第11話 記憶にございません
ここから正しい意味での『かみぐらし』になります。
前振り長すぎだろって?
いいじゃないですか、本編も長い予定なんだし?
「それにしてもすさまじい場所だねぇ~」
「ずーっと変わらないからそのうち見飽きると思うよ?
うねうねぐじゅぐじゅって変化はしてるけど、だから何?って変化しかしないし」
抱きかかえた生首が死んだ目をしたまま話すのは中々シュールだと思う。
かぁさまの遺体から俺……いや、僕に直したんだったか、が生まれて早5年が過ぎた。
胎児だった僕の体も今ではすっかり幼稚園児くらいの大きさに成長している。
姿としては黒髪のかぁさまにおちん〇んが付いている、といった感じだろうか。
背中の光の羽根も同じ数だし、髪色と性別以外は既にそっくりになりつつある。
「この年齢で成長が止まる、とかないよねぇ?」
「え、ボクとお揃いじゃ嫌なのかい?」
「かぁさまは息子のイケメンな姿を見たくない、と?」
「見たいみたい超見たい!」
我儘な幼女母の要望で『奈落』の生活も色々変化した。
まず、かぁさまがフィオと呼ばれるのを嫌がった。
続いて、魂の姿ではなく、元の肉体での触れ合いがしたいと駄々をこねた。
更に、僕が俺とかおっさんじみた言葉を使うのを嫌がった。
その為、口調から何から全部改めていくことになり凄く面倒臭い。
別にね、かぁさまの遺体と触れ合うのは嫌じゃないんだ。
でもね、イメージしてみて欲しい。
死んだ目をした生暖かい生首と向き合って延々と会話する幼児の図を。
ホラーにも程度ってものがあるだろう!?
挙句の果てに「ほっぺにチューしてくれないとヤダっ!」とかごねるんだよ?
寝る時は抱きしめてないと超怒るし。
親なのに甘えが過ぎると思うんだ。
こんな状態じゃあ子離れできない親バカ確定じゃない。
「フラヴィはボクを捨てる気かいっ!
ボクはこんなにも君の事を愛しているっていうのにっ!」
親バカになるからって叱ると、いつもそう言ってかぁさまは泣いて反抗する。
だから生首がギャンギャン涙を流して泣くのはホラーなんだってば。
ほら、近所の悪神さんが怯えてるじゃないか。
「あ~すみませ~ん、いつもの病気なんで!」
「ソ、ソウカ、アンタモタイヘンダナァ」
ビクビクと怯えた様子で後ずさる悪神さん。
あんまりにもホラーな絵面のかぁさまのおかげで、僕まで怯えられてるのが解せない。
そもそも僕は元人間だよ?
世界を滅ぼすような悪神さんや魔獣、その他に怯えられるような立場じゃないって。
「フラヴィ~?
そろそろ魔法の練習の時間だよ~?」
「お? かぁさま、もうそんな時間かい?
じゃあ早速準備しないとね!」
全力疾走で僕等から離れていく悪神さんを見送りながらかぁさまの身体の元に戻る。
さ、これからお楽しみの魔法の練習時間だ♪
■
かぁさまの創った世界には魔法がある。
僕の居た世界にも実はあるっぽいって話だけど、一般人である俺には……失敬、僕には縁のない話だったからねぇ~。
どうにもそんなファンタジーな力が存在していただなんて信じがたい。
それはともかく何で魔法を学ぶことになったかと言えば。
「神様になったんだし魔法くらい使えなきゃ困るでしょ!」
という何とも言い難い単純な理由だ。
基本的に神様というモノは世界そのもの、であるらしい。
怒れば大地が裂け、海が荒れ、吹きすさぶ嵐が全てを吹き飛ばし。
喜べばあらゆる生命が活力に満ち、草木は実りを増し、世界に豊かさが満ちる。
魔力的なパス、とやらでその存在自体が自然そのものと繋がっている関係上、魔法の扱いを学ぶことで繋がりを操作できなければ、周囲に甚大な被害をもたらす可能性があるとかなんとか。
僕は生まれてまだ5歳の神様なわけだけど、それでも先年の頭くらいだったかな?
