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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
三章
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12話 アイロス渓谷⑤

宣言と同時にリンプファーが軽く腕を振り払うと、金属球の群勢が前方へと突撃を開始した。樹々に岩をとあらゆる障害物を薙ぎ払い、最短の直線距離を選び突貫する出鱈目な姿を見、リンプファーは満足気に頷いている。


「なら、どうしてお前は、リエルのあの(・・)状況を良しとしてんだ? どう考えてもマトモじゃ無えだろ?」


先程までとはまた違う、戦闘による喧騒とは異なった声が上がった。


「流石は俺様の魔武具。運命値も予定通りへと推移してやがる」

「なあ。どうなんだよ」

「ぎぃぃあああああああ゛!!!!」

「………うるせぇな」


唐突な魔武具の襲来に兵士達が浮足立つが、それも一瞬の事。直ぐに悲鳴は消え、足音も消え、少し経てば戦塵も風に掻き消えた。災厄とも呼ばれるリンプファーの魔武具の一撃を目にして生存出来る者など、この場に於いてはハナからターゲットにされていなかった里長くらいのものだろう。


「残りの魔物は本能通り里に向かったか。里長の足じゃ間に合わない。この運命値なら、生き残るのは予定通り里長と妻だけだろうな。仕上げは妹分に任せ──…るのは良く無えか。アネッテじゃあるまいし。しっかりと監督しねえと」

(後で問い詰めるか? いや、薮を突いて蛇を出すのも危険か………)


今は友好的な態度であるが、これを知られたと知ると豹変する恐れが有る。この考えには何の根拠も無かったが、そう思わせるだけの禍々しい雰囲気をリンプファーは纏っていた。


(口調も声色も、俺がよく知ってるリンプファー(バカ)の声だ。でもこれは、殺気とでも表現すればいいのか………)


ザザザッ!! ザザッ!!!


「ぎぃっ、いってぇ……」


頭痛とノイズの後、場面が切り替わる。


「毎回毎回いってぇな……今度は何処だよ……」


頭痛の余波を飛ばす為に頭を振りながら、軽く周囲を見回す。町並みは酷く破壊されているが、残骸から辛うじて夢の初めに立っていた場所だと気付いた。


「うあ、グッロ」


赤い何かがこびり付いた武器防具を始め、大小様々な赤黒い肉片が散乱している。これは人間のものではないと思い込もうと努めるが、近くに人間の下顎と腕が落ちているのを見、リョウの努力と希望は儚く潰えた。


「うぉっ。いやホントグロいって………勘弁してくれや」


特に思い入れがあるでも無いが、里長の家が気になったリョウは記憶通りに歩を進める。しかし、道が塞がれていた。


(んー。通れね)


(恐らくは三ツ目の魔物に)押し流されたであろう瓦礫が山となり、数メートルの高さで以て道を塞いでいる。人一人が潜り抜けられそうな穴や隙間も幾つか散見されるが、崩落の危険性がある上に、そもそも手足を地面に這わせ、汚してまで近道をする気にはならなかった。山さえ無ければ視認出来る程の近さなのだが仕方が無い。ここは一度距離を取り、気楽に回り道をすることを選ぶ。


(ホントマジでもう直ぐそこなんだが………まぁ、周りの潰れた家を見る感じ、里長の家も望み薄だろうけどな。つーか、流れ的に、里長の家に行かねーと悪夢が醒めなそうだし)

「オイ!! 誰か!!! 生き残りは居ないのか!?」

(おっと、里長か。アイツ(リンプファー)の言ってた通り、間に合わなかったのか)


里長がリョウを追い越し我が家へと向かい駆けて行く。


「止まれって。瓦礫の山が見えるだろうが。オイ待てよマジでぶつかるって!!!」


ドンッ!


(うわあ高っ………そうか。魔術か)


里長が地面を強く踏み締め、軽々と瓦礫の山を飛び越えた。最高高度は、ゆうに十メートル近くに及んでいただろう。


ダンッ!


