第53話 割とどうでもいい話 おわり
「こうして話を聞いてみると、みんな色々なんだなぁ、ってよく分かるねぇ」
「聞いてみなければ分からない事ってホント多いものだね」とフラヴィに抱きかかえられながらしみじみとした表情で嘆息するフィオ。
ご近所さんとはいえこうして集まって話す機会など持つことはなく、共同体というよりは不干渉な集合体という態を見せていた彼らの関係も、日々変化しているのだ。
元々ボッチ女神であったフィオが、自分を介してであってもこうして周囲との接触を持ってくれるという事がフラヴィにはとても良い事のように思えて嬉しくなる。
(こうした小さな変化がかぁさまを良い方へ変えて行ってくれると良いのだけどね)
他者との触れ合いは自分の世界をどんどんと広げていく。
人間として生きていた際、己の世界、見識の狭さを嘆いた苦い記憶(うっすらとしか残ってはいないが)を抱えるフラヴィは切に願う。
変わることを恐れないで欲しい、自分の世界を閉じないで欲しい、と。
(だって、『神』の数だけ世界は広がってるんだしさ)
「よぅっし!それじゃトリはボクがつとめようじゃないか!
タオルの準備はいいかい?
涙腺が崩壊しても知らないよっ?」
……フラヴィが感慨にふける内に、何故かフィオが身の上話のトリをつとめる事になっていた。
「ほぅ、『創世神』殿が自ら身の上を語ってくださるなど」
「ゼヒキカセテモライタイモンジャ」
どこか宴会じみたムードの中で、フィオが『奈落』に堕ちるまでの話が語られる。
■ ■ ■
「知ってるか知らないかは別にして、ボクは『ル・フィオーレ』世界の『創造神』にして主神。
『混沌』から生まれし『はじまりの神』と称されるモノの一柱さ。
ボクが生まれた事で様々な『概念』が生まれ、その結果として世界が生まれた。
生まれたばかりの世界は非常に不安定でね。
安定するまで見ている必要があったんだけど、あれもこれもって見ているとどうしてもアラが出たり偏りも出るのね。
そこで四柱の管理神を作って任せたんだ。
『炎』を司る グ・エル・ジャーノ
『水』を司る リ・エル・ナーレ
『風』を司る ド・エル・リーオ
『地』を司る ナ・エル・メーア
彼等に属性に応じた様々な問題を丸投げして、手に余るようならボクが手を出す。
そういう風に世界を管理する様にしたら、数百年も経った頃にはすっかり安定してねぇ。
生命が生まれたり動植物が生まれたり、そりゃあもう面白かったなー。
世界が育っていくのを見守っている間に、言われた事しかしないし出来なかった管理神達にも自我が芽生えたみたいでね?
自分で考えて意見を出したり、お互いで喧嘩する様になったりし始めたんだよ。
ちょうど人類が生まれた頃だったと思う。
僕等と似た姿の人類が生まれたのを見て、ジャーノやリーオが滅ぼす滅ぼさないで大喧嘩したっけな。
……あの頃のジャーノは凄く真面目ないい子だったんだけど。
ん?
あぁ、そのジャーノって子がボクを殺した『管理神』だよ」
「……あのクソはそういう名前か。
……忘れよう」
「ご、ご自分を殺した相手、ではないのですかな?
なぜそのような嬉しそうな顔を……」
フラヴィは己の宿敵の名を聞いて苛つき、他の3柱の神はフィオの笑顔に困惑する。
普通なら己をこのような地に堕とした相手を恨んでしかるべきであるから。
「ん~、フラヴィにも同じこと言われたけど、嬉しいとは思っても別に怒ってはいないかなぁ?
だって、ただの人形みたいだったあの子たちが、自分の意志を持って、感情を持って、自分で決めたんだよ?
