第23話 死に至る病、どんだけ
『奈落』に安全地帯などありません。
『神』だって死ぬ。
それは目の前に居るかぁさまが証明してくれている。
ただ、人間や他の生き物のように肉体の死=生命の終わり、ではないというだけで。
『神』も死ぬ。
その魂が不滅、というだけで肉体的にも精神的にも何度だって『死ぬ』のだ。
今、まさにそれを体験中。
■
「げはあああああああああああ……ごふっ」
どう見ても吐き出したらいけない量の血の塊を吐き出し、倒れる。
激しい頭痛に意識は朦朧、身体は痺れたように痙攣を繰り返し、時々電気ショックでも受けたかのようにビクンと引き攣り、のけぞる。
そしてまた吐血。
肌には黒いまだら模様がまるでどくろのようにいくつもいくつも浮かび上がり、そこからは黒い血がだらだらとにじみ出る。
『黒骸病』
これが今僕が罹っている病の名、だそうだ。
心配げに僕を見守るかぁさまの言だとそういう分析。
空気感染する伝染病で死亡率はじつに99.9999%。
助かるのは100万人に一人という死病で、とある世界からあまりに危険であるとこの『奈落』に放逐された『災害』の一つである。
かぁさまが創ったこの『奈落』、何気に利用者が多いらしい。
今はそれどころじゃないが。
ちなみにかぁさまもミュラりんも無事だ。
この病は生き物といっても炭素生命体にしか感染しないので。
僕は魔力生命体の筈なんだけどな!と思わなくもないが、肉体の構成に炭素生命体の要素が多いのが問題なのかもしれない。
意識がもうろうとしてもこのくらいの思考ができるのは、死にかけて肉体はモノの役にも立たなくなってるので『魂』での思考に切り替えているから。
この辺は便利というべきか、ご都合主義と文句を言うべきか悩む。
『とりあえず』死亡しても、病原菌が死んでから肉体を修復するだけの事なので。
いやぁもうね、肉体の方はあんまりにも病気の症状が苦しくて、居座るの無理。
こんな幽体離脱じみた真似できるのかと思ったけれど、やってみたら意外に簡単だった。
「やれば意外とできるもんだなぁ」
「あんまり無茶しちゃだめだよ?
生死を繰り返し過ぎると、命を軽く使い捨てみたいに考えるようになっちゃうのは『人』も『神』も同じなんだからね?」
「うん、わかってる」
人間性を失う事だけは避けたいよ、ほんとね。
大分手遅れ感があってやばい気はしてるけど。
そもそもの始まりは、僕等の生活領域内に『異界のゲート』が開いたことだった。
位置的には『下』、地面の中になるのかな。
おや?と思った時にはもう閉じていて、気付いた段階ではすでに手遅れ。
モノが病原菌というか病魔というか、存在そのものに害意があるわけではないのでかぁさまの結界にも引っかかることはなく、「地形概念」に引きずられる形で僕達のいる場所にほぼノータイムで出現したわけだ。
防護障壁も間に合う訳が無く、見事に感染。
『奈落』に放逐されるだけの病というだけの事はあり治癒魔法も解毒魔法も一切を受け付けず、病原体の駆除もなかなか進まない。
熱にも冷気にも耐性を持つかなり元気な病原菌だったのだ。
まぁ幸いなことにミュラりんやかぁさまには被害が出なかったので、僕が片っ端から取り込んで死亡を繰り返しては病原菌の死滅を待つという、人間の常識では考えられない駆除法を決行。
既に死亡回数14回。
どの口が「いのちをだいじに」などというんだか……と呆れたくなるような惨状が繰り返された。
感染した段階ではかなりかぁさまがパニくったが、今はすっかり落ち着いている。
流石に『魂を侵食する』レベルの病ではなかったから安心したようだ。
そもそもそういう病には結界は作用するとの事なので心配は要らないそうだけど。
「結界なんていつの間に……。
前に聞いた時には半径5mくらいとか言ってなかった?」
「基準点をボクの頭に設定し直しただけで、範囲は変わらないよ?
