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かみぐらしっ!  作者: 葵・悠陽
第4章 『奈落』に吹く血風
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第44話  Live as if you’ll die today

今日死ぬつもりで生きろ。


主人公がドヤ顔でキメる時って、たまにイラッとしますよね。

結末は予定調和です。


 大地が震え、風が凍り付いた。


 『奈落』の空を埋め尽くす鳥たちが、怯えたように我先にと元来た空間の穴を抜け戻っていく。


 馬鹿の一つ覚えのように棘を放ち続けていた棘の獣も、周囲に漂う異様な空気を感じてか射撃を止め、警戒したように唸り声を上げてひと固まりに円陣を組む。


 警戒する獣たちの視線の先にあるのは、蒼い魔力光を炎の様に身に纏い宙に佇む一人の青年。


 背に輝く光でできた翼が、青年が並々ならぬ存在であると暗に強調していた。


 燃え盛る様な殺意と憤怒を隠そうともせず、ただそこに存在しているというだけで己の身に宿した神威のままに不逞不遜のケダモノ達を威圧する。


 ただ怒り狂う、それだけで力のない者たちはその命の焔を掻き消され、地に落ち屍を晒す。



 青年の口から紡がれる神秘。


 言葉一つ一つが宙に複雑怪奇な文様を生み出し、巨大な図形へと形を変えていく。


 赤黒く渦巻く空を、巨大な蒼の光が埋め尽くしていった。




「『Nosce te(汝自身を) ipsum(知れ).

Non mihi,(私のためではなく、) non tibi,(あなたのためではなく) sed nobis(、私たちのために).

Respice,(過去を吟味し、) adspice,(現在を吟味し、) prospice(将来を吟味せよ).

Scio(.私は、) me(己の)nihil(無知を) scire(理解している).

In ()spiritu(と真実) et() veritate(おいて).

Innocue(過ちなく) vivite(生きよ), numen(神は) adest(存在する).

Homo(指針は) proponit(人にあり), sed Deus(罰するは) disponit(天にあり).

Fiat(正義) eu stita(を行うべし) et piriat(たとえ世界が) mundus(滅びようと).』


獣よ、一度は許そう。

我が傲慢故に。

獣よ、二度は見逃そう。

我が浅慮故に。

獣よ、首を垂れよ。

我は三度の過ちを許しはしない。

言の葉を解するならば膝を折れ。

さすれば我は慈悲を以て汝を許そう。

覚悟を決めよ、機会は与えた。

今この瞬間こそが選択の時。

永くは待たぬ、己が命運を定めよ」


 



 朗々と響き渡る声。


 言葉一つ一つに宿る圧倒的神威は聞く者の心を容易に圧し、砕き、圧し折る。




 『堕ちたる創世神』エル・フィオーレの実子たる言に嘘偽りなく。


 怒れるエル・フラヴィオもまた正しく『神』であった。


 否、彼の言葉を借りるならば『人』として振舞うのを止めた、と言うべきであろう。


 彼の魂が『人』から転じたものであっても彼を育て導いたのは『神』である。


 彼を『人』ならしめていたのはひとえにその魂に残る微かな『人としての記憶』のみ。


 記憶を軸に理性を構築し、心を以て己を律する過程であらゆる存在は己の在り方を定める。


 そして心の高ぶりは理性の衣を容易くはぎ取り、魂の根源に宿るものを暴き出す。


 はぎ取られた『人間性』、その下に眠りしもの。



 エル・フラヴィオは『神』である。



 それは元が人であったなどと言う事実があるとて覆りようのない『現実』である。





「そう、それでいいんだよフラヴィ。

つまらない鍛錬なんて必要ない。

僕等は『神』だ。

努力なんて必要ないんだよ。

そんなもの、僕等の前ではすべて無駄なんだから。

願えばそれが結果になる、それが『神』、それこそが『神』なんだ。

フフフッ、まったく、どこの馬鹿かは知らないけれど、ありがたいよね。

フラヴィのいい『教材』になってくれて感謝するよ」


 猛る青年を離れた場所で、温かな目でそっと見守る存在。


 己がバラバラになった遺体を収めたケースの上にちょこんと鎮座する虹色髪の少女の生首。


 煌びやかな三色の金属装甲人形に守られし異形の存在。


 彼女こそ『堕ちたる創世神』エル・フィオーレ。


 中々愛しの息子が『神らしく』ならないことに頭を痛めていた彼女にとって今回の件は僥倖であった。


 この機会に『人間の様な』振る舞いを捨て、『神』らしくなってくれればいいなぁ、と彼女は気楽に考える。


 彼女にとって今回の襲撃は危機でも何でもない。


 正直言って『どうでもいい』事でしかない。


 未知だろうが何だろうが関係ない。

 

