第50話 割とどうでもいい話その1
『堕ちたる創世神』エル・フィオーレにとって、フラヴィと出会ってからこれまでの日々は退屈する間もない刺激と興奮と驚きと悲しみに満ちた、充実した日々だったといえる。
『神』という存在はそもそも『変化』というものを歓迎しない節があるが、こと『創世』という権能をもって生まれた『神』である彼女にとっては、『誕生』による環境変化、情勢変化に慣れていたこともあって比較的柔軟に受け止められる部分がある。
とはいえ『神』であることには変わりないわけで、本質的に『外部』からの刺激による変化には弱いという側面を抱えてもいる。
この『外部』からの刺激というのがフラヴィの前身であった『男の魂』との接触であり、結果として彼の魂と数百年過ごしたことによる歪みこそが『ヤンデレ』という形で発露したわけだ。
万物を生み出し世界を創生する女神がヤンデレ幼女というのは今後の世界にとってはたして良い事なのかと問われれば、断じて否という答えしか返ってこないと思われるが、それでも彼女がヤンデレ化してしまった責を問うべきかと言えば、それも否と言わざるを得まい。
朱に交われば嫌でも赤っぽくなるものなのだ。
己と対等に付き合える存在と長らく接点を持たなかったという事自体がある意味で驚きの事実であり、彼女がいかに純粋だったかの証明でもあるのだから。
で、件のヤンデレ幼女神はと言えば。
「ぷは~~~!
今日もシュワシュワが美味いねっ!
人間さんが生んだ文化の極みだよっ♪」
キンキンに冷やした炭酸ジュース(酒ではない)をフラヴィに抱っこしながらストローで飲ませてもらうという自堕落っぷりである。
「毎日飲んでよく飽きないねぇ?」
フラヴィとしてはフィオがジュースを喜んで飲むのは構わないのだが呑んだジュースが端から無駄になっていくのが忍びなくて仕方がない。
フィオは生首なので飲んだものが首から全て零れてしまうので。
(こりゃあ下手に食べ物の試し食いなんかさせたらまずいなぁ)
などと考えてしまうのは仕方がないだろう。
食べた端からミンチになった食材がボロボロ首からこぼれ落ちる姿など、料理人が見たら発狂してしまうだろうし貧困地域の人々が見たら間違いなくデモが起きる。
それ以前の問題として『話す生首』を見て正気でいられる人間の方が少ない気もするが。
件の『魔獣騒ぎ』があってからそれなりの日数が経ち、彼らは元通り平穏な日々に戻っている。
主にアイゼンミュラー達の頑張りにより疫病ネズミ達の残党駆除も終わり、併せて空間防疫作業も滞りなく終了。
心配されていた汚染問題も『ゲヘナ・プロエリ』の想像以上の強固な防衛機能___主に爆破、細菌テロに対するオートセキュリティ・オートリカバリーによりほぼ心配なし、という結果に終わり大半の施設はほぼ復旧完了。
大変だと思われたお掃除関係も、どこからともなく現れた円盤状のお掃除ゴーレム(ル〇バっぽい何か)が徹底的に綺麗に清掃した後どこへともなく消え去って行ってしまった。
どうやらやたら高度な隠匿機能と『視覚範囲』を感知する機能が付いているようで、フラヴィ達はなかなか気づくことができなかったようである。
気付いたのが『掃除されかけた』フィオであったというのは皮肉なものだ。
「何時までも建物が綺麗なままだから不思議だったのだけど、そういうカラクリだったんだね!」
と笑って許してしまうあたりは寛容なのか鈍感なのか。
『首無し熊』によって開けられた位相空間の穴も、『熊』が死んだことにより修復され塞がっている。
煩わしい襲撃者不在のパラダイス、復活ということだ。
安心安全な空間が復活した途端フィオがフラヴィにベタベタに甘え始めたのは自省の反動もあり、我慢の限界もあり、ある意味で仕方のない事だった。
元々、『神』に忍耐なんて言葉は存在しないのだから。
「うーん、それにしてもかぁさまを見ていると、かぁさまが『創世神』ってのはともかく神を束ねる『主神』ってのはいまいち想像できないなぁ」
「そう? ボクから溢れる神性を見れば嫌でも納得できない?」
「まず偉そうに見えない。
我儘でガキっぽいだけで思慮深くは見えない。
オーラは凄いけど怖さが足りない?」
「ず、随分と辛らつだねぇ!?
ボク泣いちゃうよ!? 泣き叫んじゃうけど良いのっ!?」
「そういうところがなぁ」
「うぐッ……ならフラヴィの世界の神様達ってどうなのさぁっ!
語って見せるといいよっ!」
僕の腕の中でかぁさまが荒ぶってらっしゃる。
久々に一緒にのんびり過ごせる時間が長くとれたという事もあり、あまりにもご機嫌なかぁさまをからかってみたくなってちょっとつついてみたのだけど、案外ダメージが大きかったようだ。
ちょっと涙目になってギャーギャー騒ぐから思い出せる範囲で話してあげる事になった。
「うーん、まずはオーソドックスに一神教からかな?」
一神教の代表格と言えばやはりヤハウェとアッラーだろうか?