色々機能を増やすと維持は大変だし効果も落ちるからね。
だから今回のもスルーしちゃったんだ。
ごめんよ?辛いだろうに」
「主様、無力な我らをお許しください」
「かぁさまもミュラりんも気にしないでいいって。
自分の身体が悶え苦しむ姿をこうして眺めるのは正直泣きそうだけど、ね」
『魂』だから肉体的な痛みは切り離せる。
加えて幽体離脱っぽい状態だから、第3者目線で自分を眺められる。
血反吐を吐いてのたうち回る自分を見るのは、ちょっと…いや、かなり嫌な感じだ。
気分的には泣きたい。
「まぁ、なんだ。
二人が無事だったことを喜ぼうよ」
「ふふっ、フラヴィは優しいなぁ♪」
「光栄です」
『声』を空気と振動を操作することで得たミュラりんの声は、想像していたより渋かった。
声優さんで例えるなら……そう、塩沢兼人さんだろうか?
つい脳内に『ぶりぶ〇ざえもん』の姿が浮かんでしまう。
「……私は強いものの味方だ」
「ん? なんか言った?」
「主様?」
「いや、何でもない。
ミュラりんのデカルチャーみたいなもんさ」
「うぐっ、その件は平にご容赦を」
群体の中の一部コアが喜びのあまり暴走してああなったと後日聞かされて、かぁさまが変な顔になって僕を見たのは何故だと問いただしたい。
霊体のままそんな感じで生活する。
肉体は今この瞬間も苦痛に呻いているわけで、あまりに可愛そうなので睡眠の魔法で黙らせた。
痙攣しているのはご愛嬌だ。
ご愛嬌なのっ!!
「そろそろ、かなぁ?」
探知魔法で拡散してしまった分の病原菌を確認していたかぁさまが呟く。
あの後結局追加で4回ほど死亡し、いろいろな意味で涙が止まらない。
肉体、本当によく頑張ってくれた!
「じゃあこれでまた……」
「空間震を確認、ゲートが複数開きます!」
ミュラりんの警告と共にいくつかのゲートが視認できる位置で開く。
目視範囲のいくつかが、バチッ!と激しい反発音を鳴らして宙で結晶化したのが見えた。
その他のゲートは、いつぞやと同じように開いたと思った時には閉じてしまっていて。
「くっ!これ……!!」
「ふざけろよっ!?」
まさか、という思いと同時にやっぱりか、とも思う。
目視範囲の中で対処可能なゲート周辺を『無詠唱』の空間魔法で緊急隔離。
かぁさまも同様の対処をしてくれたんだけど……
「う、ぐ……うわあああああああああああああ!!!!」
「フラヴィ!?フラヴィ!!しっかりしてっ!
っ! 今度のは精神を侵食するタイプのって、なにこれ、フラヴィ!?
君はなんて事をっ……」
『魂』は精神体そのものとも言える。
そして、精神に作用する病は、肉体に精神のダメージがフィードバックされることはあっても基本的に無害である。
(はぁ、念の為にかぁさまとミュラりんの周囲にも空間断層を張り巡らせて正解だった、な)
そこまで考えるのが、精いっぱいだった。
今度は精神に致死ダメージを与える病に感染して、僕は意識を失った。
■
身体がどんな姿勢であっても、『神』の身体はすぐに最善の状態に復帰してくれる。
地面の上でのたうち回っていた身体も、何事もなかったかのようにリフレッシュされているのだから不思議なものだ。
「……どれくらい経った?」
「あれから2か月。
……無茶しすぎだよっ! フラヴィ、君は馬鹿なの!?
元人間の君があんな病気を抱えたら、発狂したっておかしくは……」
「しないよ、するわけがない」
「え?」
『魂』の姿になり、涙を流しながら無茶苦茶怒るかぁさまを、何でもなかったかのように宥める。
あまりに平然と、泰然自若とした僕の様子に若干の動揺を見せつつかぁさまは黙る。
「僕はあの後ずっと目覚めなかったんだろう?
