第46話 No sun outlasts its sunset, but will rise again and bring the dawn
沈まない太陽はない。しかし陽はまた昇り、夜明けをもたらす
奇跡は起きません。
ただ必然のみ。
「立ち上がって」と叫ぶ声がする。
自分だけのヒーローに、救いを求める声がする。
だが、現実とは残酷だ。
そんな奇跡は滅多に起きることはない(起きないから奇跡ともいう)。
助けを呼ぶ声は風に虚しくかき消され、事後の地獄に響くのは何時だって傷つき倒れた者の嘆きの慟哭。
それが真理、それが現実。
ご都合主義のヒーローなんて物語でしか登場しないからこそ皆が憧れるのだ。
現実ではないからこそ現れる『希望の体現者』
では、『神』にとってはどうなのか。
■ ■ ■
立ち上がって欲しい、そう願った。
他ならぬ『創世神』が、その思いのたけを込めて願ったのだ。
奇跡は起きる。
死者は再び立ち上がり、助けを乞う声に応え、正義を執行する____はずだった。
「ど、どうして……?」
『首無し熊』は相も変わらずバリアを殴り続け、飛び散った肉片はピクリとも動かず。
彼女の愛しいエル・フラヴィオの姿は何処にもない。
奇跡は起きない。
死者は甦らない。
ピンチは変わらずピンチのままで、震える彼女を抱きあげてくれた青年はもう居ない。
『大丈夫だよ、かぁさま、何とかするから』と、困ったような笑みを浮かべながら前を向く、あの背中は何処にもない。
「どうして……なんで!?
ボクが命じてるんだ! 何故甦らないの!?
立て!立ちあがってよ!
ボクは『創世神』なんだ!
そのボクが願っているのに、何でっ!?」
どれだけ強く願っても、奇跡は起きなかった。
死者は死者であるのが当然、とばかりに。
理は変わらず、肉塊は沈黙したまま『首無し熊』に踏みにじられ続ける。
「どうして、なんでなんだよぅ……!
こんなにお願いしてるのに、何で起きてくれないの?
嫌だ、いやだよぅ……ボクは、まだ君に謝っていないのに!
独りになるのが怖くて、君の頑張りを認めてあげられなくてっ!
君を、フラヴィを、ちゃんと認めてあげられ、なく、て……
やだよぅ……死んじゃやだぁ……
ちゃんと、ごめんなさいするからぁ……ゆるしてぇ……」
終いには周囲を憚らず泣き出す女神に沈痛な視線を向けるミュラりん達であったが、フィオが苦しみ泣き叫ぶ様は事情を知らぬ『首無し熊』を刺激し興奮させるだけ。
状況は好転する事なく、ただ時間だけが過ぎて行く。
後悔と恐怖と困惑に平常心を失っていたフィオには気付けなかった。
何故『フラヴィ』に己の力が及ばないのか。
何故『創世神』たる自身の力が『奇跡』を起こせなかったのか。
冷静であれば気付けたことであったのだが、この時のフィオには気付けずにいた事。
この場面においてフィオがそれに気づけなかったことは、後々彼女自身が己のメンタルの弱さを克服するための大きな一助となる。
悲しみと後悔の中、フィオに出来る事と言えばただ考える事のみ。
己の力が及ばず、奇跡は起きず、出来ることなど何もない、とふさぎ込んだ小さな女神はただただ己の愚かさを省みる。
自らにとって大切なものを『理不尽』に蹂躙していく者たちの存在。
自らが『創世神』であるというだけで『理不尽』から逃れられていたという『現実』。
この『奈落』という場所に正しく危機感を抱けていなかった『驕り』が、目の前でフラヴィを失うという悲劇を招いた。
『神』だから死なない、と言ったのはフィオ自身。
そしてフィオは自分の力なら即座に回復、蘇生を行えると自負していた。
結果はどうか?
愛する人は肉片と化したまま、その魂すら姿を見せない。
『神殺し』、という単語がフィオの脳裏をよぎる。
フラヴィが警戒し、フィオが呆れるほどに恐れていた手合い。
『最高神』たる『創世神』の自分を滅ぼせるものがいる筈がない。
その自分の分け身たるフラヴィを滅ぼせるものがいる筈がない。
その考えこそ『神』の傲慢だとフラヴィは警鐘を鳴らしていたのではなかったか?
多くの『神話』においてそうした『神』こそが、討たれ、滅んでいったのだと彼はそう訴えなかったか?
(ボクは、嫌だったんだ。
『神』である自分を否定されているようで。
フラヴィが『神』であることを誇れないと言っているかのように聞こえて。
……でも、違う、違った。
ボクが嫌だったのはそんな事を言って僕を突き放すんじゃないかって不安を感じたからだ。
フラヴィが適当な口実を作ってボクから逃れたいって思ってる、なんて妄想したからだ。
フラヴィは、本気で心配してくれていただけだったのに。
自分が死にかけて、この『奈落』の危険を肌身に感じて、動けないボクを案じてくれただけだった。
自分にもしもがあった時、少しでも逃げる時間を稼げるように用意までしてた。
ボクは今、何をしていた?
泣いて、叫んで、ただ助けを求めていただけじゃなかった?
立て、立ってよ、か。
そんな呼びかけで、自分勝手な願いで、ボクは何を願ったっていうんだ。
……情けないなぁ、本当に、情けないよ。
ボクはどこまで弱くなれば気が済むんだろうね?
奇跡は『起こす』もので、『縋る』ものじゃない。
『創世神』だから奇跡は叶って当然?
