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かみぐらしっ!  作者: 葵・悠陽
第3章 『奈落』で生きるという事
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第39話 キミの選ぶ道に

第3章クライマックスです。

その分長めになっております。



 腕の中に納まる、虹色の髪をしたとても美しい生首。


 普段、どれだけの時間抱えていても重いと感じる事の無かった大切な「それ」を、今この瞬間程『重い』と感じたことはなかったと思う。


 重量的な重さではもちろんない。


 その物理的『重さ』の中に込められた数多の『想い』、幾多の『思い』、理解しようと思えば想うほどに

その見えざる重みは僕の腕を、心を、容赦なく軋ませる。


 かぁさま


 『堕ちたる創世神』 エル・フィオーレ


 かつて『奈落』へと堕とされた僕の魂を拾い上げ、護り、最後を看取ることに耐えられずに己の遺体を媒介に『神』として転生させた現在の『母』。


 共に数百年の時を語らい、今後『永劫』を共に過ごす家族。


 それが『かぁさま』である彼女、『エル・フィオーレ』という存在。


 『神』に転生してから約10年ほどの時が過ぎ、共に多くの時間を重ねて、お互いの事をどこまでも理解し合っている……そのように感じていたのは僕の傲慢で、錯覚だった。


 ただの勘違いだった。


 話して分かる、理屈が通じる、そんな存在ではないのだ。


 『神』とはそんな物分かりのいい存在ではない。


 『僕』という存在こそがその証明。


 『生命』の尊さを称賛するその口で、自然に身罷る魂を我欲に流され『神』に転生させてまで縛り付けるような暴挙をも厭わない、清濁共に併せ持った理不尽存在。


 僕は改めて向き合わなければならない。


 今まで目を逸らしてきた『エル・フィオーレ』という『神』との関係について。


 『エル・フラヴィオ』という、一人の『生命』として。


 僕が、僕である為に。






          ■  ■  ■



「……というような前振りで、初めてのガチ親子喧嘩なわけですけど」


 どこか懐かしさを感じる真っ暗闇空間。


 僕とかぁさまの二人きりという状況下で『親子喧嘩』というにはほど遠い温い空気の中、一応口火を切ってみる。


 そもそも、喧嘩対象のかぁさま(生首)が既に僕の腕の中で満足げに(あくまで不貞腐れた風を装いつつ)妙にくつろいだ雰囲気で納まっている段階で色々と苦言を呈す必要が出ていると思う。


「……ちょっとフラヴィ、本気でこんな風にボクの事思ってたわけ?

これじゃただの頭のおかしい変態さんみたいじゃないかっ!」


「変態なんだよっ!

子離れできない以前に、独りが嫌だからって本人の許可も取らずに転生させたでしょ!?

どんだけ僕のこと好きなの!?ってツッコミ入れられるレベルのヤンデレっぷりでしょうがっ!」


「『一人にしない』って言ったじゃない!

言質は取ったよ!? 何なら君の死に際の記憶を再生しようか!それっ!」


 かぁさまの目からみゅーんと光が溢れ、目の前に過去の映像が投射される。


 また妙な小技を身につけて……と思わなくもない。



<映像再生中>(詳細は『第9話 憐憫の代償』をご覧ください)


「……ライフストリームとやらに、俺は還るのか?」


「ううん、このまま君は、存在ごと世界に還る。

『魂』っていう概念から解放されて世界そのものに吸収されるんだ」


 君がいた証がどこにもなくなっちゃうんだよ、そう悲し気に告げるフィオに俺は。


「『世界に還る』か、ははっ、そりゃいいな……。

この世界に吸収されるなら、フィオとひとつになるって事だろう?

……よかった、なら、これか、らは、ずっと一緒に、居られ……」


         この後衝撃の……!   <再生終了>


「ほらッ!『ずっと一緒に居られる』って喜んでくれたじゃない」


「これ、『死んでも魂は君と共に』系の遺言で、『死にたくないから転生したい』とか『お前を独りにしたくないから転生させろ』とかそういう趣旨とは一切まったくこれっぽっちも無関係よね!?」


「やっぱりフラヴィはボクの事なんて嫌いなんだっ!」


「嫌ってないよ!」


「じゃあ好き?」


「愛してるよ!」


「じゃあ……」


「だからぶん殴る」ゴスッ!


