7話 激昂②
「だからー、門の手前で地面に降りたんだってば。ヴェール出すのも面倒だったから“精神術式”でその辺の人間の認識を逸らしたのは横着し過ぎたかもだけど、そんな怒ることなくない? リエルに関しては私から強く言っとくからさ」
「ふん……」
(これぐらいは自分で切り抜けないと)
カシュナは乱暴に背もたれへ体重を叩き付ける。ここまで不機嫌なカシュナを久しく見ていなかったアネッテは、やはりリンプファーに助けを乞おうかと試案する。
「繰り返しになるけどさ、リエルにもキツく言っておくから。第一、殺気を向けるのはカシュナに限った話じゃないでしょ? スライの馬鹿はしこたま踏まれて両腕切り落とされたみたいだし、私に関しても、さっきのメッセージの通りだしさ」
「………………」
凡百の魔術士であれば卒倒しかねない圧を受けてもなお、アネッテは毅然とカシュナを見つめ返していた。
以前までのアネッテでは、こうはならなかったろう。もし仮にリンプファーがこれを見ていれば、拍手喝采で褒め称えたかも知れない。
「色々あったし大事な時期で神経尖らせちゃうのも分かるけど、少し冷静になろうよ」
「………………そうだな。リエルの阿呆が常に周囲の空気を操作していたのも不安を煽る一因ではあったが、少々神経を擦り減らしてしまったか」
「何それ。空気?」
「お前、気付かなかったのか。余剰魔力が無いから無理もないが、何を考えているのかあの阿呆は、リョウと自分の周りの空気を絶えず動かしていてな。三人でシている最中もだぞ? 毒でも散布したのかと勘繰ってしまった」
「カシュナに毒なんか効かないでしょ。体に悪い物を全自動で“破壊”しちゃうチート性能なんだから。でも空気。空気かー」
「その通りではあるんだが……」とぶつぶつ呟くカシュナを横目にアネッテは思考を巡らせる。彼方は覚えていないものの、通算で数万年にも及ぶ付き合いである。考えれば必ず答えに辿り着ける筈。
「………あー、分かった。分かった自分が嫌になるけど分かっちゃった」
「ほう。説明してくれ」
リエルの変態的な答えに辿り着けてしまった自分が嫌になりつつも、アネッテは半眼で言葉を続ける。
「多分それ、リョウ君の吐いた息を全部自分のトコに持って来てるんじゃないかなー。なんなら全部自分で吸ってたりとかするのかも。ただの予想だけど、当たらずとも遠からずな気がする」
「マジかそれ」と言いたげな表情を浮かべながら、カシュナは感嘆を漏らした。
「うわぁ……」
「カシュナのそんな反応、リエルにしかしないよね」
「久しく居なかったからな。この私をドン引きさせる手合いは。味方に限定すれば初めてかもしれん」
「そーゆー手合いこそ大事にしなきゃなんじゃない? まともな国家なんて世界にキィトスしか無くなっちゃったんだし、本音でぶつかって来る人なんて私とリエルくらいでしょ」
「お前はお前で、私に何かしら思うところはありそうだがな」
「さあねー」
カシュナは荒ついた心を鎮めるべく酒精を創造し、グラスすら創らずそのまま流し込んだ。
「ふう…………」
予断は許さないが、窮地は脱した。
そう判断したアネッテは、このまま普段通りの調子へと舞い戻る。
「でさっ! 車の件なんだけど、運転手の子、怒らないであげてくれると嬉しいかなーなんて思ってたりするんだけどー………」
「リエルから行為中にざっくりと教えられたが、厄介な連中に襲われたんだろう? 敵の力量は知らんが、責は襲撃者にある」
「あはは………そう言って貰えると助かるね。でさー、精霊王に襲われたから拘束具ちょーだい」
