第52話 割とどうでもいい話その3
「次は某の番かな。
ゲジュルベリア殿の話の後では愚にもつかぬ話かもしれぬが……」
「ワシノハナシヲキイテクレタンジャ、ヌシノハナシモキカセテクレ」
「そうだよ、『神』の過去に貴賎なしだと思うよ?」
「ならば」、と言って話を始めたのは『戦禍呼ぶもの』の二つ名を持つキルギリオス。
額に立派な一本角の生えた筋骨隆々の暑苦しいおっさんの様な男神だ。
上半身裸で袴履きという実に男臭いスタイルの彼は、見た目に反して結構気の小さい神物。
皆が注目する中、彼の来歴が語られる。
■ ■ ■
『戦禍呼ぶもの』キルギリオスの話
「某もゲジュルベリアの話の流れに殉じて語るとしようか。
拙者の生まれた世界は『六道刹那』と呼ばれておった。
6つの世界が互いに繋がり合う世界でな。
外から見ると咲き誇る花の様にも見える美しい世界であった。
それぞれの世界には『裏』と『表』があり、互いの大地を境界線として日々戦争に明け暮れていたのだ。
主神は『天翔御剣姫巫女』様。
創世神カムラギ様とキラムガ様の姫神様であらせられる。
それはそれは美しいお方じゃった……。
かの姫神様が歩いた後には花が咲き乱れ、微笑みは春を呼び、ため息は冬を招くとさえ言われた神界一の美神でもあらせられた。
おっと、話が逸れ申したな。
そんな麗しき女神が治める世界は、決して平和な世界ではなかった。
6つの世界はどの世界も常に生きるための戦いに明け暮れ、平和な時など互いに疲弊し休戦している期間くらいのもの。
長ければ数年、短い時は数日で終わる平和な日々を求めて人々は戦い続けた。
何の為に?なぜ争うのか?
答えは難しくない。
『戦わねば死ぬ』、ただそれだけの理由よ」
『戦わねば死ぬ』
『六道刹那』世界において、それはごく自然な、いわば摂理とでも呼ぶべきものであった。
生きる為に他者の命を喰らう、という食物連鎖の理屈とは趣が異なる。
文字通りの意味で『戦わねば死ぬ』のだ。
それは『六道刹那』世界が『裏』と『表』に分かれていることに起因する。
かの世界の住人は、どちらかの『側』に生まれ落ちると同時に、『反対の世界』にも複数の同一存在が誕生する。
その数は少ないものでも数人、多いものだと数万に達するともいう。
何故そんな現象が起きるのかは誰も知らない。
ただ、はっきりしていることは「同一存在」は激しくオリジナルを憎んでいる、という事と、「同一存在」が存在する限りオリジナルの寿命が減り続ける、という事、オリジナルが死ぬといずれかの「同一存在」がオリジナルに「成り代わる」、という事。
「オリジナルがどちらの世界の『側』に生まれるかなど誰にも分からん。
じゃが、『同一存在』を全て滅ぼさねばいずれは『己』を同一存在に奪われるのだ。
『大切なもの』が出来たものほど、必死になり、戦いの場に赴くという悲劇の循環が生まれるのは誰にでもわかる事でござった。
某が生まれたのは、そんな『己』を全てを護るために必死な人々が戦場で願ったが故。
『死にたくない』『戦わなければ』『敵は何処にいる?』
そんな魂の叫びに導かれ、某は『戦場の縁』を繋ぐものとしての力を得申した。
『常在戦場』すなわち『状態:戦場』。
某の加護を受けたものは『機会を問わず』必ず戦うべき相手とめぐり逢い、雌雄を決する定めと成り申す。
ただ、その『機会を問わず』という部分に大きな問題がござってなぁ……」
