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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
幕間
115/132

3話 教育

「君が私に人間らしい弱さを見せるのは初めてか。いや、それも今はいい。その世界から、必要な未来の情報を得ているんだろう? 『世界の意思だ』といつも口にしているのは君だ」

「世界は私に伝えていない目的が有るらしく、情報が制限・改竄されることがままある。世界ですら未来を汲み切れていない可能性も僅かに考えられる故、目的云々はあくまで私の推測に過ぎんがな。 ……兎も角、彼方が私に十全に伝える意思・能力が無い以上、世界の意思を、ひいては未来を完全に把握出来ているとは言い難いのだ。今とてそうだ。この重要な状況を、私は世界から知らされていなかった」

「それでも運命値の計算は君が手ずから行っているんだろう?」

「その通りだ。だが、確実な手法では無い。時には曖昧模糊とした計算結果も導き出される。そうなれば、その結果と世界の意思を組み合わせ、起こり得る未来を汲み取る他に手が無いのだ」

「つまり、君が意図して知らせていなかったのではないと?」

「その通りなのだが、残念だ──」


アークを取り巻いていた光球が輝きを増し、甲高い音を奏で始める。


「──貴様の期待した答えでは無かったらしい」

「いいや、君の論は理解したし納得もしたが、それでは彼女達に示しが付かないだろう。私の意地に真正面から付き合う必要も無い。好き勝手に防御してくれ」

「気遣いは無要。私の右腕を舐めるな」

「右──? ああ、まさかノルン君のことか。彼が優秀なのは知っているが、この場に居もしない人間に何の意味があると?」

「目で見た方が早い。撃て」

「前もって下調べは済んでいる。今の君は魔武具を持ってもいないだろう。まさか、防御は減衰で済ませるつもりかね」

「不要と言った」

「残念だ。尤も、君なら適当な術式で防いでくれると信じているが」


周囲に滞空する精霊。そこに込められた力が臨界に達し、眩い閃光と衝撃波を放つ──ことは無かった。術者である教授の目が強く見開かれる。


「これは、なんとも奇怪な現象だ。精霊が死──いや、消えた。それとも転移か」

「正確には『運悪く、精霊魔法が不発になり、且つ霧散した』が正解だ」

「ふむ、興味深い。先程の口振りも併せて考えると、ノルン君の術式の力を得て………違う。どちらかと言えば、これは………」

「貴様の気が済んだのなら問答は終いだ。どうやら対象に捕捉されたらしい」

「ふむ………仕方が無いな」


周囲を見渡す間にも、黒い影が二人を覆う様に蠢く。僅かな月明かりを注いでいた空まで塞がれると、アークは無言で光源を生み出し辺りを照らした。


「これが噂に聞く深緑の王。なるほど確かに俗に言うスライムでは有り得ない大きさだが、所詮は本能で動く魔物だろう。電撃でも放てば消えてしまいそうな………態々君が確認するような手合いには見えないが」

「侮るな。これはリンプファーの傑作の一つ。奴でさえ生み出すための試行錯誤に数千の時を要した。その実力は、あのリエル・レイスに勝るとも劣らん。奴の目的を果たすための重要な通過点だ」

「それはなんとも壮大な……」


彼我の間にはアークの障壁が展開されている。触れられないと分かってはいたが、興味を惹かれた教授はゆるゆると指を伸ばした。


「伊達に根幹術式の一つを有してはいないと言うべきか。能力を理解する程度まで成長した『これ』は、一瞬触れただけで敵の全身を自在に変質させる。全身の細胞を瞬時に癌細胞に変えることから、全身から無数の触手を生やした怪物にまで………性質としてはリンプファーの“変異術式”に近い。根源が回復である故、攻防が一体となっている分こちらの方が強力だがな」

「いやはや……」


不用意だったと反省したのか、教授はゆるゆると指を戻した。


「加えて言えば、スライムに見える『これ』は歴とした人間……」

「!? 人間とは驚いた。どう見ても魔物に見えるのだが?」

「私はそうは考えない。心を持つのなら、それは人間だ。私は人間をそのように定義する」

「定義の問題か。しかしこの魔も──生物が心を持っているとは思えないが………」

「数百年間もの昔から樹海に潜み住んでいるのだ。教えを乞う機会など無く、生物としての知性が欠如しているに過ぎん」

「しかし君の理論だと、人形のリエル・レイスやアネッテ・ヘーグバリや魔人共も人間に分類されることになるが」

「所謂魔物と呼ばれる生物と人間との間で子を成せる事実を見れば、少なくとも近縁種であることに疑いの余地は無いだろう。そもそも、魔物とはリンプファーが人間を“変異”させて作り出した生物だ。ふむ、そう言えば、これは言っていなかったか」

「初耳だ。大陸で急に何処からか湧いて来たものだから、おかしいとは思っていたがね……」

「現在の主流は、魔物を産み出す魔物から湧いた者共だ。人間を素体とした個体など、ほぼ残ってはいない」

「となるとまさか、まさか、このスライムは………」

「大昔は人間だった。リンプファーが“変異”させるまでは」

「………なんて残酷な事を。だが、君なら治す事も可能なのだろう?」


アークの展開する障壁に「べたり」と深緑の王がへばり付いた。


「残念ながら世界を救うために必要な存在だ。そもそも、これの力の本質は回復。じきに己が姿を取り戻すだろう」

「だと良いが………」

「話を戻す。故に、姉達(・・)同様、私もまた人間であると言える。人にも神にも獣にも爪弾かれた私が、せめて近しい存在である『人間』で在りたいのだという、半ば意地の様な理論であると理解はしているが」

「アーク君、まさか、君は」

「始めるとしよう」


アークの手元から伸びた一本の針金。それが展開された障壁を擦り抜け、二人を捕食しようと窺う深緑の王に突き刺る。何かしらの効果を付与されていたらしいソレが体内に侵入すると、半透明なスライムの体内の至る所で小さな閃光が迸った。


「攻撃に見えるが、それにしては中途半端な威力。一体、何の目的があるのかね」

「教授。知性とは何だと思う」


教授は僅かに顔を顰める。


「質問に質問で返すとは………まあ、そうだな。言い換えるのなら、高度な論理的思考だと私は考える」

「では、その論理的思考思考はどの様にして培われる? 無垢な乳児がどの様にして、その高みへと至る?」

「先ずは言語を。そして同時並行的に多種多様な勉学・研鑽・経験を積むことで、多角的な視点から物事を判断出来るようになる。これを成長と──……アーク君。一体全体、本当に何の話をしているのやらサッパリなのだが」


スライムは苦しげに──痛覚と言った感覚が存在するのかはさて置き、閃光が瞬く度に苦しげに身を捩らせた。


「その認識は概ね正しい。先程、このスライムに言語と脳幹の概念を叩き込んだところだ。手順こそ逆にはなったが、これは数百年分の経験を積んでいる。後一押しで高度な知性に目覚めるだろう」

「………君の目的はリンプファー陣営の強化だった。とすれば今までの行動と照らし合わせても矛盾は無いか。だが、態々君が来る程の案件なのかね? 見たところ魔具を使用していただけに見える。地上に常勤している私の妻達(クレセント)に任せる事も出来ただろうに」

「尤もな指摘だ。事実その通りなのだがな。少し、昔を懐かしんでみたかった。嘗て私が娘にそうした様に、教育と言うものをしたかった。それだけだ。深い意味や理由は無い」


深緑の王は結界内の二人から急速に距離を取ると、森の奥深くへと逃げ去った。


「仕上げは上々か」

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