第4話 我想う故に汝は
ただ無駄話をするだけの話ではありません、念の為。
「…………………なぁ、ティオ」
「ん?どーしたんだい?」
「ずっとはぐらかされてたけどさ、いい加減答えて欲しいことがあるんだが」
「……珍しく胡坐椅子してくれると思ったらボクを抱きかかえて逃がさない為とはちょっとズルくないかな!?
創世神さんのピュアッピュアなハートがブレイクしそうだよ?」
俺の胡坐椅子から即座に逃れようとじたばたするフィオをがっちりホールド。
えぇい!お尻を振るんじゃない!
もぞもぞされると18禁描写になるだろうが!
「真面目な話なんだから逃げるな。
あと、そろそろ隠し事も限界だと理解して欲しい」
「うみゅぅ~……仕方ない、か。
確かにこれ以上誤魔化すには無理があるよね?
そろそろ『君』の魂も安定してきたみたいだし、頃合い、なのかな」
そう言って心優しい『創世神』殿はちょっと悲しげに笑う。
『俺』がここに落ちてきてからもうどれくらいの時間が過ぎたのか。
それを考えれば、この展開は必然だとしか言いようがないのだが。
◆
「話したい事って言うのは、君の『記憶』について、だろう?」
俺の腕の中の『神』は、静かにそう問いかける。
「あぁ、俺にはかなりの記憶の欠落がある。
長い時間フィオと会話し続けて、そんな記憶の欠落が至る所で散見された。
にも拘らず、ずっとその事についての問いをはぐらかしてきたよな?
『その内回復するんじゃないかな?』『まだ回復が十分じゃないから』
そう言って思考の矛先を逸らされ続けてきた」
「そうだね」
「それがフィオなりの気遣いだって分かってたから俺は流されるままに受け入れちまっていた。
それでも……もう、自分を誤魔化すにも限界なんだよっ。
『俺』が『何者』で、なんて『名前』だったのか!
『何処で生まれ』て、どんな『家族』に囲まれて育ったか!
その内回復するはず、そんな期待に縋ってずっと考えるのを放棄していたっ!
……流石にこれだけ長い期間フィオの癒しを受けてきて、思い出せないのはおかしいだろう?」
「……ボクだって万能じゃない、まだ時間がかかるってだけかもしれないよ?」
「嘘が下手過ぎるぞ、フィオ」
この優しい『かみさま』のことだ。
回復しない記憶がある事で俺が傷つくだろうとずっと黙って、はぐらかして、誤魔化しきれる限り誤魔化そうとしていたんだろう。
そして仮に俺が『欠落』と断じた場合は、適当な事を言って俺の悲しみや怒りの矛先を逸らす気だったに違いない。
ずっと『ボッチ生活』していたフィオはとにかく嘘や誤魔化しが苦手だ。
図星を指されるとビクンと身体が跳ねるし、言いにくいことになると答えにタメが出来たりする。
他にも見破る為の癖がわんさかあるのでおっさんからしてみれば顔を伏せようが逸らそうががきんちょの戯言と断じるのに苦はない。
ただ、問題なのはフィオが単に俺を気遣ってこのことに触れなかったわけではなさそうだ、という事だろうか。
「う~~~~~ん、そこまで勘づいてるんじゃ、流石に黙っている方が害悪、だよねぇ。
わかった、正直にボクの見立てを言うけどさ、あまり感情を乱さないでね?
……『記憶の欠落』に関して言えば、君の推察通りこれ以上の回復は見込めない。
魂の欠片の消滅と共に、心と記憶も剥落、欠落して補い様がない部分は存在するからね。
そうした『穴』というべき部分はいずれ『君』が『君』自身を新たに確立した際に新たな記憶や心が埋めて補完していくから問題はない。
……ただ、問題は君自身を定義する重要な部分、『名』だ」
「『名』?
……名前、ということか?」
「そう、ボクはずっと君の事を『君』と呼んで、『あだ名』や『愛称』といった具体的な『呼称』として扱いうる『名』で呼ばなかった、だろう?」
「言われてみれば……」
そう、随分長い事フィオと会話してきたが、その間彼女からは怒られる時も罵倒される時も甘えられる時も慰められる時も『君』としか呼ばれていない。
そして、自分の事をずっと『名』で呼ばれないことにどこか寂しさを感じつつも安堵を得ていた……そんな気がする。
「名前が思い出せないのは単に記憶喪失みたいなものだと思ってたんだが、違うのか?」
「解釈自体は間違ってないんだけどね。
問題は、それが単なる『記憶の欠落』ではなく『魂の損壊』から来る欠落ってとこ。
絶対に回復できない『記憶消滅』とでもいうべき状況なんだ。
流石のボクでも存在しない記憶を回復は出来なくてさ……ごめんね?
