まさか、まさか、こんな猫の額のような飛び地を……汚染された憫然な土地を治める貴方と、五百万人が暮らす第十一区を治める私とが、同じ立場だとでも思いましたか?」

「……………」


ダーマはリエルの“術式”により、喋ることは出来ない。跪いているため、表情を窺う事も出来ない。しかし、リエルはその感情を正確に汲み取っていた。


「……ええと……理解はしていたみたいですね……プライドですか? 小さいですね……こんな窓際領に体良く押いやられた貴方に、今更どんなプライドがあるんですか?」


ダーマは、リエルを侮っていた。


「美食家でも、ご自分の肉を口にした事は無いんですね。では──左手の指を噛み切れ」


いくらアネッテ・ヘーグバリに次ぐ古参の魔導士とはいえ、後方支援しか出来ない女なのだろうと。


「好き嫌いは、ダメですよ?」


グキュグキュブチブチと嫌な音が響く。


「ぐうううっ! ぎぃううういううう!!!!!」


民草が噂する通り、淡く儚い外見に反した『地均し』の二つ名は、魔王様の悪い冗談なのだろうと。


「屠殺される豚より酷い声ですね……人の肺を踏み抜いた時の声の方が、まだ可愛げがあります」


そんな愚者が床に投げ出した右掌──その指に踵を乗せ、リエルは思い切り踏み躙った。


「ぐぶいいいいぅいいいいぢいいいぅ!」

「話を戻しますが……使用人ではなく、貴方自身が出迎えるべきです。それと、執務室ではなく応接用の部屋くらいはありますよね? それに、軍服を着ている私が乗っていると言うのに、運転手が料金を請求したのは──なるほど、やっぱり貴方が懐に入れていましたか。となると……ああ、公費の着服までしていましたか。当然の権利と考えているんですか? ……そういえば、補佐の教育もなっていませんね。この段になって挨拶に………とっくに殺していましたか。いよいよ救いようがありませんね……それよりも……」


骨を食い千切った音だろうか。「グギュリ」という濁った音が響くと同時、ダーマの体が再び大きく痙攣した。


「カシュナやアネッテやスィスペルならいざ知らずッ! よりによってあんな肉と!! 貴方の体液で薄汚れた下婢と!! 二人きりにさせる事になったじゃないですか!! この私を差し置いてッ!!」


ダーマの精神により、そのメイドの一人はハシロパスカ領主の娘であると知る。強権で娘を奪い去られ、こんな豚に慰み者にされる領主の心中は察して余りあるが、リエルは心底どうでも良い事だと気付き、気にせず責め苦を継続していた。


魔武具でもあるブーツの靴底は、怒りに流されるままに変形され、気付けば肉厚の刃へと変貌している。斬れ味悪く形成されたその刃は、ゴリゴリと肉を掻き分け骨を砕き、尋常でない苦痛を与える。声を上げられないダーマは、ただひたすらに呻き声を吐き続けた。


「んぅーっ! んうぅぅっ! んうううう!! んー!!!」

「でも、ここでは殺すなと言われているんです。ですから──」


リエルは靴底の形状変化を解き、止めの一撃を宣告する。


「指一本動かない……瞬間の暗闇の中で、五千年──」


執務室に、男の断末魔の叫びが響く……筈だったのだが……


「……まだ時間が……? 私に──? はぁ……」


リエルはため息を一つ吐くと、続いて両足の靴底の形状を変化させた。


それは例えるなら剣山。数千の針が靴底から伸び、リエルの身長を押し上げていく。もっとも、ミリ単位とはいえ普通の剣山ならば先端が鉤爪状に湾曲している物など有り得ないのだが、見た目だけで論じれば剣山と言えた。


「お気に入りなんです……刺す時に痛くて、抜く時も痛くて……ええ……」

「んんッんー!! んんんんんんん!!!」


袖口からおぞましい形状の武器がボトボトと溢れ出る。


錆びて刃がボロボロになった剃刀・何を掴む想定で作られたのか、妙に湾曲し使い込まれたペンチ・赤黒い何かがこびり付いたヤスリ・黒い粉末が詰められた小瓶……


リエルの足が、ゆるりと持ち上がって──


♢♢♢♢♢♢♢♢♢


扉が吹き飛ばされる少し前、リョウは呑気にまったりしていた。


《「温泉宿だなー」》


ハイカラな洋館かと思いきや、案内された部屋には、畳・座布団・謎の掛軸が鎮座していた。テーブルの上にはお菓子と電気ポット等々がセッティングされている。屋敷内で使えという意図であろうスリッパまで用意されているとは恐れ入った。