「私は直接見たことが無いが、面倒な存在だな。日光と暗闇と涼風と霧雨と人間を五角形で結び、その丁度中心に位置するような存在──…だったか? 以前、マネキン共を押し留めキィトスを守ったと伝え聞いたが、今度は敵に回るか」
「今はアークの手下みたいだからねー」
「やはり敵か……殺すだけなら一撃なんだが」
カシュナならば精霊王とて滅ぼすのは容易い。だが、あれを滅すれば全世界の精霊は衰退の一途を辿る。カシュナの創造した石油を燃やし電気を使う民衆の生活に支障は出ないだろうが、物理の外側から自浄作用を担う精霊が消えれば長期のスパンでどの様な問題が噴出してくるのやら想像も付かない。
惑星が氷河期に突入する程度の異変で済めば、まだ御の字と言ったところか。
「しかし、だ。大陸の連中はよくもまあ、あんな者を拘束していたな。“術式”も無しに純粋な発明力のみでそれを成し遂げたのだから、やはり機械は侮れん。大したものだ。キィトスに対する過去の過ちを謝罪し対等な関係を構築すると言うのなら諸手を挙げて歓迎してやったものを。馬鹿に付ける薬は発明出来なかったらしいな」
「あーその機械──…今後はクレセントって呼ぶけど、アイツらも精霊王と一緒に複数居たからカシュナ頑張って」
「おい、何だと!? それは聞いていない!!」
「リエルから聞いてなかったの? 部下経由で情報は上がってた筈なんだけど……」
「精霊王とアイツ等は敵対していたんじゃなかったか!?」
「私に言われても……」
嘗て別大陸の人間達は精霊を奴霊と呼び、文字通り奴隷の如く使役していた。精霊王も発電機関の一つとして拘束されていたのだが、それが打ち破られて以降、大陸の文明に対して破壊の限りを尽くした。その流れのまま、機械の群勢にも攻撃をしていた筈なのだが………
「──チッ! リエルの馬鹿が! マトモに報告も出来ないのか!! 工場は何処だ!? また地底海か!? そうだ! リョウが保管庫から目覚めて逃げ込んだのは奴等の工場跡地だったな。まさか稼働していたんじゃないだろうな!!」
「生産ラインは完全に破壊したし、唯一の出入り口には警報付けて定期的に見回りも行ってるし、それは幾らなんでもリエルから報告があるでしょ。奴霊仕様の未破壊だったエレベーターを律儀に壊して帰ってきたくらいだから、かなり関心はあると思うよ。確かー……先週だかに、態々自分トコの補佐官を見回りに派遣してたくらいだしさ」
五百年前には空を飛ぶ自家用車が行き交い、高度に情報化された社会を形成していた嘗てのキィトスだったが、機械の群勢によりその悉くをクラッキングされ機能不全に陥った過去がある。自己複製により際限無く増える敵の侵攻はまさしく津波の様で、国力の実に九割を損失する存亡の危機に瀕した。
「どうだかな………兎も角、先の大戦と同等の戦力差ならば、魔導士を総動員したところで時間稼ぎにしかならん。対抗可能なのは私一人だろう。となると、アークとやらには魔導士を複数人ぶつけるしか無い。が、数手撃ち合っただけでも分かった。あれは規格外だ」
「そうだ! 話戻すけどステラレポートが関係してるみたいでさー」
「勝手に戻すな。加えて情報が断片的に過ぎる。ステラと言えば『地底の剣聖』のステラか? 確かお前の友人だろう。自分でなんとかしろ」
「無理だよ私死にかけたし。まあ、情報全部説明するから対応よろしく」
「アークとやらもお前の友人だろうが。弱点も知っているんじゃないのか? そうだ。アレもお前が対応しろ」
「そんな無茶な!」
「また国が更地になるだろうが!」
「友達じゃないし!」
「知ったことか!!」
「前は一瞬で全部『シュパッ!』ってクレセント倒したじゃん! 今回も同じ感じでイケるんじゃないの!? 術式持ちの機械が数億とかホントにカシュナじゃないと無駄死にだってば!!」