48話 狂気の回天
まるで神罰を思わせるような光景。
その光弾数、二億と七千。
「私の神聖魔法ですから」
「図に乗るな『殲滅者』!!!」
その言葉の真意はスライに伝わらない。
リエルが手を振り下ろすと、光弾がスライに向けて一斉に殺到する。
「ステラ。貴女の願った『輝かしい未来』は本当に来ましたよ。開渠に沈んでくれて有難う御座います」
それは嘗てのリエルの理解者であり、無二の友人。
運命値調整と、もう一つの目的のため自ら死を選ばされた。世界の礎となった剣聖。
「ウオオオオオオオォォォォォォォォ!!!! 気合いで躱してやるゥゥゥゥアアアアアアア!!!」
「暑苦しいですね………リョウさんと同じ性別に区分されているのが不思議なくらいです」
少しでも距離を稼ぐべく、スライは大きく後ろへ飛んだ。
「ダッハッハッハッハッ!! テメェがそんなに喋ってんの、マジで初めて見たかもなぁ!!??」
リエルは心中詠唱でも強力な呪文を放てるのだろうが、相手を焦らせるために敢えて長々と詠唱をし、遊んでいる。
スライはそれを承知でもなお笑う。
キキキキキンッ!!
甲高い音を掻き立てながら降り注ぐ光弾が、先程までスライが立って居た地面を大きく抉る──ことは無い。
「あ゛あ゛ん!!??」
「汚い声ですね。お里が知れます」
距離こそ離れはしたが、轟音鳴り響く最中だが、そこはお互い最上位の魔術士である。破壊音鳴り響く戦場でも声を拾い合うなど造作も無い。
「キィトス民だ俺ぁ!!!」
着弾する瞬間、光弾は地面を舐めるように軌道を変える。
(追尾だとぉ!? 『地底の剣聖』に、ンな機能は無えだろうがッ!!?)
「私の神聖魔法ですから」
光弾の内の一発が木に当たり、大木が圧し折られる。何かしらの固体に当たれば光弾が霧散する特性はそのままであるらしく、スライは多少安堵する。
「ら゛あ゛ぁっ!!!」
躱しきれなかった数発が接近すると、スライは拳撃で以て応戦する。
バヂィィッッッッ!!!
「むっ……」
損耗は無い。威力は強化術で全て殺せた。減衰を使うまでも無い。
しかし、想像以上の威力。准補佐官級の全力の打撃程度の力は有しているのだろうか。それがまだ二億超。
これら全て受ければ、スライとてただでは済まないだろう。
「薄灰の物の具。赤錆の国土──」
加え、神聖魔法が追加されんとしている。
(この詠唱は『狂気の回天』。近距離用の神聖魔法じゃねえか)
光弾の幾つかが、探知をすり抜け身体を掠めた。
(ダッハッ!! 俺様がジリ貧かッ!!! まだケルベム糸の性能も把握出来て──…)
ピウッ──
「うぉっ──」
「白銀の天空。真紅の女王。白の救済者──」
光弾を掻い潜り送り込まれたケルベム糸が、スライの足元の木の根を切り裂いた。
(詠唱をして、光弾を操って、探知を擦り抜けて、糸まで操るか!!! どんな頭ン中してやがんだ!?)
「崇めよ冒涜! 讃えよ草の根! 言祝げ亡者!!──」
スライは魔術発動の下準備に入る。(魔導士としては)最低位の速度効率である心中詠唱を行いながらも距離を空けるうちに、足元は柔らかな腐葉土からゴツゴツとした岩石に変わった。
「シッ!!」
スライは、これ幸いと足元の岩石を蹴り砕く。自身へと向かう光弾の群れへ石片を浴びせ掛けた。
バヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!!
(ッシャア!! 誘爆で百は食い潰せた!! 後は心中詠唱が間に合うか──)
「世界の柱、その欠片が降誕する!!──」
敢えて指先や足先を狙い撃つケルベム糸を躱す。頭部や胴体を狙わないのは、スライを嬲るためだろうか。
(見えたぜ!! 糸じゃ無え!! 極小のケルベムの鎖が糸に見えるだけって訳だな!! 次の対処は探知を擦り抜ける傾向と──)
「──『狂気の回天』」
「ぐにゃり」と、星空が歪んで見える。
それも一部では無い。見渡す限りの空が醜く歪められる。
(力場の塊……本来なら四肢の先に付与するだけのモンを、バカみてえな範囲しやがってクソアマが!!!)
