46話 ヨシッ
「しかもしかもぉ〜? 『読心』も『鑑定』も妨害されるときたもんだ。一体誰がバックに──」
「随分と余裕だね。さっき救援要請したの、忘れたのかな」
「図星か。ま、そんなモン。魔導士しか居ねえよな」
スライは支給型倉庫から金色のカードを取り出し、マーヴァニンに見せつける。
「キィトス国軍第四軍団長 スライ・ハントゥ。階位は秘匿しねえ主義だ。……で? お前の所属──…はどこだかの魔導士直属ってことでこの際置いといて、名前は何だ? 俺が魔導士と知った上で攻撃して来てんだ。骨のある奴の名前くらいは、殺す前に聞いておかねえとな?」
「『鑑定』で見れば良いんじゃないかな」
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜よぉ〜? そ〜れが見えねえから聞いてんじゃねえか。ったく。くっだらねえ時間稼ぎしやがって」
スライは懐から煙草を取り出し、咥える。
「…………」
次いでオイルライターを懐から取り出し、火を点けると同時──
ドォンッ!!
──指弾の要領で打ち出されたオイルライターが、先程までマツァヤが倒れていた場所を撃ち抜く。
「んん〜ん? 雑魚かと思ったが、案外悪くねぇ反応だな?」
「くそっ……」
演技を見破られたと察知したマツァヤは迷わず攻撃を回避した。
「時間稼ぎが目的だってんなら乗ってやるぜ。俺様の相手にお前等二人じゃ歯応えも無えしな」
スライは二度三度、紫煙を燻らせてから続ける。
「俺様の会話への反応。意識を逸らしてえのか知らねえが、呻き声が止んだのは頂けねえ。それに、だ。お前もそこの男と同じで『読心』・『鑑定』が効かねえ。なら、自動回復も持ってると思うのが道理だろうが。違うか? ああ?」
何かに気付いたマーヴァニンの右腕が、僅かに揺れる。
「お前も気付いたか。俺様の探知の僅かに外側に…………いやぁ!! 大したもんだ! 目線は俺様に固定されてんだから見たわけでもねえし、『通信』で連絡を取り合ってるわけでもねえのによ!? 仲間が来た事を直ぐに察知すんのか!!! 相当な修羅場潜って来たんだろうなぁお前も!!!」
マツァヤが舌打ちをする。駆け付けたターキュージュが見つかったのもそうだが、舌を噛み切ってまでした演技までもが正確に筒抜けていたとは。
「俺様の探知範囲を正確に読み取る! その境界線近くで機を伺う!! 相手が俺様で無けりゃあ、魔導士相手でも不意打ちで手傷くらいは負わせられたかもな!?」
不遜。
この程度で手傷を負わせられる程、魔導士は甘くは無い。
風の音に紛れながら近づいたニャルリラも機を伺う。
「もう一人来やがった!! この山ン中で魔術の補助無しに物音一つ立てずに歩くなんざ、相当な訓練積んでやがるな!! ここ最近は魔術魔術魔術の魔術馬鹿が多過ぎるからよ! お前等みたいなのがまだ居てくれて嬉しいぜ!!」
バレているのなら仕方が無いとばかりに、集まった者達で『通信』を接続する。
『みんな、怪我の具合は』
『俺は無い』
『僕も無い』
『ウチは完治した。マーヴァニンは?』
『自分も治った。状況は最悪。マツァヤ、リュデホーンとガルファンは?』
『最後に確認した時は、未だ戦ってた』
最後……つまり、スライに攻撃される直前である。
マーヴァニンもそうだが、あまりの威力故に、マツァヤも探知が解除されてしまったらしい。
『クアンから返事は?』
『それなんだけど、強制通信飛ばしながらリスト確認したら、何でかクアンの名前が消えてて…………』
『『『………………は?』』』
まさか壁外に居る人間の助力を当てにしたわけでは無いが、クアンに連絡が届いていないとなると、リエルに連絡を届ける術も無くなる。