端的に言ってしまえば単なる『戦場における宿敵との縁結び』。
仮に世界が平和であっても、人によっては『命の期限』が残りわずか、という事もある。
そんな人々にとってはキルギリオスの加護はある種の福音だった。
『機会を問わず』倒すべき相手との縁を繋げてくれるのだから。
そしてそれは、『個人の都合』で『社会全体』を争乱に巻き込むという事でもある。
キルギリオスの加護を受けた者たちによって、『束の間の平和』という世界の息継ぎ時間とでもいうものが失われた。
いかなる状況においてもほんの僅かなきっかけで継続される争い。
強制的に起こされているのではないかとすら感じてしまう『戦いの日々』
キルギリオスが現れて以降、『六道刹那』世界の戦いは激化の一途をたどり、6つの世界は『裏』『表』を問わず急速に疲弊、衰退していった。
この状況を、他の神々は当然ながら看過できなかった。
存在するだけで無用の争いを招くもの、とそのように断じられ、『悪神』として『六道刹那』世界を追われた彼は『奈落』へと封じられることとなる。
元々戦う術も持たぬ、ある意味でただの『縁結びの神』であった彼に、抗う術などなかった。
離別の機会を斬り緒を守る者、故に斬機離緒守
本来は『善神』として崇められて然るべき神は、運命の悪戯で『悪神』となった。
奉じられた二つ名は『戦禍呼ぶもの』
元々温和な神であったが故に、この一連の流れは彼の心に深い傷を残す。
『自分が存在すると周囲に争いの種をまくのではないか?』
己の権能を恐れ、嫌悪し、『奈落』に堕ちた後も長い間単身彷徨う日々を送る。
「皆もご存知の通り、某には大した神力などなく、多少剣が使える程度で荒事には滅法弱い。
彷徨う先々で他の『堕ちたる神々』に追い回され、滅ぼされかける事も数知れず。
身も心も疲弊していっそ消滅してしまった方が楽なのではないか……そう思った矢先にある噂を耳にしたのでござるよ。
曰く『この奈落には「堕ちた創世神」なる存在が潜んでいる』
曰く『かの者こそがこの奈落の神の支配者』
曰く『かの者の庇護下では一切の争いなく平穏を約束される』
それを聞いた時、即座に某は決め申した。
某のぱらだいすはそこに在る!是が非でもいかねば!と。
ここにたどり着くまでにも色々あったのでござるが、その辺は割愛させていただきましょうぞ」
そう言って話を締めくくるキルギリオス。
場を微妙な沈黙が支配する。
「な、何か妙な空気でござるが……」
困惑した様子の彼に、容赦ないツッコミを入れるのはフィオ。
「ツッコミどころが多すぎるよ!
6つの世界が繋がって云々はまだわかるよ?
『裏』『表』世界って何!?
『同一存在』とか、その世界作った『創世神』って何考えてるのさ!?
淘汰?淘汰させたいの!?
自分自身と殺し合って魂を磨け!とでも言いたいわけ!?
何そのハードモードな世界!」
「……言いたい事、全部言われてしまったな」
「かぁさま、僕等のツッコミも残しておいてよぉ……」
「う、ご、ごめん」
言いたいことを一息でツッコみ切ったフィオに、フラヴィのジト目とノーマ・ノクサの嘆息がぐさりと刺さる。
「流石にそんな殺し合いマンセーな場所から来たとは思わなかったよ」
「ワシハソノヘンノハナシハキカサレマシタカラナァ」
「……こうしてみると私の生い立ちなど大して面白味も何もないのだな。
世の中、上には上が多すぎる……」
「い、いや、流石にそんなことはないでござろう?
