14話 意外にもアクティブ
地底海の魚類とそれらの味について知識を深めていたリョウだったが、エレベーターの停止を体で感じると会話は中断された。同時に出入り口を塞いでいた簾が勢いよくジャラジャラと格納され、その音に少々驚きを見せる。
ゴギャリリリリリッ! ガゴッ! ガゴコッ!!!
続いて響くは外扉が開く音だ。動力が供給されたため、今回は自動で開いてくれる。
リエルに手を引かれながら昇降機から出たが、エレベーターから真っ直ぐに通路が一本続いており、壁に当たると二股に分かれている。突き当たりの壁には大穴が開けられており、時折冷たい空気が流れてくる。恐らく、あの穴が地上に繋がっているのだろう。
ガゴコッ!!! ガゴッ! ゴギャリリリリリッ!
(音うるさっ!)
言わずと知れた、扉が閉まる音である。
「ここからは岩を削り出した道になりますが……一応階段状にはなっていますが気をつけてください。それと、少しだけ騒がしくなります」
「わかっ『ガコォンッ』んん?」
妙な音が聞こえたリョウは即座に音源を確認せんと後ろを振り返る。が、見える範囲に異常は見当たらなかった。だとしたら──
「もう外扉閉まってるから中は見えないけど、エレベーターから、なんか変な音したぞ……?」
「エレベーターを処分した音です」
……………………
「エレベーターを??」
「エレベーターです」
「処分??」
「処分しました」
意味が分からず反芻するも、やはり意味は分からず。もう少し突っ込んだ質問をしようとしたその時。
ズガァァァァァァァァァァン!!!!
「えええええ!!??」
《思い切りがいいな》
昇降機がシャフト内の床に叩き付けられ、ひしゃげ潰れたような爆音が響き渡り(というか実際にそうなのだろうが…)驚きよりも、戸惑いの感情から素っ頓狂な声を上げてしまう。
聞けば、ロープで吊るでもなく油圧で下から支えるでもないこのエレベーターは、稼働していた昔ならば兎も角、現状だと使用する度に最下層まで再び自力で降ろさなければならないらしい。そして、そもそもこの昇降機は別大陸の技術である点と軍内の利権から、いつか破壊する方向に話が纏まりつつあったらしい。そこでリエルは、再びここに来て破壊作業に勤しむ時間と最下層まで昇降機を降す時間を無駄と判断。破壊を敢行してみせたという事だった。
リョウは、岩をくり抜いて出来たトンネルを歩きながら考える。トンネルの横幅は広く、床は階段状に削られており、二人並んで手を繋いでも危なげなく歩く事ができた。
(なんと言うか……意外な一面を見た気分だわ)
《幻滅か?》
(いや、ネガティブな意味じゃない。さっきお前が言ってた通り、思い切りがいいなって意味で)
《任務と職務に忠実なんだコイツは。幻滅する前に言っておくと、リエルはそれなりの数の人間を殺した事があるぞ》
(いや待て、服装からして軍人だよな?)
《……………まあ、軍属だな》
(確かにイメージし辛いけど、軍人なら仕方ないって事くらい理解できる。俺もそこまで子供じゃねえよ)
《ああ、なら安心だ》
そんな事を話している間に出口が近付いてくる。茜色の空と鬱蒼とした木々を確認したリエルはリョウと繋いだままの右手を挙げて、袖口にランタンを仕舞い込んだ。
「街まで距離は無いんですが……道が無いので飛んで行きましょうか」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
突然だが、フライングヒューマノイドという生物をご存知だろうか? なんの機構も用いず、その身一つで空を飛ぶUMAで、人と同じ姿形をしている。何が言いたいのかと言うと……
「俺、飛んでる……」
外に出ると時刻は夕方。森の真っ只中での野宿は避け、近場の街まで急いで行こうと提案するリエル。その案に乗るリョウ。『顛倒』と呟きながら再び手を取るリエル。『俺、飛んでる……』←イマココ!!
異常な速さの流れるプールで漂っていると表現すればいいのか。そんな不思議な体感で山を越え谷を越え、リョウはお空を飛んでいた。地上二十メートルから観察するに、自生している木々は地球産の物と大差がないように見える。
(リエルを見るに文化レベルは高そうだし、人間が生態系の頂点って感じだろ。てことは、動植物も大して……いや、魔法があるから一概に言えねえのか)
《実際、全然違うぞ? 毒草とか馬鹿みてえに生えてるし。というか兄弟、さっき魔物に襲われたばっかだろ》
(そういやそうだったか。因みに、動物と魔物の違いは? よくある魔石が体内に有るか無いかってタイプか?)
《そもそも兄弟の言うところの動物ってヤツは自然界には居ねえよ。ドラゴンやら巨大外骨格やらとの生存競争の果てに淘汰されたからな。家畜としてなら……あー……牛やら豚やら馬やらで繁栄してるのが、ちらほらいる感じか? あいつら、地球で言う蚕みてえなポジションだわ。この世界だと草すら食えねえし》
地球では牛・馬・豚等の各種家畜は野生化しても生きていけるし、実際に野生化している地域も存在する。だが、蚕は成虫・幼虫共に脆弱で、人間の管理無しには生きていく事が出来ない、野生回帰能力を失った唯一の生物とされている。
此方の世界では、牛・馬・豚ですら蚕と同様に野生回帰能力を失った扱いらしい。この点から、如何に自然界が厳しい環境なのかが窺える。
(豚とかは雑食で、地球なら普通に生き残れる筈なんだけどな……ある日森の中に入ったら、熊さんどころか魔物に出会……いや、んん? それじゃあ人間はどうやっ《そろそろ街が見えて来るぞ》
(おっとマジか。異世界の街はどんな──)
…………………なにあれ
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「リエル……街って、どこもこんな感じなのか?」
「いえ、特殊な部類です。治安だけならまだしも、重金属汚染にまで注意しなければいけない街は、ここ『ハシロパスカ』くらいかと……」
近付いてみると、独特の香りが鼻についた。
街の規模としてはかなり大きいと言えるだろう。空から見たところ、中央部は道もアスファルトらしき物で舗装されているうえ、レンガ積みだったりとお洒落な家が多い。逆に防壁付近はボロボロの鉄板や木材を張り合わせた様な荒屋や工場が密集しており、碌な区画整理もされていない事が伺える。そして何より。何より特徴的なのが──
「この防壁、だよなあ」
雑多な鉄屑をこれでもかと高く積み上げただけのもの。これが、ハシロパスカの防壁であった。街全てを囲むべく円状に積み上げられ、曝露されたそれらからは錆が流れ出し、土壌を赤茶色に汚染している。それらは乾燥した後、細かな砂塵と共に大気中にも飛散しているのだろう。その証拠に、槍を構え立つ門番と思しき男はスカーフで口と鼻を覆っていた。