「ぴゃあっ!? え、え?

な、何でボク殴られるの!?」


 容赦なく、躊躇いなくかぁさまの脳天にゲンコツを叩き込み、ふぅ、っと深くため息ひとつ。


「かぁさまはアホだ。

まずそこからして僕はよく理解できてなかった。

かぁさまの凄さにばかり目が行って、基本的にアホなんだという事をすっかり失念していた」


「ちょ、酷くない!?」


 とりあえず反論は無視。


 言うべきことはまだあるのだから。


「僕は馬鹿だ、大馬鹿野郎だ。

そんなアホなかぁさまのアホっぷりを理解できずに、誤解させている事にも気づかず自分のやりたいことを押し付け続けた大馬鹿野郎だ」


「フラ、ヴィ?」


 かぁさまの言葉から、一瞬で険が失せる。


 何を言っているのか、という動揺が伝わってくる。


 かぁさまには、そりゃ分からんだろうさ。


 僕が何をしたいのかをそもそも理解できていないから、分からないことを強要されて不安になって、その不安すら理解してもらえないとすれ違い続けて。


 これは仕切り直しだ。


 互いが互いを何も分かっていなかったんだと分かり合うところから、仕切り直す。


 これは、そういう喧嘩なんだ。




「かぁさま、まずはっきり言っておくけど、僕は別にかぁさまを独りにする気は無いし、嫌いなわけでもないし、ウゼぇと思う事はあっても構ったり傍にいる事を厭う気は無い」


「ウザいとは思ってるんだ……」


「うん、少しは自覚して」


 かなりショックを受けた雰囲気出してるけど、とりあえずそういうのは良いから。


「だから、かぁさまを抱えたくないから抱えないんじゃなくて、やらなきゃいけない事があるからかぁさまにはそれを見守っていて欲しいと思ってるんだよ」


「嫌だ」ごつん!「あいった~~~!!暴力には屈しないぞっ!」


「そういう問題じゃないよ。

かぁさまにはどうも事の重大性が分かってないみたいだから、ちょっと嫌な話をするよ?」


「聞きたくない」


「いいから聞けや」


 強い口調で僕はそういうと、抱えたかぁさまの首を持ち直して目線を合わせる。


 不貞腐れてるかぁさまは視線を逸らすけど、かまわず言葉を重ねる。


「かぁさまは病気だ。

それも、このまま放置しておくと僕を『殺す』病気なんだよ」


「それ、どういう……意味?」


 視線を逸らしたまま、びくりと震えたのが分かる。


 震えたのは自身が『病気』と言われた事か、僕を『殺す』と言った事か。


「僕にはね、どうしてもやらないといけない事がある、いや、出来たといった方がいいかな。

今後もずっとかぁさまと一緒にのんびり楽しく過ごすために、それは絶対に避けて通れない事なんだ」


「それがボクの『病気』を治す事だって言うのかい?

……ボクが、病気?

何を馬鹿な事を。

ボクは神だよ?

病気になんてなるわけがない。

死んでるのにこんなに元気じゃないか!

死すらボクを殺すことは出来ないんだよっ!?

そんなボクが病気なわけが」


「自覚、あるだろう?」


ビクン


 震えが伝わる。


「持て余してるんだろう?

