第38話 見失っていたもの
さて、一気に時間が進みました。
だらだらとした日常を描いてきましたが、いかがでしょうか。
そろそろ……だとは思いませんか?
フラヴィ、試練の時です。
時がたつのは早いもので、僕が『奈落』で『神』になってからそろそろ10年が経とうとしている。
思い返せば最初の5年は延々と魔法を打ち続ける日々。
次の5年は引きこもって工作に明け暮れる日々だったように思う。
そのおかげで我が眷属ともいえる『ケイ素結晶生命体』アイゼンミュラーことミュラりんは、見事ゴーレム技術の応用による外骨格の獲得に成功。
かぁさまである『堕ちたる創世神』エル・フィオーレも初期のポンコツ造形師っぷりは何処へやら、すっかり一流のモデラーへと進化を遂げていた。
現在生活拠点としている『ゲヘナ・プロエリ』という超巨大闘技場跡で、ご近所さんというより既に同居人となったゲジュルベリアさん、キルギリオスさん、ノーマ・ノクサの3柱の神と仲良くプチ・ゴーレムファイトをして遊ぶ日々だ。
一緒に遊ぶ友神が出来た事で子離れするかと思いきや、そうはならないところがかぁさまクオリティとでもいうべきか。
僕に生首を抱えられて移動する日々を延々と続けていたかぁさま。
そんな生活習慣に、一つの節目が訪れようとしていた。
■ ■ ■
「やだっ!絶対やだ!死んでもやだ!やだったらやだ!やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだや~~~~~~!!」
「トレーニングするからミュラりんと大人しく待っててってお願いしただけじゃないか。
何でそんなに駄々こねるのさ」
「ボクはフラヴィに抱きかかえられていたいんだっ!
それ以外は却下! 絶対嫌! 認めなーい!」
この世の終わりのような表情で全力でいやいやと駄々をこねるのは言わずと知れた我がかぁさま。
そんなかぁさまの首を抱えながら、僕は隣で黙って荷車を押すミュラりんを見やる。
言葉には出さないけれど、そんなに私じゃ嫌なんでしょうか的にどよんとした雰囲気がにじみ出ているミュラりんに申し訳なく思いながらも、僕はかぁさまに先ほどまで何度も繰り返した話をする。
「……えっと、かぁさま?
これから僕はトレーニングをするわけだよ」
「そう言ってたね?」
「かぁさまを抱えたままだとできないでしょ?」
「ならしなければいいじゃない」
「いや、やりたいからするんであって、邪魔してるのはかぁさまだよね?」
「フラヴィは『神』なんだから運動しなくても太らないし理想的な筋肉だって思いのまま。
ほら、運動する理由が見つからないじゃない」
「幾ら身体能力が高くても技術は積み重ねが大事で……」
「ボクを手放さないとできないようなことはしなくていいと思うよ?」
「…………」
とまぁ終始この調子なのである。
単なる親馬鹿と切って捨てるのは簡単だけど、そうもできない理由がある。
かぁさまは『神』なのだ。
基本的に「我慢?なにそれ美味しいの?」を体現したような存在なのである。
一度説得を試みてくれたゲジュルベリアさんが、「フラヴィを誑かしたのは貴様かぁっ!!」とブチ切れたかぁさまに威圧だけで存在を『削られかけて』以降、下手な事を言うものは誰も居ない。
だがかぁさまを説得しない事には今後まともなトレーニングもできないのは確定なわけで。
仕方なく時間をかけて説得を試みているところなのだ。
下手に刺激して天災でも引き起こされたら洒落にならないからね。
それに以前のロボ製作でも時間をかけて一緒に製作することで、モノ造りの奥深さと楽しさを共有できたわけだし、今回もきっと……そう考えている。
何でもできる『神』であるからこそ、『技術』という何かを積み重ねていかないと得られない『未知の領域』に本能的な忌避感を感じるのかもしれない。
『未知』というものは恐ろしい。
でも案外知ってしまえばそうでもないモノなのだ。
『未だ知らず』と書いて『みち』であり、『宛てなき先』を『道』と書き、『開けた道』を『路』と書き、『未だ半ば』を『途』と書く。
『未知』の先には未来がある、だから何とかなるよね!
この時の僕は知識人気取りで結構お気楽にそんな小洒落た(いや、傲慢な、というべきだろう)事を考えていたわけで、過去に戻れるものなら是非殴ってやりたいと本気で思う。
かぁさまが感じていた忌避感が一体何に起因するかを考えれば……何故あそこまで頑なに駄々をこねるのかが容易く分かるはずだったのに!