フィオ、かぁさまと喧嘩した際に僕の怒りで『奈落』の一部……具体的には僕等の生活圏を中心に結構な範囲で災害の嵐が吹き荒れた。
抑えられない魔力の波動が引き起こした避けようのない悲劇だったんだよね。
その頃くらいからかなぁ、近所で僕を捕食しようとずっと狙っていた魔獣、悪神さんたちの類が姿を見せなくなったのは。
その件があってからかぁさまの指導で僕は魔法の扱いを覚えることになったワケ。
「じゃあ今日はフラヴィの魔力制御の限界を見てみよ~う!」
「かぁさまのりのりだねぇ?」
「自分の子に頼られる喜びに目覚めちゃったからねっ!
これが母性!? ボクちょっとママっぽい!?」
「ママというより馬鹿っぽい」
「ひどっ! フラヴィはもう反抗期なの!?」
「ギザギザハートは生まれる前にクソ神に砕かれたんだよ」
「お、おぅ」
意外と気を遣う性質のかぁさまである。
ちょっとデリケートな返しをすると困惑して黙ってしまうところがちょっと可愛い。
口に出して褒めると調子に乗るから言わないけどね。
「んじゃ、魔力を練り上げるけどギリギリまでやるの?」
「そそ、ギリギリまで、これ以上は無理っ!ってところまで練り上げて、そこで維持ね」
「了解」
言われるがまま、体内外の魔力をありったけかき集めて、自分のへその辺り……丹田の辺りに練り込むように集める。
魔力とは万物の構成要素だ。
科学だと原子だ素粒子だクォークだが物体の構成の最小単位と論じているが、ではそもそもそれらは何処から生じたものか?
それがファンタジーで言うところの魔力であり、エーテルとかマナとか呼ばれるものなのだ。
この魔力というモノ、そのままだとただの方向性を持たないエネルギーでしかない。
測定するためのベクトルを持たない為、機械類を用いては観測が出来ないのだ。
その測定できない不可思議な謎エネルギーに『魂』が発する『指向性概念』とやらを照射することで『魔力』へと変換。
変換された『魔力』を用いて様々な奇跡や不思議現象を引き起こす。
これが『魔法』の原理だという。
『指向性概念』とか訳わかんねーよ! 脳波って電気信号の一種じゃないの!?とか思うところは色々あるのだが、そもそも『そういうモノにした』のは目の前でふんぞり返っている幼女なわけであり。
「フラヴィはまだ前の世界の常識にとらわれすぎなところがあるかなぁ。
何度でもしつこく言うけどね?
この世界は『ボクたち』がルールなんだ。
傲慢でも何でもない、そういう法則で創られてる。
太陽は大地の周りを回っているし、別に東から昇ったりしない。
ボクがそう決めたからそうなった。
だからね、フラヴィ、君もこう考えるんだ。
『魔力は自分にしたがって当然、制御限界?そんなものはない』って。
僕等は『神』、枠に縛られる存在じゃない。
枠を定義する存在だ!」
死んだ目の生首にそうやって諭されるのにもなんか慣れたなぁ、ははは~。
難しいことは考えずに言われるがままに、遠慮なく、容赦なく、自重なく魔力を練り上げる。
高まり続ける魔力がはじけ飛びそうなほどに暴れるが、
「まだ全然足りないねっ!」
予定の5分にも足りない、そう思い込む。
そうしてぐんぐん高まっていく魔力を練りながらどう運用するかをイメージする。
「『神』ならざる者たちは、制御を簡便にするために呪文で魔力の方向性を縛り、魔法名をつける事で発動キーにするんだけど僕等にはそんなものはいらない。
魔力を必要なだけ練り上げたら、イメージして放つ!
それで勝手に結果が追いついてくるんだ」
かぁさまの言葉を導きに、溜め込んだ魔力を光に変換。
光同士を反射させ増幅、収束してぶっ放す!
きゅいん
そんな風に空気が揺らいで、俺の指先から迸った細い閃光がほんの一瞬だけ『奈落』の空気を焼き疾った。
「ん~?
一体どんな魔法を放ったんだい?」
「あんまり近くで魔法ぶっ放すとご近所さんに迷惑だからね、光をありったけ凝縮した熱線砲を出来るだけ遠くに撃ち込んでみたんだ。
う~~~ん、そろそろ着弾の衝撃波を感じる筈なんだけど……」
暢気にそんな話をしていると、ズズズ……と微かな振動が大地を走る。
「随分と遠くに撃ち込んだんだねぇ?」
「かぁさまの創った世界の裏側を狙撃できるくらいの距離を想定したんだけど。
伝わる振動から察するに着弾予定点から結構ずれてるな~」
「その辺は練習あるのみだよっ!
