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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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1話 神様らしい

「チッ…」


リョウは硬い床の感触に目を覚まし、「失敗かよ…」と呻き仰向けのまま天井を見やった。真っ白で清潔感のある天井は、恐らく病院のものだろう。病院で命があるという事は、失敗したという事だと理解出来る。看護師でも呼んで八つ当たりでもしてやろうかと辺りを見回し、漸くその異常性に気付いた。


「なんだよ……ここ……」


天井どころか壁も床も白一色。看護師どころか窓もドアすらも無い空間。首を触ってみるが、剃刀による傷痕も無いようだ。いや、それよりも──


「俺、何で自殺なんかしたんだっけ?」


立ち上がり、小部屋の中央で床から天井まで余す所なく見渡してみるが、隙間も継ぎ目も見当たらない。部屋の材質は大理石に近く、素手でどうにかできるとは思えない。


自分の首を切り裂いた感触は未だ手に残っている。今まさに現実では有り得ない状況に置かれており、夢とも思えない。リョウは「なるほどなぁ……」と、半ば自棄になりつつも腕を組み、ウンウンと頷きながら言葉を続ける。


「なるほどな。地獄には見えねーし、天国か? スゲー。自殺しても天国って行け「何馬鹿な事を呟いてんだ兄弟」


いつの間に現れたのか、数メートル先に何かが立っていた。声からして男性だろうと判断できるが、目の覚めるような輝きを全身から放っており、表情どころか輪郭すら伺い知る事は出来ない。


腕を組んで立ったままの応対は、いくらなんでも礼儀を欠くだろうと判断して正座に移行するリョウ。先程の声色と口調は比較的フランクに聞こえはしたが、予想通りの相手だとするならば、最低限の礼節は重んじるべきだろう。


「……かm「確かに俺、神様とか言われて崇め奉られてんだよなあ。ただ兄弟が思い描く所の『神様』……所謂創造主だとか創世神、死者の魂を裁く──とかか? そんな類の力は持ってないからな。説明が逆になったが、世界を救って欲しい。以上! 俺の呼び名は好きに決めていいからな。『兄弟』だろうが『神様』だろうがオッケーで」


『神様ですか?』と聞こうとしたリョウだったが、心を読んでいるかのような速さで以って、かつ、自分のイメージとの差異についての補足までもが付いた回答に、内心驚きを隠せない。


(……ってか、ぜってー心読まれてんだろコレ)


神と名乗る、いやそれ以前に心を読む相手に対し無駄な足掻きと理解しつつも、主導権を完全に握られたリョウの心に、小さな反抗の火が灯った。生前得意としていたポーカーフェイスで以って対抗を試みる。神の補足は、まだ続くようだ。


「と言っても、違う世界で転生して、そこで生活して、普通に過ごしてくれれば良い。言語が覚えられるか心配か? それぐらいは考慮してるから安心しろ。兄弟の生前の記憶を一部欠落させた時に、言語情報をちょちょっと書き込んだ。話そうと意識するだけで話せると思うが、固有名詞の意味だとか、細かな所は敢えて書き込んでいないからな。前世で好んで漫画とか小説とか読んでたろ? その世界を観光する気分で理解して行け。世界観についても同様な」


神の説明は、取り敢えず一区切り着いたようだった。リョウは目を閉じ腕を組み、思案している素振りを強く見せる事で、暗に時間をくれとアピールする。


要するに、別世界で生き返らせてやる代わりに命令を聞けという内容だ。そこまでは良い。だが、『生前の記憶を一部欠落させた』という部分には違和感を覚える。来世を生きるにあたって不都合でもあるのだろうか?


というか、心を読めるのだから、今すぐこの疑問に対して答えをくれても良いはずである。「実は心を読めないのか」と訝しむリョウだったが、先程の神の言葉を思い出す。


『生前の記憶を一部欠落させた時に──』


なるほど、この時に記憶を覗き見られたという事だろう。リョウの神に対するイメージをピタリと言い当てたのも、無料の漫画や小説を好んで読んでいた事を知っていたのもこれで辻褄があう。疑問に思った瞬間に回答してくれるのだと思っていたが、ある程度の会話は必要らしい。


「記憶を一部欠落させた? とは……どういう………いえ、何故でしょうか?」


言葉の言い回しに、多少の気配りを見せるリョウ。だが、これはバサリと切り捨てられる。


「……兄弟の事はよーーーーーーく知ってる。そのポーカーフェイスも、初対面では徹底的に下手に出る処世術もな。心の底から気持ち悪い。取り繕わずに自然体で話せやコラ」


……記憶を見られているのだ。素の自分を知っている相手に猫を被っても、化けの皮が剥がれて終わりであるのは自明の理。それでも最低限の礼儀は必要かと逡巡するが、他ならぬ神様に『気色が悪い』とまで言われてしまったのだ。続けるのは悪手だろうと判断し、会話を試みる。


「……あー………じゃあ改めて聞くけどよ……俺の記憶を消した理由は? それと、自殺したのは覚えてんだよ。その自殺の理由も知りてえ」

「まず記憶を消した理由は、痛々しくて、哀れだったから。それだけだな。というか、自殺とか気分の良いもんじゃ無いだろ? 来世を生きる上で障害となる記憶と判断し、消した。そんなワケだから、自殺の理由は知らない方が良い」

「あぁ……なるほど。答える気はねえって事だな?」


まるで説明になっていない説明に、呆れ果てる。それを言うなら、自殺した事実すら記憶から消すべきだろう。記憶の整合性が取れないなら、事故の映像でも見せれば良いのだ。


リョウは記憶を探り、掬い取る。理由は判然としないが、確かに屋外で首を切った記憶はある。


(わざわざ屋外でってとこがミソか? ってか、今、『痛々しい』って言ったか? まさか、俺が、精神を病んで死んだとか言いだすんじゃねえだろうな? ありえねえだろ、そんなん………ってか、オイオイオイ! 中学卒業からの記憶が殆ど飛び飛びじゃねえか。どうなってんだ?)


