9話 積極的な彼女と
(敢えて手助けしなかったって言いてえんだな?)
《本当は事前に教えてやるくらいはしたかったんだけどよ……襲撃者の件で、早急に仲間と情報の共有をする時間が必要だったからな。リエルが兄弟の出現座標に向かうよう手配をしていたから、最悪の結果にはならねえって分かってたってのもあるが、スマートじゃなかったな》
続けて、すまなかった。と、殊勝な態度を見せる神様に毒気を抜かれるリョウ。素直に謝罪の意を表する人間に追撃すると、こちらの格が下がりそうというのもあるが。
《ああ、それとさっき痛めた足首な、すぐに痛み引いたろ》
(言われるまで忘れてた。そういやあ痛みが引いてるな……これは、お前……お前?)
《どうした兄弟?》
(いや、二人称がずっとお前ってのもアレだろ? 何て呼べばいい?)
《兄貴とか、ブロウとかだな。やっぱ兄弟がベストか》
(お前の願望じゃなくて、名前を聞いてんだよドアホめ。てか凄えな。三つ言葉並べといて、全部同じ意味じゃねえか)
《冗談だよ兄弟。お互いがお互いを兄弟なんて呼びあってたら、読者の皆様が混乱するからなあ?》
(話してる内容の二割も理解出来ねえんだけど……んで? 結局名前は何て言うんだよ)
《一回しか言わねえぞ? ……リンプファーだ。リンプファー・キィトス。俺の名前な》
一回と言いつつも二回教えてくれた事を茶化そうかとも思ったが、何か違和感がある。すんでのところで踏み止まった。
(オーケー分かった。じゃあ、これからリンプファーって呼ばせてもらう……ってか、何か違和感あると思ったら、さっきリエルさんが「キィトス国」とか言ってたよな…………偶然か?)
《そりゃあどんな偶然だよ兄弟…………端的に言やあ、現魔王の親族ってトコだ。と言うか、何かの説明の途中だったよな?》
(俺がさっき痛めた足首の話だったろ)
《そうそうそれだ。っと! 説明は後だ。ここから少し状況が変わる。チョイ先のドア開けた先で休憩挟むだろうから、その時にな》
言い終わると同時に、リエルが立ち止まり告げる。
「あのドアを抜けた先に開けた場所があるので、そこで休憩にしましょうか」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
リエルがドアの前に立ち、何やら呟いている。
《ドア先の安全確認なう》
(なるほど普通に喋れやコラ)
「魔物は居ないようなので、開けますね」
リエルに続きドアを抜けると、そこは逆三角形の広場だった。
床には割れたガラスや木片が散乱している上、なにやらオブジェか展示品でも置いてあったのか、錆びてひしゃげた金属枠が広場の中央に鎮座している。
オブジェの残骸の更に向こうには四段程度の階段が有り、そこを境に歩道が敷設してある。これが逆三角形の底辺に当たり、更にその歩道を越えた先にはエレベーターらしき物が見えた。
どうやらリエルは逆三角形の頂点部分で休憩するつもりのようで、床の目に付くゴミを足で払い除け、どこから出したのか厚手の絨毯を敷いていた。ここならば左右後方が壁である為、前方にのみ注意を向けていれば良いという事か。
「どうぞ。冷えたお茶もありますよ」
好意は有難いのだが、敷いている絨毯はどう見ても一人用である。二人並んで座れない事もないだろうが……ないだろうがっ!
(リンプファー! 俺は! どうすれば! いい!?)
《いや普通に座れや……》
(おおおおおぅ任せとけ!)
横に。
座ると。
腕を絡められた。
Tっghっjっkjfせryっjっき!?!?
「あああああのリエルさん!? あのですね」
「リエルでいいですよ? それに、敬語で言葉遣いを繕わなくても結構です……」
「ああーあー、じ、じゃあ。リエル?」
「はい。なんですか?」
返事をしつつ、更に体を密着させんとするリエル。既に腕を絡める体勢から、腕を抱え込む体勢へとシフトしつつある。彼女の双丘もまた、押し付けられ変形しつつある。
「ああーと、その…その」
《お邪魔みてえだから、席外すぞ。返事は要らねえ》
(気遣いどうも!)
《だから要らねえっつってんのによ……》
そしてリンプファーはリョウの視覚情報を切断し、仲間の一人とパスを繋いだ。
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自室のベッドに座っていた彼女の頭に、声が響く。
《ようやく人心地ついた》
「待ってたよ。で、さっきの話の続きだけど、本当に間違い無くあの子なんだよね? 撒いたって言ってたけど、どうやって? ○○の術式から逃げるって、現実的に不可能だと思うんだけど?」
《ああ、それについての考察を──》
「闘いがあったのは力の波及で感じた。けど、それって、本当に考察? 逃げたなんて嘘でしょ?」
《…………質問の意図が見えねえ。分かりやすく、ハッキリ言ってみろ》
回りくどい質問の羅列だが、その実これは質問の皮を被った非難でしかないと、リンプファーは早々に気が付いていた。それも、確実にいわれの無い内容の。
(そういやあ、こいつは昔からこうだったか……七面倒くせえ……)
「本当は、あの子を殺したんでしょ? それを私に言うと面倒だから……だから、そんな──」
《アネッテ》
強く怒気を含んだ声で、リンプファーは言葉を切り捨てた。
《カシュナは瀬戸際で耐えているし、リエルは踏み止まった。なのに、お前がここで折れんのか? 共犯者のお前が? それこそ、今までのアイツ等の努力を侮辱する行為だろ………違うか?》
「でも! ○○は──」
《救済措置は用意してあった。その旨も伝えてあった。その輪から外れたのは○○○だ。だから、その話はここで終わりだ。ああ、いや面倒だからこの際ハッキリ言ってやろうか》
アネッテは「何を」とは聞けなかった。感情を整理し紐解く事で、自分の中でも本心が露わになりつつあったからだ。
《ぱっと見お前は○○○が可哀想と言いたいように見えるけどよ、実際のところ違うだろ。罪の意識で押し潰されそうな自分を守る為に……そうだな、アイツを盾にして俺に八つ当たりしてるってとこだろ? 時間の無駄だから俺の考えを伝えるぞ。勝手に凹んで、勝手に乗り越えろ。馬鹿が》
「……………………」
《まず、○○○が俺たちを目視で確認できる位置に居たのが──》
……………………
大丈夫。大丈夫。
私はまだ、大丈夫。
リンプファーの言葉はいつも正論だ。
今までの○○を救うために、今あの子を殺す。
世界中の人間を足蹴にしておいて、今更彼女一人犠牲に出来ないなど、虫が良すぎる。
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