第5話 見なければ無いのと同じ
慣れというモノが一番怖いんですよね……。
「_____というわけで_____」
ひた、ひた、ひた……
「_____が、xxでxxxxるわけ、それで_____」
べちゃり、べちゃり……
(ふぅむ)
「ねぇ、聞いてるっ!?聞いてないでしょっ!」
「うおっ!?」
頬がむに~っと引っ張られ、ちょっと半目気味のフィオの顔がずずいと俺の顔を覗き込んでくる。
そのままじ~~~~~っと俺の目を見つめるフィオは。
「……ふぅ、やっぱり周囲が気になる?」
ため息交じりにそう問いかける。
「そりゃ、な。
最初は何故か全く気にもならなかったんだけどよ?
最近なんかちょっとした瞬間に周囲に何かの気配を感じるようになってなぁ。
まぁ、雰囲気からしてちょっとヤバげな感じだったから可能な限り無視してるつもりなんだけど……こっちが気にしてることを感づいたのか、しきりにアピールしてるような雰囲気が」
「う~~~~~~ん、『奈落』がどんな場所なのかは説明したよねぇ?」
「聞いたな。
フィオの世界を滅ぼしかねないあれこれを封じたゴミ捨て場みたいなところ、だろ?」
「そうそう、そんな場所だからして……
ここをうろついてる存在なんてそれこそ君に限らず大抵の生きとし生けるものが視ただけで正気を失っちゃうような存在ばっかりなんだよぅ。
好奇心は猫を殺す、興味は持たない方がいいよ?」
胡坐をかく俺の背後にとてとてと回り込んで背中からぎゅっとしがみついてくるフィオ。
真剣味の強い口調が内容の危険度を物語っているのがよく分かる。
彼女が心配する気持ちはよく分かるのだが……
「そうはいってもさぁ?
煩わしいくらいにアピールが酷いじゃんか。
特にここ最近なんて明らかに近づいてきてるよな?」
そう、ずっと遠巻きだった『なにか』の気配は俺達が何も言わない、しないのをいいことにじわじわと距離を縮めていたりするのだ。
もちろん、俺には相手が見えないし右も左も真っ暗闇なので具体的な距離感はないのだが、それでも気配が近くなってきたことくらいは分かる。
かすかな空気の揺れや流れから察するに、向こうはしきりにこちらに話しかけてきている様子なのも実は分かっていたりする。
アピールされている内容は分からない。
そもそもこっちからは相手が見えないし音も聞き取れないからな!
フィオもその辺は薄々感づいている様子で、時折会話中に脈絡のないところで眉をしかめる事があったから迷惑しているだろう事は間違いない。
「うぐぐぐぐ……何度態度に出しても警告を無視するってことは……。
これはボクを舐めてるってことだね!
よかろう、戦争だっ!!」
「おいおい、穏やかじゃないな。
別に実害があるわけじゃないならいいじゃないか」
「『君』をむざむざこいつらに喰わせるわけにはいかないでしょ?
ボク、基本的には平和主義だけどボクが庇護する者に害を加えるっていうならお仕置きの億や兆は辞さない覚悟はあるよ?」
「喰う気なんかい!
ふざけんなしっ!」
まさかの捕食要求!
フィオみたいにボッチで寂しいから構って欲しいのかと思ったのに裏切られた気分だ。
「聞こえてるよっ!?」
こっちの心の声、筒抜けだなぁ、流石は神様とかいうときっと調子こくからやめとこう。
「参考までに聞きたいんだけどさ、その、周囲の有象無象は俺達に接触する可能性はあるのか?
結構近くまで来てるんだろ?」
「そうだねぇ、一応絶対安全だよって保障できるのはボクから半径5ミルくらいかな?」
「5ミル?」
「君のとこの単位だとメートルっていうのかな?
1ミルで100コルセ、1コルセで100オム。
100ミルで1ゲラン、100ゲランで1ナレンって単位だね。
ちなみに距離と重さの単位は一緒だよ」
「んん??
ってことは1ミルが1キロ?
コルセがグラム?
