表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
三章
122/132

5話 あぶぶぶぶびゃあ

「イスしか無えもんな」

「ふふん。拘りの黒檀製のイスに、様式美のゲロリンだ。凄いだろう。しかもシャワーは無理矢理温水が出るように加工までした。そう考えると、そもそも業者とやらは不要だった訳だ」


アネッテは袖口からタオルや石鹸など一式を取り出し、一行に配りながら疑問を口にした。カシュナの自慢は黙殺されたが、疑問に胸を張りながら答えたのはリエルである。

「私達が手ずから(・・・・)洗ってあげる予定でしたから」

「仲が良いのは幸せなことだけどさ、節度を持とうよ」

「…………せ、つど?」

「だめだアネッテ。コイツの辞書に節度の文字は無い」

「他人事みたいに言ってるけどカシュナも同罪だからね。ホラ、さっさと魔術なりなんなりで洗って寝る! 明日こそは学校行ってもらうからね!!」

「…………はぁ、お母さんかよ(ぼそっ)」


ヒュンッ


「………リョウ。何か言った?」


袖口から刀を取り出し素振りをするアネッテを見、リョウは慌てて石鹸へと手を伸ばした。


「いゃーだなぁーアネッテさん。ななななんでもないっすよー」


手早く泡立て、大急ぎで泡を塗りたくる。魔剣とでも呼ぶべきだろうか? 青白く粘ついた光を溢す刀剣は、リョウを黙らせるに充分な迫力があった。


《泡だけに慌てて!! オモシロ!!》

(どこが?)

《えっと、ハイ。すんません》

(おぅ)

「カシュナは一度自室に戻って状況確認ね。大変そうなら私も手伝うから」

「ああ? 今はリョウから離れたくはないな。私は多少なら部下に任せよ──」


ヒュンッ


「──うとも考えたが、労働は尊い。頑張ろう」

「では私は──」


ヒュンッ


「リエルはリョウ君の護衛ね」

「私、まだ何も言ってなかったじゃないですか……」

「どうせいかがわしいことしようとしてたんでしょ」

「心外です」

「どうだか」

「護衛でしたら、肌を合わせて居た方が安全だと思います」

「お互い生まれたままの姿で? 護衛任務の常識がひっくり返る大事件だよそれは!」

「よし、綺麗さっぱりだ」


言うやいなや、カシュナがすっくと立ち上がる。うおお! 同時に巨大な二つの乳房がブルンブル「リョウさん?」

「不可抗力だよ今のは!! 男の性!!」

「ていうかカシュナ。いつの間に洗ったの」


確かに疑問である。リエルはマジカルな手法で以て全身に水球を走らせており、時折甲高い音が響く。しかし、カシュナからはその様な音は一切響いては来なかった。


(いや、でも、髪に付いてたアレやコレも落ちてるんよな)

《………見てなくて本気で良かった。流石に兄弟の体液は見たくねえよ》

(俺も見せたくねえなそりゃあ)

「ああそっか。“破壊”すれば一発なんだっけ。じゃ、さっさと行こっか」

「仕方が無いな。リエル! リョウを頼んだぞ」

「わかりましたへいか」

「漢──! ああ、もうそれは諦めるとしよう。アネッテ。行くぞ」

「はいはーい。あ、そうだ。リエルは後でスライの話を詳しく聞かせてほしいかも。大雑把には把握したけど、場合によっては後処理とか色々考えないとだからさ」

「分かりました」

「やっぱり抑揚が違うじゃないか。私、王様なのに………」

「ああ、アネッテ」

「ん。どうしたのリエル」

「後でメッセージ送りますから、必ず読んで下さいね」

「おっけー」

「必ずですよ?」

「分かったってば。カシュナ。行こ」


体表の水滴を“破壊”し、衣類(ついでに靴も)“創造”したカシュナが「カッ!」と靴音を響かせ浴場を後にした。その後ろ姿のなんと凛々しいことか。漂う威風は間違い無く、彼女が国家の頂に存在することを物語っている。


ピシャンッ


見惚れるリョウの視線を遮る様に、ドアが閉められた。


「リョウさん………」

「リエル?」


それと同時に「ぴとり」とリエルが擦り寄って来る。


「二人きりですね……」

リンプファー(馬鹿)が居るけどな)

