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かみぐらしっ!  作者: 葵・悠陽
第1章 『奈落』の底の創世神
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第9話 憐憫の代償

ヤンデレさん、好きなんです。

ヤンデレ嫌いな人ごめんなさい。

愛でも執着でも、狂うくらいがちょうどいい。


 夢を見ていた。


 俺はどことも知れない街に居て、何かから逃げているようだった。


 何から逃げているかは分からない。


 振り返ってはいけない、とそんな強迫観念にとらわれてただ真っ直ぐ前を見る事しか、後ろを振り返ることがどうしてもできなかったから。


 誰か分からない人たちが、しきりに声をかけてくる。


 何を言っているのかも分からない。


 聞き覚えがある言葉なのに、頭に入ってこないというんだろうか。


 知っているのに知らない場所を、延々と駆ける。


 ふわふわとした感覚が、これが夢だと教えてくれるけれど……。


 本当に、夢なんだろうか。


 ……そもそも、俺って誰なんだろうか。


 何から、なんで、逃げてるんだろう。

 自分が何をしているのかだんだんわからなくなってくる。


 そうなると自然と足が止まる。


 ……あれ? 足、どこいった?


 意識に湧き上がる疑問符を遮るように、突然背中にぴたりと何かが張り付いたような感覚がした。


「逃げ出すなんて酷いじゃないか!

追いかけるボクの苦労も考えてよねっ!」


 背中から聞こえる愛らしい声。


 ずっとずっとずっと傍で聞き飽きるくらいに聞いていた声。


「フィオか」


 そう、フィオだ。


 俺を助けてくれた全裸幼女で、ちみっこに見えるが神様だ。


 何時だって俺の傍にいて片時も離れない相棒。


 この暗い闇の世界で唯一の俺の光。


 ちょっと、いやかなりウザいけど憎めない女神様。


 俺は、なんでフィオから逃げて……


「まさかっ!! とうとうフィオが俺に欲情して強制18禁モードに突入をっ!?」


「してないよっ! ボクを発情した牝犬みたいにあつかうのはやめてもらおうっ!

仮に何かの間違いで君の世界で映像化しても倫理委員会とやらに見逃してもらえるレベルで謎の光さんガードとやらが機能しているからもーまんたいだよ!」


 そんな言葉何処で覚えたよ……って、教えたのは俺しかいないか。


「で、なんだって?

俺がお前から逃げていったって?

そりゃ何の冗談だよ。

そもそもここは何処なんだ?

奈落(ゲヘナ)』にこんな場所あったのか?」


()()は『奈落(ゲヘナ)』じゃない、君の夢の中さ。

ボクとお話ししていたら、急に逃げ出しちゃうんだもん。

ボク、悲しくて悲しくて胸が張り裂けそうになっちゃったから勢い余って追いかけてきちゃったよ」


「へ、へぇ~、そうなのか」


「うん、そうだよ!」


 背中越しに聞こえてくるその自慢げな声に若干の違和感と内容の異常性を感じる、のだが。


(ん?

フィオとの会話中に『俺』が逃げ出した? しかも夢の中に?

そんな器用な真似を俺が?

『記憶』は欠片も無いんだが……って、そうか、これは『夢』だからか)


 夢の中だけにきっと何でもありなんだろうな、などと燻る不安を勝手に納得した気になって背中にへばりつくフィオを抱き上げようと振り返る。


「すまんな、夢の中とは……い、え?」


 振り返ってそこに在ったモノ。


 目に映った『何か』を『視た』と感じた瞬間、意識が途切れた。








               ■


「~~~~~~~~~~~!!!!」


 全身を駆け巡るすさまじい悪寒と共に意識が覚醒すると、そこは何時もの闇の中。


 そして最近恒例になりつつあるフィオの膝枕。


 視界の先には俯くフィオの顔が見えるが、表情はその美しい虹色の髪が邪魔をして窺えない。


 夢の中で悍ましい何かを見た気がした。


 心がぐしゃぐしゃにされるような悲惨な……悲惨な、なんだ?


 何か酷い夢を見たような気がするけれど、内容が思い出せない。


 そもそも、いつの間にまた眠ってしまったんだろう?


