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亡者と喪失者のセグメンツ  作者: けやき
2章
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45話 胸部格差

「ふ、ふふ、ふふふふふ……」


否。一部、ほんの僅か(・・・・・)に胸部が負けてはいるが、それだけである。


山を越え、街は灯りが見えるばかり。


嘗てのリョウを伴った飛行とは比較にもならない。


高度一万五千メートル。速度は既にマッハ二を越えようとしている。


「あっ」


目を凝らしたリエルは、面白い物を見つける。


「………………」


笑みが溢れる。


両手からケルベムの糸をはためかせ飛翔する姿は、見る者によっては天使にも見えただろう。


狂気に歪んだ笑みに目を瞑れば、だが。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


懐かしい。


あの頃は人口も増え始め、十年後への希望が輝いていた。


未開地を開拓し食料を増産する・堅牢な防壁を配備する等々……昔、まだ故郷が平和を享受していた頃には、こうして石を蹴りながら警邏をし、亡き友人達と未来を語り合ったものだ。


そんな未来は、焼け野原という結果で以て終結したが。


敵の千切れた頭を蹴飛ばしながら、クトゥローは溢す。


「意外と弱いね。ラビィ」


ラビィは応えず無言で、今まさに気絶させた相手の首を魔術で以て切り落とさんとする。


「…………」


クトゥローの様に切断後に蹴飛ばす必要までは無いものの、頭部(前頭葉)の破壊または切断(頚椎破壊)は、この世界の戦闘では強く推奨されている。


他に、一般的に分かりやすい死のイメージと言えば…………心臓を潰すだの胴体を両断するだのが浮かぶが、遍く魔術士達はその程度では即死しない。


事実、そうなのだ。直ちに治癒術が必要な重傷であるのは間違い無いが、そこは出鱈目なスキル・強化術でブーストをし、減衰で血流までもを操って居る規格外の魔術士共。慣性さえ味方をすれば、前者の心臓を潰す程度では歩みを止めないこともザラである。


心臓の刺突による損傷であれば外気に触れ、直接視認も出来る。故に体内とは見做さない……などと言う巫山戯た解釈で、なんと単身、他人の力を借りず自力での中位治癒術による完治を実現したデータも存在する。


後者の胴体も似たようなものだが、此方は処置無しでも魔術士であれば一分程度生き残る。物理的に歩みこそ止まるものの、その時間的猶予ならば中位治癒術で一先ず傷口を塞ぎ、魔術を放つだけの固定砲台と成る事も可能。


…………もっと言えば、上位治癒術で下半身を生やし、即座にフル○ンで前線復帰する事も出来る。


可能性の話では無く、実際にそれで勝利し生還した兵士が存在するのだ。


方や推奨されている頚椎の破壊・切断ならば、単身での治療はほぼ不可能。


切断後は数秒意識を保って居る為に心中詠唱の危険性は有るが、経ってさえしまえば自動で死ぬ。


頭部の破壊はなお良く、身体の動きも精神の働きも停止させる。


前頭葉などを破壊されようものならば、強い集中を必要とする各種魔術だけで無く、『自動治癒オゥトノミア・オァヴァインツ』を含めた全ての完全自立型スキルすら発動しなくなる。


ノルンはシュラバアル戦で“幸運”術式の恩恵から、クアンの脳をマグレ当たりによって破壊した。対魔術士への模範の如き無力化だと言うのに、それが平然と反撃魔術を放ち、挙げ句の果てに立ち上がって来た時の衝撃はどれ程のものだったろう。


閑話休題。


果たして敵二人の頭部は、永遠に胴体との別れを告げた。


クトゥローの得意とする足捌きで、一撃も貰わずに勝利を掴む。


当然の結果である。


二人が吸血鬼の肉体を与えられたのもそうだが、クトゥロー達はこの百年、復讐を胸に牙を研ぎ続けてきた。


奥の手(・・・)を使うまでも無い相手。


「ラビィ?」


言葉による答えは無い。


訝しみながらクトゥローが顔を上げ振り向くと──


パァンッ!!