「私の神聖魔法ですから」
それは遥か昔のこと。近衛騎士ダイタスと王女シャルネラへの嫉みに端を発する一幕。リンプファーからの止めの一言により、リエルの心が遂に圧壊した瞬間を詠った呪文。
世界から憐憫の情を受けた時、リエルは晴れて二つ目の術式を手に入れた。
「ああそうかよォッ!」
まともな応えなど期待してはいない。
国有地を丸ごと舐め抉るような規模の力場の塊。これに対し、スライは準備していた切り札を切った。
…──「『聳り屠るモノ』」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
リエルの到着に遅れること数分。ガルファンとリュデホーンは仲間を無事回収した。
リエル、スライの交戦場所からの距離、凡そ七十メートル付近。
静寂に支配された森の中。呪文を詠唱する声だけが響いていた。
「泡沫の心。進化の終着。三十六宿の試行。人にも神にも獣にも爪弾かれる者共に、世界の祝福を──」
ガルファンは倒れ伏した仲間達へ向け両手を翳し、神聖魔法を詠唱した。
「──『群勢の昇華』」
中位治癒術に相当する『群勢の昇華』。たかが中位と侮るなかれ、精神を蝕むスキル等に対しても効果を発揮する優れた神聖魔法である──のだが、悲しいかな神聖魔法全般に通じる「詠唱の長さ」からは逃れられない。治癒系統であるが故に心中詠唱による時間短縮も不可能。このように治療に集中出来る環境で重宝する、医療用魔術という側面が強い。
「どう? どう? 大丈夫そう〜?」
発動後、マーヴァニンの肌に軽くナイフを滑らせる。薄皮一枚を切り裂いたのだが、それは瞬く間に再生された。
「……分かってはいたが、身体に問題は無い。精神にもだ。衝撃で脳震盪でも起こしたか」
「前々から気になってたんだけど、それって俺等の再生能力とか治癒とかで治んないの?」
「脳の代謝の問題でもある………つまり性質が違う。再生とは毛色が違うから難しいのだろう。だが問題は無い。放って置けば治る」
「それは知ってるけどさ」
「歯切れが悪いな。らしくないぞリュデホーン」
「ガルファンも覚えてるでしょ。昔、俺等が人間だった頃」
「ああ…………真夜中の、こんな森の中だったか」
最高の暗殺者として育てられた彼等は、平和の世に於いては火薬庫と変わらない。存在を知られるだけで、再び全面戦争に突入する。
それ故に、処分を言い渡された。
まるで昨日のことの様に思い出す。
追手から逃げる最中、背負っている仲間が自害した瞬間を。
弔いもせず、亡骸を置き去った決断を。
「…………落ち着け。ただの脳震盪だ。直ぐに目ぇ覚ます」
「うん」
バツが悪くなったリュデホーンはリエルを見ようと目を凝らす。しかし、ただでさえ暗い夜間、それも森の中で何故か探知さえも妨害されている。
「見えない。探知の妨害はされてるから、居はすると思うけど」
「見えないのはまだしも、物音一つしないとはどうしたことだ?」
ガルファンの口調が、再び巫山戯たものに戻った。
「話し合いで解決してるとか?」
「ふむ。無くは無い線か。魔導士が全力でぶつかれば、周辺被害はそれはもう甚大な──」
ここまで言って、ガルファンとリュデホーンは顔を見合わせて破顔する。
「──すまない。あくm──彼女は、そんなことは気にもしないか」
「すまん〜。話し合いとかするわけ無いか」
「「にしても」」
二人は揃って木々を見詰める。正確には、その先に居るであろう二人を。
「「本当に静かだな」」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
力場により、空は歪められた。
月は瓢箪型に歪み、星は霞む。
代わりとばかりに、光弾が地上の星の如く迫り来る。
「『聳り屠るモノ』」