 最近眠ってばかりだからフィオがちょっと寂しそうなんだよな。


「あ~、すまんフィオ、また眠ってたみたいだ」


「ううん、気にしないでいいよ。

ちゃんと、何とかする方法考えてあるから」


「そう、なのか?」


「うん」


 彼女の小さな、柔らかい手が『俺』を包む。


 まるで壊れ物に触れるかのような優しい手つきで。


 ゆっくりと、優しく撫でまわされる感触に『俺』の心はこれまで感じた事の無い歓喜に震え、湧き上がる喜びで意識が吹き飛びそうになった。


 「っ!?」


 それは凄まじい多幸感だった。


 ただ触れられているだけなのに、極上の布団で極上のマッサージを受けているような快感と、全てが満たされていくような充足感があった。


 自分が世界から認められている存在である、そう自己肯定できるような高揚感。


 どんな時でも愛されている、護られていると感じられる安心感。


 ありとあらゆる『幸福感』がフィオの手に撫でられる度に『俺』の心を侵してくる。


「なっ! がっ……!

これ……は……」


 甘く、痺れるような快楽の嵐に飲み込まれまいと必死で抗い、フィオにその意を問う。


 彼女に手を伸ばそうとして、腕がないことに今更のように気付く。


「腕がっ!?

なん、で」


「君は、疲れてるんだよ。

だからね、僕が癒してあげなきゃって思ったんだ。

さっきは加減を間違えちゃって君に逃げられたけれど……

今度は大丈夫だから♪

たくさん沢山気持ちよくしてあげるからね♪

ずっとずっとボクと一緒に居たくなる様に、ボクの全力で君を幸せにしてあげるよ。

だから、早く良くなってね?

ボクを独りぼっちなんかにしないで、ね?」


 底冷えする様な、優しげなのにうすら寒い、それでいて妙に甘ったるい声に驚き見上げて目にしたフィオの顔に浮かんでいたのは、初めて見る歪んだ笑みだった。


 その目は己の欲望に流されて自我を失った獣の目。


 浮かぶのは罠に嵌まった獲物を前に舌なめずりする捕食者の笑み。


 見知った柔らかで純真で無邪気な幼女の面影は欠片も無く、代わりにあったのは追い詰めた獲物を前に涎を垂らす獣そのものの顔。


 『獣』の両の手のひらは欲望のままに俺の『魂』を捕らえ、ねっとりとした口調でそっと囁く。


「君のせい、なんだよ?」


「なん、で……」


 意識が溶け消えそうな感覚の暴風に抗い真意を問えば、フィオは恍惚とした笑みで溜めに溜め込んだ激情を一気に吐き出した。


「君がいけないんだよ?ボクが寂しがり屋だなんて看破しておいてボクを独りぼっちにしようとするんだから。ボクが一人だと寂しいなんて、知っちゃったら我慢できるわけ無いじゃないか、無いよね?無いに決まっているじゃないか。だから君はボクを寂しくさせないようにずっとずっと一緒にいる義務があるって思わないかい?大丈夫さ、ボクは君の事を捨てたりなんかしないし、ずっと一緒に居てねって頼む側なんだから約束は守るよ?君は何の心配もいらないんだ。ボクが君をこれ以上ないくらいに幸せにしてあげる。こんな奈落の底でもボクと一緒に居られることを幸福だったって胸を張って言えるように全力で幸せにするからさ。精神的にはもちろん、君が欲しいならボクの事を全部あげたってかまわないよ。だってこれからずっとずっと一緒にいるんだからね、その程度は当然ってものだろう?倫理規定がどうとかロリコン野郎なんていうやつの事は心配なんてしなくていいんだ、だってそいつらはここまでやってこれないし、取り締まりようがないなら心配するだけ意味がないじゃん?だから君はボクに好きなだけ好きな事を望んで良いんだよ。この姿が気に入らないって言うなら見た目を変える事だって自由だ。君が望むボクになるから、君色にボクを染めてね?いやん♪言っててちょっと恥ずかしかったかも♪ふふっ、ちょっとときめいちゃったかい?ぞくぞくしたかい?君は世界でただ一人神様を自由に好きに求め求められる立場になったんだからもっと喜んでいいんだよ?こんな幸運は滅多にない事だからね♪だから、ね?君はボクとずっと一緒にいるべきなんだ。魂の寿命なんかで消滅しちゃう暇なんてないんだよ?ねぇ、返事して?こっちを見て?ボクを見て?ボクとお話しして、ボクを抱き締めて?どうして黙っちゃうの?なんで、魂が崩れていくの?こんなに君に幸せをあげてるのに!一杯いっぱいしあわせをあげてるのに!なんで!?どうして!?嫌!嫌だよ!消えないで!!ボクを独りにしないでよっ!君が居ないと嫌なんだ!寂しいんだ!君と居た時間が楽しすぎて、君が居なくなるのが怖いんだ!やだ!やだよぅ……!ずっと一緒がいいよぅ……!」


