13話 地底海
先程休憩していた広場からも見えていたエレベーターらしき物だが、どうやらリエルは、これを地上への脱出路とするらしい。しかし扉は硬く閉ざされているうえ、勿論電力など通ってはいない。人力で道を拓く必要があるのだが──
「んぎぎぎぎぎぎぎ!!」
──横開きの扉の駆動部には細かなゴミが無数に入り込んでいる上に、錆び付いていてびくともしない。
《最高にカッコ悪いな(笑》
(うるせえボケ)
「リョウさん、ここは私が……」
当然リョウは理解していた。この扉は到底自分の膂力では開くことなど叶わないと。そしてこのルートを選択した以上、彼女は自分と違い、この扉を開く術を持っているのだと。それでなくとも、マジカルな何かを使い熟すリエルだ。彼女に一から十まで任せた方が早いのだろう。しかし、男としての意地がある。惚れた女の前では良いところを見せたいものだ。開けられないと分かった上でも挑戦するという『優しさのアピール』と、『それなりの誠意の姿勢』は必要なのである。
リョウは半歩下がり、リエルに場所を譲った。
リエルは扉同士の隙間に片手の指を掛けて、可愛らしい掛け声を一つ。
「えいっ」
メシャッ! ガゴコンッ! ガギャリリリリリリリリリッ!
「嘘だろおいっ!?」
両手を使うでもなく、五体を傾けて速度と自重を加算するでもなく、純然たる右手一本のフィジカルのみで扉を開けてみせる様は驚愕の一言である。あっという間に人一人通れるだけの隙間が空いてしまった。まさかのマジカルでなくフィジカルな展開に開いた口がノット クローズ。
「むんっ」と、ダブルバイセップスの構えをとるリエル。可愛いなちくしょう。
《最高にカッコ悪いな(笑》
(うるせえボケ)
何かしらの金属で作られたであろう扉。これに残された手形に気付かないフリをしながら中を見ると、やはりこれはエレベーターであるらしかった。
(ずっと閉められていたからか保存状態が良いな)
エレベーター内のカゴは前左右上下がガラス張りになっており、遠くまで見渡せる……ように、かつてはなっていたのだろう。今は光源が手元にしか無い為見渡す事は叶わないが。
「保存状態は良いみたいだけど、どうやって動くんだ?」
先程の侵入口付近の天井には何かしらの機構があるように見受けられるが、肝心要のロープが見当たらない。やはりマジカルな方法で動くのかと、年甲斐もなくワクワクするリョウ。
「下の四隅に備え付けられた小箱で動くんです──いきますよ? 一の魔力を代償に使役隷属します。精霊はここに」
「うおっ」
ふわり、と慣性を感じると同時に天井から簾がジャラジャラと垂れ落ち、開きっぱなしの出入り口を封鎖した。恐らく怪我を防止する目的なのだろう。垂れ下がる際には柔らかな素材に見えた簾だが、どんなカラクリなのか実際に触ってみると岩の様に硬い。
「もう色々と凄いな。魔法ってやつか」
「精霊魔法ですね。得意なんです」
「おみそれしました」
リエルはエヘンと胸を張り、むふーとドヤ顔をする。
(可愛い過ぎか。心が浄化されそうだ……)
《感謝しろよ。世界中からお前の好み、かつお前を好む女を探し出してセッティングしたんだからな》
(そこは素直に感謝するしかねえなあ)
「しっかし、ガラス張りなのに見晴らしが悪いな。施設の機能が死んでるからで、実際はこうじゃないとか?」
「あ、気付きましたか? 実は昔はライトアップされていて、色々な魚が鑑賞出来たみたいなんですよ。まだ岩盤まで遠いですし、見てみましょうか」
言うが早いか、ガラスの壁に手を押し当てて何やら準備を始めるリエル。浮遊感が止まった事から、エレベーターの動きを停止させたとわかる。
「岩盤??? 魚……水槽? まあ、迷惑じゃないなら、見てみたい、かな?」
「では、私の手元は眩しいので遠くを見ていて下さいね……『光明』!」
リエルの掌から光が放たれた。一切拡散せず直進するその光は、スポットライトというよりも極太のレーザーポインターと呼ぶべきか。光はある程度自由に操作が利くらしく、ある一点で突然放射状に花開き、広範囲を照らし出す。知らない人間が見れば、闇の中にトランペットが現れた様に見えるだろう。
脈絡無く虚空で光が屈折する様も衝撃的なのだが、リョウはその光が照らし出す光景に目を奪われていた。
照らし出されるはクロマグロにも似た巨大な魚の群勢。それは見える範囲だけでも数百尾の群れを成しており、圧巻の一言……だったのだが、その群れに悠然と足を伸ばして捕食を始める巨大タコ・イカが現れ混沌の様相を示し始める。
「えぇー…………」
「地底海は大型種が多いんです。それと光で誘き寄せる形になってしまいましたが、普段はもう少し平穏ですよ?」
リエルは『光明』を消して再びエレベーターを動かし始める。
「ええと、地底海っていうのは、地面の底にある海って認識でいいのか?」
「そうです。元々あった海中鍾乳洞が五百年前の大戦で広げられて、こんな風になったみたいで……自然に長い時間をかけて生成されたものではないので、どこか無理があるんでしょうね。たまに地盤沈下で犠牲者が出てしまうんです……」
「それはまた危険な……」
「これからリョウさんが暮らすキィトスには地底海はありませんし、地盤も強固なので大丈夫ですよ。ちゃんとボーリング調査もされてますから」
「それなら安心──」
リエルの『光明』が消えた今、再び漆黒の闇に趨勢が傾いた地底海。そこで一瞬、何かが光って見えた。
「んんん???」
「どうしました?」
リエルはずっとリョウの顔を見続けていた為、気付かなかったのだろう。
「……いや、なんでもない」
リョウ自身興味を失っていたという側面もあるが、「先程の位置まで戻りましょうか?」などと、リエルに気を使わせるのも申し訳なく思う。相変わらず対比物が無いせいで分かりにくいが、エレベーターは今尚上昇しているのだから。
「地底海って、どんな生き物がいるのか興味があるんだけど──」
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