 フラヴィとの時間を奪われた事だけが不愉快であり、本気でこちらを殺そうとするのなら滅ぼせばいい、ただそれだけの事、とそう考えている。


 その『傲慢』をこそただの『慢心』であるとフラヴィは常々苦言を呈すわけなのだが……。


 様々な思惑を孕んで、戦況は次の局面へと移行する。





         ■  ■  ■




 激しい感情は容易く『人』を盲目にする。


 それは『人』であれ『神』であれ心を持つならば変わらない、一つの真理なのかもしれない。


 怒りと羞恥が導くままに、自らの中に眠る力を自重する事なく振るっているという自覚がこの時の僕には全くなかった。


 あったのはあの『首無し熊』をボコボコのけちょんけちょんにして鍋にする、という欲求だけ。


 一切の理屈をかなぐり捨てて、怒りのまま、感情のままに振舞う僕は、果たして獣とどこが違ったというのだろうか。


 後になって思い返せば、そんなものただの子供の癇癪と変わらない。


 理性を無くした段階で、どれだけの力を持とうとも用意周到な相手には勝ち目がないのだと僕は知っていたはずなのに。


 相手は『狩人』だった。


 『獣』に成り下がった僕は自ら『獲物』になった馬鹿である、と言ってもいいだろう。





「返事がないか。

ならばあくまで敵対の意思がある、そう見なす」


 そう言って僕は展開した魔法陣の力の一端を解放する。


「『神罰術式』、解放(リリース)


 『神罰術式』……魔法陣の展開空間内で術者の意のままにありとあらゆる現象を引き起こすことを可能にする術式。


 もちろんそんな術に頼らなくても同様の事を行うのは可能だが、ゼロからいきなり奇跡を起こすよりも奇跡を起こせる地盤を用意してからの方が楽に決まっているのは言うまでもない。


 事前準備があれば実行時の強制力も当然上がる。


 つまりこの術式を展開した時点で勝負は決まったようなものなのだ。


「出て来い、ケダモノ」


 神意は示された。


 たとえ空間を隔てた場所にいようとも、『穴』を開けた時点で『奈落』の通常空間とここは繋がっている。


 何もない場所から見えざる手で引きずり出されるように、2体の『首無し熊』が無理やりこちらの位相空間に現出させられる。


 どれだけ足掻こうが暴れようが関係ない。


 僕が求め、命じた時点でそれは遅滞なく実行されるのだ。


「跪け、ケダモノ」


 醜く足掻き、藻掻く二体の獣を見下ろしながら更なる服従を命じれば、ビクリと身を震わせ身体を縮こませる獣たち。


 あぁ、これこそ力。


 あれだけ暴れた獣も、抵抗する事すらできずにただひれ伏すしかない現実。


 目の前にあるのは弱肉強食の真理。


 弱者には決して見ること叶わぬ強者の景色。


 暗い愉悦に怒りと羞恥に震えた心は慰撫され、更なる血を、報復を求めた。


「潰れよ、欠片も残す事なく塵と化せ」


 パンッ!


 2体の『首無し熊』は風船のようにはじけ飛び、血も肉も全て霞の如く微塵に裁断され、正しく塵と化して風に溶けた。


 ほぼ同時に、侵入していた残りの獣たちも一匹たりとも逃げること叶わず血煙と化す。


 後に残るはただ静寂のみ。 


「あはははは!

素晴らしいよフラヴィ!

どうだい? 心のままに力を振るう気分は?

『神』としての正しい在り方って奴を少しは理解できたんじゃない?」


 あまりに圧倒的な力でもって『敵』を打ち砕いたことを称賛するかぁさまの声に、自分が熱くなっていたことを自覚する。


 まるで悪い夢を見ていたかのように現実感が無かった。


 あれほど傲慢に、横暴な自分が、自分の中に存在していたこと自体信じがたい。


「今のは、僕がやったのか?」


「もちろんだよ。

ボクは一切手を出さなかったし、君に守られるままに見守っていただけだよ。

フラヴィ、だから言ったろう?

『神』が自身を鍛えたところで元々が圧倒的なんだから意味ないんだよ。

そんな付け焼刃な行為にかまけるくらいならもっとボクと一緒に居る時間を作ってくれた方がよっぽど建設的で素晴らしい時間を送れるってものさ。

これは別にボクの我儘でも何でもない、ただの事実の追認なんだっていい加減解ってくれてもいいよね?」


 にこやかに微笑むかぁさまの言葉に反論の言葉が出て来ない。


 自身の中に確かに感じる圧倒的『神意』で敵を蹂躙したという感触。


 そこで感じた力を振るう事への愉悦。


 全て僕自身の手で振るわれ、感じたものだ。


(僕は、間違ってたんだろうか。

『神』になった以上、『神』としての振る舞いをこそ重きを置くべきなんだろうか)


 でも、と言う思いがどうしても消えない、消えてくれない。


 以前かぁさまは確かに言ったのだ。


『人としての心を忘れてはいけないよ?それは『神』が持ち得ぬ未知の可能性そのものだから』、と。


 故に僕は人としての心の在り様を忘れぬように、『人』らしく振舞ってきたのだ。


 だがそれを他ならぬかぁさま自身が否定する。


(分からない。

何か別の意味があっての言葉なのか、単にすれ違いなのか。

……このもやもやを抱えたままだとあまり良くないな。

改めて話し合いの場をもうけ……)


 頭上に影が差した。


 一切の前触れもなく、音もなく。


 最後に目に映ったのは驚きに目を見開いたかぁさまの顔と焦ったように動こうとするミュラりん達。


「ふ、フラヴィ!逃げ」


ぐしゃり


 かぁさまの叫び。


 聞こえたのはそこまでで。


 『何者か』による、頭上からの一撃。


 僕は状況も分からないまま、肉片に変えられた。





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