第7話 心を侵す甘い毒
さてさて、山道は下り坂に。
会話を重ねるうちに、最近妙な違和感が沸きあがってくる。
「なぁフィオ、そう言えばなんだけど」
「ん?どうしたんだい?
魂がどこか痛むかい?
また何か周囲がちょっかいでもかけてきたのかい?
そ・れ・と・も~♪ ボクの愛らしさに心がときめいちゃったかい?」
「(うっぜぇ……)
フィオに確認したい事があるんだが」
「ウザいとか思ったね!?
しかもスルーしたね!?
ちょっと扱い酷くない!?
幼女虐待はんた~い!」
「こういう時ばっかり自分を幼女扱いするなよっ!
おまわりさ~ん!年齢詐欺師がここにっ!」
例によって例の如く、とでもいうべきか。
またくだらないことを言いながらくねくねするフィオをスルーしたら取っ組み合いになった。
いい年して大人げないと自分でも思うが、相手は見た目は幼女でも中身は神様だ。
普段の発言からは自分より長生きしている(魂の状態で、だが)大先輩だと全くもって思えない神物ではあるが、実際問題として死してなお様々な魔法を駆使し、こんな『奈落』の底で俺の魂を守護しつつ、のほほんと過ごしている傑物なわけで。
「言葉の端はしにウザさが無ければ完璧な美幼女女神なのになぁ、もったいない」
「おや珍しい、君がボクの容姿を褒めてくれるなんて今日は雨かな?」
「綺麗なのは事実だろうに。
事実をそのままいっただけで別に褒めちゃいない」
「ふふっ、顔を背けても無駄だよ~?
ボクには君の心が丸見えなんだからねっ!
ロリにときめいちゃったかい!?
合法ロリにGOタッチしちゃう!?」
「GOタッチもなにも引っ付いてくるのはそっちだろう……」
若干うんざりした気分でウザい発言を繰り返す幼女。
いつもこれだ、こうして微妙に苛つく話題を会話に滑り込ませて彼女は俺の気を逸らそうとするのだ。
肝心な質問は、そうして気を逸らされた過程で何故か、忘れてしまう。
だが、今回はそうはいかないぞ!
「それよりも、だ。
真面目に聞かせて欲しい話があるんだが」
言葉での誤魔化しの種が尽きてきたのか最近何かとスキンシップが激しくなってきているフィオを引きはがしつつ、目の前に座らせて真面目な顔で向き合う。
こうでもしないと話を聞かない辺りがガキなんだよなぁ、神様のくせに。
「ガキとは失礼なっ!」
「ガキ相手にときめくほど変態こじらせてねぇよっ!
それよりもだ、流石におかしいと思うから聞きたいんだが」
「……なにかな?」
ようやくこっちの話を聞く気になってくれたようで何よりだ。
「なぁ、俺ってここに堕ちてきてから結構な時間、たったよな?」
「うん、沢山お話ししたもんねぇ。
君の居た世界の話は何度も何度も隅々まで聞かせてもらったもん♪
それがどうかしたかい?」
「その間、俺一度でも眠ったか?」
「意識は何度か飛ばしてたよ?」
「……そうか、じゃあ食事は?」
「魂はモノを食べなくても別に消滅しないよ?」
「そうだな、そう、そういうもんだよな」
「うんうん、これで疑問は解消されたかい?」
にこやかに笑うフィオの、あまりに綺麗すぎる笑顔に俺は確信する。
フィオは、何か誤魔化している。
「ぎくっ」
「フィオ、何を誤魔化してる?」
「な、ななななな~んのことかなぁ~~~?」
「フィオは隠し事が出来ないクチだよな」
「そんな事はないよ?
ボクは創世神だけど存在として完璧なわけじゃないからねっ!
失敗もすれば嘘もつくし誤魔化し方も詐欺師顔負けだと思うよ?
