15話 目が覚めて
(よーやく起きた………のは良いが、ぜんっぜん、寝た気がしねえ)
肉体的な意味での疲れは取れている。しかし夢の内容が内容だった。四肢こそ軽快に動きはするものの、体の中央に鉛玉が鎮座している様な、そんな形容し難い怠さも感じる。
頭と目を動かして周囲を探るが、誰も居ない。
(………昨晩はリエルと一緒に寝た筈だ。居ないってことは、もう起きて準備でもしてくれてんのかね)
正直に言えば、リエルが居ないことは僥倖だった。今、この精神状態で、まともに顔を見られる自信が無い。
「はぁ〜……」
いつまでも寝ていても仕方が無い。学校とやらもあるらしい。兎にも角にもある起きなければ始まらないだろうと体を起こすと──
「おはようございます」
「──うぉわッ!!!」
──真横。ベッドの縁に手を掛け、リエルが此方を見上げる様に座り込んで居た。
「さ、さっきまで、居なかったよな?」
「角度が悪くて見えなかったのかと思います。ずっとここに居ましたから」
「(ずっと?)そ、そそそそうか。悪い。ビックリしちまって………」
「リョウさん」
「は、はひ」
リエルがリョウの鼻に「ぴとり」と指を押し付けながら告げる。
「おはようございますっ」
「あ、ああ。おはようございます………」
「朝食の支度が出来てますよ♪」などと上機嫌に言いながらキッチンへと向かうリエル。その姿を見ながら、リョウは一つの疑念に駆られていた。
(俺の寝てる傍で、何をしてたんだ?)
驚きのあまり毒気を抜かれてしまったリョウがベッド脇を見下ろすも、何も見当たらなかった。
………………
…………
……
(どうしたもんかね。飯を食いながら考えるか………)
ラインナップとしては、宿の朝食と言ったところ。
〜朝食のメニュー〜
見た目が鮭(の様な何か)の切り身。見た目が味噌汁(の様な何か)。(何かの)葉物のおひたし・漬物。だし巻き(何かの)卵。米(なのだろう。多分)。
「いただきまーす」
「はい。どうぞ」
「………リエルは食わないのか?」
机の上には一人分の朝食しか用意されていない。
「私は朝ご飯を抜くことが多いので大丈夫です」
「そかそか」
鮭を一口頬張ると、程よい塩気が口内に広がる。ここで白米を──
コンコンッ
「んん?」
「たんぽーん!!!」
「ん゛あ゛ぁ????」
考え事どころでは無い。玄関のチャイム音を模した積もりだろうか。ドアの向こうからノックと共にイカれた女の声が聞こえて来た。
「……アネッテ、の声、だよな?」
「このドアは、構造的にかなりの防音性能があった筈なんですけれど………」
アネッテにも聞きたいことは山程あるが、ここでの生活基盤を整えるには二人の協力が必須である。何より、身寄りの無いここで貴重な味方を失う様な真似はしたくない。
「どんだけ大声出してんだよアイツは………」
少なくとも自分に対しては好意的なのだ。揺さぶりをかけるにしても、この時この場所ではないだろうと考える。
リョウは様々な心情を押し殺しつつドアを開けてやろうと立ち上がりかけるが、リエルに手で制された。
「危ない人でも無いですし、私が開けてきますね」
「………あんがとさん。ただアイツの頭の中は危ないと思う」
「たんぽーん!!!」
「うるせぇな………」
がちゃり
ドアが開く。案の定、声の主はアネッテだった。外で騒ぎにならないようにとの最低限の配慮か、認識逸らしのヴェールを着用している。
………とはいえ、身体全体の輪郭と会話の内容がボカされるだけであって周囲に声が聞こえない訳では無い。周辺からすれば理解不可能な言語を朝っぱらから大声で叫び続ける変態にしか見えない図式である。
ここでリョウの注意が再び朝飯に向けられる。その隙を狙った訳では無いが、アネッテの影から「するり」と人影が部屋へ滑り込んだ。
「今日はちゃんと起きてたね。おはようー」
「おはよう(もぐもぐ)それとピンポンな(ごくり)多い日も安心かお前は」
