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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
2章
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50話 空中歩法

(このまま刺し殺すつもりか!! 糸の数は七千、今なら隙間を縫って躱せるか!?)

「『錫廻』×7000」


それと同時。人体に有害も有害な物質が多量に塗布されたタングステン針が、スライの全方位、糸の先端から召喚される。


「ッハ!!! そう来やがったか!!」


これそのものの基本色数は千二百だが、あくまで「基本」に過ぎない。


「『鑑定(アブル)』!!」


『タングステン針』

タングステンカーバイド。

表面に異界の毒物が塗布されている。


『縺ェ繧薙°縺吶£縺域ッ堤黄』

リエル・レイスの《莉」蜆溯。灘シ》によってのみ召喚される異界の毒物。

主立った効果はタンパク質の破壊。しかし多様な成分が入り混じっており、発現症状の予測は困難。

耐毒(ポゾイ・ディスゲイツ)』の対応範囲外。


(出鱈目のオンパレードか!?)


本来ならば毒など塗布されない魔術である。実際に使用された色数は倍までは届かないが、それに近い数にまで跳ね上がっていた。それが七千発。『鑑定(アブル)』によってその事実を知ったスライの表情は絶望に染まった。


(完全同時発動。軽く人間辞めてやがる。しかも『鑑定(アブル)』で読めねえ上に『耐毒(ポゾイ・ディスゲイツ)』の範囲外の毒なんざ聞いたことも無え)


完全同時発動については今更驚きはしない。無数の糸を無数の魔術で操っている時点で既に、その事実には気付いている。しかし問題は『耐毒(ポゾイ・ディスゲイツ)』。『鑑定(アブル)』で毒物と断定される物質を水に自動変換するレアスキルの対応範囲外──そんな物質が存在するなど、聞いたことも無かった。


ドンッ!!


針が射出されると同時。スライは「さっきから前後に動かされてばかりだ」と内省しながら、強く強くバックステップを踏み込む。全方位から攻撃を受ける経験は無いでは無いが、最強クラスの単身の術者に、かつ完全同時多発的に魔術を放たれた事など無い。本来、この状況下ならば相手は数百人の大所帯である筈。そうなれば必ず練度の差・連携の隙が生まれる。そこを突き擦り抜けるか、練度の低い術者の放った箇所を防御力頼みで突貫するのが定石であった。


(仕方無え。気合いで凌いでやるァ!!!)


大多数は強化術の力で弾き飛ばし、表皮にまで到達して来た物は減衰で以て応じる。ただでさえ制御に難のある『聳り屠るモノ』。それを御しつつ、さらには減衰し切った後に残った針へのバックステップ中に発生する反作用にまですら減衰を適用する。そこまでしなければ、未知の毒物に体内を蹂躙されてしまうだろう。皮膚への付着については、自動回復系スキルと『聳り屠るモノ』が凌いでくれることを祈ることとした。


果たして、スライは無傷で包囲を突き破る。


未だ前方からは針が飛来してはいたが、ほぼ流れ弾の様な物。スライは歓喜の叫びを上げる。


「イヨォッシャア!!」

「魔導士なら当然ですけれど」


スライが先程まで自身が立って居た地面を見ると、何やらボコボコと地中で何かが蠢いていた。一瞬、ほんの一瞬だけ地中に逃げようかという選択肢も考慮しはしたが、次の動きに繋がらない為破棄したのだ。何が潜んで居るのかは考えたくも無いが、兎に角正解であったと安堵する。


さらに踏み込み大きく距離を取る。これで彼我の差は三百メートル。後方を一切目視せず、瞬時かつバックステップでの移動は流石魔導士と言ったところか。


ピシゥッ!!


「チィッ!!」


これだけの距離を離れてもなお、反応の外から右手首がバターの様に容易く切断された。手元から伸びた糸の姿形は問題無く認識出来たというのに、被攻撃時に認識出来ないとはどうしたことか。


敵の想定し得る回避方法を選び続ければ、何れ追い込まれるのは自明の理。そこでスライは、平面では無く立体的──…即ち、空中へと駆けた。


「フンッス!!!」


ピゥッ!!


