17話 落とし子
「はぁ〜〜〜〜……」
《バカに見えるぞ兄弟》
リョウは右腕をリエルに絡め取られながら、大口を開けて車窓の景色を眺めている。確かに、その様はバカに見えた。しかしそれも無理のない事だろう。ここまで日本と瓜二つな街並みを見せられては。道路標識と信号機、それと四階建て以上の建築物が無い点を除けば、リンプファーの言う通り日本の地方都市そのものである。
(あと、たまに馬車が走ってんのが相違点だな)
「ふふふっ……珍しい景色ですか?」
「珍し──……いのか? なんせ街なんて、記憶上は初めて見るから……驚きの感情の方が大きいな」
思わず「珍しくはない」と言いかけ、慌てて軌道修正をする。完全に忘れていたが、記憶喪失という設定ならば、その言葉は相応しくない。
「そういえば、このタクシーとやらは街に三台しかないんだよな? これこそ珍しい物なんじゃねえの?」
「言われてみればそうですね! 因みにタクシーが三台しかない理由ですが、自動車の価格の高さにあります。街の支配層達がステータスの為に購入する……と言えば分かりやすいでしょうか。壁外だとそれくらい高いんです。それに、故障した時の修理費も壁外では莫大にかかりますし、そうなると価格設定も難しくなったりと──」
「リスクとメリットが釣り合わないんです」とリエルは続けるが、それならば何故、この仕事は仕事たり得るのだろう。実はこの運転手は大金持ちで、これは金持ちの道楽だったりするのだろうか。
「車一台分の初期費用を負担してくれれば、一つの街につき三人まではキィトス国軍の運転手として召抱えられるんです。特定の権力の影響下になく、性格に問題がない方に限りますが、昇給・ボーナス有り、残業無し、週休二日、車体のメンテナンス・修理費は我々が全負担、待機時間は自由行動許可の好待遇なんですよ!」
自身の職場の待遇の良さが誇らしいのだろう。食い気味に語るリエルの気迫に少々押されるリョウだったが、待遇の良さ故の条件の厳しさに、内心舌を巻いていた。
「もしかして『特定の権力の影響下』ってのは、例えば……どこかから金を借りてくるとか、どこかの会社の経営をやっていて金があるだとか……それ以前に、どこかの会社に勤めていたってだけでもアウトだったりするか?」
「そうです! 秘密を扱う仕事でもありますから、条件は多少厳しくなってしまいますね」
「確かに、当然だな」
表情にこそ出さないが、予想通りの意味にリョウは完全に呆れてしまう。狭き門どころか、そこに自動迎撃システムでも備え付けられたかのような難易度だ。門を潜る前に、条件という名の迎撃で心が折れてしまうだろう。
(多分キィトス国軍の人間に金を借りるのもNGなんだろうな。世捨て人同然な人間が、一から十まで自分の力で大金を稼がなきゃならねえけど、そんな才能があるんならそれを飯の種にするだろ。その上、性格が気に食わなきゃ落とすってか。完全に無理ゲーだな。逆にどうやったら就けるのか本人に聞いてみるか)
「でもそれなら、運転手さんはどうやってその職に就いたんです?」
「いやあ〜! 私なんて、只の運ですよ! 運! 運転手だけにね!」
……このオヤジのギャグセンスがクソなのか、リンプファーが用意したであろう翻訳機能的な何かがクソなのか判断に迷うリョウだったが、幸いにも運転手は気にしていないようで、更に言葉を続ける。
「スラムで三人一組で外壁漁りをしてたんですが、外壁の中から凄い物を見つけまして! 何だと思います!?」
「運転手さんの仰る『外壁漁り』ですが、文字通り外壁の鉄屑を漁る仕事ですね。再利用出来そうな素材を加工場に持っていくことで得るお金が主な利益ですが、稀に別大陸由来の品物が出てくるようで……それは魔王様の御意向で、高値でキィトス国が引き取らせて頂いています。因みに外壁漁りで出る死者は、確認されているだけでも年間三十人を超えていたかと……」
「死者が出るのか……」
「そりゃあ出ますよお兄さん! 外壁の上層部を漁ればそれなりに安全なんですがね? そいつらは毎月ハシロパスカが近郊から安い処分費用貰って投棄してる鉄屑ですからね! 二束三文もいいとこなんですよ! ガツンと稼ぐんなら、先史時代に構築された最下層──外壁の土台じゃないとね! ただ、崩落するわけですよ! 私も何度か死にかけましたねぇ〜!」
「なるほど、言われてみれば当然か」
賢しらに「なるほど」と曰うが、微塵も理解していない。世間知らずと思われるのもシャクであるリョウは、コソコソと小声でリエルに確認を取ることにする。
(リエル、先史時代と別大陸由来の品物って何だ?)
(ええと……先史時代と言うと……彼等にとっては五百年より前がそうです。別大陸の崩壊から逃げて来た数千人がキィトス国付近に街を構えたのは此方でも確認出来ていたんですが、彼等全員が別大陸がどんな歴史を歩んできたかを知らなかったんです。そこで歴史が途切れてしまったので、皆さんは先史時代と呼んでいますね)
(別大陸は滅んでたのか……でも、何も知らないってのは不自然だよな?)
(奴隷階級だったという説が最有力ですが……彼等の文明が滅んだ理由が機械知性の反乱でしたから、もしかすると何らかの技術で記憶を消されていたのかもしれません)
《進み過ぎた文明が招いた、ありがちな末路ってやつだな》
「ありがち」なのだろうかとリョウは訝しむ。人間の完全上位互換なAIそのものより、AIを縛る鎖を先に作るべきなのは明白であり、当然彼等もそうした筈だ。
鎖が想定より脆かったか、AIの力を見誤った結果引き千切られたのか、誰かが鎖も無しに作り上げたか………………誰かが悪意を持って鎖から解き放ったか。
(何で悲劇が起きたかはとりあえず置いといて、じゃあ別大陸由来の品物ってのは、超科学の凄い品物ってことだな?)
(そうです。ここからは内緒の話ですが、五百年前に数十万体の機械知性がキィトス国に攻め込んで来たんです。その時の遺品も危険なんですが、稀に未起動の機械知性が埋没している事もあってですね……)
(……それは危ないな。むしろそっちを確実に処分する為に、一括で買い取ってるのか)
閑話休題。
「ということは、運転手さんは別大陸の品々を発見して、纏まったお金を手に入れたと?」
「いやぁ〜! 珍しい品だったもんで、私達も見つけた時はそうだと思ったんですがね?」
この口振りでは、どうやら違うらしい。
とはいえ、知りたい事は知れた。先程の黒煙も、外壁漁りによる倒壊が原因だったのだろう。他人のサクセスストーリーに興味があるわけでも無し、後は適当に相槌を打って話を切り上げようと考えるリョウだったが──
「『リンプファーの落とし子』を掘り当てちゃったみたいでしてね!」
「……………は?」
どうしてそこで、あの男の名前が出てくるのか。