ノーマ殿も聞けば信者を惨殺されたというではないか」
ずーん、と落ち込むノーマ・ノクサに慌てた様子でキルギリオスが励ましの声をかけるが、一体いつから生い立ちの不幸自慢になったのやら。
「……ならば次は私が話そうか」
流れ的に次は自分の番か、と眼帯まみれの神が重い口を開く。
■ ■ ■
『歪みし未来』ノーマ・ノクサの話
「……私の生まれた世界は『セオル・アクタ』界という。
緑あふれる美しい平面世界で、『創世神』デル・アクタ様がお創りになった。
……私は元々は『風』をはじめとした『世界の流れ』を管理する旧き神のひと柱として数えられていた。
旧き神は創世の折、デル・アクタ様によって生み出された世界の管理者。
自分の他にも23の神が存在していたのだが、時の経過により少しづつ数を減らし、気が付けば私の他には数柱の神を残すだけになっていた」
「え、管理者が消えて大丈夫だったの?」
「……消えても代わりをするものが生まれるので問題ない。
実際、旧き神が消え去った後、多くの神々がその骸から生まれた。
……私は生まれてすぐに己を含めた世界の行く末をこの7つの眼で『視て』しまっていたせいであの世界で起こる全てを知っていた。
故に運命のなすがまま、流れに任せ、朽ちるつもりだった、あの日までは」
『運命は変わらない』
自身の権能で未来予知が可能だったノーマ・ノクサは、そんな諦観を抱え生きていた。
だが、長き時を経てある日彼が予見し得なかったことが起こる。
彼を認識する存在との出会い、である。
それは一人の砂漠の民の少女であった。
砂漠の熱と渇きに身を焼かれながら、少女の眼は風の中に溶けるように存在する彼自身を確かに見据えて、問うたのだ。
「あなたは、神様なのですか?」と。
ノーマ・ノクサは何も答えなかったが、少女はその沈黙こそを是と見做した。
そして、一命を取り留めた後、『名もなき風の神』として奉じ、崇め始めたのだ。
『神』は信仰により力を得る。
少数部族の祈り故、それは実にささやかなものではあったが予想外の出来事にノーマ・ノクサは確かな感動と、強い庇護欲を得る。
『……我はノーマ・ノクサ、風とこの世の時の流れを管理する旧き神なり』
己を信奉してくれた部族の前にはじめて己が名を名乗り、巫女に己の権能の一部を分け与えた。
舞い上がっていたのだろう。
『神』の権能を打ち破り、期待させてくれる存在の出現に。
彼の権能『未来視』を得た事により、かの部族は大きく発展して行く。
少数部族であったのが大部族になり……他の勢力から危険視されるまでそう時間はかからなかった。
『砂漠の民は未来予知を可能とする』という噂が広まり、人狩りが始まる。
大帝国が兵を送り込み、多くの民が死んだ。
全てはノーマ・ノクサが軽率に力を与えた結果だった。
「苦悩する私に、巫女は笑って言ったのだ。
『信じたのは自分達で、祈りを捧げたのも自分達なのです。
それで神が喜ばれたなら重畳、何を嘆くことがありましょうや』と。
全ては自分たちの責任故、気に病まないで欲しい、と。
そんな風に言われて黙って見過ごせる程、私と彼らは浅い付き合いではなくなっていた。
そこでせめてもの助けに、と彼らが捧げてくれた舞にひと工夫を加え、戦技として与えたのだ」
そうして生まれたのが『円環舞闘術』
神に捧げる舞たる『神楽舞』でありながらも、圧制者に抗う為の『武技』でもある。
『神』が与えた新たな力は信徒たちに大きな喜びを、侵攻勢力に大きな危機感を与えた。
結果、起こったのは『新たな神』の介入であった。
『神聖武具』や『上級神術』などが次々と戦場に投入され、砂漠の民は『新しき神』の神殿勢力から『邪神の信奉者』として社会的に抹殺される結果となった。
そしてノーマ・ノクサ自身も『旧き神』として『新たな神』達から排斥対象と見做され、『勇者』を名乗る存在により『邪神』として『奈落』へと放逐される。
「……まぁ、結果的に未来などというものは運命を捻じ曲げるに足る力が加われば簡単に変わるものだとその後の体験で嫌というほど思い知らされる羽目になったのだがね。
『奈落』に堕ちて自分の『未来視』がいかに頼りない権能であったか、知れただけでも収穫だったよ。
……私の生い立ちはそんなところ、だが……ど、どうしたのだ、皆?」
ぱっと見若作りなのにもしかしたらこの面子の中で最年長かもしれない疑惑が発生し、どう反応していいのか分からない一同であった。