それぞれキリスト教とイスラム教の主神である。
元々エルサレム周辺を発祥の地とする神様で世界三大宗教と呼ばれる物の双璧を成す。
同じ発祥の地、という事からも想像できるように、近年の研究では同一の神という見解もあるが、関係者は絶対に認めようとしない。
ヤハウェの名前の由来は『存在』。
『我は在りて在るものである』と予言者に名乗ったことが由来とされる。
普遍的に存在するモノ、と名乗ったことから『世界』そのもの、転じて『唯一にして絶対の存在』と解釈されたんだろう事は疑う余地もない。
『神』本神としては『その辺に当たり前に存在してる何かですよー』くらいの気持ちで名乗ったのであろうが、救われた側からしてみればそれはもう『超スゲー存在!』として崇め奉りたくなるのはある意味当然である。
それが結果的に世界の大宗教の一つとして数えられるにいたるんだから『神』としては大出世だろう。
なお、キリスト教における聖典、『旧約聖書』と『新約聖書』においてその性質、気性は大きく異なりを見せており、前者においては過激かつ無慈悲、後者においては慈悲深い愛に満ちた存在として解説されている。
これは大々的な布教に際して残酷な面を押し出してしまうと人々が付いてこないから、という人為的な改変が推測されるが関係者各位は絶対にそのようなことを認めない。
曰く、「神の言葉が人を通じて残された書物」であるため、そこに人の意思が介入する余地などない、のだそうです。
子供でも嘘だと分かる屁理屈なんだがなぁ。
「信仰されないと力も増えないからねぇ、後発的な神様は。
その『旧約』『新約』で性格が変わるって言ってたけど、どんな事してた神様なんだい?」
「うーん、自分でつくった最初の人間夫妻を職務怠慢で楽園から追放してみたり、退廃してた街を火の海に沈めてみたり、言う事聞かない不信人者を塩の柱に変えてみたり、この世界はもうダメダメだな!って見限った挙句大洪水で沈めてみたり、色々。
これが『新約』になると『神』を信じるとこんなイイことアリマスヨー、的な胡散臭いPRが増える。
どんなに貧しくても、嫉妬せず、罪を犯さず、怒らず、清く正しく生きると死んだ後にもれなくその魂は神の楽園に招かれて永遠に幸せに生きられますよ、なんて言う来世利益を説く感じかな」
「うっわ~、胡散臭いなんてもんじゃないじゃない」
「神は全てを予言なさっているから、その意志に従って生きると幸せに生涯を送れるそうだよ?」
この世の不公平は全て神の予定調和なので、人間は黙ってそれに従って生きれば死んだ後でならいいことあるよ、だから我慢は当然だと言っているようなものである。
現状に対する不平不満すら許さぬ神の意志。
逆境において奮起して努力する人の意志まで神の意志。
いやはやそこまで行くとすさまじいの一言だよね。
救われたいと願うからこそ『信仰』は生まれる筈なのに、『既に救いはあるのに気づかないお前が悪い』と切って捨てるのがこの宗教なのだから。
そりゃあ『信仰に目覚めた』人が狂信的になるのもうなずける。
もちろん真面目に信仰に生きる人たちを卑下したり貶めたりする気は無いのだけれど……
『信仰』に殉ずるあまり、『己の意思』すら『神の判断』に委ねてしまうのはどうかと思う。
そういう人ほど『神のため』に生きていると簡単に口にする。
『神の声』すら聞いたことないだろうに。
「自分で考え、行動する自由を放棄して、はたして生きているって言うんだろうかねぇ」
「さぁ? ボクは生きる力を持つ者を手前勝手に導くなんて事はしないからね。
頑張って生きるモノに等しく祝福はするけど」
「前にそんな事言ってたねぇ」
以前似たような話をしたことを懐かしく思い出していると、
「ん? お二方、こんな場所でどうなされた?」
「シツナイニイルトハメズラシイ」
「……なるほど、創世神殿の飲み物か」
どうやら『ゲヘナ・プロエリ』内の施設の利用帰りらしいご近所神達が通りかかった。
身体から立ち上る湯気を見るに、サウナあがりのようだ。
僕等はかぁさまが風呂とかに入れない関係でいつもシャワーなんだよな、魔法の。
別に風呂スキーじゃないからいいんだけど。
「今ね~、フラヴィから異世界の神様の話を聞いてたのさっ!
……って、そう言えば君達も色んな世界からここに堕とされたんだっけ?」
かぁさまの空気を読まない発言に皆一様に苦笑い。
「ソウデスナァ、マ、タノシイハナシデハアリマセヌガ」
「身勝手に悪神、邪神と世界を追われた身ではありますが、別に後ろめたい事などござらん」
「……我が信徒たちは皆殺しにされた。
とはいえ、それを責めても詮無き事。
人は弱い、故に神を畏れ、恐れる。
……悲しくはあるが、ね」
それぞれが少々しんみりした様子で、だけどどこか懐かし気に回顧している様子に少し興味がわく。
我ながら不謹慎だと思わなくもなかったが、知りたいと思ってしまったのだから仕方がない。
「折角だし、この機会にお互いの身の上話なんてどうですか?」
ドリンクバーの一角に彼らを招き、話さないかと誘いをかける。
驚いた顔でお互いの顔を見合わせた後、彼らは気持ちよく応じてくれた。
こうして僕等は結構長いことご近所さんなのに実は何も知らなかった神々の身の上話を聞く機会を得たのだった。
フィオ「ご近所さんの身の上話!と言いながら『割とどうでもいい話』と言い切る作者のセンスがちょっとボク的に酷いと思うんだけどどうなの?」
フラヴィ「これが伏線なのか、ただネタが切れたからぶち込んだだけの本気でどうでもいい話なのか、流石に僕には判断つかないぞ?」
フィオ「むー、フラヴィにカンペくらい渡してると踏んだけど違うんだねぇ?
とりあえず次回! 第51話 割とどうでもいい話その2 !」
フラヴィ「個人的には気になる話なんだけどな」