それがボクに対する悪意であれ好意であれ、受け止めてあげたいと思うじゃないか。
……それが親心ってものだというのは、フラヴィを生んで初めて分かったことだけどね」
「「「なるほど……」」」
微妙に納得しかねるが、そういう考え方もあるのかと一応の理解はするご近所神s。
フラヴィに対する執着ぶりを普段から見ているだけに、理解不能であることも無理やり納得してしまう地盤があってこその納得だろう。
顔に『創世神殿だしなぁ』という思考がありありと浮かんでいる。
「憎まれていたのかどうなのか、ボクにはちょっとわからない。
ジャーノは凄く生真面目な子で、ルールや時間にうるさくて、だからボクのスケジュール管理とかも任せてたんだけど……生真面目なせいか他の子、特にナーレとはものすごく噛み合わなくってさ。
ナーレはすごくボクを甘やかしてくれる子だったからね。
いつも『規律を乱すなこのあばずれっ!』とか『あまり熱くなってばかりだと剥げますわよ?あら、もう生え際が危ないかもしれませんわねぇ、主様に手入れしてもらってはいかがですか?』とか顔を合わせる度に仲良く喧嘩してたなぁ。
あー、でもナーレだけじゃないか、他の皆にいじられてた気がする。
太陽の運行もジャーノの仕事だったんだけどさ?
毎日きっちり同じ時間に必ず同じルートを通る様にって調整してたのをリーオが変な風にちょっかいかけたせいで毎日じゃなくて年単位の調整しか受け付けなくなっちゃったり、一日中太陽が出っぱなしなのをメーアが『眩しい!』って怒って一日数時間は太陽の光を遮断する位置に大地を動かしちゃったり。
すっごいへこんでたなぁ、『我の長年かけて計画していた芸術的な運航予定表が……』とかなんとか。
うーん?
今になって色々思い返してみると、もしかしてボクら、ジャーノに恨まれてたのかなぁ?」
「日頃のかぁさまを見ていると恨む奴がいてもおかしくない気がするけど」
「酷くないっ!?」
普段から無茶ぶりを受けているだけにフラヴィの言葉には容赦がない。
だからと言って言葉に悪意を感じないところは流石親子というべきか。
「……そもそも、そのジャーノとやらは何故創世神殿を殺したのだ?
主神の位の簒奪の為か? 恨みつらみを晴らしただけなのか?」
ノーマ・ノクサの問いにフィオは若干悩んだ後
「口では『これで我がこの世界の支配者だ!』って騒いでたから、『ル・フィオーレ』の管理権が欲しかったんじゃないのかなぁ?
自分ならもっとこの世界を上手く導けるとかいつもブツブツ言ってたし。
そんな事を口にする度に周りにいじられていたけれどね。
でもまさか『神』の肉体を殺す武器なんてものをわざわざ用意してボクを『奈落』墜ちにするなんて当時は予想もできなかったよ」
と、答えた。
その言葉に嘘はない。
欺瞞の欠片も無い。
それ故にご近所神達はなるほどと頷いていたが……フラヴィだけは別の感想を抱いていた。
(基本的にかぁさまはウザい事ばっかりするからなぁ。
あのクソの心境なんて理解したくはないけれど、『かぁさまの性質を受け継いだ』管理神であると考えるならば、部分的に特化してかぁさまの性格を引き継いだって可能性は極めて高い。
あのクソ神がかぁさまの『真面目』を引き継いでいたというなら、同時に『豆腐メンタル』であってもおかしくはないって事なんだよなぁ。
そんなのがかぁさまの『ウザさ』を引き継いだ奴と一緒に居たら……。
はぁ、同情はしないぞ。
アレは敵だ。
許してやる気は毛頭ない)
抱きたくもない同情心が沸きあがり、色々な意味で居心地の悪い思いをする事になった。
ご近所さんとこうして自神の来歴を笑いながら語り、交流をする。
己の世界以外を拒絶し、隔絶した生活を送っていた以前からすれば考えられない風景だ。
それ自体は非常に好ましく思う。
だが、他者を見るという事は自神を他と比較する基準を得てしまう事でもあり、また閉じた世界であれば知る由も無かった事……フラヴィへの遠慮からフィオが口にしなかった『かのクソ神』の名、などを知る機会を得てしまう、という事でもあった。
その事を今更のように認識させられて自神がショックを受けている事に気づき、フラヴィはそんな自分に強い羞恥を感じた。
(普段からかぁさまには変わることを怖がるななんて言いながら、自分に都合が悪いことからは及び腰になる……そんなのは当然なんて自己弁護して誤魔化していい事じゃないわなぁ)
『神』であろうと『人』であろうと変わるべき時が来れば変わる。
それが、生きるという事なのだから。