その事に思い至ったのは、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も同じ問答を繰り返して、いい加減うんざりしかけていた時にかぁさまが呟いた言葉を聞いた時。
「……フラヴィはさ、結局ボクから離れたがってるんだよね?」
賽は投げられ、引き金は引かれ、堤防は決壊した後だった。
それは細やかなすれ違い。
でも堤に空いた確かな蟻の一穴。
腕の中のひやりとしたかぁさまの首。
そこからこぼれだした暗い激情が物理的な黒い波と化し、僕を、周囲に広がる一切合切を、ほぼ一瞬で飲み込んだ。
そこは、凄く懐かしく感じる場所だった。
上も下も右も左もない、ただひたすらに真っ暗な空間。
その中で、うっすらと、だけど確かに輝く暖かな光。
フィオ。
『創世神』エル・フィオーレ。
『俺』の恩神、大切な、寂しんぼの女神。
彼女は落ち込んだ顔で三角座りで俯いていた。
ぱっと見は落ち込んでいる姿。
でも、それが構って欲しいだけのポーズだと『俺』は知っている。
「はぁ……そうやってかまってちゃんポーズしてれば構ってもらえると思ってる辺りがガキなんだぞ?
少しは成長したかと思えばあんな暴発しやがって。
フィオ、だからお前はアホなんだ」
「な、なんだよっ!
君がいけないんだろっ!
僕を独りにしないなんて大見え切った癖に独りにしようとするからいけないんだっ!」
膝に顔を埋めたままこちらを見ずにそんなことを宣う『神』に、ガツンと容赦なく一発落とす。
「あいった~~~!!
な、なにすんのさっ!」
「はぁ、ようやく顔見せたなぁ?」
「うっ……」
「話をするときは目を見て話せって言ったよな?
やましいことが無いってんならちゃんと顔見せろ。
あんまり『俺』に心配かけるんじゃねぇよ」
「し、心配なんてしてないくせにっ!」
涙目で、必死に言葉を探しながら噛みつくように訴えてくる小さな女神。
(そう、こいつはこんなにもお子様だったんだよな)
唸り声すら聞こえるんじゃないかという顔で虚勢を張るフィオを見つめながら、かつての『俺』はゆっくりと視線を動かし、『かぁさま』の隣で呆然と立ち尽くす『僕』を見る。
(頼れる『かぁさま』、ちょっと抜けた『神』、過保護なようでその実ただの『寂しがりや』。
なぁ、『俺』よ? お前はコレの何を見ていたんだ?)
(あの頃の『僕』は考える事も何も全て『かぁさま』には筒抜けだったんだよね。
だから、何時だってきちんと理解をしてもらえて、納得した上で祝福されてた。
分かり合えてると思ってた、通じ合ってるって期待してた。
すれ違いなんてあるわけがないって、そう思ってたんだよ。
言葉を重ねていけば理解してもらえるはずだって)
(『俺』もお前だからな、どうせそんなとこだろうってわかってたさ。
でも、どうだよ?
現実なんてもんは中々に厳しいものだろう?
『神』になって調子こいて、足元すくわれた気分はどうだ?
『神』なんて代物を理解できた気になってたか?
『神』としての生活に慣れ過ぎて、大事なものを見落としてたんじゃないか?
どうよお坊ちゃん、答えてみなよ?)
(ははっ、自分が情けないよ……)
(『俺』は最初から情けない奴さ。
気取ってんじゃねーっての、調子に乗んな、クソガキ)
(ははっ、自分に罵倒される日が来るとは思わなかったよ)
(『俺』が死んでも消滅しかけても、『俺』を放してくれなかったフィオに感謝でもするんだな。
貴重な体験ができてよかったじゃないかよ、『俺』)
(……やっぱり、そういう感じなんだ?)
(そういうこった)
『かぁさま』をかなり邪険にあしらいながらも時折すごく優しい目を向ける『俺』に、『僕』は嫉妬の思いを隠せずにいた。
目の前の『俺』はフィオの中に大切にしまわれていたかつての日々、その思い出の残留思念。
『僕』は『神』となり、新たな命を得た『俺』のなれの果て。
『かぁさま』の悲しみの思念に囚われ、見せられたのは『今』ではなく『過去』という事実に、『僕』の心は深くえぐられたような虚無感を覚える。
ここに居る『かぁさま』に、『僕』の姿は見えていない。
ここに居る『フィオ』が見ているのは『俺』の姿だけ。
その事実に、ようやく『僕』は思い出す。
自分が産まれた経緯を。
『俺』という存在を失った『フィオ』が何を望んで『僕』を産み出したのかを。
(そう、だ。
ただ、寂しかったから。
独りになりたくなかったから。
孤独を畏れ、失う悲しみに狂って、『僕』を……)
その答えに行きついた瞬間、初めてフィオが『僕』へと視線を向けた。
「……ひっ!!」
フィオの眼窩は、ぽっかりと穴の開いた『虚』だった。
約束を破ったと『僕』を責め立て、猜疑心に心を抉られ空いた虚無。
底知れぬ闇が渦巻く、どこまでも深く昏い『虚』。
闇が『僕』の前に広がり、虚無へと飲み込もうと……「何惑わされてんだ馬鹿野郎」
バキッ!
