41話 フェードアウト
『成る程な。最後に、地面に押し付けられてた奴は』
「そっちは本当に分かんない。私に怨みが有るみたいだったけど」
『身に覚えがあり過ぎるか…………』
「そーゆーことっ!! 誰だろうね!!」
この返答に対し小さく舌打ちが聞こえたが、アネッテは聞こえないフリをした。
『機械知性の総数は?』
「二体以上かな!!」
再び舌打ちを鳴らす。しかし、これもまたアネッテに黙殺された。
『はぁ…………五百年前の大戦よろしく、数万の群勢で来られたら厳しいぞ』
クアンが生まれるより以前の話である。実際に大戦を戦い抜いた訳では無いものの、評価は「厳しい」に留まる。
所要時間と周辺被害を考慮しなければ、如何な機械知性とはいえクアンに敗北の二文字は無い。
「心強いねー」
《部下の手前、勝てねえとも言えんだろうしな。まあ、コイツなら勝つまで戦えるから相性は良いが》
頭部を大きく損傷するだけで死ぬ部下達とは違う。
完全な不死者であるクアンもまた、規格外の存在なのだ。
『そいつ等は回収しても良いのか?』
無論。ティーダとジュニアのことである。
「勿論オッケー。二人とも有難うね。助かったよ」
「お疲れっしたー」
「したー」
『通話切るぞ。さっさと合流しろ』
「「ウーッス」」
挨拶もそこそこに、ジュニアとティーダは懐を弄る。
目的の物が見当たらず数瞬の後、揃って「ハッ」とした表情で、先程までの自身の潰れた体を見る。
「こりゃダメだな」
「だなぁ。仕方ねー」
てくてくと歩を進める。
(隊長待たせてるのに、走らないんだ……)
《流石だよなぁ》
仕方が無いとばかりにジュニアは支給型倉庫からタバコとオイルライターを取り出すと、ガサガサと新品の封を切り、唇を一舐めし湿らせた後に紫煙を燻らせた。
タバコの火程度ならその身一つで起こせるのだが、これが風情というものであろう。
「ってお前! 持ってんのかよ! なあジュニア。四本くれ。あとライターも」
「せめて一本だろ。厚かましいなオイ」
「俺等の仲じゃねぇか。なあ?」
「火くらい自分で点けろ。それと後で一杯奢れよ?」
「チッ!!!」
渋々ながらもタバコを貰い受けたティーダは、一本を咥えると残りの四本を支給型倉庫に仕舞い──
「四本だとぉ!? テメェさては五本取りやがったな!?」
「ああ〜。隊長呼んでっから、急がねぇと」
「待てやコラァ!!!!!!」
身体強化など使いながら、慌ただしく駆けて行く二人。待たされているクアンにとっては僥倖なのだろうが……
《相変わらず騒がしい奴等だな》
「男の子だし、あんなもんでしょ」
完全に二人の姿がフェードアウトしてからアネッテは口を開く。
《『子』って年齢じゃねえだろ。アイツ等》
軽薄な言動を繰り返してはいたが、人だった頃の年齢を差し引いても二百に近い高齢である。
「確かにそうだね」
周囲の仲間に個性的な面々が多過ぎる所為もあるが、これは肉体が若いままだという点が大きい。
キィトスでカシュナに実力を認められた人材には不老の肉体が与えられるのだが、彼等は往々にして、その精神も若々しい状態を保って居た。
《ちょいと諸々に業務連絡しとくわ》
「うん」
ここで、アネッテは臨戦態勢を解く。
「ふう……」
先程まで響いていた痛みも、嘘のように霧散する。
《で? どうだったよ。精神を拡張するのは》
「感じたことが無い類の痛みだった」
《リエルも言ってたが、そうらしいな。肉体的な痛みとは違うとかなんとか。強いて言えば頭痛に近いっつってたか?》
今までその痛みをリエルにだけ強いてきたアネッテにとって、この話題は据わりが悪い。それとなく会話の方向を修正しようと試みた。
「ところで、これからどうしようか」
《んー……やっぱ悩むな。進むか戻るか》
このままトリトトリへ向かっても良いものか。僅かに思案する。
「あっ」
《あん? …………あー。何だ?》
敵でも無ければ脅威でも無し。それ故にクアンにばかり注意が向いていたが、比較的近距離のみを探査していたアネッテの精神に、見知った顔が映し出され続けていた。
《思い出せねー。いやマジで。本気で名前何つったっけかな。あの運転手…………あ、思い出した》
(『何だ?』って、そっち!?)