「ッ!!!!」


──代わりとばかりに平手打ちによる答えが返って来た。


「……ラビィ」

「連携」


ラビィも、ラビィが相手取った敵も視野の外であった。彼女に対する信頼と言えば聞こえは良いが、偶々楽に勝てる手合いであっただけのこと。頭に血が登った状況では、最悪の結果も充分に考えられた。


「本番で、ちゃんと出来る?」

「ごめん」

「そうじゃない」


謝罪など求めては居ない。仇を討つ際、冷静な判断を下せるのか否か。それだけだ。


「出来るの?」


あの黒服の男……アークとやらの言を鵜呑みにするわけでは無いが、漸く終着点が見え始めたのだ。いざという時に碌な連携も取れず、討ち漏らすような手落ちだけは避けたいとラビィは考える。


「……出来る。大丈夫。有難う」

「そう……」


探知にモイフォロ達が引っ掛かる。


「他の部隊の救援に行こう。クトゥロー」

「うん」


友人達と合流し、作戦完了の報告をマーヴァニン(今、その端末を手にして居るのはマツァヤだが)にメッセージ機能で送信する。


「ここから一番近い仲間は何処だったかな」

「北西でハチとポリンとドルワドが未だ戦ってるみたい。だから三人とと合流しようと思って。ま、先にこっち寄ったけどね」

「さっさと行くぞ。ドルワド、胃に穴空いてんじゃねえか?」

「あの二人のお守りしながらだからな……ああいや、戦力としちゃあ不足無えけど──」


ピピピッ──ピピピピピピッ──


「あれ?」


基本的に、此方からの連絡に対して返信は送られて来ない。


「珍しい事もあるものだ」と訝しんで居ると、さらに珍しく、どうやら全員の端末が反応しているらしい。


「何だろ。作戦に追加目標でも発生したのかな?」

「兎に角出るぞ。マーヴァニンさんだろ? 他の連中待たせてるかも知れねえし」

「あっ! そうだね!!」

「僕も出ないと!」


しかし、通話に参加するまでも無い。


『各隊に強制通信! 強制通信!!』


強引に回線が開かれた。


『マーヴァニンが魔導士と接敵! 交戦中!!! 至急援──ぐぅっ!!』


「ブツリ」と、通信は切断される。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「ッ!!」


体勢を崩さなかったのは奇跡。それ程に強烈な打撃を受けたマーヴァニンが、苦痛に顔を歪める。


「殺すつもりでブン殴ったんだが、転びもしねえのかよ。お前、第何軍の補佐官だ? 中々良いウデしてんじゃねえか」


軽々と利き腕を粉砕された。


「ま、その腕を俺様がブッ潰したんだがな!! ダッハッハッハッハッ!!!!!」

「ゔ……ぐぅ……ふっ…………」


マツァヤも似たようなもので、慌てて救援要請を出した際に腹部を強く打ち据えられている。


治癒こそ順調であるようだが、内臓の幾つかが悲鳴を上げているのだろう。立つ事もままならず、くぐもった呻き声を響かせ、這いつくばるばかり。


(痛覚の鈍化も無視か。出鱈目な威力……)


痛覚の鈍化は身体強化系統のスキルに必ず含まれる機構の一つ。


これを無効化する方法があるなど聞いたことも無い。


「ほーぉ…………お前、自動回復持ちか? しかも、やけに早え。その腕、もう治りそうじゃねえか」

「…………」


マーヴァニンは表情こそ冷静を努めて居たが、内心は驚愕に満ちていた。


敵の不意を撃つべく、敢えてズタボロの皮膚はそのままに、骨と血管と傷付いた筋肉繊維のみを治癒させていたというのに、瞬時に看破されるとは。


「見破られたのが腑に落ちねえか? そりゃあお前、流れる血の量の変化が不自然だろうが。それと皮膚の下の筋肉の──…ああ? だが、妙だな? 余剰魔力も無しに自動回復かぁ? しかも、任意で治す箇所も指定出来るときた」

「…………」


マツァヤが「ゴポッ」と二度三度、尋常で無い量の血の塊を吐き出した。


(上手い……)


どの程度の負傷かは分からないが、マツァヤならばこれだけの時間が有れば粗方治癒している筈である。恐らく、己は既に無力化された木端であると言う演技の為に舌あたりを噛み切り、血を吐いたのだろう。

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