第3話 比喩ではなく心は丸裸
そう言えば今回はプロローグからのスタートじゃなかったなぁ。
なんでだろう……?
「いきなり『アウト』とか酷くないっ!?
幼児姿なのは創造神としての溢れる魔力と生命力の顕れの象徴だし、衣服なんて世界そのものの象徴でもある神様って存在が着るわけがないじゃないか!
君の言ってる事はその辺の木や岩に『服を着ろ』って言ってるのと同じくらいに無茶苦茶だよ!?」
「倫理の問題だっ!
俺の居た世界だと裸体の描写は性にまつわるあれこれの非倫理的行為を想像させるものとして社会的に忌避されてんだよっ!
特にそれが幼女対象だと罪に問われる度合いが洒落にならん!」
フィオがきしゃー!と叫べば俺はうがー!と反論する。
「そ・れ・に、だ!
なんで俺までマッパなんだよ!
全裸幼女に全裸中年の取り合わせなんて全力で通報事案じゃねえか!」
「魂が服を着てるわけ無いでしょっ!?
そんなところにリソース割ける程君の魂は回復してないんだ。
倫理観を大事にする姿勢は好ましいけど、時と場合優先でしょ!?
冷たい水に落ちて体温奪われた状態でも君は相手が幼女なら人肌で温めるのを躊躇うの!?
そもそもボクと君しかここにはいないんだから君が変な事を考えでもしない限り問題なんて起きようもないよね!?
それに、ボク見た目は幼女かもしれないけど君よりずっと長く生きてるんだけど!
おねーさんだよ年上さんだよ!?
見た目が幼女だからってだけでエッチな事に結び付けるのは良くないとおねーさんは思いまーす!」
「うぐっ!正論過ぎて反論できない……!」
「大体、この姿でそこまで大騒ぎするようじゃボクの姿が人間で言うところの行為に適した年齢の女性体だった場合どうするつもりだったのさ?
欲情して興奮して襲いかかってくるわけ?」
「視線を向けられないだけで襲いかかるってのはないかなぁ……。
流石に恩神に対する礼節を忘れるような獣に成り下がりたくはない」
まぁ、目の前の『美幼女』が『美女』でかつ理性が吹き飛ぶような魔性の美女神だった場合は理性がもつという保証は全くないと思う。
別段フィオが可愛くないと言っているわけではないがいくら独身生活が長かったとはいえ流石に幼女姿の相手に劣情を抱くほど俺は変態ではない。
ロリ神バンザイの真性変態紳士タイプGOタッチだったなら18禁待ったなしの怒涛の発禁描写の嵐になったであろうが。
「……しかし、こんなアフォな話を何故俺達はしているのだろう……?」
「全部君が原因だよっ!」
「そうでしたすんません!」
プンスカと頬を膨らませて怒ってるよとポーズを決める全裸幼女な神。
それを頬を書きながら困惑しつつ項垂れる全裸のおっさん。
お互い謎の光さんの活躍が無ければ危険極まりない状況ではあるのだが……。
「慣れるしか、無いのか……」
「人間って言うのはほんとつまらないところにこだわるよねぇ?」
「いや、着衣の問題はつまらなくないだろう!?
フィオには羞恥心というものはないのかよ?」
「羞恥心はもちろん持ち合わせているよ?
失敗すれば恥ずかしいし、そんな姿を周囲に見られたくはないし」
しっかり羞恥心はあるらしい。
「でも、肉体なんて器はボクにはいくらでも形を変えられるものだからねぇ。
造形に関して周囲の目を気にするようなものではないかな?
美醜も年齢も大きさも生態さえも自由にできるんだもの。
『羞恥』を感じる余地がない、そう思わないかい?」
「なんというか、そもそもの価値基準が違い過ぎる事に気付くべきだった……」
「あはは♪」
『器』は『器』でしかない。
見た目にこだわりを持ち込むことはあっても羞恥と結びつくだけの関係性がない。
とてもではないが限られた命、与えられたものを受け止めるしかない俺達人間という生き物とは下地になる価値観が違い過ぎるのを理解させられる。
『異世界には異世界の価値観があるってのは分かってるつもりだったけどさ、それにしたって程度ってもんがあると思うんだよなぁ……」
「ボクからすれば君達が何故そこまで着衣にこだわるのかの方が理解しがたいけどね?
君は『倫理問題』と口にしたけど、裸だろうが着衣だろうが個体が抱く対象への欲求の根源は大差ないんじゃない?
正直、そんなに『倫理』云々言うなら気になる人は日常的に貞操帯でも装備すればいいだけでしょ?」
「確かに着衣のあるなしで理性だ倫理だ道徳だを語るのは人間という種の傲慢と言えなくもない……んだろう、か?