今まで感じた事の無い衝動を。

時々妙に感じる事はあったんだ。

『らしくない』って何度か思ったんだ。

それが何なのか僕もずっと変わらなくて、気付けなくて。

だからごめん、もっと早く僕が気づくべきだったんだ。

かぁさまが侵されてる病に。

『孤独感』っていう病巣に」


「『孤独感』……」


 孤独。


 『創世神』として生まれ、唯一絶対の至高の立場として並ぶものなく、対等に付き合う相手もいなかったかぁさまが唯一対等に交流できたのが『俺』だったのだろう。


 初めはもちろんただの保護対象としてだったに違いない。


 でも、庇護の過程で異世界存在たる『俺』に自分にはないものを見出し、お互いを『個』として認めあう過程で彼女は独りではなくなった。


 『神』としては完璧でも未成熟な精神は正だけではなく負の側面も持つ感情の毒素に耐えられず、結果として彼女は病んだ。


 病んだ挙句に暴走した。


 それは決して彼女に何らかの責任があったわけではない。


 誰に過失があったわけでもない。


 偶然であれ、必然であれ、事が起き、結果が生じただけの話。


「僕は、かぁさまを蝕んでいるその感情の存在を軽視すべきじゃなかったんだ。

軽視した挙句、かぁさまは今、こうして僕を拘束し、自由意志を縛り、手元においてただただ自分の望むままに停滞させようとしている、違う?」


「それ、は……そ、そんなつもりは無くて……」


「……うん、そうだよね。

僕も、それを理解していなかったからこうして喧嘩になっちゃった。

……ごめんね?」


 明確な自覚があったわけじゃない、というのは今となれば流石にわかる。


 ほとんど無自覚に、強迫観念に駆られての行動だったなら誰の為でもなく僕の為だとかぁさま自身が錯覚してしまっていた可能性だってあるんだから。


 認めたくはないだろう。


 誰であっても『お前は心の病気だ』なんて言われて、それを冷静に事実として受け止めるなんてことは容易くはないはずだ。


 でも、かぁさまはこうして受け入れてくれた。


「ボクも、ごめんなさい。

……大人げなかった、って言うのはこういう事を言うんだろうね」


 互いに一応の謝罪の言葉を交わし合う。


 どこまで受け止めた上での言葉なのかは分からないけれど、それでもボクの吐いた酷い言葉を真摯に受け止めてくれたことが、正直涙が出そうなほど嬉しかった。


(流石は、って言うべきなんだろうなぁ。

妙なところで冷静って言うか、器がでかいって言うか。

……調子乗るから言わないけど)


 本来ならこれで「はい、仲直り♪」と行きたいところなのだけど、残念ながらそうもいかない。


 思ったよりかぁさまが冷静になってくれるのが早かったのがありがたい誤算であり、自覚はあったんだなぁ、という悲しさを感じる部分でもある。




「フラヴィ、これで話は終わってない、よね?

聞かせてよ、『ボクが君を殺す』って言った意味。

そんな訳ない、って思ってはいるんだよ?

でも……震えがね、止まらないんだ」


 向かい合うその首は、確かに僅かながら震えていて、視線にもいつものような溌溂とした輝きも漲るような力もない(普段から死者の目ではあるのだが)。


 言い知れぬ不安、否定しきれないという現実、あまりに曖昧で朧げな可能性ではあれ、『僕を害する未来』の微かな兆候、予感は抱いていたのかもしれない。


 ただ、僕の言うところの『僕を殺す』可能性というのはそんな狭義のものではない。


「『僕』はね、かぁさまが抱える『孤独感』を考えた時、いくつかの要素を失念していたんだよ」


「要素?」


「考えてみて欲しいんだ。

僕とかぁさまがずっと一緒に居たとして、一緒に居た事で『孤独』を知ってしまったならばこの先かぁさまが知らなかった様々な感情を、どうして()()()知らずに済むって断言できるんだ?」


「え……あ……」


 一瞬の困惑から理解へ。


 そして一度理解してしまえば、後は仮定を想定することなど容易い。


「そう、そうだよ……今後、ボクはフラヴィと共に在るだけで自分が変わっていく事を止められない。

変質していく自分に歯止めなんてかけられるわけがないんだ……!

そうなれば……それを厭うなら自分の『心』を殺して、フラヴィをも『殺す」か」


「変わることを受け入れて、僕と共に様々なものと関わり合い続けるしかない、んだよ」


 停滞した『今』でさえ、こんなにもかぁさまは不安定になるのだ。


 一度揺れ始めた天秤がいつか均衡を保って止まるのは、止まる理屈が存在しているからだ。


 『神』にそんな理屈は通じない。


 止めたいならば、と天秤そのものを破壊しかねないのが『神』である。


 そして……この場合破壊が天秤だけに収まるのか?


