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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
三章
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10話 アイロス渓谷③

「…………神託は」

(!!!!!)


「ゆらり」と此方を振り向き応える女性は間違い無くリエルだが、明らかに様子がおかしい。憔悴しているのか頬は痩け、隈が酷く、視点も一箇所に定まっていない。あの春風を思わせる愛らしい声も、今では陰気で燻んだ気味の悪いモノと成り果てている。


「リエル。お前………」


応えは無い。


リョウを置き去りに、会話は進行する。


「この後は、好きにしろと」

「じゃあ何もしないで、成り行きを見てれば良いのかな。魔物に変えた雑魚兵士達が運命値の調整をしてくれるんだったら、リエルも余計な仕事なんか──」

「殺さないと」

「は? 何て?」

「殺さないと」

「何で? 誰を?」

「……………」

「リエル?」


よたよたと、覚束ない足取りで女性へと歩み寄るリエル。快諾を得られなかったせいか。その表情には僅かな怒気が窺える。


それに気付いた女が、口の動きだけで「拙い」と呟く。


(今度は分かる。口の動きと言葉がリンクしてるな……)

「私は、頑張っていますか?」

「………そりゃあもう。リエルは凄いよ。頑張りまくってる。世界のために凄い努力してる。みーんな理解してないけど、私は、私だけはわかってるよ。凄いと思う。うん。凄い」


意図の読めない質問に狼狽し逡巡しながらも、彼女はなんとか美辞麗句を紡いで見せた。声色の端々にも気遣いが感じられ、彼女がリエルを大事に思っていることが分かる。


「そうですか」

「そうですよー?」

「でも、もっと頑張らないと。あの人に“精神術式”の練度が低いと言われてしまいましたし………」

「『あの人』か………」


立場や状況・交友関係を見るにアネッテ以外に有り得ないのだが、リエルはアネッテを「あの人」などと、曖昧な呼び方をする事が多々ある。幼い頃には不思議に思っていたものだが、成長するにつれて徐々に理解するようになった。禍々しい何かが居るのだ。アネッテとは似ても似つかぬ何かが。彼女の心の中に。


「…………ちょっとくらい休んでもいいんじゃないかなぁ? 知ってるよ。二ヶ月はまともに寝て無いよね?」

「皆、寝ようとすると私の悪口を言うんです。寝られません」

「それは幻聴………誰も、そんなこと言ってないから……。そんなこと言う奴が居たら、私が殺してるよ………」

「誰も、私を信じてくれないんですね………」

「リエル。少しだけで良いからさ。目を閉じるだけで良いから」

「だって──」


俯いた拍子に垂れ下がった髪を背中に流し、リエルは続ける。

「頑張れば頑張るだけリョウさんに早く会えるって言われたんですけどどれくらい頑張ればいいのか分かりませんし逆説で見ると頑張らないとずっとリョウさんに会えないってことですよねステラだってそう言ってたのにもっともっともっと頑張って頑張って頑張らないとまだまだ越えなきゃいけない覚えなきゃいけないものも沢山あるから頑張らないとってあの人に話をしたらそれはお前の努力が足りないって“代償”が足りないってわたしは!! こんなにッ!! 頑張ってるのに!!! 何で!! 何でッ!! 私ばっかり!! さっさとみんな死ねばいいのに!! 死ねばいいのにッ!!! ステラは、ステラだけは私を裏切らないと思ってたのに!! 嘘吐き!! 嘘吐きッ!! 人は殺せば死ぬでしょう!? だから殺すんですよ!! 運命値を調整するんですから当然でしょう何でそんなことも分からないの!!! どいつもこいつも無能無能無能!! お前達が使えないから!! あいつらのせいで!! あいつらが!! あいつらはあんなにみんな幸せそうなのに!! リョウさんに会えないのに!!! 何も知らないアイツらは私を差し置いて!!!! 幸せそうにしやがって!!!」