 狂ったように少女は抱えた思いを吐露していく。


 それは『神』が抱くにはあまりに下賎な、だが『人』ならば誰もが幾度かは抱える激情。


 『神』ならざる『人』なれば思春期に抱えることの多い行き過ぎた恋煩い。


 あまりに深い愛故に『病んでいる』と称される類の感情の発露。


 ずっと孤独だった女神は永久の闇の中で初めて己以外の『明確な自我』を持つ()()()()()()()()の存在と触れ合う事で知ってしまったのだ。


 己がこと『感情』という分野においてはまだ無知であったことを。


 男の魂との触れ合いで正しい意味での孤独を知り、それが与える絶望的な恐怖を理解してしまった。


 知らなければこそ耐えられた悠久の孤独。


 それが当たり前であったからこそ自己の置かれた状況に無関心だっただけ。


 未だ『未完』の創世神は沸きあがる不慣れな感情の高ぶりに流されるままに荒らぶった。


 その荒ぶる激情は、当然のように男の『魂』にも伝播する。


「…………」


 フィオの想いが、感情が、流れ込んでくる。




 押しつけがましい、しかも重い、愛というより現実逃避の延長ともいえるような感情の嵐。


 本来ならこの暴挙に対し怒りを示してもいいのだと思う。


 ばっさりと切り捨てるならば単に未成熟な、我儘で自分勝手な想いの羅列でしかないと思う。


 けれどここまで真摯な想い、というか願いとでもいうべきか?を叩きつけられると……彼女に大きな恩義を感じる一人の男としては何も言えなくなってしまう。


(あちらの世界で生きていた間に、理由はどうあれここまで激しく俺を求めてくれた女性はいなかったよなぁ……ははっ、見た目がロリじゃなければ即堕ちしてたな!

……フィオの『想い』は俺を『男』として見てくれているものなんかじゃない。

寂しい、独りは嫌だ、って未熟なガキが騒いでるのと変わらんからな。

だから別に応えてやる義理はあっても義務はない、無いんだが……)


 それでも、彼女から『求められた』という事実がとても嬉しくて。


 その喜びは彼女が送り込んでくるあらゆる多幸感、快楽より遥かに強烈で。


 『自分』を取り戻すきっかけには十分に足りた。


 悟る。


 もう、自分に残された時間がほとんどないことを。


 識る。


 フィオの力でどうにか延命できていただけであり、既に肉体の維持も出来ていなかったのだと。


「そうかぁ、俺の『魂』、もう限界に来てたんだなぁ」


 驚きに目を見張るフィオの頭をなでてやることが出来ないのが口惜しい。


「どうして、それを……?」


「なんとなく?」


「なん、なんだよ……君って人は……!!」


 とぼけた様な俺の言葉に、ようやく元の柔らかい笑みを見せてくれる。


「そう、その顔がいい。

さっきみたいな肉食系女子の顔はフィオには似合わんぞ?」


「そん……な、遺言みたいなこと……言わないでおくれよ!

こんな顔でいいなら、ずっとずっと、何度でも見せてあげるからっ!