《「すげえ落ち着くなー」》


靴を脱いで、ゴロンと畳の上に寝転がった。畳を変えたばかりなのか、独特の香りが強く鼻に抜ける。異国に放り出されたリョウにとって、故郷を感じさせる歓待は非常にありがたい。


《「このまま寝ちまおうかなー」》


巫山戯ているのだろうか。いや、十中八九巫山戯ているのだろう。先程からリンプファーはリョウの発現に被せ、一言一句同じ言葉を吐いていた。鬱陶しくなったリョウは──


《「リンプファーのクソ雑魚ナメクジうんこタレー♪」って、何言わせんだテメェ!!》

「クソ雑魚の辺りで言い止まれよ!! 馬鹿正直に全部言われて、むしろこっちが吃驚したわ!!」

《『復唱』スキルの解除が間に合わなかったんだよタコ!!》

「知るかボケ!!」


小学校低学年もかくやという低次元な言い争いをし始めるリョウとリンプファー。因みにリンプファーの声は、他の人間には聞こえない。もしメイドがこれを聞いていたならば、幼稚な悪口を、見えない誰かに延々と叩き付けるやべえ奴だと思われていただろう。


「そういやあ俺、予防接種とか打たなくて大丈夫か? こっちの世界だと、免疫力とか紙キレ同然なんじゃねえの?」

《大丈夫大丈夫。細胞レベルで管理されてっから、病気どころか──》


──ズ……ゥゥ………ン……


「んああ?」


畳に接していた耳が、地鳴りの様な音を拾った。ドアと窓の先から音が響いて来なかった点から、遥か遠くの事故か、大型のトラックが通っただけだろうと結論付ける。


異世界に居るのだと身を以て痛感した人間が出す結論とは到底思えないが、故郷を強く感じさせるこの空間と、ダラけた空気がそれを是とした。


《あいつ……》

「んああ? 何か言ったかー?」

《いや、何でもねえ。また外壁が崩れて、誰か死んだんだろ。それよりも……》

「??」

《お待ちかねの、魔術についての説明タイムに突入すんぞ!!》

「うおおお!!」


ガバリ!!と身を起こし、乱れた襟元を正し、座布団の上に正座し、呼吸を整え、緩やかに瞳を閉じる。


《!!!???》


精神が色々と捻じ曲がっているとは言え、リョウも男の子である。エレベーターを動かしたり、身一つで空を飛んだりする体験を経て、自分でも使ってみたいという欲求が沸々と湧き上がって来ていた。そんなところにリンプファーのこの提案である。今現在、出来る限り最大の『聞く姿勢』がこれだった。それだけの事であった。


(では、お願いします)

《大概、現金だよなお前》


リンプファーは呆れ果てた様に呟くが、説明はしてくれるらしい。オホンと咳払いを一つ打ち、言葉を紡いだ。


《まず、精霊魔法だ》

(………精霊?)


陳腐ながらも甘美な響きだと、リョウは思った。羽が生えた可愛らしい姿なのだろうかとも。


《それ、どっちかっつったら妖精じゃねえ?》

(心を読むな。それに、どっちも似たようなもんだろ)

《読んでねえ。兄弟の考えが手に取るように分かるだけだ。あと妖精は羽が生えた小人で、精霊は……なんかフワフワ浮遊して丸いスピリチュアルな感じだろ? と言うか、そんな見た目なんだよ。だから大分違う》

(ほー……で? どうやって使うんだよ)

《精霊に魔力を渡して、その対価で魔法を行使してもらうっつー流れだな》

(ほー……で? どうやって魔力とやらを渡すんだよ)


………………………


(おい、何で黙る)

《まあまあまあまあまあ落ち着けや兄弟。あくまで説明タイム! リエルの話し合いが終わる迄には切り上げてえし、使い方やら習得やらは追々な?》

(……なるほど。じゃあ続き頼むわ)

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