3話 キングサイズ
「同じ口から出た言葉とは思えないな!?」
あれよあれよという間にリエルとカシュナの争いは掴み合いのキャットファイトへと移行した。間に割って入ろうかと逡巡するも、カシュナは何やら楽しそうに見える。じゃれあいなのであれば仲裁は不要だろう。
(風呂入ってこよ。なんか作ったとか言ってたし)
リョウはふと思い至る。リエルはエレベーターのドアに手形を残す程の怪力を有していた筈である。
(………ま、流石に仲良し同士の戯れ合いで本気にはならないか。ほっとこ)
「そうだお前が送り付けてきた豚! アイツが廃人になっていてどうしようもないと部下から報告があったんだが!? どうにかしろ!!」
「しりませんあねってがなにかしたんだとおもいます」
「漢字と抑揚ォォ!! 道中は知らんが、私の元に連れて来たのはお前の人形だろうが! アネッテは無関係だろう!? それに豚が暗闇が数百年どうだこうだと言っていたらしい! どうせお前が精神世界で虐待したんだろうが!! 違うか!?」
(イラっ)
ガシィッ
「リエル。待て何だその握力は。オイ私を誰だと思っての狼藉ああああああああ!!!」
(お、替えの服もしっかり用意されてら。替えっつーか寝巻きかこれ? 下着も有ンじゃんラッキー。んでも手拭い的なアレが無ぇな。バスタオルは有るが──…これで身体洗うのはマズイよなぁ)
それもその筈。痴女二人は自身の身体で以て、リョウを洗おうと画策していたのだから。
「クビッ! クビにしてやるあぁあぁぁぁぁ!!!」
「他の部屋の迷惑になるから、程々にしとけよー?」
「はぁい」
リエルの軽やかな声が返事をした。
二人への注意もそこそこに、リョウはドアへ手を掛ける。
ガララララッ
(ドアは真新しいけど病院みてーなスライド式で介護施設的──…って!! 広ぉっ!?)
先程居た部屋よりも遥かに広い。公衆浴場クラスの坪面積を有していた。
…………しかし、広さの割に露天設備は備わっていない。その主目的故に万全を期した形である。
(四次元ポケット的なアレか? 異世界ってすげえー)
答えは否。壁をブチ抜き虚空に床を創り強引に面積を確保し、その出っ張りを支柱で固定した力技の極地である。お陰で情緒溢るる建築物の外観は一気に損なわれることとなったが。
(うわサウナまで作られてやがる。流石にヒーターは未だ用意しなかったみてーだけど………)
恐る恐るドアを開けてみるが、室温は高いという程では無い。恐らくカシュナかリエルが手ずから温風を出して調整しようとしていたのだろう。それよりも………
(何だありゃ)
規則正しく並べられた多種多様な天然(カシュナが数刻前に創った物質だが)石の風呂──…と何故か置かれたドラム缶式の五右衛門風呂。これまた多種多様な色の湯水に満たされたそれらはさて置いて、その中央には一際巨大な浴槽が。その浴槽には何故か島状の陸地が作られており、そこにはキングサイズのベットが一つ鎮座していた。
「んー、こんなトコで寝たら湿気で結露して風邪引くんじゃねーかなぁ」
何が燃えているのかは判然としないが、五右衛門風呂の下では煌々と火が燃え盛っており、そこからそれなりの熱が発せられてはいた。風呂からも熱気が漂っては来る。しかし、それを加味したところで寒いものは寒いだろう。
「私が身体で暖めてやる。そもそもお前が風邪なんぞ引くか」
「…………いつの間に」
「ついさっきな」
背後に立つカシュナは、リョウが振り向くよりも早く背後から「するする」と手を回す。胸板を撫でる手付きが妙に艶かしい。
「ドアとか、歩く音も何もしなかったんスけど」
「クセになっているんだ。音を“破壊”して歩くのは」
「どっかで聞いたセリどわぁ!?」
それに伴い、背中に凶悪な双丘が押し付けられ、変形する。世界に満ちる力学のアレやコレ。作用と反作用が、その柔らかさを有らん限りに伝えていた。
「当たってるんスけど!?」
「当ててるんだ」
言いながら、艶かしくカシュナが身体を捩る。それによりリョウの背中に効率的に柔らかさが伝えられるのだが、勿論意図してのことであろう。
「タオルとかしないんスか!?」
「要らん。さっきから何だ。その喋り方は」
「いやぁハハハ。そのぉ、リエルは?」
「大人しくしてきた」
「大人しくって……」
「なぁ、おい」
背中越しに伝わるカシュナの鼓動が、明らかに早まった。
「久し振りに会ってみれば、何だ。アイツの話ばかりしやがって。そんなに私に魅力が無いのか? 妬くぞ。まったく………」
「久し振りって。さっきまで膝枕してたろ?」
「お前──ああもう面倒だな!」
ヒョイッ
「ウォッ!?」
浮遊感──と言うよりも後ろから抱き上げられて本当に浮かされている。
「あのっ! カシュナ──さんッ!?」
「………………」
ズンズンズンと歩を進めるカシュナ。目指すは浴場の中心の浴槽、そのまた中心。即ち──
《浴場で欲情って! 喧しいわ!!》
(ナイスタイミング帰還! 助けろや!!)