なんとも不思議な感覚であった。確かに、中学を卒業してから十年程度生きた実感はあるのだが、職場以外の情景がまるで浮かんで来ない。恐らく、何かがあったのだ。この十年間で、二十余年の歳月を覆す何かが。


若しくは……この神様とやらに殺されたか──?


実は自殺した記憶すら書き込まれた物で、神様の目的の為だけに殺された可能性もあるかと考えを巡らせ、更に記憶と思案の海に潜ろうとするリョウ。だが、男の声によって現実に引き戻された。

そもそもの原因である神様の声である。


「じゃあ、移動する前に説明な。世界と世界の間は、やべー力で満ちてる。これは界外圧って呼んでんだけどな、人間の魂どころか、俺達みてえな高位精神体すら圧殺する程の力の濁流だ。無策なら、億に一つも耐えられはしねえ。ただ!! 安心しろ。比較的安全な道筋は見つけてある。多少の痛みはあるだろうが、消滅することはい…………と良いなあ」

「……オイ 突っ込んで欲しいのか? お前、今、すげえ微妙なニュアンス使いやがったな? さっきまであんだけ歯切れよく説明してたヤツが、何でそこで「疑問が無いようなら、転送開始すんぞ」


純白色だった空間だが、気付けば部屋の四端から漆黒の黒が侵食を開始していた。ナメクジが這うような侵食速度ではあるが、明らかに転送というヤツが始まっている。


神様は「くつくつ」と笑っている。見遣れば、先程まで放っていた眩い光も若干薄れ、輪郭がそれなりにハッキリと見えるようになっているのだが………俯いて、笑いを堪えているらしい。


「絶対テンパるだろうから、神々しい見た目で誤魔化してたんだが…もう大丈夫だろ」


そこには、キトンを纏った男性が姿を現した。


服装それ自体はテンプレートな神様仕様なのだが、問題はその顔。


「オイ」

「オウ」

「何で俺の顔マネてんだお前は」

「生まれてこの方この顔だ。年代的に言えば、マネてんのはそっちな。それとさっきの話、冗談だ。間違い無くすげえ痛えだろうけど、気合いで乗り切れ」


一連のやり取りで神様に対する配慮や敬意の在庫が一掃処分されたリョウは、先程までは聞けなかった、半ばヤケクソな質問を繰り出す。


「聞くけどよ。前世の俺が、お前に殺されたって事は……ないよな?」

「ないな。俺には抜けた魂を無理矢理引っ張って来るのが限界だった。そのレベルで他の世界に干渉できるんなら、わざわざ既存の人間を、しかも死後に喚び寄せたりしねえ。数百年前まで遡って運命のレール敷き直して、条件に合致する奴を生まれた瞬間引っ張って来りゃいいからな。その方が効率が良いし扱い易いだろ?」


『拉致の効率性なんざ知るか』と思いながら周囲を見渡すと、既に部屋の四割は闇に飲まれている。完全に飲まれる前に、情報を搾り取れるだけ搾り取ってやろうと口を開きかけるが……


「まず、兄弟。お前は既に天文学的確率の存在なんだが……異世界では更に極小確率の壁を超えてもらう。所詮確率だから、まぁ、色々と運任せだ。確率変化の為の協議はこちらでやるから、兄弟は思うままに振る舞ってくれ。前世で読んでいた漫画のような…転生特典って言えば分かりやすいんだったか? それに関しちゃこっちで色々試行錯誤してあるから大丈夫だ。術式取得率は十割。防御術式の取得率は九割五分だ。この程度の壁で躓いてもらっちゃ困る。それと、観光気分でと言ったが、これまた冗談だ。それなりに危険はある。ただ、俺が状況に応じて指示を出すから安心しろ」


先程から教える気概が感じられない神様に対し、軽く苛立ちを覚えるリョウ。だがとうに賽は投げられている。黒の侵食は速度を増し、九割程まで進んでいた。もう足元を残すのみである。


「兄弟。そろそろ時間だが、大丈夫か? 怖いなら、お手手を繋いでやろうか。恋人繋ぎで」


手をわきわきさせている神様の軽口を聞き流している内に、いよいよ足場の床も消えようとしていた。次は自分の番かと覚悟を決める。が、黒の侵食はやっては来ず、代わりとばかりに──


圧倒的な浮遊感が襲いかかる!!


「はああああぁぁあああぁぁぁああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!???」


黒く染まり、転送されるものとばかり思っていたが、まさかの縦穴自由落下であった。『多少の痛み』とは、まさか自由落下による着地時の衝撃なのだろうかと思うと眩暈がする。


ゆうに十秒強の自由落下の後、更に広大な空間に躍り出た。前後上下左右に雑多な色の球体が無数に浮かぶその空間は異常に暗く、距離感が掴めない。


(宇宙……じゃない。空気抵抗もあるし、一応呼吸も出来る)


素早く現在置かれている状況を把握したリョウは、次なる行動に出る。


この落下速度で物に当たれば、訪れるのは二度目の死。死と球体を回避すべく、空中遊泳で距離を得ようと試みる。思考の間数秒だが、球体の目に見える大きさが変わらない辺り、常識外れな球体の大きさが窺える。となると回避は困難だろうが、やるしかないだろう。

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