第45話 A lost battle is a battle one thinks one has lost
敗戦とは、自分は負けてしまったと思う戦いのことである
ミュラりん活躍回です。
それは瞬きするほどの時間の間に起きた。
『呆然と自らの行いを顧みるフラヴィの背後に一瞬にして現れた獣が腕を振り下ろす』
言葉にすればたったそれだけの出来事。
まさに刹那の間に起きた一連の出来事が引き起こしたのは単純明快な悲劇。
すなわち。
頭上から巨大な腕で叩き潰された死体が一つ出来上がった。
「あ……あぁぁ……うぁぁぁ……」
目の前で起きた突然の惨劇に、訳が分からず言葉を失うフィオ。
フラヴィを叩き潰し、肉片に変えたのはそこに存在するはずの無いモノ。
つい先ほどフラヴィが神威を以て塵に変えたモノ。
『首無し熊』
灰色の毛皮の首無しの巨体。
身の丈5mにも及ぶその熊の様な姿を忘れる筈がない!
「け、獣風情がよくもフラヴィをっ!」
怒りに任せて『首無し熊』の居る空間を圧縮破砕せんと魔力を叩き込むフィオ。
だがしかし。
声なき叫びと共に後ろ足で立ち上がった『首無し熊』は、その四本の腕と二本の前足で収縮する空間を割り砕く!
「な……なんだいその姿はっ!」
フィオが驚くのも無理はない。
『首無し熊』はその姿を大きく変えていた。
首が無いのは変わらずながらも、四つん這いの熊の首から更に四つ腕の熊が生えているかのような異形。
さながらそれは人馬を真似た出来の悪い悪鬼の如く。
その巨体はそこに在るだけで周囲を圧する威と化す。
『神?それがどうした?』
言葉は無くともそう嘲る『熊』の幻笑がフィオに叩きつけられる。
フィオには意味が分からなかった。
何故フラヴィが肉片と化しているのか。
何故『首無し熊』が生きているのか。
何故自分の力をああも容易く跳ねのけるのか。
分からない、理解できない。
当然の事だ、端から理解するつもりが無かったのだから。
理解するまでも無く脅威などねじ伏せられる、そう思っていたからこそ深く考えることなどしなかったし、目の前の脅威を脅威とすら認識していなかったのだから。
故に脅威への備えが無かったフィオは思考停止に陥り。
跳び上がって襲いかかってくる『首無し熊』の攻撃を呆然と見上げる事しかできなかった。
そう、『備えの無かった』フィオだけは!
キュイン
「システム・モード:レッド『連結式絶対物理防壁』展開」
「「了解モード:レッド!」」
キィィィィィンッ!
フィオを台車ごと囲んだミュラりん達がその金属装甲を瞬時に展開、変形させると淡い光を放つドーム状のバリアフィールドを形成、相互連結する。
発生したフィールドは空間をも引き裂く『首無し熊』の攻撃をいともたやすくはね返し、衝撃で生じた装甲板の歪みも即座に再生回復していく。
まさかの抵抗にいら立ちを隠せぬ『首無し熊』は、再度ミュラりん達を切り裂こうと腕を振るうがこれも効果なし。
不愉快だとばかりに激しい連撃の雨が彼らを襲う。
が、そんな激しい攻撃にも一切動じることなくミュラりん達は状況打破の為に総力を尽くし分析を開始していた。
「対象の空間破断攻撃は単純な腕力のみならず爪に空間魔法を纏う事で結界に介入しているものと解析」
「物理防御フィールドを切り裂くほどの威力は認められず」
「爪に空間魔法を纏っている根拠を示されたし」
「観測データ231、およびデータ735から812までのデータを参照されたし」
「インパクトの瞬間のみの展開、それによる介入か」
「単なる物理障壁故に破砕前に修復可能」
「装甲接触までの刹那の破断理由として納得」
「現状維持可能時間は」
「3機の魔力に主様よりの予備をフル稼働して3912秒」
「対応には十分すぎると断定」
「まずは母君のケア、続いて主様の救出、そののち反撃を提案」
「「承認」」
「というわけでご安心ください、アイゼンミュラーの守りはまさに鉄壁。
主様のご希望通り母君の安全は完璧に維持されております」
「どの辺が『というわけ』なんだよっ!?
