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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
1章
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18話 少年A

「そんなトコですよ! 運が良かっただけでして!!」

「な、なるほど」


適当な相槌も程々に、リョウはリンプファーを問い詰める。


(おい! お前の落とし子って何だよ!)

《あ゛―……答えても良いんだけどよ。リエルに聞いた方がベターじゃねえ?》

(……それもそうだな)


リョウは記憶喪失(という設定)である。更に、決して嘘を吐かない(らしい)リンプファーなど、存在自体秘密である。


(さっきまでバシバシ質問しまくってたヤツが、いきなり質問しなくなるってのは不自然だよな。ふとした拍子にボロ出して、知ってる風な反応したら目も当てられねえし)

《それ言ったら、車とか知ってるのもおかしいけどな。まあ、怪しまれたら記憶が飛び飛びなんだとか言っとけや》


運転手の男は粛々と業務に取り組んでいる。歩道と車道が分かたれているとはいえ、標識も信号機も無い世界での時速四十kmの走行は、多少の恐怖を覚える。人力車でさえ左側通行を徹底しているのを見るに、明確なルールは存在しているのだろうが……


此方の会話がひと段落するのを見計らったかの如く、リエルから右肘をチョイチョイと摘まれる。


(説明、要りますか?)

(お願いしますリエル先生)

(リンプファーは、大昔に存在した偉大な魔術士です。今でも極一部の方でしか成し遂げられていない空間転移の魔術を、息をするように行使した……と文献に書いてあります。魔具作製者としても超一流だったみたいです。そんな彼の遺した魔具は常識外れに強力でして……ええと、例えば軍属のように……言い方は悪いですが手綱が付いていて、心身ともに鍛え抜いた方が持つのなら只の強力な戦力で済むんですが……人格の破綻した方や、心が幼い方が持つと、それは酷い事になるんです)


多かれ少なかれ社会に不満を抱えた者や、精神の幼い子供がそんな武器を所有したとしたらどうなるか。リョウは想像するが、そんなものは火を見るより明らかだ。


(具体的には、どんな被害が出た?)

(二百年前だったと思いますが、ハシロパスカと同規模の街が、一夜で炎に呑まれた事件がありました。生存者がいたのかどうかも分からないくらいに酷い有様だったみたいですね……犯人は私の友人の目の前で自殺しましたが、まだ十六歳だったみたいです)

(………そうか)


元からか、虐殺する過程で変化したのかは分からないが、手の施しようの無い程に精神が歪んでいたのだろう。しかし──


(お前がんなモン作らなけりゃ、ソイツも平穏な人生送ってたんじゃねえの?)

《必要な事だったってのもあるし、平穏な人生ってのは、どうだろうなぁ? 普通はな……いくらすげえ武器を持ったってよ、完全に頭がイカレるか、自分の中に明確な正義でもねえと大量殺人なんてできねえもんなんだよ》

(?? いや意味わかんねえ。もうちょい分かり易く頼む)

《文字通り、イカレた頭のソイツは正当な理由だと思って皆殺しにしやがったって事だよ。「当然だ」「報いだ」ってな。確かに……出自に同情はするが、育った環境のせいでお頭が普通じゃねえんだ。だから、その魔武具が無くても、いつか殺ってた》

(ああ? あー、つまり? 生まれと環境に問題があったのか。ただ、その内容がわかんねえと何も言えねえよ。例えば、街の人間全員から酷い目に合わされてたとかなら、まあ正当な復讐で、言っちまえば正義だろ? 因みにどんな出自なんだよ)

《……とある金持ちが沢山の奴隷を持っててな、力仕事をさせる労働力でしかない奴隷だが、まあ、あれだ、適度なガス抜きが必要になったワケだ。オマケに、その金持ちも中々にいい趣味しててな》

(??)

《ガス抜きをさせつつ、自分も見て愉しい。労働力も増える……かもしれない。そんな一石三鳥の方法を講じるために、金持ちが女性の奴隷を一人購入したと。んで生まれたのが、産まれながらにして奴隷の少年Aだ》


端折られた内容に、僅かに逡巡するリョウ。しかし、理解にそれほど時間はかからなかった。恐らく、奴隷の間に産まれた子供も奴隷。


つまり、そういうことなのだろう。それが出自なのだ。


(あぁー……ただまあ、少年ってことは男だろ? 男に生まれたのは……まだ救いだったかもな)

《ハハッ! ……日本人の一般的な感性なら、そう考えるんだろうな》


逡巡するまでも無く、理解してしまった。あまりに残酷なリンプファーの言葉を。


つまり、そういうことなのだろう。そんな環境で、そんな生活だったのだ。


(胸糞悪いなクソッタレ……そりゃあ世界か社会かが憎くなって、いつか殺ってたかもな。とはいえ、その魔武具? の有る無しで、被害半径はかなり違っただろ)


リョウは思案する。仮にその少年がリンプファーの落とし子を手にしなければ、金持ちの主人の関係者が皆殺しにされる程度で済んだかもしれないのだ。


(ああ! 勘違いすんな! 別に責めてるんじゃねえから。見ず知らずの──しかも過去の人間が何人死のうと、どうでもいいし関係ねえから。俺が気になってんのは、街一つ無くなるようなデカイ事件を、見逃した理由の方だよ)


僅かに間を置いて、リンプファーはポツリと漏らす様に答えた。


《見逃したってのは……ちょっと違うな》

(ああ、やっぱり『そうなる事を知らなかったから見逃した』んじゃなくて『そうなる事を知ってて見逃した』んだな。んで、理由は?)


リンプファーは事情を知り過ぎている。魔法的な手段を用いたのならその限りではないが、街が炎に飲まれ、住人が皆殺しになったのなら、そこまでの情報を得るのは難しいだろう。そして、リンプファーはリョウの元にリエルを派遣してみせた。つまり、自分の意思を伝え、世に反映させる手段があるのだ。それがリョウや、先程リンプファーが口にしていた『仲間』と呼ばれる者だけなのかは定かではないが……少なくとも、止める事は出来た筈だ。


《委細省いて言えば……その少年を放置すると、歴史に大きな爪痕を遺す危険があったわけだ。そうなると現代でイレギュラーが……百パーセントとまでは言わねえけど、大きな誤差が出たかもしれねえ。だから排除した。最悪の場合、この時代でも生きて、最後の最後に俺達の敵に回る可能性があったのがデカイ。最終段階はただでさえ手が足りねえんだ。特大のイレギュラーの芽を放置しておく理由がねえ》

(未来予知ってやつか。魔法ってすげえな)

《この世界だと、魔法じゃなくて主に魔術だけどな。まあ、ある程度未来が分かるんだよ。全力で延命処置を続けても、十年後には世界が滅ぶ事も含めてな》

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