きっと君の世界の名探偵、ホームズ氏にだって見破れないんじゃないかな!」
薄い胸をドヤッっとばかりに張って宣う神様だが……目が泳いでいた。
……完全に観察対象と目があって動揺する不審者の目をしていた。
「そんな明智小〇郎でも分かりそうな嘘はいいから」
「君の中ではボクの評価はどんだけ低いんだいっ!?」
言葉通りだっつーの。
『眠りの小〇郎』が起きてる時でも分かるくらいに分かりやすいから。
「ずっと『おかしい』と思ってた……いや、感じていた、が正解か。
『おかしい』と思うこと自体考える事が出来なかったんだからな。
別に疑問を抱けなくなったわけじゃない。
いくつかの事柄に関して深く考えたり疑問を抱くたびに、答えが出ないまま別の会話に誘導させられてたり、いつの間にか疑問を抱いていたこと自体を忘れていたり、はぐらかされたまま何故か気にならなくなっていったり……これ、どう考えてもおかしいよなぁ?」
「それはきっとその疑問が」
「大した事じゃなかったんだ、なんて事はないぞ?」
「うっ……」
先手を取ってフィオの否定を封じる。
そう、そうやって毎回矛先をずらされては、問題の事柄を失念させられていたんだ。
「フィオ、怒らないから正直に言ってくれ。
……お前、俺の意識に干渉したな?」
「…………」
「なんでだ?
どうしてそんな事をした?」
幼女姿の女神様は、無言で俯いてしまった。
桜色の小さな唇をきつく噛み締める様に、肩を震わせて、おろした両手は拳を固く固く握りしめ。
どこか怯えるように視線を落としたまま震えるその姿に罪悪感が沸きあがる。
(ぬぅ……ちょっと強く言い過ぎたか?
でもなぁ……魔法とか神パワーで精神干渉してるとかって事なら、理由くらいは聞かせてもらわないと俺だって不安になるしなぁ。
分からない、という事はそれだけで結構なストレスだ。
相手を信用すればするほど、ちょっとした不信感の種というモノは気持ち悪い異物として感情にしこりとなって残るものだし。
む~ん……怒ってるわけじゃないってどういえば伝わるんだ……?)
「……怒ってるわけじゃ、ないのかい?」
「あ」
不思議そうな声で、上目遣いにこちらを見上げながら問うフィオの声は、普段の様な快活さが欠片も感じられず不安に彩られて暗く澱んでいた。
あぁ~、そうだった、フィオはこちらの考えていることが分かるんだった。
考えるだけで思っていることが伝わるっていうのは便利ではあるけどプライバシー完全無視だよな。
なら、俺が怒ってるわけじゃなく理由も話さずに思考や感情に干渉されたことの不安を素直に伝えればいいのかね。
■
「言い訳をさせてもらうとね?
一応……良かれと思っての事ではあるんだよ?」
「悪意があって俺の意識を操作したとは思ってないよ。
良かれと思っての事なら、理由が聞きたいだけだ」
「……………なら話すけど……君、普通の人だからさ?
『魂』っていう精神だけの存在になっても、『人間』で居た時の、それも肉体を持っていた時の常識に精神が引っ張られちゃうの。
具体的に指摘するなら睡眠欲、食欲、あと性欲はまぁそこまで影響はないけど、そういった生物由来の欲求の他に人格の維持に必要な自己客観性、情緒の安定、共感性や社会性の維持……他にもたくさんの要素が君の『魂』の礎になってて、それが肉体が欠けた事で不安定な状態なのね?」
「そこに来て魂の欠損による記憶消滅、か?」
「うん、今の君は自分自身に対して『異常を感じていない』だろう?
それどころか、ある意味で受け入れてさえいるんじゃないかな?」
「……そういう、ことか……」
蓋を開けてみればなんという事はない。
俺の『魂』はとっくにボロボロになっていて、欠損もしているからこれ以上の回復も見込めず。
自身の置かれているこの『奈落』での生活もフィオが精神面でケアしてくれていなければ、とっくの昔に自己崩壊を起こしていてもおかしくなかった、と。
・睡眠や食事と言った生きる上で『当たり前』の行為を『行えない事でのストレス』
・フィオが居なければ自分を認識したり省みる事すらできない閉鎖された環境。
・自身が人でない何かに『なってしまった』ことに対する自己否定の念。
・隙あらば沸きあがる心の奥底に燻るクソ神への憎しみの炎。
どれもこれも、自分で自分を壊してしまうには十分すぎる案件だったという事だ。
そして、フィオはそれを意識させないように気を配ってくれていただけ、という事なのだろう。
「……悪かったな、疑ったりして。
もしかしたらフィオが、あのクソ野郎みたいに俺を弄んでいたのかもしれないって思うだけで、すげぇ不安になっちまって……」
「ううん、ボクももう少し君に相談すべきだったと思うよ。
他ならぬ君自身の事だもの。
今までとあまりに変わり過ぎる日常に戸惑いもあっただろうに、ずっとずっとボクの我儘に付き合ってくれた君の優しさに甘えすぎてた、って思う。
あれだけ沢山『君の世界』の話や『習慣』、『文化』についても話してもらっていたのにね」
これからは少し睡眠的な何かだけでも取れる様にしようか、そう言ってフィオは俺の横にやってきてちょこんと座るとニコニコしながらこちらを見上げる。
「……わざわざ隣に来て何がしたいんだ?」
「んもう、鈍いなぁ。
ほら、ボクが膝枕というのをやってあげようというんだ。
というかやってみたいんだよね♪
ささっ!はやくはやく!」
「うぉいっ!いきなりハードル高すぎないかっ!?