それこそ死んだように」
「う、うん」
「……主様の精神は、肉体の傍で倒れ伏したまま5011392秒に渡り静止状態にありました」
「えーっと、何日だ?
2ヶ月だから60日くらい?」
「58日になります」
「すっごい心配したんだよっ!?
本当に、大丈夫なの?」
「あ~、うん、身体の時よりは平気。
ほら、僕ってこの世界に来て即、クソ神に殺されたじゃない?
あの時の苦痛は、この身体に転生しても色濃く覚えてるんだよ。
痛みだけに忘れようがないっていうのかな。
だからなのか、覚悟ができる分苦痛じゃなかったよ」
「……そう、なんだ」
その声には、痛ましいものを見るような色があって、どっちかというとその事の方が悲しい。
あまり心配はかけたくないからさ。
「精神に作用するって段階で、かぁさまやミュラりんにも感染の危険があったからね。
是が非でもこっちで食い止めるって事しか考えてなかったんだよ、ごめん」
「自己犠牲は周りを悲しませるだけなんだからねっ!?
今回は仕方なかったかもしれないけど、ヒーローの真似事はほどほどにっ!
ほんと、悲しかったんだよ?」
「ご、ごめんってば」
かぁさまの首を抱き上げて、ぎゅっと抱きしめる。
邪魔をしないように沈黙を保ってくれているミュラりんも鈍く点滅しているところを見ると内心結構怒っていそうだ。
怒気が漏れてる漏れてる。
「はぁ、心配かけちゃったのは申し訳ないけどさ、あれ、かなりの数がいきなりだったよね?
何事が起きたのさ」
「ミュラりんが記録してた観測データ……魔力波長から鑑みるに、『複数の次元』からの『似た魔力』を検出したっていうのね。
あくまで推測なんだけど、最初にここに例の病気を捨てた『神』か何かが、『他の世界』にもここに投棄する術式を伝えたんだと思う。
『あそこ使い勝手がいいよ』的な?」
「ま、マジか……」
「先方もこんなところに『住人』がいるだなんて考えてないだろうし、仮にいたとしても元の世界を追放された『害悪』くらいのイメージでしょ?
ゴミ捨て場の住民を考慮する投棄者はいないってことだね~」
あはは、と笑うかぁさまだけど、声に元気はない。
こういう形で自分たちの立ち位置を認識させられると確かに悲しくなるよね……。
そうは言っても、僕等はここで生きていくだけの事で、そういう場所なんだから贅沢は言えない。
そんな事より重要なのは……
「こういう事ってよくあるの?」
「たまにあるけど、ここまで重なるのは結構珍しいかな。
ボクが墜ちてからは数回あったくらい?」
その時は病気ではなくドラゴンが何匹も堕とされたそうだ。
「あれはヤバかったねぇ。
どれもこれも神殺し可能なレベルのヤバい子ばっかりでさ?
即空間歪めて、遥か彼方にすっ飛ばしたよ」
「……ここ、ドラゴンもいるの?」
「いるよ?
凄いのからへぼいのまで」
少なくともこの身体では会いたくないなぁ。
「今回の件から僕等が得るべき教訓は、『神』でも病気になれば苦しいという事だ」
「何当たり前の事言ってるの?
だから病気にならないように気を付けるんじゃない」
「至言だねぇ」
僕はそう言ってかぁさまの結界の周囲に転がる結晶体を『念動系魔法』で持ち上げると隔離空間を生成してその中に収納する。
こんな危ないものはさっさと処理するに限るのだが、処理できないからこそ『奈落』行きなわけで。
(ま、隔離しておいて何かあれば処理するだけだな)
こういうのを世に『不発弾』というのだろう。
だが、誰も掘り返さなければそんなものは無いと同じなのだ。
地雷原の上でも人は生き抜いていくように。
危険とダンスを踊りながら生きるのは、人に限ったことではないという事だ。
フラヴィ「次回はお隣さんが多数登場する回です」
フィオ「え、もしかしてあの婆も!?」
フラヴィ「例の『埴輪』預けたのあの人たちのグループだから来るかも?」
フィオ「…………(がくがくぶるぶる)」