いかん、俺の中の常識さんが仕事をしてくれない……」
なんか言いくるめられた気分だが、ビジュアル的に問題があると言っても別段何かするわけでもない訳で、無人島におっさんとちみっこが取り残されてヌーディストなサバイバルをせにゃならん状況だとでも思えば割り切れなくはない。
「ガキの裸に欲情する変態じゃないと自覚できたことを喜ぶべきだな、うん」
「それはそれで酷い発言だと自覚しようよっ!」
俺の何気ない発言にムキー!と怒りをあらわにするフィオ。
だが、次の瞬間にはお互いで顔を見合わせ、大声で笑いだす。
「ぶっ……だははははははは!!」
「ぷぷっ……くっ……あははははは!!」
実にくだらない。
死んだ、殺された、なんて重い話に比べて、お互いが真っ裸な事をああだこうだと口論?
くだらなさすぎて、おかしくてたまらない。
そんなくだらない話で盛り上がることができる相手が目の前に居る。
それは何と嬉しい、素晴らしい事か!
このどことも知れぬ真っ暗闇の中で、押しつぶされそうな重い空間の中で、まさかこんなくだらない会話を楽しめるだなんて思いもしなかった。
それはフィオにとっても同じだったんだと思う。
「はは……あはははは……あ~、おかしい。
こんなに笑ったのどれくらいぶりだろう?
何百年?何千年?わっかんないや♪」
「尺が長すぎて逆に笑えないぞ!?」
「『奈落』は世界のゴミ捨て場とでもいうべきところだからねぇ。
そもそも会話できる相手なんて存在しないし。
君がここに居る事だって、本当に奇跡みたいなものだからさぁ、嬉しくもなるよ」
「そんなにここってヤバいところなのか?」
「うん」
軽く頷いて説明してくれたのは、ここ『奈落』がどんなところなのか、という話。
端的に言えば、『世界のゴミ捨て場』であり『世界の底の底』
例えば一匹で世界を焼き滅ぼす魔物。
例えば世界を端から蝕んで腐らせるような呪詛。
例えば無限に増殖し全てを喰らい、処分が追いつかない粘体。
例えばあっという間にあらゆる生物に感染し、死に至らしめる病。
例えばよその世界からやってきて、滅ぼすにまで至れなかった祀ろわぬ神。
その他フィオが造った世界『ル・フィオーレ』界を滅ぼしかねない様々な害悪を永久に隔離するための空間の狭間とでもいうべき場所につくられた永劫の監獄。
それこそが、『奈落』
「普通はここに落ちた段階でありとあらゆる力という力の概念を抑制されて、無力化された上で無限ループするこの異空間の中に束縛されることになるんだよね。
だから君がここに恨み言の念を発しながら堕ちてきた時は正直驚いたんだよ。
ただの人間の魂が、いくら消滅寸前だったとはいえこの獄の獄で周囲に伝わるレベルの念を発せるものなのか、ってさ。
異世界人の魂だったからこの世界の理に抵抗力があったのか、君自身の想いがそれほどに強かったのか、何が理由だったのかは分からないけれど……とにかく君の声は確かにボクに届いて、ボクは君を見つける事が出来た、とそういうことなのさ」
「……ちょ、ちょっと待て、待ってくれ、それってなにか?
ここには、今俺達がいる場所には、世界を滅ぼしかねないあれこれがわんさか封印されてると……そういう解釈でいいのか?」
「うん、そうだねぇ?」
「そうだねぇ、じゃないだろう!?
何でそんな危険地帯でそんなに平然としてられるんだよっ!?
創造神のフィオでもどうにもならない面倒なものがここにはわんさかいるって事なんだろう!?
すぐにでも何とかしなけりゃ……」
「なんとかって?」
「は?」
「だから、『なんとか』って、具体的にどうするの?