眼前が真っ白になる強烈な一撃に、頬骨が砕け、奥歯が折れたのが分かる。
口の中が一気に血の味で満ち、痛みが熱を伴って頬から広がっていく。
「あ、が……」
『僕』に痛烈な一撃をぶち込んだのは、『俺』だった。
ただの残留思念が、明確な怒気と殺意を以て『僕』に叩き込んだ一撃。
それは互いに『心』であるからこそ届いた想い拳。
「お前にはこんなまがい物が、不貞腐れたあの馬鹿が用意した八つ当たりの人形が、似ても似つかない抜け殻のデク人形がアイツに見えるのか?
考えれば分かるだろ?
自分を殺したクソ野郎を恨みもしないどころか素晴らしい進化だって褒め称えるような底抜けのアホが、お前を傷つけるような真似をすると思うのか?
……もう一度だけ問うぞ?
お前は『フィオ』をなんだと思ってんだ?」
『俺』は『僕』の髪をひっつかんでたかだかと持ち上げると、目線を合わせてじっとこちらを睨みつけた。
ブチブチと髪が、頭皮が裂け、千切れる音がする。
痛い。
無茶苦茶痛い。
でも、それ以上に心が痛かった。
「『僕』、は……」
こいつの言う通り、『僕』は一体かぁさまの何を見ていたんだろう?
何よりも『僕』が傷つくことを厭うかぁさまが、『僕』を傷つけるような何かをするか?
そんなわけがない、それだけは絶対にあるわけがない!
なら、目の前のこの『虚』は、何なのか?
言うまでもない。
「『僕』の決めつけ、先入観、勝手な思い込み。
馬鹿だなぁ……『俺』は、お前をちゃんと見てなかったって事じゃねぇか……」
悔しさで、悲しさで、情けなさで、視界がぼやけるのが分かる。
あぁ、『俺』の言う通りだ。
どうしてあんなものがかぁさまに見えていたんだか。
『僕』を吊り上げる『俺』の隣に立つ、『フラヴィのアホ!』と張り紙がされた土人形。
あんなものをかぁさまだと思い込むだなんて。
ぶん殴られても仕方ないわ、まったく。
「目、冷めたかよ? ド阿呆」
「一応、ね」
「スカした返事してるんじゃねぇよ」
「フィオの教育の賜物だよ、文句は彼女に言ってくれ」
「その割にはたまに地が出てんぞ?」
「所詮はメッキって事だろ?」
「違いない」
難しい顔でずっと厭味を言い続けていた『俺』が、そこでようやく笑う。
(あいつを、頼むわ)
たった一言だけを残して、過去の残影は消え去る。
まるで立つ鳥跡を濁さず、とでも言うようにご丁寧に『僕』を殴った跡すらも消し去って。
「いい年して拗らせ過ぎだよ、馬鹿中年」
改めてただ一人、闇の中に取り残される。
……今度こそかぁさまを探さないといけないわけだけど。
「最初からどこにいるかなんて、分かっていた筈なのになぁ、ほんと馬鹿だよ、僕は」
ずっと僕の腕の中に納まっている筈の生首へと僕は声をかける。
「へそ曲げてないで、出てきてよ、かぁさま」
「……気づくの遅過ぎ」
完全に不貞腐れていたけれど。
かぁさまは、それでもちゃんと応えてくれた。
今度こそ、ちゃんと向き合おう。
フィオ「フラヴィの馬鹿!」
フラヴィ「予告でまでキレないでよ」
フィオ「どうせ丸め込まれちゃうんでしょ!
口先三寸で丸め込んで、『やっぱチョロインだぜ』とか言って影で笑うんでしょ!」
フラヴィ「そうやって先の展開を制限掛けようとする姿勢に称賛を隠せない……。
まさに自分の未来は自分で切り開く的な。
でもさ、丸め込まれてくれないと、お別れルートまっしぐらだよ?」
フィオ「あ」
フラヴィ「次回かみぐらしっ! 第39話 キミの選ぶ道に 」
フィオ「え、ちょっとほんとにお別れルートなの!?」(作者注:知らんがな)