先程まで足首があった場所を何かが通り過ぎて行ったのを、空気を裂く音で把握する。


「あっ……外れですか」

「そう何度も当たるかよォ!!」


本来であれば逃げ場の無い空中だが、スライは虚空に障壁を展開し、それを足場に空を駆けた。移動を続ける背後からは風切り音が付き纏うが、それは間一髪で切断を免れている証拠。


「器用ですね」


歩法・防御と幅広い使われ方をされる障壁だが、万能の魔術ではない。展開予定座標に認知外の物体が存在する場合はそれごと覆うのではなく避けるように展開されてしまう点もそうだが、決定的な弱点はやはり、固定された固体を基点として発動・維持されるという性質だろう。地面の踏み抜き防止用の障壁であれば大地を、敵の攻撃から身を守る為ならば己の身体(掌が一般的)を基点として発動、そして維持される訳だ。後者の場合は注意が必要で、基点であるポイントが動いてしまえば障壁は維持されずに自壊してしまう。障壁を纏いながらの戦闘が出来ない理由がこれである。


「技巧を舐めんなクソアマ!!!」


スライは支給型倉庫から弾丸を幾つか取り出し、前方無数の木々へと投げ付ける。直撃した幹からは、少なくない量の木屑が舞い散った。


「足場を作るなら、砂を召喚した方が早いと思いますよ?」

(ンな余裕有るかよ!!)


リエルをして「器用」と言わしめたスライの特殊な空中歩法だが、これは大気中の微細な塵や木々樹木・またはそのささくれ(・・・・)や宙に舞い散る木の葉等を基点として発動された障壁を踏み込んで進んでいる。手順としてはこうだ。


①正確な探知によって数多の塵の中から数瞬間同じ場所に留まるであろう物を予測・把握→②それを基点とし即座に障壁を展開→③基点が動き自壊する前に障壁を踏み、且つ衝撃を召喚し反作用で前進→任意の地点で①に戻る


魔術の髄を極めた魔導士でも、この歩法を実現出来る者は半数にも満たない。(スライを除く)魔導士ならば普通に空を飛べば良いのだから面倒な修練を積む意味が無いという話ではあるのだが、しかしそれも逆に言えば、才能に溢れた数百年に一人の天才たる魔導士達でも敬遠する程度には面倒な修練を経らなければいけないという事でもあった。さらに言えば、スライはこれを『聳り屠るモノ』を制御しつつ実現する。


「むっ……」


リエルが軽やかに指を躍らせると、スライの前面全てを塞ぐように糸が配置される。これを飛び越えようと跳躍の構えを見せるスライだったが、それは叶わない。気付けば両足が足首から切断されている。


(音すらしなかった筈だが……)


負傷を認識した瞬間から、鈍い痛みがスライを蝕む。


「あっだめ。手加減しないと……」


戦闘の只中なのだが、スライの中で答えが出てしまった。


(俺様じゃあ、影を踏むのが限界か)


届くと思っていた。


同じ魔導士の座に着き幾百年。


それにも慢心せずに鍛錬を続けたつもりだった。


ドォッ!!


切断された足では満足に跳躍など出来はしない。糸の壁こそ回避はしたものの、無様にも地面へと落下した。


「ちぃっ!!」


落下の衝撃など減衰するまでも無い。身体に無駄な力を加えず、冷静に新しく生えた足で地面を蹴り、宙を蹴り、急ぎ敵の攻撃範囲外へ。


(俺様が、この俺様が逃げてるみてえじゃねえか!!!)


リエルが指揮をする様に指を虚空へ振るうと、それを追う様に白い光球がぽつりぽつりと生み出された。それは甲高い音を一つ立てた後に光の刃へと変化し、スライへ向けて直進する。


ジジッ……ジジジッ……!!


背後から迫る数多の切断音。


絶対不利な状況。研ぎ澄まされた感覚と視覚が、探知にもかからぬ見知った顔を発見した。


「隊長!!!」

「シクザル!? テメェ何しに来やがった!! 俺様の探知をどうやって擦り抜──」

「助太刀に来ました!!」


キィトス国軍第四軍団補佐官、シクザルの登場に驚愕をあらわにする。急ぎ駆けて来たのか、軍服ではなくラフな私服。それも森の木々に引っ掛けたのか、シャツやズボンの端々は見るも無惨に裂けていた。

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