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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
幕間
116/132

4話 仕返し

立ち振る舞いから対象を格上だと理解し撤退を選んだ判断能力。これに高い知性が芽生えつつあると判断したアークは、追うことはせず踵を返した。


「君も人の親だったとは。昔は妻が居たと伝え聞いてはいたが。それは私に会うよりも?」

「遥かに昔のことだ。セラやエルと出会うよりもな」

「アカワナとハナラグーシャの全面戦争よりも(クレセント)の暴走よりも更に昔か。途方も無いな。それよりも………」

「どうした」

「それよりも『娘にそうした様に』と言っていたが、それは物事を教える教育の概念を指すのだろう? まさか、先程の魔具を娘さんに使ったなどとは言わないだろうね?」

「………………」

「針を刺し電撃を与えるなど、虐待と言っても過言では無い」


アークは答えず、無言で異空間への道を開いた。


「君が押し黙る姿は初めて見たな。観測機材があれば良かったのだが」

「不理解から来る思い違いだ。それは──」

「ふむ。この件はエル君とセラ君にしっかり報告しておくとしよう」

「違うと言ったが………………ふむ。これは、中々手痛い仕返しと見るべきか」

「そうだとも。先程は不発に終わってしまったのでね」

「貴様には敵わんな」


生温い風が頬を掠めて行く。暫くすると、見慣れた白一色の空間へと辿り着いた。


「先程の巻貝──…と呼称するべきか迷うところだが、兎も角大層ご機嫌斜めのようだったからね。水を得た魚の如く騒ぎ出すだろう」

「目に浮かぶ。実に厄介だ」

「しかも毒にやられて、軽い脱水症状に陥ったと聞いた」

「報告は受けていたが、何かの間違いかと思い聞き流していた。まさか本当だったとはな。しかしクレセント達は毒は無いと判断していた筈だが?」

「時間経過で、しかも死後に毒物を捻出するタイプだったらしい。この未来も読めなかったと?」

「…………口惜しい事にな。ここまで来ると本当に世界が滅ぶのかさえ疑わなくてはならんか」

「勘弁してほしい。ここまでで犠牲になった者達が浮かばれない」

「同感だ」


まるで本気では無い軽口なのだが、教授は重く受け止めたらしい。その表情を見、アークは話題を下世話な方向へと戻した。


「ヤツご自慢の術式を使えば即座に回復出来た筈だ。何故態々、上下からの排水(・・)で毒素を排出しなければならなかったのか」

「馬鹿だからではないかね?」


嘔吐と下痢で悶え苦しんだエルの姿を思い浮かべ、アークは空を仰いだ。したところで、自身が作り上げた純白の天井が見えるだけなのだが。


「全てが終わり太平の世が訪れた後、奴の夫に釈明するのは私だ。少しは私の心労も理解して貰いたいものだが」

「同情する。しかし、彼女程の猛者ならば『耐毒(ポゾイ・ディスゲイツ)』くらいは会得しているものだと思っていた。君が敢えて取らせなかったのだろう」

「馬鹿な。有り得ん。むしろ不測の事態を想定しろと助言をした程だ。だがあれは防御は“術式”に頼り他は攻撃に特化するのだと言い放った。ならば私からは何も言うつもりは無い」

「つまり自業自得か。彼女らしいと言えば彼女らしい」


馬鹿をどの様にしてあしらうかを考えながらアークは歩を進める。


帰還点が分からなかったのか、遅れてノルンが出迎えの姿を見せる。その背後では幽鬼の様な表情を浮かべたエルが、セラに肩を貸されながらアークに恨みがましい視線を送っていた。因みに排水(・・)の所為か、多少頬が痩けて見える。


「あの女はどうした」

「………へっへっ。しーたんはお部屋でおやすみ中だよぉ。なーに? 仲良くする気にでもなった? まさか惚れたとか? 残念! しーたんは既に結婚済だよっ!! へへへへへ!!!」

