19話 この世界で何をするのか
(オーケーオーケー理解した理解した。俺がその崩壊を止めるんだな? その為に召ばれたと)
《副次的な結果世界が救われるだけで、主要な目的は別だが……いや、その主要な目的ってやつも、悪い事じゃない。人を三人救って欲しいだけだ》
(その遠回しな言い方だと……助ける対象が誰なのかは、まだ秘密って感じか?)
《何度か話す機会もあるからなぁ……そこで妙な反応でも見せたら、対象の動きが変わるかもしれねえし。意地が悪くて教えねえわけじゃねえぞ》
人助けと世界平和の為に奔走する……まるで勇者のような自分の姿を想像する。
(ガラじゃねえな……)
《んん?》
(いや、勇者とか、ガラじゃねえと思っただけだ)
《夢見てるとこ悪いけどな……そんな綺麗なもんじゃねえぞ。仕事とはいえ人間も沢山殺してもらわなきゃいけねえし》
(……そうか、それは…………いや、思ったよりも忌避感が無えなあ)
何かが思考の端に引っかかったリョウは、考えを纏めだした。
一度自分という人間を殺しているのもあるが、知らない人が何人死のうと殺す事になろうとどうでも良い。遍く全ての命は等しい。それらは繋がりという名の付加価値で区別されているに過ぎない。よく知らない人間の命より、愛着のある虫の命の方が大事だと心の底から言える。
こんなイカれた思考が出てくる事にリョウは恐怖した。前世でどのような経験を積めば、ここまで狂えるのか。
記憶が無いリョウは、この思考を冷静に、ある意味では俯瞰して見られるのだが、そこで普通ではないと気付いても何故か結論を変えようとは思えなかった。それがまた恐ろしい。
恐怖を振り払うように、思考に没頭する。
そして、気付いた。
(質問あんだけどよ)
《あん? お次は何だよ》
(敵を沢山殺さなきゃいけねえってのは……未来が変になったりしねえか? いや、もしかして、むしろ殺さないと望んだ未来の形にならない感じか?)
《そうだな……人間にはそれぞれ運命値ってのがあって、その合計値で未来が決まる。だから、殺さないと望んだ未来の形にならない。これの面白い所は、例えばキィトス国のA君とハシロパスカのB君。この二人の運命値が同じなら、どちらを殺しても……まあ一瞬ノイズは走るが、収束する未来は同じって事だ。余りに運命値が大きな人間は、その限りじゃねえけどな》
(住んでる場所も、性別も年齢もお構いなしか?)
(そうなるなぁ)
(オッケー、分かった。別に日和ったわけじゃないから安心しろ)
つまり、奴隷の少年Aの死亡だけではなく、街の人間が全員死ぬ事も、『望んだ未来の形』……即ち現代へ至る為に必要だったのだ。そして、そんな扱いを受けていた奴隷が、街一つ滅ぼす武器を手に取るなど、あまりに都合が良すぎる。
尤もそれは、陰謀論という名の色眼鏡を通して見ただけなのかもしれない。現在から過去を見てIFを語るなど、結果論でしかないのだから。
しかし、リョウは漠然と悟っていた。恐らくリンプファー本人か、その仲間が魔具を渡し、唆したのだと。
「リョウさん、そろそろ到着です」
「ん、分かった」
結局はリンプファーの言いなりになるより他に選択肢が無いというのに、思った以上に無駄な思考に時間を費やしてしまった。
リョウはタクシーの支払いを何も言わずに全額負担して貰うべきか、再び思考の海へ潜る。
料金カウンターの貨幣単位が『エン』である程度では、今更突っ込まない。
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有刺鉄線を冠した黒塗りの壁を横目に進むと、二人の屈強な男に守られた鉄格子の門にたどり着いた。微妙にデザインが違うものの、リエルが着ている服によく似ている。軍人なのだろう。
運転手はパワーウィンドウを操作しながら懐を探った後に、一枚のカードを窓から突き出しながら此方を向いた。
「お客様は軍の関係者ですよね? 悪いんですけど、出入りの度に身分証提示する決まりになってまして! じゃないと門、開けてくれないんでね! お願いできますかね!?」
(俺とか住所不定無職なんだが! これ、リエルは入れて俺だけ入れないパターンじゃねえ!?)
《GAME OVER……》
(てっめえ!!!)
警備上の観点からだろうか。一人は門の前で警備を続け、もう一人が確認作業に回るらしい。
ドライバーのカードを専用のハンディスキャナで確認し終えた軍人Aが、後部座席側に移動して来る。それと同時にリエルがパワーウィンドウを操作し、窓を開けた。すると──
「──!! こ、これは第十一軍「すいません。階位は、秘匿されていますから……」
「失礼しました!」と、威勢の良い声を上げる軍人Aが、前腕部を後ろ手に回して腰に押し当て、大きく胸を張ってみせた。両足の位置も調節していた事から、異世界式の敬礼なのだろう。
リエルの「……通ってもいいでしょうか?」という言葉で我に返った軍人Aが固定電話で何処かに連絡をしだし、フロントガラス越しにリエルの顔を確認した軍人Bは、大急ぎで門を開いた。まるで蜂の巣を突いたような騒ぎである。
かと思えば、先程までと違い、やけに慎重な速度で発車し出す運転手。彼は、後ろ姿からでも分かるほどの汗をかいている。料金カウンターは、知らぬ間にリセットされていた。
(リエルって、実はかなり偉いのか?)
《まあ……結構偉いぞ》
(具体的に言わないってことは、そういうことか)
《自力で情報を集めていこうってやつだな。つっても、数日中に分かるから調べたりする必要はねえぞ》
(それは『調べるな』って意味だな? ……つうか運転手も可哀想だな。車で脈絡無く追突されるようなもんだろ。心潰れるんじゃねえかこれ)
運転技術は……碌な比較対象がいない為さて置くとして、少なくとも運転中の口調には問題があったと、そう運転手は考えていた。渦中のリエルとは対話らしい対話は無かったが、『知らなかった』という免罪符は機能しないと思われる。それに、問題はリョウだ。先程から腕を絡めて、時折顔を近付けコソコソと話し合っているその関係は、どう考えても『好い人』だ。そんな人間に対して、随分とフランクな口調で会話をしてしまった。彼はただただ後悔するばかり。
そんな間にも見えてくるのは三階建ての屋敷。大正に建てられたようなデザインのそれは、壁は全面空色に。窓枠や屋根はアクセントとして純白の色で仕立て上げられていた。門前に立ち、此方を見ている人は案内人なのだろう。目的地であろう場所に着く前に、リョウは助け舟をだしてやろうかとも考えたが……
(この運転手はリエルの顔を知らなかったよな? それって、もしかして職務怠慢だったりすんのか?)
《俺達外野から言わせりゃ、そうなるけどな。ただ、普通お偉いさんは、事前に『ドコドコで何時に乗るから足を用意しとけ』って連絡しとくもんなんだよ。こいつらからすりゃあ、連絡来てからプロフィール調べれば上手くいくわけで……怠慢ってか、油断だな》
(じゃあ、運転手にフォローはいらねえ感じか)
《いらねえだろ? リエルも怒ってねえし。ホラ、大使館に着くぞ》
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