い、意味が分からないよ、何、なんなの?
一体何がどうなって……」
「まずは落ち着きましょう母君、さぁ、こちらをお飲みください。
母君がご愛飲のよく冷えた『プレピオ・スカッシュ』でございます」
「あ、ありがとう……(ゴクゴク)ップハァ~~~~!
ん~、やっぱりシュワシュワは美味しいねぇ~♪
……ってそんな場合じゃないよ!
フラヴィは!?
さっきからガンガン鳴ってるけど平気なの!?
ってかどうしてそんなに落ち着いてるの!?」
先ほどからミュラりん達のバリアフィールドを突破しようと遮二無二『首無し熊』が攻撃を仕掛けているが、相手の攻撃をその都度分析しながら最小のエネルギーで受け続けているミュラりんの鉄壁の守りを崩すことは出来ていない。
単なる力押しには受けの技で対応すべし、というフラヴィの教えが忠実に活かされた結果である。
故にミュラりん(エナス)は主を誇る様に胸を張って応える。
「我らアイゼンミュラーは主様より多くを学び、弱者の戦いを以て母君を護り抜けと命じられました。
死なず、傷つけず、護り抜け、さすれば必ず打開の一手を主様が撃ち込んで見せる、そうおっしゃられました。
我らはその言葉を信じ、我らに出来る全力を尽くすのみ。
主様は必ず勝利なさいます。
母君はこちらでごゆるりと主様の勝利をお見守りください」
自身の創造主に対する微塵も揺らがぬ信頼。
目の前の獣に叩き潰され、肉片へと変えられたのを見てなお主の勝利を信じる強き意志。
盲目的な信頼ともいえるその言葉に、フィオは自身の心を省み、衝撃を受けた。
(ボクは……ボクは、フラヴィの勝利を信じていた?
『神』だから勝って当たり前、『神』らしく戦えばいいのに、そう思っていただけじゃなかった?
勝って当然?
ミュラりん達が居なければ、ボクもあの獣に潰されていたのに?
そんな相手だったのに、ボクはボクを護って傷ついているフラヴィを、ミュラりん達を顧みもせずに何を考えていたの!?
自分の……自分の事しか考えてなかったじゃないか……!
あぁ……なんてこと!
馬鹿はボクだっ!
ろくに自分の身も守れないのに、フラヴィの足を引っ張ってるのに、都合のいいことばかり言って悩んで苦しんで自分なりの方法で努力していたあの子を否定し続けたっ!
『神』らしく振舞って欲しかった?
違う!ボクは、寂しかっただけだ!怖かっただけだ!
フラヴィが、知らない何かに変わってしまうんじゃないかって。
『神』でありながら『神』の理解が及ばない存在になるんじゃないかって恐れてたんだ!
何でそんな事に……戦いの最中に考える事じゃないだろっ!
最悪だっ!ボクは最低の親だっ!
ボクは……そこまで心が病んでしまっていたんだね……。
ごめん、ごめんよフラヴィ……。
もっと早く自分を省みていればこんな……!)
己の愚かさに打ちのめされ、無言で涙を流すフィオをみて首を傾げるミュラりん達。
思考が読めるわけではないので困惑しながらも彼等は言う。
「母君が主様が傷つかれたこと、嘆く気持ちは『理解』出来ますが。
僭越ながら、主様は母君の涙よりも声援をこそ望むと愚考します」
涙の意味に思いは至らねど、主の欲するものは涙ではないと断ずる彼らの言葉に、フィオは頷き、ありったけの想いを込めて叫び声をあげた。
「立てっ!立ってよ!