そもそも世界を滅ぼしかねないあれこれがここに居たりあったりするのは事実だけど、ここを出る術もないからここに居るわけで、どうにかされたりしないからボクはまだここに居るんだよ?」
「あ……」
そう、そうなのだ。
ここにいかに危険な存在が在ると知れたとはいえ、どうにもならないからこそここに在り続けているという明確な現実が確かにあった。
フィオがこうして俺の前に居るという事もそう。
危険な場所=即座に危険、という訳ではないのだ。
地雷原に取り残されたとしても、地雷を踏まなければ街中に居るのと変わらない理屈か。
目の前の危険をあえて意識しないことで問題を先送りにしているだけという気も無きにしも非ずだが、ここに長年居るというフィオの言葉だ。
余計な真似さえしなければ害はない、のかもしれない。
「ボクとしては下手に君が周囲の存在を意識して心を壊してしまったり、魂を崩壊させてしまう方がよっぽど問題なんだよ。
せっかく助かった命をむざむざ散らしてしまうのはあまりにも悲しい事だし」
「それで、『明るく』しないって事なのか」
「そうともいう、かなぁ。
視覚に頼ってここを直視するのはかなりキツいというか、なんというか、いろいろとみてほしくないモノも多いんだよ、少なくとも今はね」
彼女の顔に浮かんだ苦笑いにこの場所がよほど見るに堪えない場所であるのだと納得させられる。
真っ暗闇の中で発狂を心配して明るくしたら、SAN値をガリっと削られて結局発狂なんてオチは笑い話にすらならないだろう。
「なんか悪いな、心配ばっかりかけているみたいで」
「ふふっ、気にしないでおくれよ。
ボクにしてみれば、今こうして誰かと会話が出来るってだけでも涙が止まらなくなりそうなくらいに嬉しい出来事なんだから。
感謝しなければならないのはむしろボクの方さ」
そう言って微笑むフィオの目じりには、うっすらと涙が光っていて。
(どれほどの時間、フィオはここに居たんだろう?)
先ほど彼女が口にしていた『数百年か数千年』という言葉。
そんな長きに渡る時間を、こんな暗闇の中で孤独に苛まれながら過ごすというのが、どれだけの責め苦であるのか?
只人の身では想像すらできない。
今、こうして俺が物思いにふけっている間も彼女は俺の気を惹こうと一生懸命に話しかけてきていて、どれだけ人恋しかったのかと憐憫の情に駆られる。
「フィオも大変だったんだな……」
「うーん、話し相手が居ないのは退屈だったけど、一応これでも創造神だからねぇ?
■■■・■■■■はボクを殺したつもりになってたみたいだけど消滅させるには至らなかったし、そもそも完全に死んだわけじゃないって事にも気付いてなかったし。
こんな様だけどある程度力は使えるから君が肩をポンポンするほどは辛くはないよ?
……心配されて嬉しいけど!」
若干生意気な事を言いつつジト目で睨んでくるけど鼻の下は伸びてるし喜びを隠しきれずにクネクネしている姿は愛ら……しいというよりちょっとキモいかもしれない。
なんにせよ、『フィオといる限り』はここは安全、そう考えて間違いはなさそうだ。
それが分かったことは大きな収穫だろう。
「問題は、どうやってここを出るか、か……」
「ん?無理でしょ?」
「へ?」
あっさりバッサリと俺がこの『奈落』を出る事は出来ないと切り捨てられる。
「な、何故に?」
「何故って……ここからそんなに簡単に出られるようじゃ、ここに葬られた諸々の害悪もあっさり出られるって言ってるようなもんじゃない。
そりゃあボクはここを作った張本人だから出る方法は知ってるし出来なくはないけどさ、迂闊に中のモノが出る可能性を作ろうとは思わないよ」
「そ、そんな……」
絶句する俺に追い打ちをかけるが如く、フィオは更に俺の失念していたことを明示する。
「それにさ?
今の君は只の魂なんだよ?
『奈落』堕ちして、更に欠片からの再生なんて奇跡を体現したせいで並の魂よりも強度は上がってるから、仮に今の魂の状態のままここを出ても肉体がないから『死霊』とか『怨霊』みたいな厄災に変化してしまう可能性が極めて高い。
消滅しなかったって事だけでも十二分に奇跡なんだ。
ここでボクとのんびり暮らそうよ、ね?」
そう、そうだった。
俺は今魂で、肉体が無いんだった……!
「こ、こんな闇の底で……幼女と二人暮らし、だと……!」
「……むっ、文句があるなら聞こうか?」
「なんか中二病的な何かに目覚めちまったらどうするんだっ!」
「そっちの心配なのっ!?
(ボクと一緒じゃ嫌って事じゃないんだね……ちょっと安心したかも)」
『そっち』とは軽く言ってくれるっ!
40過ぎのおっさんが「闇の力」とかに目覚めちゃったらどうするんだ!?
ぎゃあああああ!想像するだけで痛々しいぞっ!
頭を抱え悶える俺の苦悩はついぞティオには伝わらなかった……。
フィオ「ふふ~ん♪これでボクに服を着せようなんて言う酷い奴はいないねっ!」
おっさん「それでまた厳重注意とか喰らったら責任取れんのかよ?」
フィオ「そしたら言ってやればいいさ!『あんたはその辺の石ころにも服を着せないと気が済まない変態かっ!?』って♪」
おっさん「いや、それが通じるのはそれこそ神様くらいだろ……まぁいいや。
次回予告するぞ?」
フィオ「は~い、次のお話しは君がいまだに■■■■と■■されている理由についてだね~」
おっさん「伏字になってるだと!?次回!『第4話 我想う故に汝は』
君はおっさんの涙を見る」
フィオ「今度はゼ〇タ!?」