否。厳密に言えば連絡を取る術は有る。しかし、たかだか一雑兵に、魔導士へ連絡することなど許される筈も無い。緊急の案件であるが故に強引に『通信』を繋ぐという手も無くは無いが、狂人にそのようなことをすればどうなるか、結果は推して知るべし。
アネッテはその辺りについては非常に寛容だが、只今絶賛戦闘中であるらしい。
暗澹たる事実に、敵の眼前で空を仰ぎそうになるマーヴァニンだったが──
『でもでも! 何でか代わりにリエルさんの名前があったから大丈夫だよ!!!』
「「「はいい?」」」
『通信』中だというのに、つい三人揃って素っ頓狂な声を出してしまった。
「ああ? こそこそ『通信』で話し合ってんのは知ってたが、声出しちまったら意味無えだろうがよ」
何を以て「大丈夫」と断ずるのか。眼前の敵は片付いても、手酷い拷問が待ち受けているのは目に見えている。
『自分。連絡先にあの人の端末なんて入れてないんだけど』
『ええ? でも、何でか入ってたの見たよ? もう壊されちゃったけど』
『…………腑に落ちないし結果論だけど、マツァヤが連絡したっていうのも含めて現状の最善手だったかも。少なくとも死ぬ事は無さそうだし』
『そうか。アイツ、女にはそれなりに普通の態度だったか』
『僕達みたいな、男が嫌いなんだったっけ?』
リエルはリョウを除いた男を無条件に、蛇蝎の如く嫌って居る。
「オイ無視すんな!!」
無視され続けるスライが喚く。魔導士であるこの男ですら、リエルとは百年単位で口を利いていない。
『何で連絡先からクアンの番号が消えて、代わりに悪魔の名前が入ってたのかは知らねえけどな』
『そこについては後々詰めるよ。マツァヤ。後でクアンと一緒に説教だから』
『ええ……渡されたのマーヴァニンの端末じゃん。ウチ、本当に知らないのに……』
「ダァァァァァ!!! もう増援も来ねえし、そろそろ闘るか!! さっさと纏めて掛かって来いやぁ!!」
魔術的な何かをしたわけではないのだが、スライの身体から発せられる圧が増大する。
『凄い殺気……勝てるかな』
『泣き言なんて聞きたく無えぞニャルリラ。 ……んで? どうするマーヴァニン。いつもの囲んで袋のコースか?』
『いや、そもそも、自分達が戦う理由って何だっけ』
『ああ゛? マーヴァニン。それ今話す内容かよ』
『姐さんの所に変なのが寄って行かないようにするためだよね』
『そう。と言うことはさ。足止めさえ出来れば良いでしょ』
『『『と言うことは?』』』
足元に障壁を展開し、今まさに跳躍の構えを見せようとしているスライに対し、マーヴァニンは五指を広げ──
「これから一番強い隊長来るから、もう少し待ってて」
「「「ええぇー…………」」」
まさかの懇願である。如何に戦闘馬鹿で脳筋なスライと言えど、これ「おう! 分かった!! いいぞ!!!」
「「「ええぇー…………」」」
「ヨシッ!」
「「「ええぇー…………」」」
ダメ元での一言だったが、まさか本当に了承されるとは。
発せられる殺気が更に圧を増すが、スライは本当にことを構えるつもりは無いらしい。獰猛な笑みを浮かべながら「どかり」とその場に腰を下ろした。
マーヴァニンは疑問に思う。
強い仲間が来るとして、戦闘狂のスライが今ここに居る自分達を倒さない理由が無い。
『ニャルリラ。広範囲の探知で警戒。何かおかしい』
『分かったよ』
同じ疑問はマツァヤも抱いたらしく……
『ねえ。ねえ。何でアイツOK出したの?』
『知らない。ダメ元で言ってみたら通った』
『マーヴァニン。お前な……』
これにターキュージュが呆れ果てる。
同時に、微かな違和感に気付いた。
『オイ、マーヴァニン。アイツ、ちょっと体勢変えたか?』