《あ゛あ゛?》


「そういう空気なのであれば、例の紐を引いておくべきであろうか」などと考えながら、リョウは無言でリエルの肩を抱いた。


「そうだな。その、なんだ、カシュナともあんな関係になっちまったけど、リエルを蔑ろにしたりする気は無いっつーか、アレだ、大事にするから」

「リョウさん……」


リエルの瞳はなみなみと光を湛えており、有り体に言えば蕩けきった表情を浮かべている。


これはピンク色な空気の「何やってんの?」

「ドォワァ!?」


唐突に背後から叩き付けられた声に振り向けば、そこにはアネッテが仁王立ちしていた。


「いいいいいいやぁ、ナニモ? 無いッスよ? ネェ?」

「うーん。ホントにそうみたいだね」

「うん?」


横を見るまでも無い。


チュイイイイイイッ!!


この甲高い音は、リエルが魔術で身体を洗う音だろう。


(瞬時に離れたのか。はっや)

《中々の速さだ。俺でなきゃ見逃しちゃうね》

(え? なに? お前リエルの裸見てんの? 死ぬか?)

《怖えよ! 冗談だ冗談》


入口のドアは僅かに開けられており、そこからカシュナがジロジロと中を睥睨していた。そっちのが怖いわ。


「じゃあ本当に行くから。くれぐれもリョウ君をお願いね」

「もう、分かってますよ。アネッテ」


《殺人があったみてーだし、用心してんだろーなぁ》

(猛獣だか何だかも出たみてーだしな)

《は? 何だそれ知らねえぞ? 何だよ猛獣って》

(いや俺も知らん。リエルが猛獣が出たとか言って出てったからな)

《あ、あぁー……モニタリングしてたから分かるが、多分あれか》

(そんなに危険な猛獣だったのか)

《そこまでだな。一般人目線からすりゃあ脅威度は高いんだろうが、リエルの部下もかなりの数が動員されてたしよ》

(ほー)


サァァァ……


仕上げに座ったまま雑にシャワーを被り、頭と身体の泡を適当に押し流す。


(あー髭剃らねーと。カミソリ何処だ?)

《生え方は低確率寄りのランダム数にしてある。俺、説明しなかったか?》

(そうだっけか? 記憶が色々混ざりあって覚えきれなかったか)

《んー、俺も微妙なとこだ。色々あったかんなぁ》


慌てて顎に触れるリョウは愕然とした。なにせ、昨日今日と一度も剃っていないというのに、未だに顎がすべすべなのだから。


《会話ログ確認してみっか》

(いやもう! そんなんどうでも良いわ!! これで剃った後のお肌のヒリヒリから解放されるぜ!!)

《そう言われてみれば、いつかの世界で毎度毎度髭剃った後に顎を気にしてたな。スキンケアくれーしろよ………低確率なだけで、毎月数回は剃らねーとダメなんだしよ》

(やだよ金無えもん)

《ハァ……こっちなら金はなんとでもなる。ケアしろ。ケア》

(んでも、何で金無かったんだ俺は。ちゃんと働いてた筈なんだけどなぁ)

《…………》

(職場の先輩の飲みの誘いも断ってたはずだしなぁ……)


リョウの精神世界に鎮座する巨大な扉。そこに、小さな小さな亀裂が流れた。


「リョウさん?」


リョウの思考が深い海に没しようとしたが、それをリエルが引き上げる。


「ん? あぶぶぶぶびゃあ゛?」

「ええと、ええと、はい。私もそう思います!!」


思考に没中していた為、リョウは頭からシャワーを浴びていたことすら忘れていた。流れ落ちる湯水のお陰で意味の分からない返答になったのだが、それにも懸命に会話へと繋げようとするリエルがなんとも健気でいじらしい。


キュッ……


「悪い悪い。どした? リエル」

「何か考え事をしていたみたいなので、大丈夫かなと……」


ずっとシャワーを浴びつつ微動だにしなければ、それは当然心配もされるだろうと得心する。


「ああ、ああ、大丈夫大丈夫」

「そうですか………」


リエルもとうに洗い終えたらしい。するりと立ち上がり髪に手を翳し、温風を召喚しながら髪を乾かしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