続く着地音。間髪入れず、駆け出す足音。


(なんか、追わなきゃいけない気がするな)


瓦礫の山の端までは数十メートルといったところか。この確認の間にも足音は遠ざかる。回り道をしている暇は無い。


(仕方無い。ささっと急いで潜り抜けるか)


幸いな事に、トンネル状の隙間には僅かに対岸の光が差し込んでいる。距離(厚み)はそれ程でも無く、瓦礫の()よりも瓦礫の()と呼称すべきなのかも知れなかった。


(この高さで厚みが無いってのは、いつ崩れてもおかしく無いってことでもあるんだろうけどな)


匍匐する程の低さでは無い。四つん這いになり、梁や木の幹の隙間を進む。


(………………うーわ)


天井部分の隙間から人の指の様な物が見えたが、気のせいだと思う事にした。


………………

…………

……


穴から出たリョウは手足の泥を払いながら辺りを見渡す。


「んで? これはどんな状況だ」


奇跡的に里長の家を含む周辺一帯には被害が及んで居らず、もっと言えば妻も生きていた。辺りに散らばった装備や肉片から察するに、兵士達が死力を尽くした結果なのだろう。そこまでならば良かったのだが………


(何でお前は武器構えてんだ?)


里長は武器を構え、警戒していた。その殺気の全ては、先程まで仲睦まじかった筈の妻に向けられている。


「…………どうして?」


片や妻は困惑し、里長へと問いかけている。それも当然だろう。側から見ているだけのリョウですら戸惑いを隠せない。まして当人となれば、その混乱は察するに余りある。


(……………)


武器を構えた里長が妻──…アナイシャ・サハサへとにじり寄る。アナイシャはそれに合わせて後退るが、歩幅の差は如何ともし難い。みるみるうちに距離が狭まって行く。


(何やってんだ!? ソイツを助けに来たんじゃねぇのか!!??)

「消え失せろ。魔物が!!!」

(魔物ォ!? まさか、コイツ、この女が魔物に見えてんのか!?)

「ハァアアァッ!!!」


咆哮と共に振り抜かれる魔武具の一撃。しかし、踏み込みは無い。


「止せ!!!」


叫びこそしたものの、リョウは僅かに安堵する。何故なら、未だ二人の間には距離があった。一メートルにも満たない里長の武器では掠りもしない距離が。リョウとアナイシャには無意味に空を掻いた様にしか見えなかった動作だが──


(有り得ねぇ!! 当たってなかっただろ!?)


──見えない斬撃によりアナイシャの首が跳ね切られた。


「このバカやりやがった!!!」


跳ね飛んだ頭部の行方を数瞬の間見失うが、ソレを空高くに見つけたリョウは両手を伸ばし駆け出した。


(────!!!)


論理的な思考など無い。反射的行動である。


残された胴体が「ぼとり」と倒れた。


(ああもう何やってんだ俺は!!)


頭を切り飛ばされたのだ。どう考えても即死である。受け止めたからといって何が出来る訳でも無い。そもそも、夢の世界の住民を助けたところで何の意味も無い。


(分かってんだよ!!! ンな事は!!!)


しかし、それも徒労に終わる。


強張った腕から力が抜ける。


(嗚呼。そうか。そうだったな………)


逆光でも分かったのだ。ソレはみるみるうちに白いカビに侵食され、リョウの腕に落下する前には粒子状に分解され、風に溶け消えた。


「アナイシャ!!! 何処かに避難しているか!!??」


里長の無意味な呼び掛けが響いた。


「アナイシャ!!! 誰か!! 生き残りは──…」

(死んだよ。お前が、今、殺したんだろうが………)


リョウは残された胴体を見た。首の切り口から徐々にカビが広がってはいたが、分解し切るにはまだまだ時間を要するだろう。両手を合わせ、眼を閉じた。例え神も仏も居ない世界でも、祈りには、その行為自体に意味が有ると思って。


(肉片をグロいだのなんだのと言ってた俺が言うのもアレだけどな)

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