で、話を戻すけど……そもそも『名前』って言うのは存在を定義する上でとーっても重要なものでね?
あらゆるものが『名』を得る事で未知から既知へと属性を変化させ、存在を確定させる。
君の場合、元々『名』を持った存在から『存在』を定義する『名』が失われているという状態で、このまま放置して『名』を取り戻さないでいた場合、ふとした拍子に『名』を得て本来の君とはかけ離れた存在へと変貌してしまう可能性がある」
「な、なんだその無茶苦茶な話」
つまり今の俺は『名前』に振り回されて如何様にも変質してしまう存在?
■■■■って名乗れば名前に引きずられてそう変化してしまうって事、なのか。
「あまり面白半分で他の存在の名前を自分に被せたイメージしない方がいいよ?
イメージに君自身が無意識にでも染まってしまえば、もう元に戻らないから。
ボクとの会話の中で君自身が何らかの固有名詞で自らを例えてもあくまで『会話』という指向性にイメージが流されて君の魂を汚染することはないけれど、君自身が『こういう存在だ』と君を定義してしまえばそれですべてが決まってしまうよ?」
俺に寄り掛かる胡坐椅子の姿勢から、くるんと向き合う様な姿勢に座り直したフィオが探る様な目でこちらを見上げる。
流れるような虹色の髪の間から俺を見上げる眼は、まるで心を見通す水晶の様で。
「こ、こっちの思考を見透かしたような忠告だなっ!?」
「何のために延々と話し続けていたって思うのさ?
魂の状態だから寝る必要も食事の必要も運動する必要もない訳じゃない?
話すか自分の世界に閉じこもるかしかないんだから、お互い会話を続けて変に自己定義することを防ぐくらいしか手立てがないじゃないか」
「……休む間もなく延々会話をねだるから、どんだけ寂しかったんだこのちみっ子かみさまは……と本気で同情した俺のハートに謝れっ!」
「付き合ってくれて本気で嬉しかったのは否定しないよありがとうっ!」
茶化すような誤魔化しを凄くいい笑みで返すのはやめて欲しい。
ストレートな好意ってのは至近距離で喰らうと超恥ずかしいんだぞっ!?
「あれ?動揺してる?それとも照れてるのかなぁ~??」
「う、うぜぇ……」
「ひどっ!?」
一瞬でも見惚れていたのはきっと錯覚だった、とそういうことにしよう。
「話を戻すけど、それじゃあフィオが俺をずっと『君』呼ばわりしてたのって」
「大体想像通りかな。
魂だけになったとはいえこれでも『神』だからねぇ。
ボクが『君』を特定の固有名詞を以て呼称した場合、それが今の名のない状態の君に対する『神からの名付け』として存在確定を強要される可能性があったのさ。
言葉選びにもすっごく苦労したんだぞ?とだけは言わせてもらいたいかな~」
「そりゃ悪いことしたな……でも、そこまで気にしなくてもよかったんじゃないか?」
「気にするよ!
君は人間から別の存在……例えば昆虫とか動物とかにでもなりたかったわけ?
ボクは死んでても『創世神』だよ?
ボクの『名付け』はただ存在の名称が固定されるだけじゃない、魂そのものが名前に引きずられて変質するレベルなんだ。
『名前』を喪失した君を迂闊に罵倒でもしようものならそれだけで大変な結果を招いた筈さ!