「下らん。生首と愛を育む趣味は無い」

「ふむ。頭部から肉体を再生したのだから、的確な表現ではあるか」

「頭切り落とすように誘導したアイツが言うのはどうかと思うけどね。アタイは」

「えーでも、人形にはご執心なのにー?」

「貴様──」

「落ち着きたまえアーク君。いやあ実に都合が良い。エル君、セラ君。少し良いだろうか」

「何だい急に………」

「………ん? へへっ。へへへへへ」

「どの様な都合だ。エル、セラ。聞く耳を持つな。貴様等なら解るだろう。ノルン。トリトトリの件は順調か」

「はい! 完璧です!!」

「ふむ。それは重畳。素晴らしい術式に裏打ちされた見事な仕事をしたか。頼りになる部下は貴様と精霊王だけだ。奴にはキィトス国内でヒュルテュス・シーテルスの介助を命じていたが、今後もこの──…」


教授に耳打ちされたエルの顔が、みるみる喜色に染まる──…のだが、頬が痩けているせいか普段のような快活さは見る影も無く、皆の目には狂人の微笑みにしか映らなかった。


「──…ノルン。あの様にはなるな」

「…………はい」

「アタイからすりゃ、どうでも良いさね」


セラは興味の欠片も無い風に肩をすくめ、エルから半歩程に距離を取った。


「アーク様。エル姉がさっきからずっと変で……」

「へっへっへっ………」

「ノルン君。落ち着きたまえ。彼女は産まれた時からいつも、こんな風だったろう?」

「教授。アンタ興味無い事に脊髄で会話するクセ、さっさと直しなって昔っから言ってるじゃないさ」


無論、生まれたばかりの彼女など、教授は知る由もない。


「へっへっへっへっ…………」

「何だ。鬱陶しい。毒が頭にまで回ったか」

「アーク君。彼女は昔からこうだったろう?」

「教授、良い加減アンタは黙っ──…いや、言われてみれば、普段から割とこんなナリだったかい?」

「二人とも、いくらなんでもエル姉に失礼だよ………」


ニヨニヨとした目付きでアークを見つめるエルだが、ここは軽くあしらわれる。それが癪に触ったのか、エルはアークに提案をした。


「『エルちゃんカワイイヤッター!!』って万歳しながら笑顔で三回言うなら許してあげてもいいかもー」

「エル姉もそのくらいに──」

「アタイはちょっと見てみたいねぇ。それ」

「黙れ馬鹿共が。両手足を八本に裂いて蜘蛛の真似事をさせてやろうか」

「アーク。アタイまで馬鹿で括らないでおくれよ」

「発想がサイコパスのそれなのだが、誰も指摘しないのかね」


手伝う意思表示か。ノルンが肉厚のナイフを取り出したのを見た教授は「私は関係ありません」とばかりに苦笑いで数歩後退った。


「決裂だねっ!!」


エルは「へぇっへっへっへっ!!!」と笑いながら脱兎の如く駆け出す。恐らくは他の仲間達と情報の共有を図る腹積りだろう。当然、それには尾鰭や多分な脚色が為されるのだろうが。


ドォッ!!!!


「素晴らしい身のこなし。病み上がりなどとは露ほどにも感じさせない」


教授が感心した面持ちで語るが、セラは呆れ顔で応じる。


「頼もしいと言えば頼もしいけどさ。もうああなると、物の怪の類じゃないかい。五百年間も操をたてて健気に待ってる旦那が泣くよ」

「同感だ」

『ヒャハハハハハハハハハハハハハァゲヴォエ゛ッ!!』


伽藍堂な空間。残響を木霊せ嘔吐(えず)きながら彼女は駆け抜ける。それを見送りながら、アークはボソリと呟く。


「…………そも、怒りを向けるのならカルグドが順当だろう。何故私が矛先を向けられなければならんのか」

「僕、エル姉にもそう言ったのに、変な声で笑うばっかりで………」

「そりゃあこれ以上不興を買うと、本当に自分の飯が出なくなるからじゃないかい」

「私ならば構わないとでも? 随分と舐められたものだ」


「パチン!」とアークが指を鳴らすと──


「へぇっ!?」


──軽快な足取りで駆けていたエルの足元が抜け落ち、亜空間へと呑み込まれた。


「此処は私が作り上げた空間だ。何故逃げられると思ったのか」

「馬鹿だからではないかね?」

「だから教授、アンタは──………いやそうか、確かにエルのヤツは馬鹿だったね」

「誰かエル姉の味方になってあげてよ………」

誤字報告有り難う御座います。

気を付けてはいるんですが、スマホでぽちぽち打ってるせいか見逃してしまいますね……

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