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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
三章
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6話 激昂

「待たせて悪かった。んじゃあ、眠気は無いけど無理矢理寝るかぁ」

「今寝ると明け方に目が覚めてしまいそうですし、先ずは簡単なご飯にしませんか?」

「おお、言われてみれば。確かに腹がすいてるな」


それも当然。今日一日何も食べていないのだから。


「それと湿度に惑わされそうですけど、きっと喉も乾いていますから。先に戻って、飲み物だけ用意してきますね」


リエルは歩きながら虚空からエプロンを取り出す。すると、それを躊躇う事なくその身に羽織り、続けて長い髪を軽く結い肩越しに前へと流した。


「は、裸エプロンだとォッ!?」


続けてスリッパを取り出す。流石にY字とまではいかないまでも、足を横へ片方ずつ、膝を曲げつつ上げることで屈むことなくスリッパを履いた。


「おおっ!?」


足を上げる度に此方に背を向けたリエルのアレやコレが顕となったのだが、当然ながらリョウは大興奮である。


「イィヤッフゥゥゥゥ!!!」

「もう。そんなに見ないで下さい♡」

「はっはっはっ。態と見せてきたクセによぉ〜」

「もう///」


膝裏までたおやかに靡く髪を態々前に流しているのだから、つまりそういうことなのだろう。


《俺も見ていい?》

(ぶっ殺すぞ!!!!)

《マジギレかよ!!!》


頬を染めたリエルが、足早に浴場を後にした。


「よいしょっと」


ここにきて漸く、リョウの胃袋は空腹を訴え始める。


「リエルー。お腹空いてきたー!」

「はーい。直ぐに用意しますよー」


リエルの後を追い、リョウも浴場を後にする。


時刻は夕方から、既に夜へと推移していた。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「リエルがメッセージがどうだと言っていたが」

「寝てるリョウ君を叩いたのを怒ってるみたい。くびり殺してやるって書いてる」

「くびり………殺す? お前にか?」


仲の良いアネッテに対してそのような物言いをするのかとカシュナは問いかける。少なくとも、カシュナが今まで見てきた二人のやり取りでは想像もつかないことだった。


「マイルドに言うと『誠意を込めて心の底から謝罪しろ。でないとリョウさんを叩いた方の手は引き千切って剥製にして見せしめに永久展示して、お前の伽藍堂の頭の中には豚の糞と下水のヘドロを捩じ込んで風化するに任せるオブジェとして一等地に飾ってやるからな』って書いてる」

「マイルドにしてそれか? 冗談だと思いたいが………」

「私もだけど………多分、冗談じゃなくて本気だと思う。謝らないと本当に殺される。今、ただでさえあの子リョウ君に会えてタガが外れてるし」

「前々から気になっていたが、あの女の残虐性は天性の物なのか? 一時期話題になった敵の全身に釘を撃ち込んで送り付けたのはアイツの仕業だろう。あれがリョウに向けられることは無いと信じたいが……」

「まさかでしょ。確かー、そうだ。大陸で人殺しまくってからかなー」

「何を馬鹿な。魔導士になった時には既にああ(・・)だったろう」

「あーそう。そうだったね」

「それよりも、だ」


ギシリと椅子が軋みを上げる。背もたれから身体を離し、カシュナは体勢をやや前屈みに変えた。


「…………で? この私を無理矢理リョウから引き剥がしたのは、どういう了見だ?」

「調査報告ってやつかな。リョウ君の前じゃあ、ちょっと言い難い事もあるしさー」

「ふん……良い機会だ。私も幾つか聞きたいことができた所だ」


エントランスに設置されている転移譲渡型魔具を用いて移動した一室。隠れ家の一つであるそこでは、机を挟みアネッテとカシュナが対峙していた。


(何か下手を踏んだ……? リンプファーが居てくれれば良かったのに)


二人の仲は良好。確執も無い。 ──のだが、確かに今は『対峙』と形容するに足る、剣呑な雰囲気が場を支配していた。これにはアネッテも首を傾げる。まさかリエルでもあるまいに、リョウと引き離された程度でこの殺気は放たないだろう。