違うよね。
ボクは世界そのものなんだ。
世界が必要と求めるのであればそれはただの必然。
奇跡でも何でもない。
あぁ、そう、そうだったねフラヴィ。
ボクが君に教えた事だというのに、ボク自身がそれを忘れていただなんて。
……ごめんよ、君は君で、ボクはボクだった。
君が立ち上がらないのは、立ち上がれない理由がある、そうだね。
ならば…………)
「ならば、ボクに出来る事は一つ。
君を信じる事、……そうだろう?」
■ ■ ■
(立て、か……)
自身の影に蝕まれながら、諦観した心は奮い立つこともなくただかぁさまの声を聞いていた。
(クククッ……虚しいなぁ、心に響かない叫びは。
フィオが欲しいのはお前じゃない、自分の寂しさを埋めてくれる英雄だ。
自分を退屈させない、自分を独りにしない、そんな相手なら別にお前じゃなくていい。
誰にだって媚びるし、愛してると囁くのさ。
あの女神は心の底から病んでるからなぁ?
分かるだろう?
お前も俺だもんな?
せめて『助けて』とでも叫んでくれたらまた違ったかもしれんが……フフフ)
目の前に立つおっさんの姿が、じわじわと僕の姿に変化していく。
ゆっくりと自分が消えていく感覚がする。
マズい、とは思うけれど、心も身体も言う事を聞かない。
この場所が精神世界の様なものだとするならば、心の強さこそが力の全て。
目の前のおっさん姿の僕が僕自身の抱えていた闇だというのなら、今の僕に勝てる道理はない。
こんな現象が起きるのも、己が『神』故なのかね。
(まぁ、貴様はそこで溶けて消えちまえよ。
後は俺が面白おかしくやってやるからよ)
その言葉に、何となく卑猥な響きを感じて、嫌な予感を否定したくて僕は問う。
(お前、一体何をする気だ?
僕を乗っ取って、かぁさまをどうする気だ!?)
(そんなの決まってんじゃねぇか。
もちろん自分のオンナにするのさ。
見た目はガキだし生首だけどよ、とびっきりの美人なのはお前だって分かってんだろ?)
(な……お、お前、ふざけてんのかっ!?)
(ふざけてなんてねーよ、てめぇは『神』気取りで性欲の欠片もねぇみたいだけどよ?
こっちは欲の塊なんだ。
18禁全開であのロリ幼女女神をアヘ顔にして楽しむくらいはするに決まってんだろが)
(じゅ、18禁全開っ!?)
(応とも、ああ見えて出産経験済みなんだろ?
なら見た目は通報案件でも合法ロリって事じゃんか。
バラバラ死体になってんのが問題っちゃあ問題だけどよ、こちとらカミサマなんだし何とかなるだろ。
まったく、今から楽しみで仕方がないぜぇ、じゅるり)
……待て、待て待て待て待て待てっ!
(お前、本当に僕か?僕なのか?
僕は心の底にそんな欲求を抱えていたとでもいうのか?
そんな、近親相姦も死体性愛も辞さないような異常変態者だとでも!?)
あまりにもあんまりな自身の暗黒面の言葉に動揺し、焦りを覚え、問い詰める。
あの『首無し熊』にやられた事より動揺していたかもしれない。
(あん? 別にお前がそんな性癖だから、じゃねぇよ。
言っただろ? 俺はお前の『影』だったんだ。
お前が抱えてた暗い部分を持つ存在じゃねぇ。
お前が『成れなかった』お前なんだよ。
お前が抱える闇はまた違う、全くの別もんだ。
ま、『今回は』眠ったままみたいだけどよ)
(……なんか怖い事さらっと言わなかったか?)
(キニスンナ、どうせお前は俺に飲まれ……ナニ?)
僕の『影』を名乗るこのおっさんは、突然僕を取り込めなくなったことに眉をしかめる。
(おい、てめぇ、何足掻いてんだよ。
素直に飲まれとけよ。
今更足掻いたって、あの女はお前の事を理解しようともしねぇんだぞ?
それならお前も俺になってイイ思いした方がいいじゃねぇか。
アレは良いヤンデレだ。
最高に病んで爛れた性活を送れんぜ?)
そんな『甘い言葉』で僕を誘うが。
(……そんな18禁エンドに手を出すかボケッ!
何重苦だよ!業が深すぎるだろうがっ!
さっきまで全然抵抗する気力がわかなかったのに俄然飲まれるわけにはいかなくなったよっ!
どーしてくれるんだよ僕のシリアス返せ!
無気力展開返せよっ!!)
(ちょっ、何を意味の分からねぇ抵抗を……うがっ!なんだこの力!
そんなに嫌かよロリ女神蹂躙!)
(趣味じゃないんだよそういうのはっ!)
(アブノーマルは楽しいぞっ!?)
(神様年齢15歳に何言ってんだこのクソ中年!!)
状況が変わった。
コイツには是が非でも自分の身体を明け渡せない!
(どぉおおおおおおおおおおりゃああああ!!!)
(ギャアアアアアアアアアアア!!)
意地と根性!
そしてありったけの家族愛!
絶対に目の前の悪を根絶してくれる……その激しい想いが光となり、自身の影を焼き尽くす。
心に溢れる力が、想いが、自然と自分の還るべき場所を指し示す。
「かぁさま、僕らの生活を脅かす敵は滅ぼしました」
「……え、ちょ、ちょっとフラヴィ、何言ってるの!?
後ろ、後ろー!!」
「は?」
振り返ると、何故か『首無し熊』がそこにいた。
あれぇ?