100グラムで1キロ扱いなのか?」
「いやいや、単に100の位で重さと距離の桁が変わるってだけだよ。
10ミルで君等の世界の1キログラムに該当する。
1コルセ1グラムで考えてもらえば問題ないと思うよ」
あっさり言ってくれるけど正直一気に頭がこんがらがる。
日常的に俺達はいくつもの進法基準で単位を計算しているが、それはあくまでも慣れがあるからできる事であっていきなり切り替えるのは難しい。
ましてや距離や重さの単位は普段の生活にかなり密着する数値だ。
そこの基準が狂うとなると、どうしても思考にワンテンポ遅れが出る。
「うーん、これ、あれだな。
ネトゲ初心者だったころに1Mいくらで混乱してた感覚だわ」
「いちえむ?
ネトゲ?
なんだいそれは??」
「イチエムって書いてイチメガと読むのが正しいんだけど、これも単位だよ。
ネトゲってのはまぁみんなで遊ぶゲームの事だと思ってくれればいいとして、ゲームの世界の通貨をいちいち細かく表記するのは面倒だからって、K、M、Gって単位で短縮表現してたんだわ。
1kが1000、1Mで1000000、1Gで1000000000な?
ところが俺達の国の金銭単位は一から万までは一桁上がるごとに桁に名称がついて、万以降は1000詰み上がって次の桁に上がる表記になるんだよ」
「随分と分かりにくいことをするんだねぇ?
物の単位はシンプルかつ普遍性の高いものの方が使いやすいだろうに」
不思議そうな顔でこっちを見られても困る。
俺だって何であの世界にはこうやたらめったら単位が分かりにくい計算法で溢れているんだろう?なんてことを説明できるわけじゃないのだ。
時間は60進法と12進法が合わさってる代物だし、日常的には10進法が溢れているように見せかけて1ヶ月は約30日、1週間7日の4週カウントだったりパソコンは2進法だったり。
10進法を使いながらもいまだに匁だ尺だバレルだと昔ながらの単位が使われている業界もある。
「改めて考えると、確かに単位や進法が取っ散らかってて地味に使いにくいな。
どうしてこんなに分かりにくいものを納得して使えていたんだろうか?」
「そんなことボクに聞かれたって困るけど、淘汰と統合の結果じゃない?」
「淘汰と統合?」
「そうそう、単位とかって結局のところ利便性重視の概念でしょ?
とにかく使い勝手が最優先になるじゃない」
「そりゃそうだ」
「きっと時間だったり距離だったりの単位を分かりやすく共通規格にしたがった人々はいた筈さ。
それでも使う側が使いやすいと感じる単位概念でなければ普及はしない、でしょ?」
「あ~、うちの国で言うところの太陰暦とかそのクチだなぁ。
暦の変更は政治やら祭祀に大きくかかわるからかなり揉めたみたいだけど、結局正確さで太陽暦に大きく劣っていたから廃止になったとかなんとか」
「ちなみに太陽暦と太陰暦ってどういう暦なんだい?」
フィオはこういう細かい事をちょこちょこ聞いてくる。
俺も覚えている事ばかりではないので即答できなかったり応えられないことも多いが……会話の中で自然と知識として口に上るものも多々あったりする。
記憶に大きな欠落がある俺としては、そうした瞬間感じる知識や記憶の補填充足感に失くした何かを見つけたような想いを得てちょっと嬉しい。
「あぁ、太陽暦は地球……俺達の住んでる星な?が1年間で太陽をぐるっと一周するのを基準にして作られた暦法だよ。
今使われてるのはグレゴリオ暦とかいった暦だったかな。
太陰暦ってのは太陽じゃなくて月の周期に合わせた暦なんだ。
太陰暦の方はなんか細かいあれこれがあった気がするけどそこまでは学者じゃないから知らないな」
「へぇ~、君の世界だとそのチキュウは太陽の周りをまわるのかい?
ボクの世界だと逆だなぁ」
「は?」
「だってボクの世界だよ?
ボクの創った大地が世界の中心に決まってるじゃない」
「……すまん、その発想はなかった」
聞いた瞬間、理解に苦しんだ。
それなんて天動説!?というツッコミを我慢できた自分を褒めたい。
だが考えてみれば納得しかない話ではある。
目の前に居るのはこの世界を創った神様本人なのだ。
もし仮に自分が神様だったら自分の住む場所を世界の中心に据えるという思考は行きついて当然の発想ではなかろうか?
『世界』という広大な無地のキャンパスにまず一筆入れるならどこか?