フラヴィィィィィィィィ!!」
■ ■ ■
ぐちゃぐちゃに潰された。
肉体は完全にミンチ状態だ。
骨もバッキバキ。
鉄骨が上から降って来たようなもんだもんな、これ。
肉体ではもう思考も何も出来なくなってるから魂で考えてるんだろうけど……なんだかなぁ。
散々カッコつけて、息まいて、何この結末。
恥かしいにも程度があると思うんだ。
度を越えると心が死ぬよね、いやマジで。
立ち上がる気力すらわいてこない。
かぁさま達がピンチなのは分かってる。
すぐにでも助けに行きたい。
でも、思わされちゃうんだよ。
「これ以上僕に何ができる?」って。
有名なバスケ漫画の引用でさ、「あきらめたらそこで試合終了ですよ」とかいうじゃない?
その言葉が実感を以てのしかかってくるよ。
諦め、諦念。
折れた心が肉体の再生を遅らせる。
俯いた眼差しが前を向くことを拒絶する。
敗北という結果が、立ち上がる気力を奪っていく。
このまま、何もできないまま僕らは滅びるんだろうか……。
(よぅ、無様だなぁ?)
(笑いに来たのかい?)
(あぁ、その通りさ)
いつの間にか、僕を見下ろす様に『俺』が立っていた。
嘲るような笑みを浮かべて、僕を見下ろしていた。
(成仏したんじゃなかったのかよ、おっさん)
(はっ、手前が不甲斐ないから逝くに逝けねぇんだよバ~ロ~。
なんだそのみっともない様は。
修業の成果はどうしたよ?)
(あんな化け物相手に通じるわけ無いでしょうが)
無茶苦茶を言うおっさんにイラッと来る。
本当にこんなのが自分だったのか?と疑わしく思ってしまうくらいに。
(はぁ、『俺』も自分に自信が無いって意味じゃ今のお前と似た様なもんだったが……その様子じゃ、フィオのアホがまたおかしくなってたのにも気づけてねーだろ?)
(かぁさまが?)
その一言が胸に刺さる。
こいつ、かぁさまの何が見えている?そんな焦りと悔しさが腹の底から沸きあがる。
だが、そんな苛立ちも彼の次の一言で冷める。
まるで冷や水でもかけられたように。
(ククッ……ハハハハハハハハッ!!
あ~あ、おかしいなぁオイ、既に存在しねぇ『俺』の幻をわざわざ生み出してまでフィオと向き合うのが怖くなるとは、いやはや随分と腑抜けたもんだぜ、なぁ?『俺』?)
(どういう、意味、だ)
(どうもこうも、お前が思ってるいつぞやの『俺』なんて存在はもう居ないって言ってんだよ。
ここに居る『俺』は全てをあきらめた『お前』が、自分の代わりにフィオを助けてくれる存在を求めた結果生まれたただの『残念』、『残留思念』ですらない存在。
分かりやすく言うなら、まぁ『影』みたいなもんさ。
お前、怖いんだろう?
あいつに自分のやることなすこと否定されて、挙句の果てにみっともなく負けてよぉ?
ま、別にその辺はどうでもいいさ。
せっかくお前がこの『身体』をくれるって言うんだ。
『俺』は『俺』として好きにやらせてもらうさ)
(ま、待て!待てよ!
僕はそんな事思ってなんて)
(『俺』はあいつが、フィオが求めていた『俺』だ。
あいつを独りぼっちにしないと約束した『俺』だ。
あいつの求めるままに、あいつが欲しいモノを与え続ける『俺』なんだよ。
お前がお前でありたいと願う以上、お前はあいつが求めていたお前にはなり得ないんだよ。
お前自身それが分かっているから『俺』が生まれた!
アイツの事を誰より理解する、フィオの為だけの『俺』だ!
不安なんだろ? 怖いんだろ?
なら代わってやるよ。
だからほら、身体を寄こせよ!
さっさとここで全てをあきらめて、大人しく死ねよ!)
なんてことだ、笑えるじゃないか……。
僕は敵だけでなく自分自身にも敗北していたようだ。
僕の心が生み出した影が、僕の魂を飲み込み分解しようと牙を立てる。
抵抗しようにも体が動かない、魂が、凍てつく様に……凍えて……
「立てっ!立ってよ!
フラヴィィィィィィィィ!!」
(かぁ、さま……?)
いつか聞いたような涙交じりの叫び声。
ただ、ただ、僕に『立ち上がれ』と求める声に、僕は……