《据え膳くれー食っとけや!! ちなみに食わないと世界滅ぶかんな!! 俺、また別の街の様子見てくるわ! アデュー!!》
(は!? オイマジで消えやがんのアイツ!!)
「なあ。リョウ」
「はひっ!?」
リンプファーとの会話に夢中になっていたため、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
ぽすんっ
優しくベットにうつ伏せに下ろされると同時、間髪入れずにカシュナが背中に擦り乗り、リョウの背中に腹這いになる。辿り着くまでにいくばくかの湯水が身体を濡らしたのだが、シーツは水を弾く素材であるらしい。それもカシュナが何処かへと弾き飛ばすのだから、まるで不快感は感じなかった。
(ああもお何で女性って良い匂いがするのかなぁ!? ってか感触やっべえ重力すンごい良い仕事してますねぇ!! でも本当にこのまま流されて大丈夫なのかいや大丈夫だろだってリンプファーのバカが良いって言ってたしここで断りゃカシュナに恥かかせるしそれは無いだろ無いなうんうわわぁ太腿に挟まれうひゃああああああ!!!)
「なあ、いいだろう?」
「はひぃ……」
カシュナが妖艶な笑みを浮かべ、舌舐めずりを一つ。
その両手をリョウの腹下に潜り込ませ──
(うわああああああああああ)
内心叫びこそするが、戸惑い半分に歓喜半分である。
(紐っ! あれだけ引いとかないとマズイ! 色々と!!)
全身の体液が沸騰したかの如く、体温が上昇する。
(ここって真空だったか──ああああああああああああああ!!!!)
「ふふふふふ………中々に初心な反応じゃないか」
そこからはまさに酒池肉林。
数時間に及ぶ果たし合いの後に浴槽でピロートークと洒落込んでいたところにリエルが蘇生。突撃。修羅場。からの二回戦目。カシュナにも再び火が点いたらしく三回戦目──(以下ループ、ループ、ループ、ループ、ループ…………)
………………
…………
……
バシンッ!!!
「へぶぅっ!!!」
顔面に強い衝撃。次いで鋭い痛み。ここは何処だと辺りを見回す。
「うぐぅ…………」
外側に跳ねた茶色のショートボブの髪型に、糸目からは鋭い眼光が二つ。
「ねえ、何やってんの?」
「んああ?」
身体が怠い。両足と五臓六腑に鉛を括り付けたかの如き重さである。オマケに両腕はカシュナとリエル両名に枕代わりとして使われている。なんとも可愛らしい寝息。起こすのは忍びない。これで動ける男がいるだらうか? いや、いまい。だからおやすみ。ぐう。
「起・き・て・っ・て・ば!!!」
流石の大声に、熟睡していたカシュナとリエルも目を覚ました。因みに、妙に肌がツヤツヤしている。何でだろうなあ。
「んん…………アネッテ? いつ戻って来たんですか?」