中心に何を描くのか?
まぁシヴィ系ゲームでマップの端から進めていくタイプのプレイヤーさん(主にベテラン勢だと思われる)もいるだろうけど普通はど真ん中に拠点を置くだろう。
……こうして考えてみると、地球を中心に太陽が回っていないという段階で俺の世界の『神』は大した存在ではないんですよ!と自己アピールしているようなものなんじゃあるまいか……?
「あはははは!
君の世界の神様達が聞いたら全力でへこみそうな発言だねぇ」
クスクスと笑うフィオの反応につい沸きあがる疑問。
「その反応、もしかして俺達の世界にも神様って『いた』のか?」
「『居る』ことはいるでしょ?
あくまで後天的に生まれた神だろうから大した力はないと思うけどね」
ちなみにボクは世界より先に生まれた神様だよ、とにっこり笑う彼女の笑顔に、返す言葉がない。
「……後とか先とかで何か違いはあるのか?」
「もちろんあるよ?
まず力の総量が違う。
ボクら先天的な神はいわば『世界そのもの』なんだ。
ボクは世界で、世界はボクと言ってもいい。
あらゆる想いが、行動が、全て創造と破壊に結び付くレベルだね。
森羅万象そのものであるが故に『自』と『他』を切り離して『創造』を『結果』にする。
そうしなければ癇癪ひとつで全てが無に帰っちゃうからねぇ」
「なっ……!!
ってことは、なにか?
俺達が『個』として存在するのは……」
「そ、『存在』として繋がってたら連鎖的に全てが等しくあらゆる影響を受けるんだ。
『個』である限り、種としても存在としてもその『個』は独立性を保てるからね。
成長も衰退も全て『個』の中で完結できる。
当然その分元々の『完全な存在』からは遠ざかるから、生命活動をする『個』の『存在』はその不安を解消しようと『社会』というコロニーを形成して代替としてるのさ」
「後天的な神だと、その繋がりが弱いか、もしくは……」
「後者だね。
願いから生まれた存在であるが故に、自らを『生んだ願い』が尽きれば存在できない。
だからこそ自己保存の為に力を振るうだけの、ボクら先天性の『神』からすると生暖かい目で見たくなるような存在に『成り下がる』んだよねぇ」
「か、神様にも色々いるんだな」
こんな感じで延々と、のんびりと、だらだらと、俺はフィオと二人会話を続ける。
さっきまで気になっていた筈の『周囲の気配』の事など『いつの間にか』失念し、フィオの振った話題に引っ張られるように意識は会話に向けられて。
彼女が向けてくれる優し気な笑顔に胸の奥でわだかまっていた『周囲への不安』は氷が溶けるように消え去って、たった二人ぼっちで暗闇の中。
自分がどれだけの時間ここで過ごしているのか、全く認識できないままに。
フィオの庇護を受け、安穏とした時間を過ごせている自身に欠片の疑問も抱かない。
『俺』という壊れかけの魂を、この女神は一体どうするつもりなのか?
多少なりとも疑問を抱いても良かったはずなのだ。
疑問を抱けない時点で『なんらかの干渉を受けている』のは間違いなかったのだから。
結果的に言えば『問題はなかった』と言えるのだが、そう言えてしまう結果になったことが問題である、という見方も出来なくはないわけで。
とにもかくにもこんな感じで俺とフィオは様々なアホ話を延々と続けることになる。
少なくとも、もう暫くの間は。
ここは『奈落』
フィオの創った世界の、底の底。
世界から隔絶された存在の行き着く廃棄場。
おっさんの魂「……なるほど、俺は記憶喪失どころか記憶消滅だった訳か……。
どおりで名前が思い出せないわけだな」
フィオ「関連性のある記憶を繋げていけば復元できる記憶も多いんだけど、人名にかかわる記憶の多くが消失していたみたいでさ……力及ばず、ごめんね?」
おっさんの魂「ま、仕方ないさ。
気を取り直して次回予告といこう。
ふと気になって聞いてみたフィオの世界の宗教事情。
その過程で彼女から語られたのは……
次回、かみぐらしっ!『第6話 魂が還る場所』
はっきし言って、かみさまかっこいいぜ!」
フィオ「今回はワ〇ルなのっ!?」