42話 悪m
少々時間は巻き戻り、キィトス国第七区。
国内に数多有る国有地。その森林の奥深く。
リョウとは裏腹に、ブラックな職場環境に身をやつす者達が居た。
「やーすーみーたーいー」
「確かに、戦闘続きで疲れてんなぁ」
「シュラバアルから帰って来て、すぐコレだよ? 有り得なくね?」
「休暇申請してみっか?」
「無いじゃんそんな制度!!」
その分、作戦さえ無ければ毎日が日曜日の様な生活である。故にでは無いが、そんなリュデホーンとエメクサの愚痴は軽く黙殺される。
「クアンは魔導士アネッテと巻き込まれてる馬鹿二人を回収する為に壁外へ向かったから、ここからはクアンの命令通り、自分が指揮するから」
「「おう」」
「「「はーい」」」
「フッ……」
多数の隊員に通信用魔具で以て指示を飛ばすマーヴァニンに対し返事をするのは、ターキュージュ、エメクサ、リュデホーン、ニャルリラ、マツァヤ、ガルファンの六名である。
「総員出撃って……敵、強いのかなぁ?」
やや不安気にニャルリラが表情を曇らせる。リュデホーンよりも更に幼い顔つきは十代半ばにも見えるが、二人は歴とした同い年。同輩である。
「敵の数と場所が多いだけで、この面子なら大丈夫でしょ。それに敵同士でも、もう争い始まってるみたいだし。もしかしたらウチらの仕事無いかもよ?」
これに答えたのは、成人しているか否かといった、僅かに未成熟さを覗かせる容姿の女性。
数少ない女性の一人であるマツァヤが、これをあっけらかんと否定する。十七〜十八歳程度にしか見えないマツァヤだが、彼女もニャルリラと同じく、マーヴァニンやリュデホーンやエメクサやガルファンと並ぶ三一八小隊の最古参勢である。
…………当然、戦闘能力も隊内で上位に相当する。
一方でマーヴァニンは皆の返事には応えず、引き続き指示を与える。
「まあ、後は敵に斬り込んで潰すだけだから指揮も何も無いけど。目標位置を補足出来てない部隊は? 五秒待つよ」
………………
…………
……
「無いね。目標は今も動いてる。余裕を持って、各自は人目に付かないポイントで処理。最低でも、アイツ等が壁外に出る前には片を付ける。周辺住民への被害にだけ気を付ければ、他はどうでも良い。じゃあ、作戦開始」
通信を終了する。
「返事無かったけど大丈夫か?」
「大丈夫でしょ」
マーヴァニンは全員の顔を見据える。
「じゃあ、そういうことで。ニャルリラ。敵の位置は」
「真っ直ぐコッチに向かって進んでる。このままだと、あと数分で目視の圏内に入るね」
「敵から来てくれるってのは楽だな!」
「手間が省けて助かる。落とし穴でも掘っとくかぁ?」
ターキュージュとエメクサが軽口を交わす。
「ところでさぁ? 他の大隊の人間だけど、ホントに殺しちゃって良いの? 今回規模大きいし、後々問題になるくね?」
「隊長が悪m…………リエルさんからどんな指示を受けたか知らないけど、大丈夫って言うんなら大丈夫なんじゃないかな」
召喚付与式自動小銃を撫でるマーヴァニンが、思わず吐露しそうになった心中をひた隠す。
「オイオイ、マーヴァニン。臨時とはいえ隊長が、そんな適当で良いのか? こちとら本気で潰しにいくぞ?」
「『適当』はコッチのセリフだよターキュージュ。相手は非正規部隊だし、そう簡単に殺せないと思うけど」
非正規部隊。非正規戦用部隊の略称である。
キィトス軍では佐官クラスになると軍所属者のリストを閲覧する許可が降りるのだが、己が所属した小隊を見てみようと思い立ち過去の作戦名簿を調べた際、五人編成だった筈の小隊に幻の六人目が存在した……などという事が稀に起こる。
一般の人間であれば書類の不備などと考えるのかも知れないが、そこまで察しの悪い者が佐官を拝命することは無い。
「でもさぁ。面倒そうな第一軍と第二軍と第五軍も動いてないらしいじゃん。大丈夫じゃね?」
「それと第四軍もな」
把握漏れをしているリュデホーンに、エメクサが指摘を入れた。
「ふっ…………マーヴァニン。奴等はノコノコと我々の元へとやって来る。突然現れた敵に動揺しているところを叩けば──「あっ。敵が散開した。包囲するつもりかも。速度は変わってないから余裕は有るけど、みんなもさっさと探知なり探査なり使って準備して」
「「「…………」」」
警戒役のニャルリラに嗜められると、如何な自由人を豪語する彼等でも反省する。
「そりゃあ、同じ目的の奴等からの妨害くらい警戒してるでしょ。皆緩み過ぎ。人数はこっちの方が多いから、取り漏らしの無いようにね」
「「「うっす…………」」」
現在キィトスで使われている魔術──精霊・神聖魔法、召喚術、スキル、治癒術、防御術、強化術だが、これら全ては発動時に余剰魔力が生まれ、必ず観測される。
「自分とマツァヤは取り漏らしを潰す役で待機。他は各個撃破で」
これに次ぐ第八の分類…………余剰魔力が生じず、圧倒的な破壊力を有し、緻密な操作も可能な新たな魔術が存在する可能性が有るとすればどうだろうか。
「じゃあ、アルケーとやらの膝元で」
「それ、死地に赴くヤツだろ!」
「ここじゃ死なないかな〜…………あっ! 油断じゃないけど」
「フフッ………マーヴァ「じゃあマーヴァニン。行ってくるね」最後まで言わせろォ!!」
今まで無能であった人材が有能に。兼ねてから有能であった人材が、さらに高度な頂へと昇り詰める。その功績は計り知れない。
「皆行っちゃったけど、ウチも待機?」
リエル・レイスやアネッテ・ヘーグバリの魔術からは魔力圧が観測されない。恐らく、二人の強さの秘密はここにあるのだとも推測されていた。
「念の為ね」
大戦により詳細な情報が失われているため、口伝でのみ受け継がれる一種の伝説であるが、遥か昔、別大陸の中央部付近で放たれた、魔術と思しき純白の閃光。途方も無い距離のあるキィトスでさえも肉眼で観測されたそれは、余剰魔力から来る魔力圧が一切観測されなかった。
嘗てキィトスにも幾度と無く撃ち込まれて来た大量殺戮兵器の類ではないかとの意見も無いでは無いが、非公式の調査隊による破壊痕の検分・現地に僅かに残る文献・神聖魔法の呪文から、その説は否定されている。
「…………流石にターキュージュは早い。一番距離があったのに、もう戦闘始まった」
「動きが敵と全然違う。あっ、手足に一発入れた。やっぱりタージュ強いね」
「…………足に一発、腕と肘に一発ずつね」
「え゛」
前述のように、その技術を広く普及させるつもりの者。逆にそれを独占し、魔導士の座を永遠にしようと画策する者。魔導士間の派閥争いに則って、そのどちらかを妨害する者・助力する者。
「自分が広範囲を見るから、マツァヤは皆の戦闘見て、無視して逃げたりするようなら追尾を助けに行って」
「分かった! 他の地区からの報告も拾うね」
「助かる。じゃあこれ、通信用魔具」
余剰魔力を感知されない新魔法は、全魔術士の命題の一つ。
それ故に、様々な思惑が重なる。
「コンタクト。クトゥローとラビィの班・リュデホーンとガルファンも二人組と接敵したよ」
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