類い稀なる危機察知能力の賜物か。危機は去ったと知った彼女は慎重な足取りでアネッテの元へと向かう。
(こんな中途半端な場所に置いて行ったらカシュナに怒られるだろうし、キィトスまで一旦連れて戻ろうか?)
《いんや、ただでさえコッチは後手後手に回ってんだ。ヒューさんとやらは多分アークの一派じゃねえんだろうし、ここで足跡を掴むぞ。有象無象如きに、これ以上引っ掻き回されて堪るか》
(本国に居るリエルの方が、そっちに関しては早そうだけど。多分ソイツ、軍の関係者でしょ?)
《軍の関係者ってのは、お前にしちゃ良い線行ってると思うが、前半のリエル云々はどうだかな? 過去の映像を幾ら見たって、変装されて顔隠されてりゃ意味無えだろうが》
(映像から、ソイツの足跡を追えば──)
《相手側の妨害工作を考えると…………難しいだろうな。いや、当然、リエルなら妨害も苦にならずに追跡して撃滅するだろうよ。部下の連中の話だ。今はリエルが兄弟の側から離れられるとマズイ。そうだろ?》
(カシュナ一人じゃ危ないかな)
《危ねえだろ。挑発を聞き流せるようなタイプでも無し。アイツ、あれでいて直情型な人間だしよ。加えて兄弟も、まだ自衛すら出来ねえレベルと来た》
(確かに危ないか。カシュナもリエルとは違う意味で直情型だし)
《ハハッ!!! ある意味で似た者同士か!!》
(じゃあカシュナに追跡してもらうとか)
《出来ると思うか? カシュナもそうだが、リエルもだ》
(…………ごめん何でもない)
いくらリエルとアネッテが懇願したところで、カシュナはリョウの側から離れようとはしないだろう。第一、ああも人が多い場所でリエル一人に護衛を任せると、凡ゆるタガが外れ、士官学校を含むあらゆる建造物が地図上から消え去ることは想像に難く無い。
(準補佐官あたりを側に置いとくようにこっちから指示するとか)
《ソイツの胃が蜂の巣になるか、全身蜂の巣にされるかのどっちかだろ》
(あちゃー)
胃に穴が空く程度では済まない。
準補佐官程度であれば替えも効く為問題は無いが、破壊半径を悪戯に拡大させるだけの油となられては堪らないとアネッテは考える。
《兎に角、足跡は部下に追わせてるらしい。そっちは期待せずに待つとして、俺達は俺達で探りに行くぞ》
(分かった。ここでスゴスゴ戻るのも釈だしね)
《同感だ。先ずはアイツを連れて空飛んでトリトトリに向かう。大使館で車調達して、アイツは本国へ帰らせる。俺達はヒューさんの足跡を追う。オーケー?》
(ダンジョンは)
《あんなお粗末な部下連れてる『ヒューさん』が、ダンジョンなんか作れるとは思えねーんだよ。つーわけで、そっちはアークの思惑が見え隠れしてっから後回しな》
運転手である彼女は大地に穿たれた大穴を見、驚きに身体を震わせた。先程立ち昇った粉塵も併せて考えれば、危機察知能力など無くともここで最上位呪文が放たれたのだと察するのは容易い。
(二日くらいで片付けたいね)
《そこなんだよな。なんせ──》
アネッテは片手を挙げ、運転手を迎え入れる。破壊された車体については、此方からカシュナへフォローするとも。
《──予定外に入学が遅れたから、卒業までは後四日しか無えし》
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