「調査。調査だったな。トリトトリからにしては、随分と戻って来るのが早いじゃないか」

「そりゃあ、見切りを早めに付けたからね。多分だけど、アークの──」

「そうじゃない」

「えーと?? 話が見えないんだけど?」


アネッテは、ここでカシュナの怒りの原因に当たりを付けた。


「あ、もしかして車壊しちゃったの怒ってる? ごめんねっ! その襲撃の件も含めての報告だったんだけど──」

「転移譲渡型魔具」

「………………」

「指定の座標に設置された、その地点間でのみ使用出来る移動用魔具。リンプファーが作った、現代の技術では再現不可能な逸品だ。だが、さらに上。より優れた上位の品が存在する。分かるな?」


分かるに決まっている。任意の座標から設置された座標地点への移動──…即ち、携帯型の転移譲渡型魔具の存在。五百年前の大戦直後に出土し、公にはカシュナのみが所持している魔具である。だがリエルとアネッテはこれを奥の手として内密に所持していた。


「そりゃあ勿論知ってるけどさ。それがどうかしたの?」

「所有しているな?」

「………………」

「それも、敢えて私に黙って。だ」


態々エントランスまで移動し、備え付けの転移譲渡型魔具を使ったのだ。カシュナからすれば秘匿している様に見えて当然だろう。


「………………」

「勿論、お前達なら所有は許可する。断る理由も無いからな。だが、何故黙っていた? 後ろ暗い目的が有ると語っている様なものだろうが。答えろ。アネッテ」

「………………」

「それは、リエルが時折私へ向ける殺気と関係があるのか?」

「ちょ、ちょっと待ってってば! ……黙って聞いてれば、いくらなんでも怒るよ? 単純に空飛んで来ただけだって。音速超えればトリトトリなんて直ぐでしょ。行きはまあ、アイツにバッサリ切られたケルベムを換装したかったし休みたかったしで車借りちゃったけどさ」


カシュナの目が細められる。実際に秘匿してはいたものの、今回は転移など使っていない。アネッテを強化しようと目論むリンプファーは、帰り道でもアーク一派からの襲撃があれば御の字とさえ考えていたのだから。


「ただ蹲り、耳を塞ぎ、眼を閉ざす。無援の孤島。怨嗟の怒声。応報の群勢。捩れの剣。致命の足音に破壊者は嗤う」

「…………本気?」

「お前の答えに因るとだけ言っておこうか」


カシュナが神聖魔法の詠唱を終えた。後は呪文さえ唱えれば発動されるこの状況は、拳銃のトリガーに指を掛け、此方に向けているに等しい。


「『破壊者』の一節を見るに、どうやら私の神聖魔法であるらしい。威力は折り紙付きだ。こんな内容は記憶に無いから、並行世界か、或いは未来の情景なのかもしれんがな」


神聖魔法『記憶の叛乱』。対象の記憶をパズルのピースの様に分割した後、乱雑に組み替える神聖魔法である。


組み替えるだけならば支障は無いように思える。しかし、ピースとはそれぞれ噛み合う形が決まっている物。強引に嵌め込めば、当然ながら歪みや損壊・隙間が生じる。人格形成に大きく寄与する記憶が歪み、ないし歯抜けになればどうなるか。


「私、廃人になっちゃうんだけど」


無論、抵抗の術は存在する。彼我に余程の実力差でもなければ、多少抵抗に失敗したとて前日の夕食を忘れる程度の被害で済む。そう、余程の実力差でも無い限りは。


「空中からのキィトスへの侵入は不可能だ。人形共の侵入以来、私が“術式”を張り巡らせているのはお前も知っているだろうが」


回答を誤れば、また一からやり直しになる。今回は興味深いイレギュラーも多く、リョウの成長具合も過去最高値を記録しておりリンプファーも期待しているようだった。上手く切り抜けなければならない。

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