さぁ、次々っ!」
「は~い」
こんな感じで毎日魔法の訓練に勤しんでいるわけだ。
ご近所さんとの付き合いも考慮して、なるべく波風立たないように気を使い練習も一日中やるのではなくきちんと間を開けて騒音被害なんかにも考慮している。
ドッカンドッカン喧しいからねぇ。
だけど、これだけ気を使っていても文句を言う『奈落』の住人はいるわけで。
この日もそういう輩がやってきた。
「ぐぉらあああああああっ!
やっと見つけたぞっ! 貴様らかっ!
吾輩の屋敷を破壊しくさった腐れ外道はっ!」
いかにも悪魔、といった風情の紫色の肌の巨大な体躯は筋骨隆々。
僕なんか吹けば飛びそうなくらいの威圧感に満ち満ちた御仁である。
そんな巨体で魔力圧縮中の僕の前に立ちふさがると危ないんだけど。
「えーっと、そこ、危ないですよ?」
「は? 貴様何言って……」
危ないって言ってるのにどこうとしない悪魔氏。
うーん、これはあれだね、不幸な事故が起きても問題ないパターンだね。
「えいっ」「は?」
きゅぴん
ジュッ、という音と共に悪魔氏の腹に直径30センチ程度の穴が開く。
(異世界の単位は分かりにくいので文章上はこちらの世界基準で統一します)
一瞬で炭化、貫通した穴からはプスプスと白い煙が上がり。
背骨の一部をまるっと焼き穿たれた悪魔氏は直立姿勢を維持できず、身体が貫通痕を起点にぐにゃりとへし折れ曲がる。
「ガハッ! い、一体何が……!?」
「そこに居たら危ないって言ったじゃないですか」
「たかだか厄災級の魔神将が家を焼かれたくらいで神様に喧嘩売っちゃ駄目だよ?
フラヴィもボクも喧嘩は好きじゃないから絡んでこない限りは迷惑かけないから」
僕とかぁさまはなるべく穏便に済まそうと、必死で再生に勤しむ悪魔氏の邪魔はせず対話を試みるのだけれど……
「だ、だが屋敷を焼かれたのは事実で……」
と向こうも脂汗を流しつつ引こうとしない。
でも、覚えがないんだよなぁ、この悪魔氏と会うのも初めてだし?
「いつの話です?」
「3か月ほど前だ」
「記憶にございません」
「は?」
「記憶にございません。
そもそもあなたとは初対面ですし、3か月前もずっとここに居ましたし」
かぁさまの遺体はここに在るし、動かす気もないからな!
3か月前どころか何百年もここから移動してないもんね!
というわけでこの悪魔氏は何か勘違いをしているのだろう。
「だが……確かにこちらから飛んできたのだ!
地を割り天を焼くほどの威力の凄まじい魔法がっ!!」
悪魔氏はあくまで食い下がる、悪魔だけに!
でも、これだけは伝えないといけないだろう。
「でも、僕はまだそんな威力の魔法放てないですよ?
人違い、いや神違いだと思います」
「そうか……神違いか、すまなかったな」
どこか納得がいかない様子ではあったが、結局彼は黙って帰っていった。
「ねぇ、フラヴィ」
「なに? かぁさま」
「本当に心当たりなかったの?」
「うん、記憶にございませんとも」
言えるわけがない。
それ、恐らくかぁさまが見本だって言ってぶっ放した魔法だ、なんて。
息子としては母の名誉を守ってあげるのも大事な仕事なのだ。
フィオ「あはははは!しょっぱなからやらかすねぇ!」
フラヴィ「やらかしたのは僕じゃないけどね」
フィオ「でも、魔法を上手に扱えないとたとえ『奈落』に居るとはいえロクなことにはならないからね。楽しい『奈落』ライフの為にも頑張るんだよ?」
フラヴィ「うん、そのつもりさ。
なんか想像してた魔法とは違うけどね。
さて、次回予告だ。
『第12話 創世神なだけに』
……今度は何をさせられるんだ?」