《おはようさんっと》
(おぉっと)
「女の子にそんな事言うなんて最低だね。リエル、あの人はダメ。もう別れよ?」
「おはようございますアネッテ出口はあちらですよ」
「…………指差す先にドアどころか窓すら無いんだけど、突き破れってことかな? と言うか、出口は私が今立ってるここじゃない?」
バカはさて置き、リョウは思案する。
《おうどうした兄弟。考え事か?》
(……………)
多少の事なら、この男になら夢の内容についてカマを掛けてみても良いかも知れない。そう結論付けたリョウは、先ずは創造主とやらについて(ガシィッ)そう足首を良い感じにガシィッと──
「ガシィ!?」
「リョウ…………」
「ヒィッ!!! 喋った!?」
机の下。そこでうつ伏せで横たわる女が己の名前を呼びつつ足首を掴んでいた。悲鳴を上げたリョウは、続けて逆の足で頭でも踏み付けてやろうかと思いかけるが──
「──って、お前、カシュナか?」
《カシュナだな》
いつの間に入って来たのか気付かなかったが、疲弊したカシュナが足首を掴んでいた。此方もヴェールを被っている。リョウは効果適用外である筈なのだが人相が非常に判別し難い。
「怖いから普通に入って普通に声掛けてくれよ」
リエルと言いカシュナと言い、この世界の女性陣は皆神出鬼没なのか。
「疲れたぞ………」
「ああそうか。そう言やそうだった。仕事がどうだとか言ってたもんな。徹夜か? よく頑張った!」
「うんうん。頑張った女の子は、ちゃあんと褒めてあげなきゃね。リョウ君分かってるぅー」
「出口はこちらですよ?」
「ちょっ! ドアッ! にッ!! 押し付けないでッ!!! 頭がァッミシミシ!! い゛い゛──!!」
《痛そうだな。体外から長時間与えられ続ける力学エネルギーは減衰できねーんだよ。体内ならどうとでもなるんだが》
流石に椅子から腰を離すまではしないが、身を屈めカシュナの頭を撫でてみるリョウ。ここで、当然の疑問が浮かぶ。
「あれ? おいアネッテ。確か昨日、カシュナはお前と一緒に出て行ったよな? 何でカシュナだけこんなに疲れてんだ??」
リョウとの会話の妨げになると判断したリエルは、即座にアネッテを解放した。
「イタタタ………まあね。そりゃあ、私は手伝わなかったし。何なら途中から声援だけ送って飽きたら寝てたし」
「……………」
頬にリエルの手の跡を残したアネッテが、ふざけたことを宣った。
柄では無いが、後でカシュナを労ってやろうと心に決める。
「後で膝枕を頼む」
「心を読むな心を」
《いんや、これは奇跡的な会話の噛み合いだ》
(そ、そうか。なんだよ。ちょっとビビッちまっただろうが)
「よっと…………」
掛け声を一つ。「ぬるり」とした動作でカシュナが立ち上がる。
「しかし腹が減ったな。リエル! 余り物でも構わない。私にも何か摘める物を頼む」
すっ………
リョウからは角度が悪く見えなかったが、リエルが笑顔でゴミ箱を指差した。
「……………(にこにこ)」
リエルは微笑う。
「……………」
カシュナは思案する。
「どうして私の部下にはアホしか居ないんだ? 部下に強さを求め過ぎたのが拙かったか?」
「そりゃあ、部下は上司の鏡って言うからねー」
「随分と曇った鏡らしいな。ならツラを貸せ。私が直々に、骨が見えるまでヤスリで研磨してやる」
「あー! それパワハラだよパワハラ。鏡を叩き割ったって意味無いのにね。あーヒステリ女が上司とかヤダヤダ」
「私がスッキリするだろうが。リエル。飯はいいからアネッテを締めておけ。それなら出来るだろう?」
「ええー? 何この流れ。ちょっと、何でホントにこっちににじり寄って──…ぎゃあああああああああああ!!!!」
「程々にしてくれよ。埃が立つからな」
「リョウ君! 止めてって」
「朝飯を食い終わったらな」
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