「──…ッ」


気迫に押されて、女は数歩後退る。


此方に体を向けつつも顔を伏せた姿勢で微動だにせず、かつ顔面からあらゆる液体をボタボタボタボタと器用に垂れ流しながら喚き叫ぶ姿は、完膚無きまでに狂っていた。


「ああ、ううんと。アネッテはさ。会話の流れは分かんないけど、そんなつもりで言ったんじゃ無いと思うんだよねー」

「────はぇ?」

(ぐっ……)


叫びながらも聞く耳は持っているらしく、俯きながら独り言を叫んでいたリエルが顔を上げた。顔は涙と鼻水と唾液に塗れ、瞼と瞳孔が極限まで開かれている。その醜悪さは思わずリョウが顔を逸らす程であった。


「ち、違──ううん。ごめんね? そうなんだよ。私が悪いの。リエルの期待に応えられない私が悪いんだ。だからね、リエルはそのままで大丈夫だから──」


その双眸から、淡い灯を眩く反射する大粒の涙が再び溢れ出した。


「すてら………」

「リエル。私が──」

(ステラ? そうか。この人がエムステラさん………)

「わたし…………また、まちがえ、ましたか?」

「え、ええとね? ああっと、ええとね、私が思うにね──」


ステラは想起する。以前、リエルが言語の習得に梃子摺っていた際、アネッテから精神的に酷烈な仕打ちを受けていた事を。それ以来、彼女は「間違い」を極度に恐れていた。


否。正確には、アネッテの中に潜み神託を与える「(あの人)」とやらが。


「もう、もう、リョウさんに、リョウさんに…………会え、ま──せん、か?」

「大丈夫!!! 大丈夫だから!!! 敵は殺そう! リエルの言う通りだよ!!」


思わず否定の言葉を投げかけてしまった失態を悔やみながら、ステラはリエルを強く強く抱きしめる。腕の中では、震えながらも澄んだ声で懺悔の言葉が紡がれていた。


(俺のため? 俺を知っていた? いや、さっきの里長達と同じ時代なのかは分からないか………? そもそも本当にあったことなのかも分からない………)

「じゃあ、アイツらをどうやって殺してやろうか!!!」

「………………」


………………

…………

……


数時間後、漸く震えの治ったリエルが口を開く。


「………すてら」

「なあに?」

「ひどいとおもいませんか」

「そうだね。(何の事か分かんないけど)わたしもひどいとおもうよ」

「そうですよね」

「うん。ただ、わたしたちはリエルのだんなさんのために、たたかうだけだよね」


安定した状態の今ならば、否定の言葉を使ったとて狂乱はしないだろう。しかし、ここまで積み重ねてきた信頼を損なう恐れはあった。今でこそステラはリエルの部下とも呼ぶべき妙な間柄になってしまってはいるが、リエルは元々母親とでも呼ぶべき存在である。諍いや、ましてや別れなどを望む筈が無い。ステラはリエルを宥め同調しつつも会話を誘導し、その目的を探った。


「だれを、どんなふうにころそうか?」


背中を一定のリズムで優しく叩き、優しく語りかけるよう努める。


立場がまるで逆になってしまったが、リエルを抱き抱える様に座り込むこの状況は、子に対する母の様だとステラは思った。


「ずるいんです」

「そうだよ。ひどいよね。リエルはこーんなに、ねるまもおしんではたらいてるのに」

「ころせばころすだけ、リョウさんにはやくあえるとおもうんです」

「あ、それはわたしもおなじことおもったなー。やっぱりリエルもそうおもう?」

「そうなんです。だから………」

「うん。リエル。わたしはなんでもするよ? なんでもいってみてよ」

「ちえを。かしてほしいんです」

「うんうん。よろこんで。で、なにについてのちえかな?」


ドンッ!!


「ぐっ……」


同意を得たリエルがステラを引き剥がし、勢い良く立ち上がった。半ば突き飛ばされる形となったステラは(減衰によって痛みこそ感じなかったが)強かに地面に体を打ち付けた。


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