だから……だからぁっ!」


 終いには泣き出し、俺を誘惑でもしているつもりなのか『魂』に何度も口付けの雨を降らすも彼女の手の中にある光は、徐々にその輝きを剥離させていく。


 それは俺の『魂』の限界の証だった。


 俺という存在が、完全に消滅する兆しだった。


 フィオが流し込んだ多幸感の嵐の影響か、不思議と不安も苦しみも無く。


 まるで凪の海に身を委ね、浮かんでいるような奇妙な浮遊感だけを感じていた。


 心の中にあるのは、残していくフィオ(愛しい恩人)への申し訳なさくらいだろうか。


 ここに堕ちてきた際に抱えていた激しい憎悪の念も無く、生き過ぎるくらいに生きた。


 だからこそ、心静かに終わりを迎えられる。


 全てフィオのおかげだった。


「……ライフストリームとやらに、俺は還るのか?」


「ううん、このまま君は、存在ごと世界に還る。

『魂』っていう概念から解放されて世界そのものに吸収されるんだ」


 君がいた証がどこにもなくなっちゃうんだよ、そう悲し気に告げるフィオに俺は。


「『世界に還る』か、ははっ、そりゃいいな……。

この世界に吸収されるなら、フィオとひとつになるって事だろう?

……よかった、なら、これか、らは、ずっと一緒に、居られ……」


 それは詭弁。


 単なる暴論。


 それでも、そんな暴論に縋ってでも俺は彼女を独りにしたく……なか……







               ■



「あぁ……ああああああああっ!」


 魂が散っていく。


 延命は叶わず、摩耗は止められず、男の魂は意識を保つことすらもできなくなり、女神の手のひらの中でただの光の欠片となっていく。


 消えていく『魂』に延命の術を施すのもすでに限界だった。


 生命、すなわち肉体という器を与える事も出来たが、人の魂が食料も無い『奈落(ゲヘナ)』で多少強力な器を得たところで待っているのは即座の死か緩慢な死だけだ。


 そもそも肉体を与えたところで摩耗は止まらないが。


 かといって魂に手を加える(不死性を与える、変質させるなど)としても安全かつ有効な手段が思いつかない。


 下手に魂をいじれば元の人格を破壊しかねないのだ。


 それでは元も子もない。


「幸福感にどっぷり浸からせて夢中にさせれば必死に生きようと願うって踏んだのに!

いい方法だって思ったのに全然効果がないなんて……あぁっ!

他に、他に何か……」


 完全に手詰まり、故に彼女に残されていたのは消滅を悼むことくらいで……


 ふと、フィオの脳裏に男の魂が残した言葉がよみがえる。


「『この世界に吸収されるなら、フィオとひとつになるって事だろう?』

………………そうだ、君は確かにそう、言ったよね?

ねぇ、何でそんな事を言ったんだい?

普段なら『俺はロリコンじゃねぇっ!』って怒るよね?

今わの際だから本性が出たのかい?それともただのリップサービス?

それとも、なにか別の意味でも……?

え、まさか、ソレって……そう、そうだよ、まだ方法はあるじゃないか……!

ふふ……あははははは!!

君はほんとに意地悪な人だね……ボクをこんなに泣かせておいて、最後の最後に想像もしなかった答えをくれるだなんて!

これが『ツンデレ』って奴なのかなぁ?

うふふ……♪

ふふふっ……ちょっとだけ、待っててね?

すぐに助けるから、ね?」


 クスクスと笑いながら、大事そうに男の魂を抱えた女神の姿が奈落の闇に沈んでいく。







 ぐしゃり




 暗がりの中で響いた異音を最後に、闇を静寂が支配した。









フィオ「うーん、気持ちいい事してあげたら奮起して魂の寿命も延びると思ったんだけど」

おっさんの魂「作品の寿命が縮むわっ!」

フィオ「それよりも、ボク本格的にやばい幼女になってない!?

ヤンデレ系メンヘラ幼女(神)とか誰得な属性付けられても困るんだけど!?」

おっさんの魂「エロゲだと需要在りそうじゃないか?」

フィオ「そういう事を言うのはこの口かあっ!(パンチ!

さぁ、序章のクライマックスなんだから元気に行こう!

次回 『かみぐらしっ!』

最高だよ、フィオ、笑えなさすぎる冗談だ。

俺は最初から終わっていたんだな。

ねぇ、君に名前を付けてもいいかい?

俺に悔いなんてないさ

『第10話 新生』

最後までクライマックスだよ!(最終回じゃないけどね!)」

おっさんの魂「電〇か、なつかしい」


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