42話 モミモミ
備え付けられていた家具の大半は“破壊”され、ほぼ全ての家具は一新された。…………のだが、それすらも気に入らなかったのか、創り出されたそれらは“破壊”され、最終的に大きな石材のテーブルと、やけに柔らかなソファ一つに落ち着いた。各種収納スペースについては、リョウには理解出来なかった。カシュナとリエルには何やら拘りがあったらしいのだが、教養の無い頭では「デザインが多少変化したか?」くらいのものである。
そんな三人が、リョウを真ん中に仲良く食後の会話を楽しんでいると──
「「!?」」
カシュナとリエル両名が揃って同じ方向を向き、その動きを止めた。
「ん? どうした?」
「ああ、遠くで大規模な爆発があった。大気が少し振動しただろう?」
「『しただろう?』って言われてもな……」
リョウは自身の正当性を主張すべく外を見た。リフォームの一環で、窓も幾らか増やされている。
「ああ。部下からの報告も届いたな。国内での騒ぎでは無いらしい。誰も音を聞いていないようだが……」
「………………」
暗く見辛いが、道を行き交う人々の営みに、やはりさしたる変化は見られない。
「ほら見たことか」とカシュナを見ようとするが、その顔は既にリエルに向けられ黙殺される。
リョウの胸元で、二人はボソボソと会話を始めた。
「おい。リエル。何を黙り込んでいる。方角的にアネッテの──」
「手出し無用。と、言われました」
「何?」
モミモミ。
「強敵らしいです。でも、自分で手を打つみたいで……」
「……随分な自信だが、強敵とまで言うからには相手は『黒衣』ではないのか? 爆発音が部下にも一切聞こえて来なかった点から察するに、爆心地は壁の遥か外。なのにキィトス中心部に居る私ですら衝撃を感じたならば、最上位呪文級に近い攻撃を放ったか放たれたか……」
「そこまでは…………ですけど、来るなと言うからには、それなりの勝算と理由が有るんだと思います」
無論、リエルはアネッテが放った攻撃であると報告を受けている。
この女に、正確な情報をくれてやる必要はどこにも無い。
「まさか、馬鹿正直に言い付けを守るつもりか?」
「いえ。クアン・ジージーが既に動いています」
「奴か。何処から拾って来たのか知らないが、日陰者にしておくには惜しい男だ」
「………それと確認ですが、国内が少し騒がしくなっても?」
モミモミ。
「何を相手にするつもりか分からないが…………好きにしろ。ただし、可能な限り被害は少なくな」
本来ならば、魔術を扱う際の余剰魔力から必ず発せられる魔力圧。これを観測する為に、キィトス国内には専門の観測器が多数配置されている。しかしアネッテの放った魔術なのであれば、これは計測されない。
とある理由から、リエルはこの状況に於いて各軍の暗部が動き出すことを知っていた。「手出し無用」と言うのであれば、残念だがこれらは厳正に敵として処理する外無いだろう。
「民間人への被害ですか?」
モミモミ。
「さあな」
「敵が軍属であれば皆殺しでも構わないな?」との問いに対し、考えるのが面倒になったカシュナが「尻は拭ってやらないが、お前の勝手にしろ」と惚けて返した。
「………………あのさぁ」
「もう少しで終わる。待っていろ」
顔を突き合わせて何やらボソボソと話し込む二人なのだが、配置の都合上、どうしてもそこはリョウの股上となる。二人のどちらかなのかは分からないが、太腿に手を付くのはまだしも、股間を弄るのは如何なものか。
「いやあ、そうじゃなくてよ」
モミモミ。
「んん? だから…………ああ!?」
「カシュナ………はしたないですよ」
「どの口が言う!!!」
どうやら弄っていた犯人はリエルだったと推測する。
モミモミ。
「お前は良い加減に揉むのを止めろォ!!!」
「でも、そういう仲になるんですし……」
「お、おいリエル……」
言動の節々から察してはいたが、こうもハッキリと口に出されると戸惑ってしまう。
「それでも節度は必要だろうが。違うか?」
リエルが「こてんっ」と首を傾げる。
「せ………つど…………?」
「本ッ当に、都合の良い頭だなお前は!!」
「もう……カシュナ。冗談ですよ」
「だから、そろそろリエルは揉むの止めてくれって……」
(今なお股間を揉まれ続けてはいるものの)心地の良い空気だと感じる。
「あっ! リョウさん。すいません」
「うん? どうした? 今さら謝罪か?」
やらなければならないことは未だ判然としないが、ほんの少しだけ、リョウはリンプファーに感謝の念を送った。
「警邏中の方から緊急の案件が出てしまったので……少し中座しますね」
リンプファーやアネッテから「リョウの側から離れるなど有り得ない」と断じられていたが、現実は少々異なった流れを見せた。
「おい、リエル。ついさっき、あの男が動いているから問題は無いと言っていただろうが」
「壁外の方は大丈夫なんですが……別件で国内が、少し……」
「ああ? さっきも言っていたが、キィトス国内の問題か? 私の方には、特に何も連絡は入って無いようだが」
「はい。猛獣狩りを、少々」
「「もうじゅうがり??」」
リョウとカシュナの声が見事にハモった。
耳の良さに一家言持ちのカシュナと顔を見合わせるが、やはり聞き間違いでは無かったらしい。
悲しいかな。男の性により、自然と目線がカシュナの顔から双丘へと移動してしまう。
(収まれ! 俺の中の獣!!)
「よく分からんが、私の適当な部下を回すか? 態々お前が向かうことも無いだろう?」
「そうですね。それが早いとは思うんですけど……」
「と言うかだな。あの男の部下も山程居るだろうが。ソイツ等に任せられないような案件なのか?」
「ええと……はい。少し、大変かと」
クアンの部下の実力は、当然カシュナも少なからず耳にしている。
「…………そうか」
カシュナの部下──即ち魔導士では対応し難く、クアンの部下には荷が重過ぎるといったところか。
カシュナは『猛獣』が何なのか、大凡の予想が付いた。
「程々にして帰って来い。一時間くらいなら待ってやる」
「はい。カシュナもお願いしますね」
「羽虫がうろついて居るが、必ず守り通せ」と受け取ったカシュナは返答する。
「言われるまでも無い。任せろ」
リエルは「サッ」とリョウの手を取り、告げる。
「リョウさん。行ってきます」
「おう。行ってらっしゃい」
何気ないその遣り取りが余程嬉しかったらしく、リエルは花が咲いたように微笑むと、軽やかな足取りで部屋を出た。
パタンッ
「おっ? 何か建物揺れたか? どうだカシュナ。今度はしっかりと分かったぞ」
「…………気のせい。そう、気のせいだろう。それより食後の菓子でも摘むか? おぉっと! 落としてしまった。リョウ。拾ってくれないか」
「そ、そんな……」
(ワザと)落とされたクッキーは、見事にカシュナの胸の上に鎮座して居た。
まさか、これを取れと言うのか。しかも食べろと──!!!
カシュナがポツリと「あの馬鹿が」と呟いていたのだが、リョウの耳には届いていなかった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