いい年したおっさんが幼女に膝枕してもらう図とか犯罪臭しかしなくないか!?」
しかもお互い全裸である。
忘れがちだが全裸なのだ!
幼女の生足膝枕(全裸付き)である!
「ふっ……ボクは神様なんだよ?
君の世界の神様……なんて言ったっけ?
ほら、キューピット?
あれだって全裸乳児に羽が生えたような神様だって話してくれたじゃないか。
君、言ってたよね?
『幼女とか全裸を規制するなら森〇チョコボールの金と銀のエンゼルマークもアウトだよなぁ、HAHAHA!』って」
「言ったけど!確かに言ったけど!」
「君の精神の安定になるなら、少しぐらい甘えておくれよ?
じゃないと、ボクも自分が本当は神様なんかじゃないのかもしれないって不安に思っちゃうよ」
愁いを含んだ純な瞳で見上げるのはやめて欲しい。
悪意があって俺の意識を操作していたわけではなく、精神のケアとしての行為であるならそれはある意味で医療行為と何ら変わるものでもない。
ましてやそれは俺が意識を取り戻す前からフィオの好意だけで行われてきた事なのだ。
今更疑ったからと言って助けられた事実が曇るわけでもなく、また恩義を感じている俺の心が変わるわけでもない。
なら、この女神さまのちょっとした我儘に付き合ってやるのも悪くはない。
「分かったよ、頭が重いとか足が痺れたとか言っても知らんからな?」
「うん♪」
実に楽しそうに膝を勧めてくるフィオの柔らかな太腿に頭を乗せ、そっと目を閉じる。
「気が済むまでゆっくり休むといいよ。
ボクはずっと傍にいるからね」
頭を撫でる小さな手の感触に導かれるように、俺の意識はゆっくりと、静かに、久方ぶりの『眠り』の底へと沈んでいった。
■
「…………(もう、ボクの意識操作に抗えるくらいに耐性をつけちゃったんだね……。
困ったなぁ……このままじゃ、『魂』の摩耗を止められないよ……。
もう、嫌なんだ、君無しでこの『奈落』の闇の底に一人ぼっちになるなんて。
ずっとずっと一人だったから分からなかった……。
これが『孤独』……なんて恐ろしい感情なんだ!
君が、君が居なくなるなんて僕は嫌だ、嫌だよ!
独りは嫌だ、怖い、独りは怖いよ!
何とかしなきゃ……ボクは、神様なんだから……!)」
孤独の意味を知らなかった神は孤独の意味を知る。
無知ゆえに感じなかった苦痛を、既知としたことで神は理解してしまった。
神の魂は不滅。
それは神が『死』と対局の存在であるが故の必然。
肉体的な死では滅びなかった神の魂はおっさんの魂との出会いで不滅の魂を侵す毒の存在を知ってしまった事になる。
孤独は『死に至る病』……『絶望』を呼ぶ。
神ならざる人の子の魂と不滅の神の魂、二つの魂の静かな生活に
その日、微かな影が落ちた。
フィオ「…………」
おっさんの魂「ん?どうした?今日は元気ないけど」
フィオ「なんていうか、この先の展開がちょっと見えてきたような?
別に未来視する訳じゃないんだけどさ、ボクならこうするんじゃないか的な嫌な予感が」
おっさんの魂「ここまでお膳立てされればまぁ予想はつくだろうな。
だけどよ、カレーの具を用意されたからって出来上がりはカレーじゃなきゃいけないなんて……そんなのつまらなくないか?
んじゃ恒例の次回予告だ。
魂の疲弊した男の魂は、緩やかに崩壊の予兆を見せ始める。
共に過ごしたかけがえのない時間が、フィオに絶望を教える。
次回『第8話 君といる世界』この次も、サービス、サービスゥ!」
フィオ「タイムリーにエ〇ァネタ!?」