 賢明なものなら、この先の展開など考察するまでも無く結果が見えるだろう。




「かぁさま、僕はあなたを独りにする気は無いんだ。

マザコンっぽく聞こえるから普段は恥かしくてなかなか言えないけれど、僕にとってはかぁさまはとても大切な存在なんだ。

恩神でもあり、パートナーでもあり、家族でもある。

言葉にしなくても伝わってるなんて、甘かったって反省してる。

だからね、常に抱き抱えていないからっていっても別に嫌ったり独りにする気があるからじゃないんだって理解が欲しい。

それに……」


 僕は一度言葉を切り、どうしてもやらなければならないことを言葉にして願う。


「かぁさまは『神』だから何でもできるって簡単に言うけど、さ?

……僕はね、忘れてないよ? 忘れられないんだ。

ジ・フィーニスに喰われかけた時の事を。

あの時感じた痛み、無力感、羞恥、絶望感、そしてなによりも。

僕が、どれだけ弱いのかって事」


「フラヴィ……」


「あの日以来、僕はずっと機会を待っていたんだ。

この身体が、訓練するに足る体格を得る日を。

あんまり早くから鍛えても体幹のバランスが崩れ続けてその強制に無駄な手間が取られるし、体力もろくにないうちから無理に身体を酷使したくなかったのもある。

このところずっとトレーニングをしたいって言っていたのは、そういう理由があったからなんだ」


「そこまで、考えてたんだね……。

それに、あの日の事そんなに引きずってたの?

……気づかなかったよ」


「『神』の身体を得てから色んな目にあったけど、流石に喰われたことはなかったしね。

それに、相手も『神』だ。

下手をしたら僕は死んでた、そう考えると、やっぱり今でも怖いよ。

だからね? かぁさまが僕の行動を制限して、僕が僕を鍛える事すら許してもらえないなら、遠くない未来に僕は『奈落』の堕ちたる神のいずれかに、今度こそ殺されるんじゃないかなって思う。

それが明日か10億年後かは分からない。

でも、ソレって結局かぁさまとの約束を守れなかったっとことになるだろう?

……嫌なんだよ、そんな可能性を残しておくのは」


 約束、その言葉にかぁさまは何かを噛み締める様に、ゆっくりと僕に問いを投げかけた。


「……フラヴィは、僕との約束の為に強くなりたいの?」


「それだけじゃないけど、目標の中には確実に含まれてるよ」


「その、目標って奴は教えてくれないのかい?」


「機会が来たら話す、じゃダメ?

少なくともかぁさまを悲しませる目標じゃないんだけど」


 口に出すのは難しい事じゃない。


 でも、秘めた決意を軽々しく口には出したくない。


 そんな我儘ではあったのだけれど、それ以上追及はしないでくれた。


 ……正直な話、恥かしいのでありがたく思う。




「……はぁ……。

ボクは、どこかでフラヴィを疑ってたのかなぁ」


「え?」


「君は『彼』だ。

『彼』みたいに、またボクを独りにするのかな、ってそんな不安に突然駆られるんだよ。

……それが、ボクが病んでるって事なんだろうねぇ。

何で気づかなかったんだろう?

いや、気付きたくなかったのかな、自分がおかしくなっていることを。

はぁ、ボクもまだまだ未熟なのかぁ……」


 流石に、どんな言葉をかければいいのか僕にはわからなかった。


 分からなかったけれども、愁いを抱えていたような顔は何処かすっきりとしたものになっていて。


「ん!分かったよ、フラヴィ、ボクは君の『かぁさま』だからねっ!

口だけじゃないってところをしっかり証明する必要がある!

……君は、君が進むべき道をしっかりと歩きなさい。

ボクは、そんな君の選択を全力で祝福しよう!」



 こうして僕とかぁさまの初のガチ喧嘩は、憎しみの拳を交える事も怒りの魔法をぶつけ合う事も無く比較的穏便に終わった。


 ところどころ棘のある応酬こそすれ、すれ違いや誤解を多少なりとも解消できたんではなかろうか。


 結果的に、今回の『話し合い』が一つの『BAD END』ルートを潰したという事を……


 当然ながら僕等は知る由もない。















ジジジッ……

       妬ましい


何故

               ボクは駄目だったのに



  次回  √ α  BAD END



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