それに………ごにょごにょごにょ(せっかく一緒に居てくれるんだもん、大事にしたいじゃないか……)」
なんか最後の方が聞き取れなかったが……ともかく。
そこまで大事でもあるまいと気楽に構えていた俺だったが、フィオの顔も口調も真剣そのものでとても冗談で言っている様子ではなかった。
見た目幼女の寂しんぼ女神だから忘れていたけど、そうか、フィオは神様だったわ。
俺の感覚としては『名前』が変わっても人としての存在、魂は変わらずに、大元の『自分』というモノを喪失するくらいだと考えていたんだが、フィオの言葉通りなら魂そのもののレベルから変質してしまう可能性を視野に入れなければならない、という事か。
例えば自分を『蛙』と認識固定してしまえば魂レベルで『蛙』と化す、と。
で、フィオの場合は神様だから仮に俺を『蛙野郎!』と罵倒しようものなら魂が『雄蛙』に変質、固定してしまう、それもフィオの意思にかかわらず。
そしてこうして注意してくるという事は、一度名称を固定され変質してしまった魂を元に戻すことは創世神たる彼女の力をもってしても困難、もしくは不可能に近いのだろう。
「……大事じゃないか」
「大事なんだよ?」
理解してくれた?とでも言いたげに若干ジト目で彼女は俺を見上げる。
「自我というモノは他とは区別される独自性をもち、そのなかに部分を含む統一体……すなわち『個』という基盤を以て形成されるものだよね?
そして独自性というモノは経験則から得られる過去の記憶からその多くを生じさせる。
記憶は情報の繋がりでもある。
いくつか欠けたり情報の繋がりが断たれていたとしても、情報そのものが残っているならば複数のアプローチで繋ぎ合わせる事が出来なくはない。
だから、欠けた君の魂は復元する過程で魂に刻まれていた数多の記憶の欠片を新たに結び合わせて人格の基礎となる部分を再生することは出来た」
その辺は理解できるよね?という顔をするので黙って頷く。
「でも、魂はあくまで欠片しか残っていなかった。
当然残されていた記憶もその欠片に刻まれていた分しか残っていない。
ボクは君と会話を続けることで可能な限り様々な側面から君の記憶を引き出し、繋ぎ合わせていくようにしたけれど……消滅してしまっていた分の記憶は回復させられなかった。
そして、よりにもよって消失した記憶には、君の存在を定義する『名』が含まれていた。
……単なる記憶喪失で名を失うだけでも記憶回復後に『喪失前』と『後』の『個』の在り方の差で人格障害を起こしかねないんだよ?
それくらい、『個』というモノは『存在定義』の影響を強く受けるんだ。
だから、さ……慎重に考えて欲しい。
君自身が、自分という存在を何者として定義するのか。
ボクは君がどのように君を定めたとしても、その選択を祝福したい」
「フィオ……」
「時間はいくらでもあるんだ。
ゆっくり、じっくり決めて欲しいな。
……さて!暗い話はこのくらいにしようよ。
ボクは今日は君の世界の美味しい食べ物の話を聞きたいなぁ!
『オーサカ』とか『トーキョ』とか、いろんな場所の名物を聞かせておくれよ!」
瞳を好奇心でキラキラさせて幼い神様は俺に話をねだる。
『消滅』したと言いながらも、それでも俺が自分で『名』を取り戻すきっかけを作ろうと。
そんな気遣いをさせてしまう事、その事実に胸が痛い。
(俺が何者なのか……不安はある、だけど、フィオが居る、居てくれる。
この心優しいちみっこが俺の話に飽きるくらいまでは、俺は『俺』のままでいいかもしれんなぁ)
既にどれだけの月日がたったのかも分からないけれども。
俺はフィオの気遣いに甘えてこのぬるま湯の様な時間を過ごす。
この時点で既に俺はかなり人間から逸脱した時間感覚を取得していたりするのだが……
その事に気付いたのは、ずっと先の話だ。
フィオ「というわけで君の名前を僕が一向に呼ばない理由が明らかになったワケだねっ!」
おっさんの魂「理由は分かったんだが……まさかずっと『君』で通すわけじゃあるまいな?」
フィオ「さぁ?それはこの語の展開次第じゃない?
本名が明かされないお話しなんて結構そこら中に散らばってるでしょ。
例えば『〇ルヒ』の『キ〇ン』君とか『戯〇シリーズ』の『〇ーちゃん』とか」
おっさんの魂「発言がメタ過ぎるだろ……とりあえず次回予告だな。
え~~~、コホン。
……奈落の闇で、ただ語らう。
深淵の奥底に潜むのは、狂気か、魔物か。
女神の愛が、おっさんの希望が、光もささぬ闇底で、育まれる。
魂はゆだねた、姿現さぬ浸食者に。
やがて破られるであろう、しばしの安息を。
次回 『第5話 見なければ無いのと同じ』
歪んだ歯車は静かに回り始める」
フィオ「今度はボ〇ムズ!?」